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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

【第二章】 僕のステータスでは二人のメイドさんにすら勝てる気がしない

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 そんなこんなで部屋を出ると、厨房に行くアルスさんと別れ僕は見廻りがてら城を歩きながら門へと向かった。
 今の僕の仕事。それはロールフェリア王女の世話係である。
 リュドヴィック王の一人娘でありこの国の王女であるその人物はとても我が儘な人だった。
 ローラ姫と呼ばれることも多い王女はアルスさんと同じ歳なのだが、勉強嫌いで有名であり王家とは何たるかを学ぶ気がなく、そういった人物像が王様の悩みの種なのだそうだ。
 それが今回の訪問では政治の事に加えてその辺りのことも僕に相談したかったらしい王様からの頼まれ事であり、いつかこの国の王になる王女に僕と接することによってその自覚を少しでも芽生えさせてくれればという中々に重い役割を断るに断れず引き受けてしまったのだった。
 ただでさえ一国の王が相手な上に豪華な部屋や食事をタダで与えられているのだ、頼み事をされて断れるわけがない。
 以前会った頃からキツそうな性格をしていて口が悪い人だという認識はあったのだけど、いざ近くで接してみるとその認識すら甘かったということを身を持って知ることになる。
 ただ話をしにいったところで取り合ってもらえないのは分かり切っていたので姫様(基本的にそう呼ばないと怒る)のお世話をする侍女さんの手伝いをしながら接する機会を得ようとした僕だったが、数分後には性格がキツいとかではなく超絶なる我が儘で自己中心的な性格の持ち主であらせられることが判明してしまってそれどころではなくなってしまっていた。
 王女である自分=偉い。
 そんな態度が強すぎることもさることながら、我が儘な割にあれをしろこれをしろと命令することはほとんどない。
 それでいて欲しい時に欲しい物が用意されていなければ機嫌が悪くなり暴言の嵐が飛んでくる始末。

『~を用意しろ』ではなく『なぜ~が無いのか』

 と、言われなくても、或いは言う前に気付けと無理難題を口にするばかりで、僕なんて始めて二日で『役立たず』『使えない男』『グズ』なんて言葉を何十回言われたことか分かりゃしない。
 無茶を言うなと嘆く気持ちを抱くのは僕だけではなかった様で、今現在そんな王女の専属の世話役というのが居ないらしく、その理由は就任して短ければ数日で、長くても二十日と持たずに耐えきれなくなった末に泣いて王様に頭を下げ、担当を外してくれと使用人の女性達が懇願することが相次いだそうだ。
 そんなわけで今では当番制になり、日替わりなものだから余計にそういった性格や趣味趣向を理解出来る様になるわけもなく、要望に応えるだけの経験が中々身に付かないことが余計に姫様を苛立たせ、それによって暴言を加速させているという悪循環だということらしい。
 かくいう僕も前例に漏れず、二日目の途中あたりでもう日本に帰りたくなったわけだけど、例の宰相の話もあって僕はこの城ではちょっとした有名人になってしまっている。
 そんな僕が期待に添えず、出来ませんでしたとあっさり投げ出すことはしたくなかったし、何より王様や他の侍女さん達の『この人で駄目ならもうおしまいだ』オーラがそれをさせてはくれなかった。
 僕自身、僕を買ってくれている王様やセミリアさんの人を見る目が疑われるのも嫌だったし、何より必要以上に過大評価されるのは嫌でも使えない人間だと思われることもそれはそれでプライドに障るという偏屈な人間性を発揮してしまった結果として意地でも継続してやると決めたのだった。
 それからの三日間は必死になって傾向と対策に身を費やし、こっちに来て六日目、つまりは昨日あたりになってようやく王女の性格と思考回路や好みを把握し始め、暴言をいただく回数も目に見えて減りつつある状態にまで至り今朝を迎えた次第である。
 というわけで僕はわざわざ王女を起こしに行く約一時間程前という早朝も早朝に起きて傾向と対策を生かすべく準備をして回っている。
 その第一段階として今はミランダさんを探して廊下を歩き回っている最中だ。
 食事の用意だったり城内の掃除だったりと日によって居場所が変わるミランダさんを広い城から探すのは大変だったりするのだが、今日は運が良い日らしく階段を降りてすぐにガラス窓を拭いているミランダさんを発見した。
「ミランダさん」
 すぐに呼び掛けると、僕に気付いたミランダさんが小走りで寄ってくる。
 ミランダ・アーネット。
 僕より一つ年下で、アルスさんと同じく僕の世話を焼いてくれるこの城の使用人だ。
 つむじのあたりのお団子がチャームポイント(ということに勝手にしている)で、小柄な体格と幼い顔立ちが妹的というか小動物的な可愛らしさがある甲斐甲斐しく、健気で明るいとても良い子だ。
「おはようございます、コウヘイ様っ」
「おはようございます、ミランダさん」
 どこか癒し効果のある笑顔に和んだはいいが、ふと何かを思い出したようにミランダさんの目が急に細くなる。いわゆるジト目だった。
「コウヘイ様……もしかして今日もアルスさんと?」
「………………」
 言ってる傍からそんな顔しないで?
「どうりで厨房に居なかったはずです。コウヘイ様も甘すぎるのではありませんか? そりゃ、コウヘイ様がアルスさんに変なことをするとは思っていませんけど……してませんよね?」
 笑顔が怖い。
「するわけないじゃないですか……少なくとも僕からは」
「僕からはってどういうことですかー! アルスさんに何かされたってことですね!?」
「そ、そういう意味じゃありませんって。なにぶん僕が寝ている間の出来事なので僕が知る由もないというだけで」
「ならいいですけど、コウヘイ様が何も仰らないからメイド長も黙認しているんです。ご迷惑なようでしたら言うようにしてくださいね? 添い寝なら……別にアルスさんじゃなくてもいいわけですし」
「……肝に銘じておきます」
 例えどれだけ小動物っぽくても戦国の世に生きる女性だ。
 強かでなければ世は渡っていけないのだということをよーく覚えておこう。
「ところでコウヘイ様、どこかへお出掛けですか?」
「ええ、それでミランダさんを探していたところでして」
「わたしを?」
 自分の名前が出たからか、ミランダさんは急に期待に満ちたような笑顔になる。
「ちょっと町に出たいので案内してもらいたくて。手が空くまで時間が掛かりそうなら口で教えて貰うだけでもいいんですけど」
「何を仰いますかコウヘイ様。お供しますよ、メイド長にお話してきますので少々お待ちください」
「あ、だったら僕も付いて行きますよ。なんだか僕のせいで人を減らしてばかりで申し訳ないですし、せめて一言謝っておきたいですから」
「そんな理由で頭を下げられたらメイド長は倒れてしまいますよ? コウヘイ様は我が国の宰相様なのです。本来ならばわたし達どころか兵士の方や大臣さんにだって頭を下げる必要の無いお立場なんですから」
「いや……だから僕は宰相じゃないんですってば」
 この数日で百回ぐらい言ってるな、この台詞も。
 宰相。
 この国で王様の次に偉い役職である。
 どういうわけか僕はリュドヴィック王にその地位に就いてくれと要請されており、異世界で就職するわけにもいかないので断っているにも関わらず誰にも彼にも宰相様と呼ばれている。
 この世界の七不思議の一つだ。
「別の世界の住人であるからというコウヘイ様のお考えは理解出来ますけど……こちらに居る間ぐらいなら引き受けてくださってもいいのではないですか? 国王様も勇者様も、それにわたしだってそれを望んでいるのですから」
「………………」
 毎度のことながら、そう言われると反応に困る。
 僕がこの世界の人間じゃないからというのは勿論最大の理由ではあるけれど、そうじゃなかったとしても僕は引き受けてはいなかったことも間違いない。
 この世界のことを大して知りもしない上にただの高校生だった僕にそんなものは務まらないとどれだけ言っても中々納得してもらえないこの城の方達。
 嫌です。とハッキリ言えない僕はその場しのぎの言い訳を繰り返してどうにか遠慮する方向にお茶を濁してはいるのだけど、最近はそれもあまり効果が無くなってきている気がしてならない。
 頼りのセミリアさんもこの国に帰ってきてから二度しか会ってないし、一回は姫様のパシリの最中だったので挨拶程度で終わっている有様だ。
 助けを求めようにも中々ゆっくり話す機会もないのが現実である。
 まあ……その話をしたところで、

