異世界で水の大精霊やってます。 湖に転移した俺の働かない辺境開拓

穂高稲穂

文字の大きさ
表紙へ
3 / 33
1巻

1-3

しおりを挟む
 大精霊、冒険者になる



 依頼ボードに載っていたのは、薬草採取や他の冒険者の荷物持ちばかりだった。
 十級の依頼というだけあって、大した仕事はなく、報酬ほうしゅうが安い。
 とりあえず子どもたちが安全に寝食できる場所を確保するためにお金が欲しいのだが、これでは到底稼げそうにない。

「どうしたものかねぇ……」

 チラッと子どもたちに目線を向けると、彼らは興味深そうに依頼ボードを見ていた。

「おいおい、いつからうちはガキどものたまり場になったんだ?」

 背後からドスの利いた声が聞こえてきた。
 子どもたちは怯えて俺にしがみつく。

「無視してんじゃねぇぞ、ガキぃ!」

 返事をしない俺に苛ついた男が、ドンドンと響かせるように足音をさせながら近づき、背後に立つ。
 そして、俺に掴みかかろうとするが――
 俺は、水の膜でそれを阻んだ。

「な、なんだこれは!?」

 男は驚いて手を引っ込める。

「う~ん、十級の依頼の中だと一番報酬が高いのはこれか」

 依頼ボードから一枚を引き剥がして、俺はそのままカウンターへ向かった。

「お、おい! 待てこの野郎!」

 俺は男に構わず、さっき冒険者登録をしてくれたお姉さんの前に行き、依頼書を置いた。

「これをお願いしたいんだけど」
「か、かしこまりました……四級冒険者パーティの荷物持ちですね……」

 今のやり取りを見たからか、お姉さんはチラチラと俺の後ろを見ながら、頬を引きつらせて手続きをする。

「ついでに聞きたいんだけど、この子たちが安全に寝泊まりできる場所ってないかな? 今手持ちがないから、できればお金がかからない所が良いんだけど……」
「む、難しいご相談ですね……」

 俺の相談に悩みながらも真剣に答えてくれるお姉さん。
 すると、冒険者ギルドの扉がダーンッと強く開かれ、慌てた様子で冒険者が入ってきた。

「しっかりしろ、フィリー! ギルドに到着したぞ!」
「きっと大丈夫だ! 死ぬなよ!」

 満身創痍まんしんそういで気絶しているエルフの女の両肩を二人の男が抱え運び込む。
 ギルドの職員がその様子を見て、すぐに彼らのもとへ駆けつけた。
 二人の男もそれなりに傷を負っている様子だ。
 エルフを運び込んだ男の一人が職員に事情を説明する。

「も、森でバジリスクが出たんだ! 俺たちはやつに気が付かず、背後を取られてこのざまだ……ムガイがおとりになってなんとか三人で逃げてきたが……フィリーも大きな怪我を負ってしまった」

 ムガイというのは彼らのもう一人の仲間なのだろう。
 説明しながら、男は大粒の涙を流す。
 ギルドの職員はエルフに回復の魔法を使ったり、何か液体を飲ませて必死に治療しているが、一向によくならない。
 バジリスクにかけられた呪いが回復を阻害しているからだと、俺は異世界の知識によって把握した。
 職員たちの様子を見ていると、そでがクイクイと引っ張られた。
 となりでは、ヨナが悲しそうな表情で俺を見上げている。

「ナギ様……あの人を助けてあげて……」

 俺の主であるヨナから、助けたいという強い感情が流れてくる。
 その思いに応えて、俺はヨナの願いを叶えることにした。

「……分かった」

 そして俺はヨナとともに、周囲に集まった人々を押しのけて、エルフや運んできた男、治療を試みる職員のもとに向かった。

「な、なんだ君は! 邪魔だから離れていなさい!」

 職員の男の一人が俺の肩を掴もうとするが、俺はそれを水の膜で阻んだ。

「何をする気だ……?」

 エルフの側で回復魔法をかけていた男が、俺を見上げて睨みつける。
 周りの人たちも俺のことを怪訝な顔で見ている。
 説明が面倒臭くなった俺は、ただ一言。

「助けるだけだよ」

 俺はエルフの女のもとにしゃがみ、仰向あおむけに寝かされているエルフの口の上に人差し指を近付けた。
 指先で生成された雫が、薄く開かれたエルフの口の中に入る。
 彼女の全身の傷口から黒い煙が出て、瞬く間に傷が癒えていく。
 黒い煙はバジリスクの呪いだったのだろう。
 一連の流れを見ていた冒険者や職員たちが唖然とする。

