縫剣のセネカ

藤花スイ

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第17章:樹龍の愛し子編(1) 争陣の儀

第244話:思い出話と騎士の覚悟

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 フォルティウス達はプラウティアを連れて、予め決められた地点で部下の合流を待っていた。

「……来ないな。全員脱落した可能性がある」

 セルウィクスが言った。十一人もいた教会第三騎士団の精鋭達が今は三人しかいない。

 もう夜になっているので、枝に火をつけて三人で囲んでいる。巫女のプラウティアは少し離れた位置で寝ている。

「拠点は壊されていると思った方が良いな」

「あぁ、俺だったらそうするな。おそらく抜かりはないだろう」

 フォルティウスは重い口を開く。身体のだるさは取れ、魔力も戻ってきている。

「その後でこちらに来なかったということは、向こうも休息を取っているのかもしれないな」

「あぁ……。だが、そう思わせておいて仕掛けるつもりかもしれない」

 サナトリアスは俯いている。これだけの状態になっているのだから当然だろう。完全な作戦負けだ。

「こうなった原因はなんだと思っている?」

 セルウィクスに聞くと、一瞬だけ表情が緩んだけれど、すぐにいつもの顔に戻った。

「まずは戦力想定が大きく違ったことだろうな。話を聞く限り、ルキウス様とセネカの二人だけでお前が追い詰められたんだろ? それだけでも大きな誤算だな」

 今は三人しかいないのでセルウィクスはかしこまった態度を取っていない。サナトリアスも同じだ。

「俺には騎士の補助もあった。奴等は基本もしっかりしている上に突然戦いの様子が変わるから対応が大変だった」

 フォルティウスは冷静さを意識して話す。思うところはあるけれど、いまはそれを考える時ではない。

「他の奴等もおかしいぞ。ウォレローが【砲撃魔法】と思われる攻撃でやられたんだろ? セルウィクスを守りながらだったとはいえ、不意打ちの一撃で消耗し、追撃を加えられて終わりだ。そんな魔法を使う奴がレベル2の訳がない。そもそもを言えば、超広域に【探知】されている気配がするぞ」

 サナトリアスも少し感情が漏れているが、冷静になろうとしているのが分かる。感情に任せて勝てる相手ではないのだ。

 セルウィクスが続ける。

「作戦がかなり入念だ。序盤もそうだったが、戦いの運び方に意図を感じる。前の戦いと後の戦いが繋がっていて、それぞれの行動が効果的になるように巧妙に設計されている」

 サナトリアスとジースに対する罠の話からも分かるが、作戦全体を俯瞰的に捉えながら個々の行動が練られているようだった。

「俺の責任だ。歴史だの何だの言われて視野が狭くなっていた。それにやはり若者だと侮る気持ちがあったのだ。それがこの状況の原因であり、即座に捨てなければならない考えだ」

 フォルティウスは拳を握った。ここまで任務をうまく遂行することが出来なかったのはいつ以来だろうか。

 悔しさに飲まれないようにしながら戦いを振り返る。そうしてみて、やっと分かってくることがあった。

「それと……俺達は今回の戦いをいつもの任務と捉えてしまっていたんだ。いつものように万全の準備をして、対応していけばどうとでもなると思っていた。だが本来であれば、今回の戦いに合わせて、一から布陣を考える必要があったんだよ」

