縫剣のセネカ

藤花スイ

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第18章:樹龍の愛し子編(2) 龍祀の儀

第266話:楽園

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 壁の先にあった道を進むと、すぐに光が見えて来た。ずっとこんな道を行くのかと思っていたけれどそうではないようだ。

 セネカは大きく息を吐いた。もうここは樹龍の領域だ。何が来るのか分からない。

「マイオル、スキルはどう?」

「使えるけれど、情報がぼやけている感じはするわ。正しいか分からないからしばらくは様子を見ましょう」

 セネカは頷いた。そしてニーナと共に前に出る。

「外に出ましょうか。セネカ、ニーナ、偵察お願いね」

 セネカは針刀を握りしめた。そしてニーナに合図を送り、外に飛び出した。

 目の前には色とりどりの花が咲く世界が広がっていた。木は生えておらず、背の低い植物がたくさんだ。空もどこか低いように感じる。

 セネカはおそるおそる足を進める。薄くもやがかかっていて分かりにくいけれど、見える範囲に魔物はいない。

 セネカはふと足元を見た。そこには青い花が咲いていて、茎や葉には産毛のような毛状突起がびっしりと付いていた。

 美しさはさておき、その植物は高い山にしかない種類ではないかとセネカは感じた。

「セネカ、これコマクサの仲間に見える。知らない種だけど、高山植物だと思う……」

 ニーナも同じようなものを見つけたようだ。

「私もメコノプみたいな花を見つけたよ。これも高山にしかないと思うんだよね」

 セネカは改めて目線を上げた。見える範囲に樹木はなく、低い植物ばかりだ。そこだけ見るとまるで高山地帯に入ったようだけれど、地形的な起伏はない。森林限界の先にある平原とでも表現すれば良いのかもしれないけれど、とにかく違和感があった。

「とりあえず一度戻ろう? プラウティアに見てもらった方が良さそう」

 そう言うとニーナは頷いた。みんなの元に戻り始める。

「思ったよりも普通だった。変は変だけど、もっと特殊な場所になると思ってたから」

「そうだね。でも私たちが青き龍と遭ったのも、普通に見える森と砂漠を超えたところだったなぁ」

 何処からが龍の空間だったのかは分からなかった。

「ここって存在する場所なのかな。私たちだけしか入れないのか、全く別の場所なのか、それも分からないね」

「そうだね。特殊すぎてよく分からない」

 不思議なことばかりだ。けれどそれが面白さに繋がるのかもしれない。

 ニーナはニコッと笑った。

「樹龍に聞いてみよっか?」

「そうだね。会ったら聞くことにしよう」

 話をしているうちに仲間のところに戻って来た。まだ緊張感はあるけれど、出る前よりは緩んだ雰囲気だ。

「敵はいなかったみたいだけど、どうだった?」

 マイオルが言った。難しい顔をしているので【探知】はうまく使えないのかもしれない。

「見ての通り、空が近くて背の低い植物ばっかりだった。高山植物の仲間をいくつか見かけたから、植生は高山地帯に近いのかもしれないけれど、地形的には今のところ平坦に見える」

 植物と聞いて、巫女の服を来たプラウティアが前に出て来た。

「どんな植物だったの?」

「ニーナと私で、コマクサやメコノプみたいな花を見つけたよ。プラウティアに見てもらうのが一番だと思ったからすぐに戻って来た」

 プラウティアは目を輝かせた。何処から取り出したのか採集用の袋を準備している。

 マイオルはそんなプラウティアをチラッと見て、笑みを浮かべてからみんなに言った。

「今のところは敵の姿がなさそうだし、全員で少し進みましょう。あたしの【探知】だけれど、やっぱりうまく使えないわ。少し目が良い人くらいの探知範囲だと思っていると良いかもしれないわね」

「どういう陣形で進む?」

「セネカとニーナに先行してもらって着いて行く形にしましょう。最後尾はルキウスとファビウスで、その一列前にプルケルとストローにいてもらうのが良さそうね。ケイトーさんとモフは常にプラウティアの横にいてもらうことにしましょう」