「これで少ししたら目を覚ましますよ」

 俺の言葉に先ほどまでのザワザワした空気が一瞬で静まり返る。
 全ての視線が俺に向けられた。

「ま、待ってくれ! 君は何者なのだ……?」

 治癒魔法を施していた職員の男が、真剣な表情で俺に問いかけるが、俺はそれをスルーする。
 エルフを助けたいというヨナの願いは叶えたのだ。
 それ以上関わろうとは思わなかった。
 手首を掴まれそうになったところで、再び水の膜を張って、子どもたちのもとへ戻ろうとすると、今度はエルフを連れてきた二人の男が俺の前にやってきた。

「助けてくれてありがとう!」
「この恩は必ず返す! 俺にできることがあるなら何でも言ってくれ!」

 土下座する勢いで頭を下げる二人。

「そんなに気にしなくていいよ」

 丁寧にお礼を言われ、俺とヨナは対応に戸惑う。
 無理やり押し通るわけにはいかないし……

「ん……ガンド、シャナス、ここは……?」

 背後から綺麗な女性の声がした。
 先ほどのエルフの意識が戻ったのだろう。
 俺は僅かに振り返り、エルフにチラッと目線をやる。
 目の前にいた二人の男は、エルフの声がした瞬間に、彼女のもとに駆け寄っていた。

「フィリー!」
「本当に良かった……良かった……」

 フィリーと呼ばれたエルフは状況が把握しきれず困惑していたが、次第に記憶が鮮明になったのか、勢いよく起き上がった。

「バ、バジリスクは!?」
「ここは冒険者ギルドだ。バジリスクとの遭遇の後、すぐに撤退したんだ……」

 大柄おおがらで厳ついガンドと呼ばれた男が、目頭めがしらを押さえながら言った。

「そうだ。そして負傷していたフィリーを、あの人が助けてくれたんだ」

 細身で童顔のシャナスという男の言葉で、三人は俺の方に視線を送る。
 そしてエルフの女性、フィリーは俺と目を見合わせると、口をパクパクさせる。
 何か他の二人と違うリアクションだな……とぼんやり考えていると、フィリーが大声を上げた。

「お、お待ちください!」

 その様子に二人が驚愕する。
 フィリーは、足をもつれさせながら、慌てて俺の前に来て平伏へいふくした。
 その状況に再びギルド内が騒然そうぜんとなった。

「だ、大精霊様! 最上位の存在であられます御身おんみにお助けいただけたこと、幸甚こうじんの極み感謝申し上げます……! 大したことはできませんが、お許しいただけるのであれば、恩返しとして全身全霊で御身に尽くしたく思います!」

 ふとフィリーの姿が湖にいた時のエトナたちと重なった。
 そうだ、エルフは精霊に特別な信仰心を持っているんだった。

「尽くしてもらおうとは思ってないが……恩返しっていうなら、しばらくの間子どもたちの面倒を見てもらえないかな。冒険者に登録してお金を稼ごうと思ってたんだけど、子どもたちを放っておくわけにもいかなくて悩んでいたところだから」
「大精霊様が冒険者を!? いけません! 御身にそのようなことをさせるのはエルフとして我慢できません……! 私の全財産を献上いたしますので、どうかお休みなさってください!」
「そう言われてもなぁ、もう依頼受けちゃったし……」
「で、でしたら私も大精霊様に同行いたします!」
「いや、そしたら君の仲間はどうするの?」

 仲間の二人は状況が呑み込めず、フィリーの後ろでほうけている。

「あ……」

 フィリー自身は、二人をようやく置いてけぼりにしたことに気付いて難しい顔をする。
 気まずい空気が流れる中、白髪しらがが目立つ初老の男が俺のもとにやってきた。

「お話し中失礼。私はこのギルドを取りまとめておりますユーシンと申します。お初にお目にかかります、大精霊様」

 早いところこの場を去ろうと思っていたんだけど、これは長引きそうな予感だ。

「何の用ですか?」
「詳しい話は、私の部屋でさせていただければ。お連れの皆様もご一緒にどうぞ」
「分かった」

 俺は頭をかきながら承諾した。
 ユーシンと名乗る男は、俺に向かって一礼してから周囲の職員に指示を出す。

「バジリスクの偵察部隊を組んで情報収集を進めるように。それと、フィリー君たちは、私と一緒に来なさい」

 そしてユーシンの案内に続いて、ギルド奥の通路を進む。
 通された部屋はかなり広かった。奥には立派な机、中央にはテーブルと大きなソファーがあり、壁には絵画や何かの書状が飾られている。
 子どもたちをソファーに座らせた後、俺は本来の姿である水玉になって、ヨナの膝の上に乗っかった。
 人間の身体を維持するのはかなり疲れる。
 このフォームは力を消費しないので、必要ない時はこの見た目でいる方が楽なのだ。
 エルフのフィリーはもちろん、フィリーの仲間の男たちやユーシンも驚いていたが、俺は気にしない。
 皆が席に着くと、ユーシンが口を開いた。

