上 下
47 / 130
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

【第八章】 国王行列

しおりを挟む

 そんな暢気な考えは大層甘かったらしく、それから十分後には僕は城を出て街を歩いていた。一人ではなく、隣には給仕服姿のミランダ・アーネットさんがいる。
 何故こんな事になったのかというと、それは王様の一言がきっかけだった。
 僕達は名目上、王様の護衛として同行することになっているわけだけど、夏目さんと僕だけ武器を持っていないのはいかがなものかと指摘を受けたのだ。
 女性である夏目さんはともかく、男である僕は格好だけでも、或いは自衛のためにも武器を持っていた方がいいのではないかということだ。
 僕が持ってきた物の中で武器といえるのは確かに護身用のスタンガンぐらいだし、ICレコーダーや小型のモニターで受信するタイプの発信機が電池で動くことは確認したもののスタンガンは動作確認をしていないというのが実際のところ。
 一人になる時間が全く無かったとはいえ、人前でスタンガンを取り出すという非常識な行為を躊躇ってしまうあたり僕もまだまだ日本で過ごしている時の認識を棄てきれずにいるらしい。
 そんなわけで幸か不幸か王様は城の武器庫から好きな凶器を持っていっていいと言ってくれたのだが、いざ見に行ってみるとズラリと並ぶ本物の剣や槍、斧は僕には重すぎて使用するしない以前に持ち歩くだけで力尽きそうだったので諦めるほかなく、かといって弓矢やブーメランなんて使い方も分からないのでやむを得ず街の武器屋で何か適当な物を探しに向かわされた次第である。
 模造の物ではなく実際に人や化け物を殺傷するために作られた物なのだ。当然といえば当然なのだろうけど、こんな僕ですらそういった物を持っていた方がいいというのだから物騒な世界だ。
 使える使えないや重量に関係無く、そんな物を持ち歩くこと自体が嫌で仕方がないのが本音ではあったが、前回の旅では盾で攻撃を防ぐ以外に役に立っていない事実があるだけに必要ありませんとは言えないジレンマがあったりもした。
 銃の所持が認められている国であったり戦争や内乱、テロが続く国も多い僕達の世界で銃刀法違反なんて法律があり自分の身を自分で守らなければいけないなんて意識が薄い日本で暮らしているから抵抗があるだけなのかもしれないけどさ……。
「コウヘイ様、あそこの角を曲がれば武器屋に到着します」
 そんなことを考えていると、ふとアーネットさんが通りの先を指差して言った。
 無理矢理僕に与えられた、この世界での僕の生活をサポートしてくれる役の一人であるアーネットさん。
 僕より年下だろうに僕よりもよっぽどしっかりしている人だ。と、最初は思っていたのだが、道を間違えたり通行人にぶつかったりと普通におっちょこちょいだった。
 それでも、あたふたしながらであっても一生懸命なのは伝わってきたし、真面目で誠実な性格であることも理解出来るだけに僕などに付き従わなければならない境遇が不憫でならない。
「すみません、わざわざ案内させてしまって」
「何を仰るのです。コウヘイ様のお役に立つことがわたしの仕事だと何度も言っているじゃないですか」
「確かに何度も聞きましたけど、元々偉そうにお供を引き連れるような人間でもないのでやっぱり申し訳なくなっちゃうというか」
「遠慮なさらないでください。コウヘイ様はこの国を救ったのですよ? 堂々としていてくれればいいんです。でないとわたしも志願した甲斐がないというものですから」
 わたしなんかがお供では格好も付かないですけど、と付け足してアーネットさんは舌を出して微笑んだ。
 志願したとは一体どういうことなのだろうか。
 聞いてみると、僕には知る由もない事実が発覚する。
「勇者様がコウヘイ様を連れてくると知った国王様がコウヘイ様のお世話をするための使用人を募ったのです。だからわたしは真っ先に立候補したんですよ?」
「そうだったんですか。でもどうしてアーネットさんはそうしようと思ったんですか? 見ず知らずの人間にわざわざ付いて歩くのも大変でしょう」
「アーネットさんだなんて他人行儀な呼び方ではなくミランダとお呼びくださいと何度もお願いしているのに……」
「そう言われましても……」
 拗ねた様に言われても困る。
