上 下
100 / 130
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている③ ~ただ一人の反逆者~】

【第二十一章】 一夜明け

しおりを挟む
   ~another point of view~

 現体制では例を見ない二つの大きな事件から一夜が明けた。
 城内での爆破事件、兵士を率いての国王に対する武力行使という前代未聞の出来事は同じ王家の人間であるベルトリー・クロンヴァールが幽囚の身となることで一応の解決を迎える。
 一連の事件は城内の兵士や使用人に大きく動揺を与え、そうなることを見越してこの日のうちに処刑することを決断したラブロック・クロンヴァールだったが、事態はこの朝になって急変してしまっていると知っている者はごく僅かしかいない。
 そんな中にあって、クロンヴァール王は正確には予定通りとは言えない予定に従い同盟国であるグランフェルト王国の遣いであるセミリア・クルイードと食事を共にしていた。
「ではしばらく部屋で待機していてくれ。少し報告を待たせていてな、そちらが終わったらお前の仲間の所に一緒に行くことにさせてもらう」
 食事と会談が終わると、クロンヴァール王は相手の反応を待たずして席を立った。
 銀髪の勇者セミリアも同じく立ち上がると、行儀良く椅子を戻してそれに答える。
「承知しました。ではお待ちしています、クロンヴァール王」
それなり、、、、に有意義な時間だったとリュドヴィック王に伝えておいてくれ。しかし、流通の活性化や港の建設があの小僧の発案だったとはな」
「コウヘイはリュドヴィック王から宰相の地位を打診されている身ですゆえ。我が国で聡明さや状況判断能力で彼の右に出る者は居らぬでしょう」
「フッ、そうか。聖剣と呼ばれるお前にそこまで言わせるとは、私の人を見る目もまだまだらしい。確かに今となっては食えない男だと認識を改めてもいるがな」
「食えない男、ですか?」
「こちらの話だ、気にするな。それから一つ言い忘れていたが、そちらの国王に近い将来私とジェルタール王の連名である要請をすることになるだろうと伝えておいてくれ。グランフェルトに限らず同盟各国への物だが、言い返事を期待しているとな」
「委細承知。それではお邪魔をしてしまうわけにもいかないので私は一旦失礼させていただくことにします」
「ああ、後で迎えをやる」
 セミリアは一礼して背を向けると、そのまま部屋に戻っていった。
 その背中が見えなくなったことを確認してクロンヴァール王も玉座の間へと向かう。
 玉座の間ではすでにハイクとユメールが待機していた。
「奴は見つかったか?」
 クロンヴァール王はもたれ掛かるように玉座に腰掛ける。答えたのはハイクだ。
「近衛兵だけで捜索してんだ。そうすんなりとはいかねえさ」
「これ以上動揺を拡大し、醜態を晒すわけにもいくまい。立て続けに二人、いとも簡単に独房から脱獄を許したなどという事を触れ回るメリットはない」
「ブランキーはともかく、ベルトリーにそんな能力があるとも思えねえが……やはり協力者なり仲間がいると見るべきじゃねえか?」
「それは重々承知している。だが、ベルトリー本人が吐く気がない以上見つけるのは簡単ではない。例え内部にその愚か者がいようともな」
「報告ではベルトリーが脱走したのは深夜から明け方の間、牢番はなぜか眠らされて犯人の顔は見ていない、だったか? しかも鍵を使った形跡も無しとくりゃいっそ神隠しにでもあったんじゃねえかとさえ思っちまうがね」
 やれやれと首を振るハイクだったが、隣では進展があったわけでもない個人的な見解なんて誰が求めているのかとユメールがジト目を向けていた。
「何を馬鹿なことを言ってやがりますかダン、お前の感想なんて聞いてないです。ちょっとお前黙ってろよ、です」
 吐き捨てる様な口調も一転、ユメールはクロンヴァール王へと身体の向きを戻すと表情を引き締める。
「お姉様、AJが帰ればそのベルトリーの仲間とやらが見つかるかもしれないです。奴は黒幕の目星が付いていると言っていたです、ただ証拠を探すには少し時間が掛かるのだとか」
「つーか、そもそもAJはどこ行ってんだ?」
「昨日の夕方にロスから手紙が届いてな、城に帰る前に洞窟を捜索したいということだったので松明を届けさせる必要があったところをAJがその役を買って出てくれたというわけだ」
 クロンヴァール王が言うと、ハイクは困った様に頭を掻いた。
 セラムとアルバートは脱獄囚捜索のため兵を率いて城を離れている。