 そう言うとセルウィクスもサナトリアスもハッとした顔になった。

「確かに普段の任務とは全然性質が違うな。護衛任務にも作戦はあるが、どんな場合でも相手の動きに対応することが本線となる」

「普段は相手の情報が明確じゃないことも多いしな。どこで襲撃があるかは感覚的に分かるが、そんなことは今回の戦いには使えない」

 二人にも気付くことがあったようだ。

「そして、今になってから思うが巫女の能力をもう少し加味してよかった」

 三人でプラウティアの方を見る。これまでずっとプラウティアは巫女らしく振る舞っていたが、さっきの逃走では素早い動きを見せていた。

 あれだけ動けるのであれば、拠点にこもる作戦に固執する必要はなかった。もちろん彼女が動く気になったかは別の話だが……。

「寝るのも異常に早かったな。あれだけの戦いがあった後に野晒しで寝るのはそう簡単ではない」

「準備の早さも含めて相当訓練されている。襲撃があったらすぐに覚醒して逃走も可能だろうな」

 聞いていた通り巫女は冒険者だったのだ。しかも、何かが違えば自分たちの敵として現れて、脅威となったほどの……。

「儀式だったから騎士は離脱しているだけだが、実戦だったら全員死んでいる。俺は指揮官失格だな」

 フォルティウスは手荷物から携行食を取り出して食べた。ついでにさっき採取した果実も口にする。酸っぱくて美味しくはないけれど、力にはなりそうだ。

 セルウィクスとサナトリアスも食べることにしたようだ。何とも言えない沈黙が続く。

「……なぁ、二人とも覚えているか? 騎士団に入りたての頃は、こうやって三人で良くその辺の木の実や草を食べていたな」

 サナトリアスが酸っぱそうに顔をしかめながら言った。

「当然覚えている」

「忘れるわけがない」

 この三人は騎士団の同期だ。第三騎士団に配属されてからは先輩騎士に一緒にしごかれた。

「訓練の最中に食い物がなくなったこともあったな。本での知識を思い出しながら葉っぱを口に含んだりして、毒かどうか確かめた」

「そんなこともしていたな」

 苦すぎて毒に違いないと思っていた植物が実は食べられるものだったと後から知ったこともあった。毒消し効果があるようだったので、食べれば良かったと後悔したものだ。

「あの頃は先輩達の悪口をよく言ったよな。だが、そんな俺たちが今では団長と副団長様だ」

 セルウィクスは黙って酸っぱい木の実を食べている。この男は何故か酸味のあるものが好きだ。

「閉鎖的で保守的な騎士団に嫌気が差していたが、俺たちが今ではそれを守る側の人間になっちまった……」

 サナトリアスは目を細めた。最近はこんな話をすることがなくなっていたけれど、彼もずっと思うところがあったのかもしれない。

「戦い方も変わったよな。お前は盾士の癖に攻撃したがる奴だった。おかげで、隊列が乱れると連帯責任とか言われて俺とセルウィクスも一緒に走らされたんだ」

「あれは迷惑だったな」

 二人は楽しそうに笑っていた。フォルティウス自身は気まずいが、こんなに穏やかに話すのは本当に久しぶりだ。

 思い出話に花を咲かせた後で、サナトリアスは神妙な顔になった。

「なぁ、フォルティウス。ギルドで巫女の選定があった時、何故俺たちを連れて行かなかった? いや、それ以前に何故お前自ら行ったんだ。ブレダとジースだけで行かせても良かったはずだ」

 顔を見ると二人と目が合う。普段だったら話さなかったかもしれないが、今は良いかと思ってしまった。

「勝つためにあの行動は必要だった。だからこそ俺が行かなくてはならなかったんだ。何かあった時、俺だったら団長を辞めるだけで良いが、下の奴等だとそうはいかないだろう」

 二人の目が鋭くなる。セルウィクスは酸っぱい実を置いて口を開いた。

「だったら俺達を巻き込め。事が大きくなるだろうが、お前だけが責任を取るよりは良いだろう」

 フォルティウスは自分が団長を降りた後のことを考えてセルウィクスとサナトリアスには言わなかったのだが、そんなことは二人とも分かっているだろう。

「なぁ、フォルティウス、セルウィクス。俺たちは騎士団に染まりすぎたな。歴史を守り、伝統のために戦ったつもりだったが、その結果が今だ。意味がなかったとは思わないが、上から『負けるな』と圧をかけられて結局身動きが取れなくなっていた」

 サナトリアスの言う通りだった。負けるとは露ほども思わなかった自分たちに問題があるけれど、集中しきれない部分もあった。

「いまは聖下がいるおかげでこの怪しい均衡が保たれているが、辞任なさった後は、混沌とした時代になるだろうな」

 騎士団長のフォルティウスから見ても今の教会は何処かがおかしかった。長年に渡って蓄積されたものが根底から揺らぎ始めているように感じていた。

「まぁ、そんなことを言っている俺らも加担している側なのだろうがな……」

 フォルティウスは大きく息を吐いた。反吐が出る気持ちだったけれど、それはもうどうでも良いことだった。

「さっきも話したが、この戦いは『教会第三騎士団』としてのやり方に固執しすぎたのが問題だった。それは、つまりのところ、『教会らしく』とか『伝統では』というのに縛られているのと何にも変わらん」

「その通りだな」

 美男として有名だったセルウィクスもいつの間にか渋い男になった。それだけの時が経ったということなのだ。

「倒されていった部下達には悪いが、幸いここには最高戦力の三人が残っている。俺はまだ勝ち目はあると思っているが、お前らはどうだ?」

 サナトリアスは目を鋭くさせた。

「当然勝てるさ。ここまで来りゃあ、作戦もくそもない。【探知】もどうせされてるんだろうから余計なことを考える必要がないな。準備が出来たら敵に突っ込めば良い」

 サナトリアスの言葉を聞いて、セルウィクスは笑った。

「全ての力を出せば良い。もう守るものなどなくなったのだからな。下の者に遠慮する必要もないし、仲間をおもんぱかる必要もない。ただの騎士に戻った俺たちが負けるはずがない」

 フォルティウスは突然身体が軽くなったように感じた。まるで青年の頃に戻ったように疲労を感じない。

「劣勢は久しぶりだな。団長の職に就いてからは初めてかもしれない」

「そうだな……。俺たちはいま挑戦者だ」

「懐かしい響きだ」

 三人で話していると、離れた場所で寝ていた巫女が身体を起こすのが見えた。声が大きくなっていたのだろう。

 寝起きに申し訳ないが、フォルティウスは覚悟を決めた。巫女に近づき、足をそろえて座ってから頭を下げた。

「巫女殿、これまでの非礼をお詫びします。私達はこれから最善を尽くし、敵と相見えると決めました。身勝手なお願いだと分かっていますが、どうか協力を頂けないでしょうか」

 巫女の顔は見えなかったが、困惑しているのが分かった。しかし、そのまま少し待っていると毅然とした様子の声が聞こえてきた。

「仲間を攻撃するつもりはありません。あなた達の助けになろうとも思えません。しかし、出来うる限りの速さで移動しますし、戦闘の時には私なりに良いと思った場所に自主的に移動すると約束します。そのような点において、もし指示があるようでしたら部下に命じるように私に言っていただいて構いません」

 フォルティウスは思わず顔を上げた。ここまでじっくりと彼女の顔を見たのは初めてだったかもしれない。

「それだけ協力していただけるのでしたら、有り難いです」

 フォルティウスは頭を下げてからもう一度プラウティアの顔を見た。

 そこにいたのは一人の美しい冒険者だった。
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