 日本人とは名前の位置が反対であることに考えが及ばずセミリアさんやサミュエルさんを勝手にファーストネームで呼んでしまっていたのは後から考えれば相当失礼なことだったはず。
 二人は特に何も言わないので今さら呼び方を変えることもないのだろうけど出会って間もない、しかも女性をいきなり名前で呼ぶというのはどうかと思うわけだ。
「それから、その敬語も必要ありません。貴方様はわたしやアルスさんの主人なのですから」
「いやぁ、その主人というのが僕には簡単に受け入れられることじゃないというか、本来そういう立場の人間でもなければ僕が暮らしているところではそういう文化が無かっただけに慣れないというか」
 実際のところ一切無いということはないのだろうけど、庶民感覚でいえばやはりあり得ないシチュエーションであることに間違いはない。
 執事だメイドだなんてのは二次元の中でしか馴染みがないのが大多数の日本人の認識だろう。
「駄目……ですか?」
 今度は縋る様な目で見られた。
 なんとまあ罪悪感を掻き立てる顔だろうか。
 小動物的というか、ぞんざいにすることがイコール自分が酷いことをしている様な気にさせられそうですらある。元々小柄な体格なだけに余計にそう感じる。
「で、ではミランダ……さん」
 意志薄弱な男、その名も僕だった。
「もうっ、さんはいらないですってば~」
「僕なりに慣れないながらも葛藤した結果なので……今はこれで勘弁してください」
「じゃあ敬語をやめたら許してあげます。なーんて、冗談ですよ。コウヘイ様があまりにもお人が良いのでからかってみたくなっただけです。でもまあ、敬語や呼称については本音なんですけどね」
 もう一度アーネットさん……いや、ミランダさんは舌を出して笑った。
 この状況でからかってくるとは、存外逞しい子のようだ。
「僕は別に自分が偉いだなんて思っていないですし、あまり畏まらないでもらえた方が助かるのでそのあたりはお互い様ということで。ミランダさんが敬語をやめたら僕もやめるというのはどうです?」
「うふふ、ずるい言い方をするんですね。わたしは国王様の命を受けてコウヘイ様のお側に居させていただいているんですよ? そのわたしがそんなこと出来るわけがないじゃないですか」
 気を悪くした風ではなく、どこか茶目っ気を含んだ意味だ。
 王様相手ならまだしも僕とミランダさんの間に立場が上も下もないと思うのだが、ミランダさんのそれが僕が喫茶店の客に敬語を使うのと同じ認識なのだとしたら気さくに話せといっても無理な話か。
「そもそもミランダさんっていくつなんですか? 失礼でなければ」
「どうして失礼なんです? わたしは少し前に十六になったばかりですよ」
 ということはやっぱり僕より年下なのか。
 ギリギリとはいえ、だったら敬語ぐらいなくしてしまってもいいのかもしれない。
「凄いですね。十六歳でお城で働いているなんて」
「え~、もしかしてそれって嫌味ですか?」
「いや、全くそんなつもりはないですけど。どうしてそう思うんですか?」
「だって、だったらコウヘイ様はおいくつなんですか?」
「僕も十六ですよ。もうすぐ十七になるからミランダさんの一つ上ってことになりますね」
「ほら、わたしとほとんど変わらないじゃないですか。それなのにコウヘイ様や二人の勇者様はこの国を救ったんですよ? そっちの方が百倍凄いことです」
「それは別に僕個人が凄いわけじゃないですよ。僕は付いて行っただけでほとんどセミリアさんやサミュエルさんの存在あってのことですし」
 あと虎の人と。
「コウヘイ様は本当に勇者様の仰る通りの方なんですね」
「勇者様って、セミリアさんのことですか?」
 一体何を聞いたんだろうか。
 どういうわけかセミリアさんは僕の事を良い方向に誤解している節があるので若干不安である。
 僕は大した役に立てなかったことを本当に悔やんだし、化け物達をやっつけたのもほとんどセミリアさんやサミュエルさんなのに何故か皆のおかげだということを強調するセミリアさんだけに尚更だ。
「はい、その勇者様から聞いたんです。コウヘイは頭も良いし勇気も持ち合わせているが謙遜してばかりなのが欠点なのかもしれないって」
「いや、別に謙遜しているつもりは……」
「他にも色々と聞かせてもらいました。なんでもコウヘイ様は異世界の住人なのだとか。しかもその世界では魔族も存在せず、魔法もなくて国民は平和が乱れる心配なんてしていないんだって」
「それはまぁ……間違ってはいないですけど」