 そこに遣いに出たのであれば、朝一番に出発したとしたところで少なくともジェインは昼までは戻ってこないということになるからだ。
「姉御にゃ悪いが、俺もAJをアテにしてたんだがな。これじゃ始めから昼には間に合わなかったってことか。幸か不幸か処刑もクソもねえ状況になっちまったわけだがな」
「そもそも、です。AJの奴がベルトリーを逃がして出て行くときに連れて行ったって線はありませんですか? 確かにクリスもダンもベルトリーの処刑は止める派で、AJにほぼ丸投げ状態だったですが……時間が無いから無理矢理阻止した可能性が無いとも言えないのでは? です」
「野郎もそこまで馬鹿じゃねえと思うがね。バレて姉御に斬られる覚悟があるなら別だろうが、そういうタイプでもねえだろ」
「タイプがどうかは知らんが、一応各階には近衛兵を見張りに置いていた。報告では夜部屋に入った後に部屋を出た者は居ないということだ。お前達二人やAJも含めてな」
「だったら結局ベルトリーを逃がしたのもその誰かってことになるのか? そもそも黒幕が居るとも居たとして一人だと決まったわけでもねえが、少なくともブランキーの時とは別の人間だろう。兵士を眠らせるだけいくらか良心的な奴らしいからな」
「だが、そう考えると黒幕の誰かという線も薄くなると思えるがな」
「お姉様、それはどういうことです?」
「相変わらず脳みその足りねえ奴だなてめえは。ちっとはてめえで考える癖を付けろ」
「黙るです煙突人間」
「誰が煙突人間だ」
「煙ばかり吐きやがるお前にはお似合いの渾名です。ですがその煙突具合に免じて説明させてやってもいいぞ、です」
「何が煙突具合だ、ワケの分からん言葉を作るな。いいか? ブランキーの時、見張りは皆殺しにされてたんだ。ブランキーが単独で脱獄したわけじゃなく内部に裏切り者の協力者が居たって場合にベルトリーの時みたく眠らせるような方法を取るとは思えねえってことだ。姉御を殺そうとするような奴らが見張りの兵士を殺すことを躊躇う理由がねえ」
「じゃあ鍵はどうなってるですか。ブランキーの時は鍵を使わず壁に穴が開けられていて、今回は鍵は開いてたのに鍵を使った形跡が無いとは一体全体どうなっているですか」
「んなもん俺に聞かれたって知るかよ」
「お前も偉そうなこと言ってる割に大したことねえな、です。いっそダンを処刑して解決にすればいいと思いますですよ、お姉様」
「よし、じゃあ殴り合いで負けた方が罰を受けるってことにしようじゃねえか」
「望むところです」
 ハイクとユメールは睨み合う。
 結局話が逸れて互いを貶め合うことに頭が行く二人だった。
 無論、ハイクはユメールのように『難しい話はよく分からないのでハイクのせいにしておけばいいだろう』なんて馬鹿げた考えを持っているわけではなく、単に言われっぱなしなのが腹立たしいだけだ。
「その辺にしておけ二人とも。お前達が心配しなくてもベルトリーの捜索は任せておけばいい。今は城下を捜索させている、当然名目上はブランキーの捜索ということにしてな。お前達も他の者に知られないようにしてくれ」
 そこでようやくクロンヴァール王が割って入る。
 いつものように微笑ましく静観していたわけではなく、他の考え事をしていたせいだった。
「それに関しては了解だが、果たして生きたまま見つかるかね」
 ユメールから視線を外しつつ、ハイクは肩を竦めた。
 ベルトリーに協力者や仲間がいた場合、すでに口封じをされている可能性も無いとは言えないんじゃないかと考えた。
 しかし、当然その可能性も分かっているはずのクロンヴァール王は考慮する程のことでは無いと思っているらしい。
「それもあいつ自身が招いた結果だ。私達は罪人を捌き、再発防止に備えることだけ考えていればいい。ダンは再度捕らえた兵士達の尋問を、クリスは城内に不審な動きをする者が居ないかを調査してくれ。私はロスとアルバートが戻り次第兵士への指導と脱獄の防止策を見直すことにする。その前に勘違いで檻の中にいる阿呆を解放してやる必要があるがな」
「あのガキか。会うなら礼の一つでも伝えておいてくれや。なんだかんだで色々と情報提供させたし、馬車の方の爆弾も然り犯人が二人組だって情報もあいつから聞いたことだ。後者に関しちゃ姉御は信じてねえみたいだがな」
「私とて全く信じていないわけではない。ただ漠然と、名前も顔も分からない誰かという情報によって対処を後手に回す気がないまでの話だ。目先だけが大事というわけではないが、考慮や配慮こそすれ曖昧で不確かなものを実際に目で見たものよりも優先して考えるほど悠長な生き方をする主義でもない。それはそれ、これはこれとして然るべき判断を下す。それが私のやり方であり在り方だ。文句があるか、ダン?」