「器ではないなどと思っているのはお主一人さ。嫌だと思う気持ちがないのなら私からも是非お願いしたいぐらいだ。役職など無関係に私はコウヘイを信頼しているし仲間であることが揺らぐことはないが、王やこの国の助けになることは間違いない」

 と、また同じ様なことを言われるだけなんだろうけどね……ああ恨めしや、ノーと言えない日本人。
 そんなわけで、
「その話は前向きに検討中ということで今はさておいてですね、あまり時間も無いので先にメイド長のところに行きません?」
 なんて具合に誤魔化す他ないのだった。
「そうですね。ではその話はお昼休みにでもコウヘイ様のお部屋でじっくり伺うとして、厨房に行きましょう」
 ……後回しにする手段を取り過ぎて後に回ってくれる時間がどんどん短くなっているな。
「でも、時間の事を仰いましたけど大丈夫なのですか? 王女様がお目覚めになるまでそんなに時間がありませんけど、今から町に行って用事をしていては間に合わないのでは」
「大丈夫ですよ。ちょっとお店で用事を頼むだけですぐ帰りますから」
 姫様が起きる一時間前に起きているのはそのためだ。
 例え思い付きや気まぐれであっても、起床後の姫様の要求は可及的速やかに満たさなければ漏れなく暴言が飛び、不機嫌になる。
 一日の始まりから不機嫌になられようものならその日一日の気苦労は倍増なのだからそれを阻止すべく動くことは決して無駄ではないのだ。
 加えて、今日は数日に一度の王様と姫様が朝食を共にされる日。
 僕も同席するように王様に言われているけど、まず間違いなく姫様の機嫌を損ねるイベントの一つなので被害は少ないに越したことはない。
 念のため姫様がいつもより早く起きる可能性を考慮して三十分前には城に帰りたいところだけど、今から向かえば十分間に合うだろう。
 着付けや入浴のお世話は女性である使用人の人達にお願いしているので僕はそれが終わるまでに部屋の前に待機していればいい。 
 しかし……ほんと、やっていることは宰相どころか使いっ走りのような感じだな。
 なんてことを考えながら僕はミランダさんと共に厨房に向かうのだった。

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