 あくまで日本に暮らしている人間は、という話ではあるけど。
 ほとんどの日本人にとって戦争なんてものは自分の身に降り掛かる恐れのない他所の国の話か、そうでなければ歴史の教科書に載っている昔の出来事ぐらいの認識しかもっていないだろう。そういう意味では間違った解釈をされているというわけでもない。
「にも関わらず危険を承知で自分に手を差し伸べてくれたんだって、勇者様は仰っていました。何度挑んでも魔王に勝てなかった私がそれを達成出来たのは仲間のおかげであり、全てはコウヘイに出会えたことから始まったのだ、とも。そんなコウヘイ様に感銘を受けてわたしはお世話役に立候補したんです。見ず知らずの人間のために見ず知らずの魔物と戦うことを受け入れて、その頭脳で敵の罠を見破り、国王様を救い、時には仲間の盾になり、そして最後にはこの国を救ってしまう。こんなに凄いことはないと思うんです」
「いやぁ……それは色々と都合の良い表現や解釈をしすぎな気がしてならないんですけど」
「そんなことはありません。まるで自分のことのように誇らしく語る勇者様のお姿は今でも覚えていますから。わたしなんて村を離れてこの街に来るだけでも怖がっていたのに、世界にはそんな凄い人もいるんだなぁって。それでそういう人の傍にいれば弱虫なわたしにも学べることがあるかもしれないと思って立候補したんです」
 ミランダさんは無垢な笑顔で僕を見上げている。
 もしや遠回しに今回の王様のお供という任務をしっかり果たすんだぞと釘を刺しているのではあるまいなと思ってしまう程の持ち上げっぷりには困惑するしかないのだけど、まさかこのミランダさんがそんなことはしないだろうと信じたい。
 どちらの場合にしても反応に困ることに違いはないのだが、返す言葉を探すよりも先にミランダさんが目的地に到着したことを告げたため話題も変わってくれたのでよしとしよう。
「コウヘイ様、ここが武器屋さんです」
 という言葉と共に立ち止まった僕達の前にまる一軒のお店。
 サイズも見た目も思っていたより普通の雑貨屋さんみたいな雰囲気のお店だった。剣の絵が描かれた看板が掲げてあるが、特に店の名前とかは見当たらない。
「らっしゃい」
 店に入ると、店主であろうこれまた普通のおじさんが僕達を出迎えてくれる。
 やはり壁や棚には剣やら槍が並んでいて、お城の武器庫と違うのは鞭や杖らしき物まであることぐらいだろうか。
「何をお探しかな?」
 どう見ても武器なんて扱えそうにない中年店主が僕達の方へ寄ってくる。
 それなりに賑わう街の中の、しかも衣料品店や食材を売っている店と同じ通りに並んでいるところからしておかしな話だと思うのは今この場においては僕だけなのだろうか。
「小さくて軽い物を探しているんですけど、持ち歩くのに不便がないような」
「そうかい。確かに兄ちゃんは非力そうだし、大型の武器は扱えそうになさそうだもんなぁ」
 余計なお世話だ。
 と心で呟き、手招きする店主に付いていくと奥の棚にナイフのコーナーがあって、様々な形のナイフが所狭しと並んでいた。
 なるほど、確かにナイフなら僕が持ち歩いても不便はなさそうだ。
 というかこのぐらいなら最初から用意しておくことも出来ただろうに、使うかどうかも使えるかどうかも分からない機械にしか頭がいっていない自分に万歳だ。
「これにします」
 刃がギザギザだったり、アイスピックのように細く尖っていたりと形もデザインも色々ある中から僕が選んだのは普通のナイフである。
 普通といっても決して普段料理に使うような物ではなく、どちらかというとコンバットナイフのような形の物だったが下手に変わったデザインの物を選んでも扱いに困るだけだろう。
「あいよ、ブロンズナイフね。150リキューだよ」
 リキューという通貨単位の価値を知らない僕にはこれが高価なのか安価なのかも分からないけど、王様からお金を預かっているミランダさんがあっさり払っているあたり迷惑を掛けるほどの値段ではなさそうだ。
 壁に掛かった派手な剣とか1300リキューとか書いてあるし、それに比べれば安い物なんだろう。
「毎度あり。兄ちゃん、さっそく装備していくかい?」
「いえ……結構です」
 本当に言うんだ……この台詞。
 装備していくもなにも、これ持ってるだけでそういうことになるんじゃないの?
「そうかい。また来てくんなよ」
 この世界の常識は、やっぱり僕には理解が出来ないことばかりだ。