 言うまでもないことで、問うまでもないことだろう? と同意を求めるかの様にクロンヴァール王は心なしか得意気な表情でハイクを見る。
 一方のハイクにとっても、やはりそれは聞くまでもないことで、答えるまでもないことだった。
「文句なんざねえさ。むしろ文句がある奴を血祭りに上げるのが俺の仕事だとさえ思ってるぐらいだぜ。だがまあ、せめて羽翼已成の一部ではありたいと思うがね」
「心配せずともお前は十分過ぎる程にそうあるさ、ダン。お前やクリス、ロスやアルバートが傍に居るからこそ私は自分の意志を貫くことが出来るのだ。特に、お前やロスは私の尻拭いや後始末を勝手にやってくれるからな」
「その自覚があるなら結構だが、我ながら良くできた部下だよまったく」
「良くできた弟と訂正しろ。これは王の命令だ」
「フン、いくら王でもそんな理不尽な命令には従えねえな。姉からの命令ってんなら話は変わってくるが、どうする?」
 ようやく調子も戻って来たかとハイクは挑発的にニヤリと笑う。
 クロンヴァール王がそれに呼応して表情を崩した瞬間、珍しく空気を読んで二人の信頼関係が伺えるそんな会話を黙って聞いていたユメールの我慢が早くも限界を迎えた。
「お姉様っ、クリスを差し置いてダンとイチャつくとは何事ですかっ。もう寂しがり屋の妹は孤独死寸前ですっ。ダンはさっさと尋問にでも行きやがれです」
「何が孤独死だ、ガキかお前は」
 呆れてツッコむハイクだったが、言い終わる前にはユメールに恨めしげな目を向けられていた。
「クリス、お前のことを誰よりも愛しているのは私だぞ? 忘れたわけではあるまいな」
 今度はすぐにクロンヴァール王が割って入る。
 一瞬にしてユメールは『お姉様~♪』と、緩みきった表情でクロンヴァール王に抱き付いた。
 ハイク本人もクロンヴァール王もユメールが怒っているのではなく拗ねているだけであることは分かっているが、分かっていてなおそんなユメールを可愛く思うクロンヴァール王はやはり甘やかしてしまう。
 それがユメールの我が儘を増長させ、その都度ハイクが呆れ、そしてクロンヴァール王が甘やかすというやり取りが繰り返されるばかりではあったが、クロンヴァール王もハイクもユメールさえも三人の関係はいつまでもこのままだろうと思うと同時に、いつまでもこのままでいいんじゃないかとも思うのだった。
「この忙しいのによく飽きねえこった。俺ぁ牢へ行く、適当にじゃれつかせてやったら姉御もさっさと来いよ。そろそろグランフェルトのガキが不憫だぜ?」
 呆れた声が飛ぶと同時に背中が遠ざかっていく。
 ハイクは半分空気を読んで、半分この百合百合しい雰囲気に付き合いきれないという理由で二人を残したまま玉座の間を後にしたのだった。

          
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貞操逆転世界かぁ…そうかぁ…♡

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:1,622

年下の夫は自分のことが嫌いらしい。

BL / 完結 24h.ポイント:156pt お気に入り:217

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

BL / 連載中 24h.ポイント:4,013pt お気に入り:2,708

女装魔法使いと嘘を探す旅

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:8

屋烏の愛

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:11

re 魂術師(ソウルテイカー)は産廃最強職(ロマン職)!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:420pt お気に入り:3

バージン・クライシス

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:15

【超不定期更新】アラフォー女は異世界転生したのでのんびりスローライフしたい!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:673

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:13,759pt お気に入り:3,858

処理中です...