縫剣のセネカ

藤花スイ

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第18章:樹龍の愛し子編(2) 龍祀の儀

第279話:迫るもの

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 セネカはずっと警戒心を持っていた。樹龍が儀式を見ると言った時も、儀式を花が彩った時も、プラウティアが楽しげに樹龍と空を昇った時も……。

 ガイアとルキウスも同じようだった。マイオルは少しだけ気を抜いた瞬間があったのだけれど、すぐにいつもの通りに気を引き締めていた。

 ずっと違和感はあった。樹龍はずっとセネカ達のことを見ようともしなかったし、やっとこちらを見たと思えば、値踏みされているような感じがした。

 だから、いくら樹龍がプラウティアを大切に思っていようとも自分たちの方に牙が向けられる時が来るのではないかと考えていた。

 その直感は正しかった。

 樹龍はものすごい速さで上空から降りてきて、頭に響く声で言った。

【信と力を見せよ】

 セネカは即座に針刀を出して強く握った。

【足らねばヘルバの娘を外には出さぬ】

 その言葉の意味を考える。プラウティアをここに閉じ込めるということだろうか。仲間を奪うということだろうか。

 突然怒りが湧いてくる。足を強く踏み出して、今にも樹龍に特攻したくなる気持ちを必死に抑える。

 樹龍の動きを見ていると、地面からにょきにょきと草が生えてきて大きくなり、一瞬で森ができた。

「セネカ、ニーナ、ファビウス! モフの援護を受けながら様子を見て!」

 返事をする前にセネカはニーナとファビウスを見た。樹龍の敵意剥き出しの威圧を受けて、二人の動きが鈍くなっている。

 セネカは細く小さい針を出して、雷の属性を帯びさせた。そしてニーナとファビウスの腕に刺し、ちょっとピリっとさせてもらうことにした。

「ぎゃっ」

 ニーナが声を上げた。一瞬だけ毛が逆立ったように見えたのは気のせいだろう。

 ファビウスはうめき声も上げなかったけれど、目をパチパチとさせた後で、いつも通りの表情に戻った。

「木が向かってくるよぉ!」

 モフの声だ。

 どんな原理がわからないが、さっき生えてきた木が根ごとこちらに向かってきている。見える範囲で五本やって来ていて、セネカが全力で走るよりも速く動いている。

 目の前にモフの綿が出現する。綿は三本の木の前に広がっていて、その勢いを止めようとしている。

 セネカは綿がない方向からやってくる木を見た。糸で作った鞘に針刀を納めて力を溜める。

「止められないかも!」

 再びモフの声が聞こえてくる。モフの綿で止められないとなるとかなり強力に違いない。

 空気を縫って加速し、全力で針刀を走らせる。

 刃が木の表面に当たる。その瞬間、硬い金属にぶつかったような手応えを感じて、セネカは針刀を手放した。

「硬すぎる!」

 思わずそう叫んでいた。

 横から『ガンッ』と鈍い音が聞こえて来る。目を向けるとニーナが木に槌を振っている。

 木は折れなかったものの、ひしゃげてその動きを止めた。

「全員、戻って来て!」

 マイオルの声が聞こえた。みんなの方を見ると、セネカが打ち負けた木を避ける姿が見える。

 セネカは再び空気を縫って元の場所に戻る。モフとメネニアを囲むような陣形になっていたので、とりあえず防御が薄そうな場所に入った。

「回避に専念しながら方針を立てましょう。セネカ、攻撃対象を絞りたいから木が来たら針を撃って」

「分かった。複数あったら色を変えるね」

 そう言った瞬間、また木がすごい勢いで向かって来た。

 セネカは障害になりそうな三本に[まち針]を撃った。それぞれ違う色だ。針先に粘着性を持たせたのでしっかりくっついている。

「赤に行く!」

 そして自分は赤い針が付いた木に走る。同じ色の[まち針]を大量に撃った後で固定すると少しの間、動きが止まった。

「ニーナは赤、ケイトーさんとモフで青をお願い! 緑は避けるわよ! 攻撃を試したい人は技を出しても良いから」

 間髪入れずにニーナが飛び出してきて槌で木を打った。先ほどと同様に木は曲がり、動きが止まった。

「セネカ、引き続き木を選別して! 赤はセネカとニーナ、青はケイトーさんとモフにして! 他の色はこちらで振り分けて行くから」

 セネカは大きく手を振り上げた。了解の合図だ。

 それからセネカはニーナと組みながら、やってくる木の対処を続けた。最初の方は向かってくる木も三本ほどだったけれど、段々と五本になり、いまでは十本近くまで増えている。