          ○ 

 そのまま来た道を戻り、集合場所である城の裏門へ到着した僕の前には壮絶な光景が広がっていた。
 大きな広場に今までどこに居たのかという程の兵士がずらりと整列していて、さらには木製の台車に乗った大砲がいくつも並んでいる。
 何百人という兵士とその一人一人の横に馬がいるという、まるで今から合戦でもしに行くかのような雰囲気に唖然とするしかない感じだ。
 僕はこんな光景など昔テレビで見た三国志のドラマでしか見たことがない。
「コウヘイ、戻ったのか。既に出発の準備は出来ているぞ」
 思わず立ち尽くす僕のところへセミリアさんが寄ってきた。
 元々傍に居たのか後から近付いてきたのかすら把握出来ていない僕は大層間抜けなのだろうが、そんなことが気にならないぐらいにこの光景に見入ってしまっていたらしい。
「良い物は見つかったか? 中々この国では上等な武器も手に入らないのが辛いところではあるのだが」
「そっちの方は問題なく解決しました。それより、凄いですねこれ……一体何人いるんですか?」
「剣兵、槍兵がそれぞれ百人と弓兵、魔法部隊が五十人ずつだ。道中の護衛として王を守るべく同行する」
 つまりは合計三百人ということか。
 これだけの兵隊がいるのになぜセミリアさんやサミュエルさんが一人で戦わなければいけなかったのだろうか。
 この中の誰か一人にすら喧嘩で勝てる気がしない僕ですら一緒に行くぐらいのことは出来たというのに……。
「それほどに魔王軍が驚異的であったということさ。それに、彼等の仕事は敵を倒すことよりも国民を守ることだ。兵士の大多数を犠牲にしてまで戦いを続けてもどのみちこの国に未来はないだろう」
 そんなことをあっさりと言うセミリアさんは大した器量だ。
 僕に限らず他の人が同じ立場にいればきっと不平不満の嵐だっただろう。そういう性格のセミリアさんだからこそ勇者として認められているのだろうけど。
「さあ、他の者はすでに馬車で待っているぞ。私達も行くとしよう」
「分かりました。僕はどっちの馬車に乗れば?」
 二台用意された馬車に王様、王女、セミリアさん、サミュエルさん、僕、高瀬さん、夏目さんにミランダさんとステイシーさんが別れて乗り込み移動するということは事前に聞いていた。
 まあ無難にいけば僕達日本人組プラスミランダさん達とそれ以外に別れるといったところか。
「前の馬車に王と王女、私とコウヘイに使用人のどちらかということのようだ」
 意外な振り分けだった。
 王様や王女と一緒って気を遣いそうだなーという感想もさることながら、サミュエルさんと一緒の高瀬さんは五体満足で到着出来るのだろうかという不安がハンパじゃない。
 とはいえ、いつまでも僕待ち状態で待機させているのも申し訳ないので黙って乗り込むことにするのだった。
 かくして二台の馬車が前後に並び、更にその前後にはズラリと兵士達が列を作る大名行列ならぬ国王行列での移動が始まる。
 イメージ的に固い椅子に座ってガタガタと揺られる様なものだと思っていたのだが、椅子にはクッションが備わっているし、そこまで揺れに悩まされることもなく生まれて初めて乗る馬車は思ったよりも乗り心地は悪くないものだった。
 出発して以来しばらく王様とセミリアさんが話が続いていて口を挟む者はいない。
 内容には少なからず興味を抱いているものの地名や人名からして何のことやら分からない僕は口を挟むことも出来ないため黙って窓の外を眺めている。
 別に景色を眺める必要性はないのだろうが、あからさまに暇そうで不機嫌そうな王女に絡まれでもしたらたまったものではないという理由だったりした。
 そんなわけで二人の会話に聞き耳を立てながら黙って過ごしていると、王様が深く溜息を吐いた。中身はサミットの話みたいだ。
「しかし、一番の問題はやはりクロンヴァール王と顔を合わせた時だろうな。ああ困った……」
「支援の件、ですか」
「うむ、確実に自立への見通しや対策についての説明を求められることにだろう。シルクレアの船が入りやすくなるよう新たに港を作り始めてはいるのだが、果たしてそれだけで満足してくれるかどうか……魔王が去り平和を取り戻したとはいえ、生産能力の低下はそう短期間で改善出来るものではない。情けない話だが、今シルクレアからの支援が打ち切られてしまえば我が国も立ち行かなくなってしまうことは紛れもない事実なのだ」
「確かにクロンヴァール王には回復の見通しを立てるよう強く言われてはいますが、実際に改善に向かっているというお話だったと思いましたが?」
「それは間違いないと思っておる。農民、漁民を中心に城下に集中していた国民も元居た場所へ戻り始めてはいるし、商人達の動きも徐々に活性化してきてもいる。しかしそれだけで解決する問題というわけでもないのだ勇者よ。主要都市から農村漁村への供給にも苦労しているし、その反対も同様に生産、流通の両立が果たせなければ効果も薄い。加えて人員が使えるようになったところで方法を模索するだけでどれだけ多くの時間を必要とすることか。かといってそんな悠長な返答で満足してくれるものかどうか……穀物や銅製品を献上することで溜飲を下げてもらえればよいのだが」
「確かに我が国の穀物や銅製品は他国からの需要が高くはありますが、あのお方は物に釣られて意見を取り下げるような人間ではありますまい」
「であろうな……どうにかして納得してもらえるだけの説明を考えねば」
 そう言って、王様はもう一度深く溜息を吐いた。
 一見なんとなく王様をやっているように見えても一国の主というのは存外大変なものらしい。