「分かった」

 みんながすぐに隊列を整えた。特に指示のなかったガイアとメネニアも迷いなく動いて、隊列の中に入った。

「プラウティアは前に出過ぎないようにね」

「は、はいっ!」

 ふらーっと前に出てきたプラウティアをマイオルが嗜めた。珍しいことだけれど、プラウティアらしいと思ってみんな笑顔になった。

「それじゃあ、行きましょうか!」

 セネカはニーナと目を合わせて、再び奥へと進む。

 後ろから前へ前へ進もうとするプラウティアを気にしながら歩いて行くと、すぐに声が聞こえてきた。

「あっ、これポレモニアに似てますよ」

 早速プラウティアが見つけたようだ。ポレモニアも高い山に生える植物の一種だ。

「ですが、形がおかしいですね。苞葉が構造的に妙ですし、綿毛の出方にもやや違和感があります。土壌的にもこういう場所にはあまり生えないはずですが……」

 プラウティアは話しながらスキルを使ったようだ。花が分かれているので、[選別]したのだろう。

「やっぱり苞葉や花の構造はポレモニアではありませんね。良く似た何かです」

 プラウティアが断言した。控えめなプラウティアが言うなら間違い無いだろう。

 ストローやファビウスも植物に詳しかったと思うが、プラウティアがいるので黙っている。

 それからみんなで歩き回り、植物を見てまわった。改めてプラウティアの知識の豊富さを確認することができたし、実は苔類に詳しいルキウスも興味深そうに探索していた。

 みんなで植物談義に花を咲かせていたが、そんな中でガイアが冷静な言葉を発した。

「これだけ植物があるのに動物をいっさい見ないな。特に虫一匹見つからないのは奇妙だ」

 その言葉にセネカは口を閉じた。確かに虫の姿を見ていない。あまり真剣に探していなかったけれど、動物の痕跡などもなかった。

 事前に動物や虫の魔物がいるかもしれないとプラウティから聞いていた。

「樹龍の『神界』はその時々で変わり、入るまでどんな場所になっているか分からないというお話は事前にしました」

 セネカは頷いた。

「過去の記録を読むと、いくつか特殊な例の記載があるのですが、余計な情報になると思って皆さんには共有していなかったのです」

「これが特殊な環境かもしれないってこと?」

 マイオルが聞くとプラウティアは頷いた。表情的には穏やかなので、とりわけ危険という訳では無いのだろう。

「まだ確定ではありませんが、事例としてお伝えしますね。この世界はもしかしたら、純粋な動物が一切存在しない植物だけの世界かもしれません」

 プラウティアは気持ちよさそうに大きく息を吸った。

「土も石も、見える物全部が植物の世界……。そんな特殊な環境の場合もあるようです」

 セネカはハッとして近くにあった小石を拾った。話を聞いたからかもしれないが、普通の石ではないように見える。

「【植物採取】」

 手に持っていた石が消えた。そして離れた場所にいたプラウティアの手から同じ石が現れた。

「セネカちゃん、この石は植物だったみたい……」

 他のみんなも一斉に腰を屈め、地面の石や砂を手に取って観察し始めた。

「プラウティア、その記録に他の情報は載っていなかった?」

 セネカが聞くとみんなの動きもぴっと止まった。

「ありました。当時のヘルバ氏族の者は、『その世界の動物たちは植物で出来ていて、優雅に自由に森を徘徊していた。それはまるで楽園のようだった』と書いています」

「楽園、楽園かぁ……」

 セネカにはそうは見えなかった。けれど、全部が植物なのは何となく優雅で温和な感じがする。

 せっかくなのでこの世界を楽しもう。そう思った時、ストローの緊迫した声が聞こえてきた。

「みんな、地面から何か来る。避けてくれ」

 わずかに地面が揺れるのを感じて、セネカは飛び退すさった。

 地面からぴょぴょぴょーんと楽しそうに飛び出してきたのは、三匹の緑色のモグラだった。
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