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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている③ ~ただ一人の反逆者~】
【エピローグ】 黒幕と協力者
星空が大地を照らしている。
耳に届くのは虫の鳴き声ぐらいのもので、雲も少なく良い天気だ。
一民衆の視点で見れば今日もシルクレア王国は平和な一日が過ぎた様に写るのだろうなと、一人夜の草原を歩くアッシュ・ジェインは特に理由もなくそんな感想を抱いた。
ここ最近は特に色々あったし、こうして夜中に城を抜け出す理由をでっち上げるのも簡単じゃない。
そう思うと、やはり自分は一民衆とは縁遠い人間らしいと改めて認識してしまう。
ジェインにとっての多忙はすなわち世界が動きつつあることを意味し、ジェインの仕事はその動き始めた世界をうまく調整して様々な要素を同時進行させることにある。
それに加えて自分に与えられた肩書きであるシルクレア王国諜報員の仕事もこなさなければならないのだから忙しいと文句を言っている暇もない。
サントゥアリオ共和国へ遣いに出されたかと思えば、帰ってすぐに反逆事件に関わらなければならなくなった。
事前に掴んでいた情報、すなわち同じ城に住むベルトリー・クロンヴァール王子とマーク・ハンバル大臣という二人が反女王思想であることを利用して実行犯に仕立て上げることで依頼である実験とやらの協力を無事果たし女王暗殺計画を実行させるだけではなく、利用した側の人間が首を飛ばされない様に立ち回り、それでいて依頼者側の狙いである女王の暗殺を阻止するという二つの立ち位置を誰にも悟られぬままにやってのけた。
その前準備やもう一つの依頼を含めると到底楽な仕事だったとは言えないが、ようやくそれも一段落だ。
そう思うと、ジェインは少しだけ肩の荷が下りた気になった。
しかしそれも一朝一夕のことだろうとも同時に思う。
そんな様々な感情も相俟ってスリル溢れる日々が嫌いじゃない自分は変わり者なのかなと、ジェインは自分自身に呆れるのだった。
しばらく人気の無い夜の草原を進むと小さな小屋が見えてくる。
シルクレア本城の西部にある広原にポツリと建っているその小屋はジェインが国内で密会をする時に使っているものだった。
周辺に村や町は無く、見通しもそれなりに良い。
尾行を察知しやすく、偶然誰かに見られる心配もない内緒話をするにはうってつけの場所だ。
少し歩き小屋へと到着すると、ジェインはノックも無しに扉を開いた。
蝋燭が照らす部屋の中には既に人影がある。
一人で椅子に腰掛けていたその人物はジェインに気付くと立ち上がることなく軽口で出迎えた。
「よう、遅かったじゃねえか。随分待ったぜ?」
男はやや軽薄さの感じられる口調で両腕を広げて見せる。
対照的にその風貌は薄気味悪く面妖で不気味さを感じさせるものだった。
手足に胴から顔までの全身が黒の甲冑で覆われているため外部からは性別すらも見分けがつかず、一切の肌の露出がない。
そして腰には一本の剣がぶら下がっているという騎士や剣士と表現する以外に印象を語ることが困難な外見である。
その名はエスクロ。
通称魔王軍四天王と呼ばれる幹部衆の一角を担う男だ。
「ごめんごめん、ちょっと色々と事後処理もあってさ。ていうか、君のせいで忙しくしてるってことを忘れないでもらいたいね」
ジェインは悪びれる様子もなく嫌味を返すだけだ。
両者の言葉はどちらも真剣に不満をぶつけている風ではない。
「そりゃ悪かったな。で? 首尾はどうだったンだい?」
「残念ながら我が国の陛下は傷一つ付いてないね。だけどまあ、君の実験そのものは間違いなく上手くいったと思うよ。君から受け取った怪しげな液体を混ぜた料理を食べた兵士はみんなボクの命令に服従していたからね。本来なら死んでも陛下に剣を向ける様なことのない人達だ、ボクも驚いたよ。勿論実行犯役をさせた男はボクの手で始末しておいた」
「そう簡単にラブロック・クロンヴァールの首が落とせるとも思っちゃいねえ。収穫は上々ってことにしておくか。今回はあくまで実験だからな」
エスクロはまるで『そうでなくてはつまらない』とでも言いたげな口振りで言う。
結局何がしたいのかも分かったものじゃないと、ジェインは呆れ顔だ。
「一つ聞きたいんだけど、あの液体って結局何だったの? 人を服従させるだなんて普通じゃないよね、呪いの類かい?」
「ンなチンケなモンじゃねえさ。間違ってもてめえは口にしないことをオススメするぜ」
「頼まれたって口にしないよ、気味の悪い。だけど、多少イレギュラーもあったからね。そういう意味では君の望み通りの結果にならなかったのは仕方ない部分もあるのかな」
「イレギュラーだ? そりゃどういう意味だ」
「長くなるのもアレだから簡単に説明するけど」
と、ジェインは事の顛末を説明する。
この件とは全く無関係な一人の少年が反逆者として捕まり、その少年がもたらした情報によってラブロック・クロンヴァールは死なずに済んだこと。
実際に王に剣を向けた兵士達が一瞬で返り討ちに遭ったこと。