          ○

 およそ一時間程の馬車での移動は港へ到着することで終わりを迎えた。
 ここからは船で会場へと移動することになっているらしく、辺り一面に大海原が広がる綺麗な景色がどこまでも続いている。
 そして目の前には木造の大きな帆船が泊まっており、これまたテレビや模型でしか見たことのないような物を生で見られるというシチュエーションに僕もちょっとテンションが上がった。こういう歴史や異文化に触れる感じが好きな僕なのだ。
 そして兵士達の馬を港に預け、三百人以上の人間が乗り込むとすぐに船は沖へと出航の時を迎える。
 小耳に挟んだところによると目的地はサミットの為だけに使われているとある小さな島であるとのことらしい。
 そんなわけで前回の徒歩かワープで移動していた旅とは違って色んな体験をしている僕達は帆を張って海を進む船の上にいる。
 王様と王女が部屋に入ったことを確認すると到着までは自由時間をもらえることになったため、僕は一人でデッキから海や船の様子を眺めることにした。
 ちなみに他の面々はというと、一番テンションが上がって暴走しそうな高瀬さんは、
「オレサマ、ノリモノ、ダメ」
 と、まるでミスターポポのような台詞を残して部屋で寝込んでいる。
 馬車の段階で酔って顔色が悪くなる程に乗り物に弱い体質だったのは意外だったけど、余計な心配が一つ減ったのは朗報だと言っていいものかどうか。
 逆にテンションの上がった夏目さんは一人で船内探検に向かったのだが、
「無駄に重いし、全然喋らんからもう返しとくわ」
 と、ジャックに飽きてしまったため元通りジャックは僕の首に掛かっているのだった。
 サミュエルさんは予想通り一人で部屋に戻り、セミリアさんは有事に備えて同じくデッキにいる。
 加えて言えばセミリアさん一人ではなくデッキには何人もの兵士が周囲を囲む様に並んで立っているため優雅な船旅もどこか仰々しいことは否めない。
 それでも好天に恵まれ暖かい気象にどこまでも広がる青い空と海は日本では簡単に味わえるものではないだろう。そんな環境に僕の心もようやく一息といったところか。
 デッキを見渡してみると、昇降口からは頻繁に兵士や船員が出入りしているし、非常用のボートが立て掛かっていたり、マストからは何本ものロープが垂れ下がっていたり、何が入っているのか分からない樽が積み上げてあったり、キャプスタンがあったり大砲が並んでいたりと本や画面でしか見たことのない光景が盛りだくさんだ。
 化け物が跋扈する異世界ではなく、まるで戦国時代にでもタイムスリップしたかのような感覚になってくるなぁ。
 と、そんな愉快で暢気な心の呟きが引き金となったのかというのは別の問題なのだろうが、それでもそんなタイミングで事は起きた。
 突如、船の前方で大きな水飛沫が上がったかと思うと、ブリッジで見張り番をしていた船員が大声で叫ぶ。
「魔物が出たぞー!!」
 戦場全てに響き渡る大声に何事かを辺りを見渡すと、次の瞬間には十数メートル先に巨大なイカらしき生物が海面から姿を現そうとしていた。
 この船と変わらない大きさの赤黒く、気味の悪いま見た目は完全にイカの姿をした化け物だ。
 船は進行速度を落とし、下のキャビンへ繋がる階段からは次々と兵士達が駆け付けてくる。
 瞬く間にデッキには百人近くの兵士が集まり、弓や杖を構え、剣や槍を化け物に向けて臨戦態勢を取っていた。
 イカの化け物はうねうねと大蛇のような足を数本、まるで獲物を選んでいるかの様に遊ばせながらこちらを見ている。
 それでいてすぐに停止することが出来ない船は徐々に化け物との距離を詰めているわけだけど、いくら大人数であってもあのサイズの化け物に対して人間が手に持てる程度の剣や弓矢どころか大砲を使ったところでどうにかなるとはどうしても思えない。
 怖いとか恐ろしいとかよりも、驚きと唖然とする気持ちが入り交じってどうしていいやら分からなくなっている僕が判断出来ることはほとんどその程度でしかなかった。
「セ、セミリアさん……」