【ヘルバの娘を外に置いておくことはできぬ】

 そして再び声が聞こえて来た。
 プラウティアをこの世界に囲うつもりなのだとセネカは考えた。

「全員集合! 木の対処を続けながら少しずつ戻って来て!」

 音の鳴る矢が放たれた後で、マイオルがそう言った。できるだけ早めに対処しようとしていたので、セネカはみんなのところから離れていた。

「セネカ、戻ろう!」

 ニーナと共に木を折りながらセネカはマイオル達のところまで戻った。ちなみに動きを止めた木は、少しすると地面に引っ込んでしまう。

「ガイア、セネカと目印の役を変わって。ルキウスとストローに外側に出てもらって、セネカとニーナにも話を聞くわ」

 戻るとすぐにセネカは陣形の中側に入れられた。

「達成要件は不明ね。だけど、私たちが『信と力』を見せないとプラウティアは帰って来れなさそう」

 すぐさまマイオルから議論の内容が共有される。

「攻撃がどんどん強くなってるね。このままだと押し切られそう」

「引いたりしたらもっとやって来そう」

 セネカはニーナと共に感じたことを話す。マイオルも頷いていた。

「プラウティアが食べられるってことはなかったけれど、大切にしたすぎてここで囲うみたいな話に聞こえた。それって私たち目線だと捧げ物になってるのと変わらないよね」

 セネカは自分がちょっと早口になっているのに気がついた。少し頭に血が昇っている。

「そうね。だから何としてもプラウティアを取り戻さなければならないわ」

「うん、そうだね。そのために戦おう」

 目的を再確認した後で、今度はニーナが質問した。

「どんな作戦がいいって話になっているの?」

 話を聞きながら周囲を見ると、また木がやって来た。数は増えていそうだったので、セネカは対処が遅れそうな木に[まち針]を撃った。そして、攻撃対象から漏れてこちらにやって来た木を避けた。

「話に上がった作戦は、後退して態勢を立て直すか、このままジリジリ進んでいくか、突撃かの三択ね」

「そっかそっか」

 セネカはそう言った。

 どんな議論がなされたのかは分からないけれど、もう方針が決まっていることはマイオルの様子から分かっていた。

 そして、ここでニーナと共に呼び出されていることから、どんな作戦を取るのかも察することができた。

 ニーナも黙っているけれど、もう結論は出ていて、ゆっくりと覚悟を決めようとしているのだとセネカには分かった。

「突撃するわ」

 マイオルははっきりと言った。よく見ると手は震えていて、顔は真っ白だ。

「[しるべ]を使ったの。だけど、見えた像はいつもより不鮮明だった。【探知】の解像度も悪くて、プラウティアの大まかな位置が分かるくらいね」

 周囲に注意を払いながらもセネカはマイオルの手を取った。

 この戦いでは、いつものようにはマイオルの力に頼れないようだった。大まかな方針だけ決めてもらって、あとは瞬間瞬間で判断していくしかない。

 だけどそんな状況でもマイオルは戦い続けるだろう。祈るしかなかったとしても考え続けることだろう。

「不鮮明な像が三つ見えたわ。そのどれもに関わっていたのが、ファビウス、セネカ、ルキウス、ケイトーさん。三人でファビウスを守りながら、プラウティアのところに連れて行って欲しいの」

「分かった」

「それぞれの違いは、道の開き方だった。キトの薬、ガイアの魔法、モフの綿、それらをどう使うかで違っていたんだと思う。どれを選んでもうまく行くのか、それとも行き詰まるのか……。それは分からないわね」

 結局のところ、導で答えは出ない。これまでは信じることで劣勢を潜り抜けて来たけれど、今回がそうとも限らない。

 しかし、セネカの答えは決まっていた。

「信じるよ。マイオルのことも、スキルのことも……。そして、みんなのことも!」

 いつの間にか声が大きくなっていた。だけど、みんなに届いて欲しいと思っていたのだ。

 ここにいるみんなに、プラウティアにだって……。

「ありがとう、セネカ」

 マイオルは、いつものちょっと虚勢を張る時のような自信のある顔になって、指示を出し始めた。

 ここは、たくさんの木が次々に迫ってくる慌ただしい戦場だ。そんな中で、セネカは忙しなく動きながらもマイオルの声をしっかりと聞いていた。

「ニーナ、プルケルと一緒に先頭を任せるわ」

「はいはーい」

 ニーナは軽く請け負った。それがいま必要な振る舞いだと思ったのだろう。

「ファビ君のことは私に任せてよ。ちゃんとプラウティアのところに送り届けるからね」

 そう言ってニーナは陣の外側に出た。木の対処をしているルキウスと交代するつもりだということがセネカには分かった。

「その後ろにケイトーさんね!」

 ケイトーも迫り来る木の対処をしている。だけど、ちょっとした合間に斧槍を掲げてマイオルに応えた。

「そして、セネカとルキウス。最後尾にファビウス」

 ニーナと交代したルキウスはいつものように穏やかに笑った。

 セネカは多分初めてくらいにファビウスの背中を叩いた。言葉はいらない気がしていた。

「ストロー、モフ、メネニア。前進するみんなを助けて欲しい。まずはキトの薬が樹龍に効くのかを見ましょう」

 三人は何故だか微笑んでいた。ちょっと不思議だったけれど、自分もちょっと笑っていることにセネカは気がついた。

「ガイア、【砲撃魔法】を全力で撃って欲しい。道を開くために、樹龍に傷を与えるために全弾使って欲しい」

「任された」

 ガイアも珍しく楽しそうだった。全力を出せることが実はそう多くないからでもあるだろう。

「私はみんなの補助をするわ。だけど、今が一番活躍できる時間なのよね」

 マイオルが一瞬俯いたのが見えた。けれどすぐに顔を上げて言った。

「これが最後の戦いよ! 悔いのないように、惜しみのないように全力を出しましょう!」

 セネカには分かっていた。みんなの足は震えている。顔は白くなっている。

 一瞬の後に樹龍の攻撃で塵になってしまうのかもしれない。あまりの力の差に心が折れてしまうのかもしれない。

 だからこそ、声を上げるのだ。

「相手にとって不足なし!」

 セネカは走り出した。
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