余計な証言をさせないために兵士達を率いさせた大臣は自分が始末したこと。
それらを簡潔に語って聞かせた。
大臣の死は事実であっても王子は死なせない様に立ち回ったこと。
王子や女王を死なせないために動いたのは他ならぬ自分であったが、エスクロの知らない人物がそうしたことにすることでエスクロが誰かに責任を負わせることを阻止するのと同時に自分に対して余計な勘ぐりをさせない様にしたこと。
勝手に身代わりにしたことに対するせめてもの義理で『コウヘイ』という名をエスクロに明かさなかったこと。
それらの真実を知る由のないエスクロは倒れ込む様に背もたれに体重を預けると、納得がいった様な浮ついた声で小さく笑った。
「なるほどねえ、ある意味俺にとって幸運だったってことだなぁオイ」
「どの部分がだい?」
「ラブロック・クロンヴァールとはもう一度ヤり合いてえと思ってるンでな。あっさり殺される様な雑魚ならそもそもこんな実験の意味すら無くなるってもンだろうよ」
「君の趣味はよく分からないけど、色々な人の運命に左右されて色々な人の運命が左右された結末だったって感想だよ。ボクからすればさ」
「それこそどういう意味だい。俺にも分かる様に言えってンだ」
「君というただ一人の黒幕によって仕組まれた反逆事件は……ただ一人、マーク・ハンバル大臣が反逆の罪を全て被り、結果ただ一人の反逆者の汚名を着せられた少年によって阻止されてしまった、ということだよ。それがこの件の全容でしょ?」
「同じただ一人の反逆者にも泣いた奴もいりゃここでこうして笑ってる奴もいるってかい。皮肉なモンだねぇ」
「ほんと他人事だね君は。ボクに丸投げしてりゃ高みの見物も出来るだろうさ」
「そう言ってくれンなよ、これも俺様のお勤めってやつだ」
「そうだ、迷惑ついでに一つ君に文句を言っておかないといけないことがあったんだ」
「身に覚えがありすぎて何のことだかサッパリ分からねえな」
「開き直らないでくれるかな……だったら言うけど君ね、ブランキーを連れ出す協力をさせておいて君が約束を破るってのはどういう料簡なのさ」
「約束だぁ? お前の手引きで城に忍び込んでお前がいねえ間にブランキーを連れ出す。それだけだろう。俺はその通りにやったぜ?」
「痕跡は残さないって言ってたでしょ。見張りの兵士を皆殺しにするなんて聞いてないよボクは。おかげでこっちは大騒ぎだったんだから」
「クックック、そういうことかい。そりゃ悪かったな。脅したぐらいじゃ言うことを聞かねえんだよ、お前ン所の兵隊は。それに、生かしてた奴もいたンだぜ? 結局ブチギレたブランキーがグシャっとやっちまったがな」
「それを楽しそうに語る君の神経が分からないって話だよもう。済んだことをいつまでも言うのは好きじゃないからこれ以上は言わないけど、そのブランキーはどうしてるんだい?」
「ある場所に匿わせてある。ま、しばらくは裏方に回ってもらうさ」
「どう使うつもりなのかは知らないけど、きっとロクなことじゃないんだろうことはボクでも分かるよ」
「そのロクでもねえついでに、もう一つ頼まれてくれねえかいAJ」
「またぁ? 君はボクを過労死させるつもりなのかい? ボクだって暇なわけじゃないんだから」
「かてぇこと言うなよAJ。対価はちゃんと払ってンだろ? 前払いで俺の鍵をお前にくれてやったぜ?」
「そうれはそうだけど、それ一つで一生君のアシスタントというのは果たしてどうなのかな」
「心配すんな、これで最後さ」
「ちなみに、聞くだけ聞くけど何をさせようっていうの? また実験?」
「実験じゃねえ、今回は本番に備えた下準備さ」
エスクロは懐から小さな瓶を取り出し、ジェインに向かってポンと放った。
ジェインは両手で受け取り、中に入っている緑色の液体をまじまじと見つめる。
「これ今回と同じじゃないか。またうちの兵士を命令に従うようにしようっていうのかい?」
「ああ、だが今回はもう少し大きな規模でだ。それだけありゃ千人は軽く見込めるだろ」
「君さぁ、うちの兵士を玩具にするのも大概にしてくれないと。シルクレアの兵力ばかり削って何しようってのさ。大体こっそり料理に混ぜて食べさせるのも苦労するんだから」
「人聞きの悪ぃ奴だなオイ。別に玩具にするつもりなんざねえよ。それなりに戦力の均衡を保たせるのが俺達の仕事ってことになってンだろう、違うかAJよ」
「それはそうだけど、他意が大いに含まれているんじゃないかってのがボクの不安なわけ。オーケー?」
「他意なんざねえさ、戦争が終わるまでは一応協力関係だぜ俺達はよ。その後どうなるかは知ったこっちゃねえが、それまでは仲良くいこうじゃねえか」
「はぁ……分かったよ、君が君の役割を果たそうとしているのなら協力はしてあげる。だけど、その前に一つだけ聞かせて欲しいことがある」
「アン? なんだよ」
「君は一体……この戦いの先に何を見ているんだい、レオン」
~勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている③~ 完
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