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「またこんど、しようなー」
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喋るのが上手くなってきた子どもが、近頃よく言うフレーズがある。それが「またこんど、しようなー」だ。これに気づいたとき、非常に申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになった。
「またこんど」というのは、大人が子どもにする言い訳の常套句だ。あれしたいこれしたいと訴える子どもに、また今度しようね、と言って逃げる。そしてその「今度」は永遠にやってこない。大人は、その一時さえ誤魔化すことができればいいのだ。
そういった考えがあったため、子どもが「またこんど」と言い始めたときは、私は子どもに対して、そんなに適当な言葉をたくさん放ってしまったのかと猛省した。猛省した勢いで、過去の自分の発言を振り返ってみた。
私が「また今度」とこの子に初めて言ったのはいつだっただろう。
答えは案外すぐに出た。保育園から帰るときに言っていた。
保育園の送迎に自転車を使うようになり、車での移動とは違う道を通るようになった。いつも車で通る道は、交通量が多く、自転車で通ろうとすると危険を伴う。
あの言葉を言ったのは、帰り道でのことだった。
ほんの出来心で、行きとは違う道を通って帰ってみた。帰路の道中で、舗装がガタついているところがある。ガタつくと言っても走行に極端な影響が出るほどではない。後ろに乗っている子どもがどういう反応をするのかを見てみたくて、ガタガタするよ、と言って敢えてその道を走ってみた。スピードは緩めたが、車体はガタガタと上下する。
子どもの反応が気になったが、彼は後ろで大笑いしていた。
「きゃーっ! がたがた、するね! もっかーい!」
このちょっと前に習得した「もっかーい(もう一回)」を繰り出すほどの気に入りようだ。ここで本当にもう一回繰り返してしまうと、家に帰れなくなる恐れがあった。彼の「もう一回」は「ぼくが飽きるまでずっと繰り返してください」と同義なのだ。だから私は引き返さずにそのまま家に向かった。
このときだ、私が「また今度」と言ったのは。
彼の要求に対して、「そうだね、がたがたしたね。また今度しようね」と言ったのだ。怒るかもしれないと思ったが、納得したようで「またこんど」と初めて聞く言葉を繰り返していた。
その日は一度通ったきりで終わった。だが、私は「また今度」を実現するため、翌日も同じ道を通り、ガタガタと自転車を揺らした。それから彼はこの道を通る度に「またこんど」と言っている。結果として、毎日舗装の悪い道を通って帰宅することになった。雨の日はさすがに自転車を使うことができないので実現できない。幸いなことに、車に乗るときはあの道を通らないと理解しているようで文句を言われたことはない。彼は、晴れまたは曇りの日限定の「こんど」を信じて自転車に乗って帰路につく。
我が子の言う「またこんど」は、永遠にこない「今度」ではなく、近々実現できる「今度」なのだ。
子ども自身が実際にどう考えているのかは分からない。だが、自分が適当な言葉を放っていたわけではなかったらしいと気づけただけでも、私としては御の字である。
ちなみにいまは、空高く飛ぶヘリコプターを見かける度に、「またこんど、のろうな」と言われることに困っている。
申し訳ないが、私も君もまだヘリコプターに乗ったことはないし、今後も乗る予定はない。
「またこんど」というのは、大人が子どもにする言い訳の常套句だ。あれしたいこれしたいと訴える子どもに、また今度しようね、と言って逃げる。そしてその「今度」は永遠にやってこない。大人は、その一時さえ誤魔化すことができればいいのだ。
そういった考えがあったため、子どもが「またこんど」と言い始めたときは、私は子どもに対して、そんなに適当な言葉をたくさん放ってしまったのかと猛省した。猛省した勢いで、過去の自分の発言を振り返ってみた。
私が「また今度」とこの子に初めて言ったのはいつだっただろう。
答えは案外すぐに出た。保育園から帰るときに言っていた。
保育園の送迎に自転車を使うようになり、車での移動とは違う道を通るようになった。いつも車で通る道は、交通量が多く、自転車で通ろうとすると危険を伴う。
あの言葉を言ったのは、帰り道でのことだった。
ほんの出来心で、行きとは違う道を通って帰ってみた。帰路の道中で、舗装がガタついているところがある。ガタつくと言っても走行に極端な影響が出るほどではない。後ろに乗っている子どもがどういう反応をするのかを見てみたくて、ガタガタするよ、と言って敢えてその道を走ってみた。スピードは緩めたが、車体はガタガタと上下する。
子どもの反応が気になったが、彼は後ろで大笑いしていた。
「きゃーっ! がたがた、するね! もっかーい!」
このちょっと前に習得した「もっかーい(もう一回)」を繰り出すほどの気に入りようだ。ここで本当にもう一回繰り返してしまうと、家に帰れなくなる恐れがあった。彼の「もう一回」は「ぼくが飽きるまでずっと繰り返してください」と同義なのだ。だから私は引き返さずにそのまま家に向かった。
このときだ、私が「また今度」と言ったのは。
彼の要求に対して、「そうだね、がたがたしたね。また今度しようね」と言ったのだ。怒るかもしれないと思ったが、納得したようで「またこんど」と初めて聞く言葉を繰り返していた。
その日は一度通ったきりで終わった。だが、私は「また今度」を実現するため、翌日も同じ道を通り、ガタガタと自転車を揺らした。それから彼はこの道を通る度に「またこんど」と言っている。結果として、毎日舗装の悪い道を通って帰宅することになった。雨の日はさすがに自転車を使うことができないので実現できない。幸いなことに、車に乗るときはあの道を通らないと理解しているようで文句を言われたことはない。彼は、晴れまたは曇りの日限定の「こんど」を信じて自転車に乗って帰路につく。
我が子の言う「またこんど」は、永遠にこない「今度」ではなく、近々実現できる「今度」なのだ。
子ども自身が実際にどう考えているのかは分からない。だが、自分が適当な言葉を放っていたわけではなかったらしいと気づけただけでも、私としては御の字である。
ちなみにいまは、空高く飛ぶヘリコプターを見かける度に、「またこんど、のろうな」と言われることに困っている。
申し訳ないが、私も君もまだヘリコプターに乗ったことはないし、今後も乗る予定はない。
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