「うむ、あれはデビルクラーケンという魔物だ。この辺りの海の主などと呼ばれているが、まさかこんなに近くにいるとはな。だが心配するなコウヘイ」
 私は魔王以外に負けたことはない。
 何度も耳にしたそんな言葉を、セミリアさんは今一度口にした。落ち着いた様子で、自信たっぷりに。
「今から向かうサミットに居る戦士達の方が何倍も強いというものだ。修行を重ねて身に着けた私の奥義を見せてやろう」
 そう言って僕の肩に手を置いて微笑むと、セミリアさんはゆっくりと船首へ歩いていく。
「兵士達は下がっていろ。私がカタを付ける」
 そして先頭に移動し立ち止まると剣を抜き、突きを放つ体勢を取ると同時にイカの化け物の足が勢いよくセミリアさんに向かって伸びた。
 しかし、次の瞬間。
「第一の奥義……牙龍翔撃」
 そう呟くと同時にセミリアさんも化け物に向けて突きを放った。
 本来ならば届くはずのない剣による攻撃。
 なのに、放った剣の先からはまるで剣がそのまま伸びていくかの様な斬撃が化け物へと伸びていく。
 渦巻くように太さ大きさを増していくその斬撃はいとも簡単に化け物の足を貫いたかと思うと、そのまま貫通し巨体をも纏めて貫いた。
 破裂音さながらの大きな音が一帯に広がると共に化け物の身体には大きな穴が空いており、規格外の大きな胴体に空いた大きな穴から後ろの景色が見えているという、致命傷どころか即死を確信させるような一撃だった。
 残った足だけがわずかに蠢きながらも、化け物はそのまま海面へと沈んでいったかと思うと、その半ばで消えてしまった。
 化け物を倒すと消滅し姿が消えてしまう、大きさに関係なくそれは以前と同じらしい。
 いや、そんなことよりも。である。
 あんな化け物を一撃で倒してしまうセミリアさんの強さはいよいよ同じ人間とは思えないレベルになっていしまっているのではなかろうか。
 それでいて特に騒ぐほどのことでもないと言わんばかりの余裕っぷりは見ていて頼もしいやら仲間と呼ばれることが烏滸がましくなってくるやらで複雑な心境になってしまわざるを得ない。
「さて、それぞれ持ち場に戻ってくれ」
 そう言ったセミリアさんに兵士達は揃って敬礼する。
 もうグランフェルト王国どころかセミリアさん一人で世界を救えるのではなかろうか。
 そんな感想を抱いた生まれて初めての船旅だった。
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貞操逆転世界かぁ…そうかぁ…♡

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:1,622

年下の夫は自分のことが嫌いらしい。

BL / 完結 24h.ポイント:1,320pt お気に入り:218

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

BL / 連載中 24h.ポイント:6,652pt お気に入り:2,724

女装魔法使いと嘘を探す旅

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:8

屋烏の愛

BL / 完結 24h.ポイント:511pt お気に入り:11

re 魂術師(ソウルテイカー)は産廃最強職(ロマン職)!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:420pt お気に入り:4

バージン・クライシス

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:15

【超不定期更新】アラフォー女は異世界転生したのでのんびりスローライフしたい!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:673

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:8,805pt お気に入り:3,861

処理中です...