「大精霊様、我々にお望みのことがございましたら、なんなりとお申し付けください。精霊は本来、エルフやダークエルフ、精霊魔法に才ある者にしかお目にかかれないと記憶しております。大精霊なら尚更……こうして人間のもとに姿をお見せになられるのは、何か理由があってのこととご推察いたしますが……」
『いや、特に理由はないよ。俺はただ召喚に応じただけだし』

 ユーシンが目を見開く。

「なんと!? 大精霊様を召喚した者がこの街に……? 大精霊を召喚することができるのはハイエルフ等の高位の存在に限られます! まさか……ここにハイエルフがいるのでしょうか!?」

 フィリーも、俺を召喚した者がいるという言葉で急に取り乱し始めた。

『いや、俺を召喚したのはこのヨナだよ』
「ハ、ハーフエルフが!?」
『間違いない。ちゃんと契約したし、契約紋もある』

 俺が促すと、ヨナはユーシンたちに自分の手の甲を恥ずかしそうに見せる。

「たしかに……これは大精霊様との契約ですね……ですが、これは異例のことです! ハーフエルフが大精霊様を召喚したなど前代未聞ぜんだいみもんです……!」

 フィリーは頭を抱える。
 俺はこれまで何があったかを皆に簡潔に話すことにした。
 ひと通り話し終えると、フィリーが頷いた。

「なるほど……その子たちは奴隷だったのですね……事情は承知いたしました。それを踏まえて、大精霊様に冒険者をさせるのは私としては……その……」

 エルフの矜持きょうじとして、いまだに俺に冒険させたくないという思いがあることをフィリーが話す。

『そう言われても俺はこの子たちを連れていくためにお金が必要なんだけどなぁ……俺は飲まず食わずでもいいけど、この子たちは食事とか必要だし、安全な宿に寝泊りするためにも稼がないといけない』
「でしたら、こちらをご活用ください」

 それまで話を聞いていたユーシンは、部屋の奥にある机の引き出しから小袋を取り出して、テーブルに置いた。
 ガチャリとお金同士がぶつかる音が聞こえた。

『ありがたいんだけど、ただでポンと渡されても受け取れないよ……』
「滅多にお目にかかれない大精霊様に会えた感謝の気持ちです。それに、先ほどギルドの大切な冒険者の命を救っていただきましたので……」

 ユーシンはそう言ってお金の入った袋を俺に押し付けてきた。
 受け取らないと、引いてくれそうにない。

『う~ん……ちょっと待ってて』

 俺は一瞬だけ意識を本体の湖に戻して、底に沈んでいた綺麗な玉を一個手に取った。
 ゴトッ。
 それから持ってきたものを机に置く。

『これと交換ってことで』

 水色に輝く水晶のような玉を、ユーシンたちがまじまじと見つめる。

「「「「……」」」」

 そしてユーシンがありえないという表情を浮かべた。
 どうやら俺にとってはありふれた玉だが、人間やエルフたちにとっては伝説級のもののようだ。
 国王に献上されてもおかしくないくらいの品で、精霊宝玉せいれいほうぎょくという名前がついていると教えてもらった。
 屋台の主人たちに渡していた精霊石よりも遥かに価値のあるもので、大精霊しか持っていない。
 火の大精霊なら火の精霊宝玉、水の大精霊なら水の精霊宝玉となり、つかさどる属性の莫大ばくだいな力が秘められている。
 俺のは癒水ゆすい精霊宝玉せいれいほうぎょくという名前だ。
 そして、他属性の精霊宝玉と異なり、俺のは人間が一つも持っていない貴重なものだった。
 その価値は計り知れない。
 ゴクリと誰かが生唾なまつばを呑み込んだ音が、静かな部屋に響く。
 結果からいえば、扱いきれないと受け取ってもらえず、俺が金貨の袋を押し付けられる形になった。
 ユーシンとフィリーは感情が無になっていた。


 俺と子どもたちは、ギルドマスターのユーシンが手配してくれた宿屋に泊まることになった。
 かなり良い宿で、広さもあり、快適な宿だ。
 子どもたちは宿屋に泊まるのが初めてだったのか、最初は緊張していたが、今はあれこれと部屋の中を見て回り始めている。
 ワイワイと楽しそうだ。
 そんな中、ヨナは気を遣うようにソファーで寛ぐ俺をチラチラと見ていた。
 夕方になり、俺は子どもたちを宿の食堂に連れていく。
 豪華な料理に目を輝かせる子もいれば、涎を垂らしている子もいる。
 各々自由に食べればいいのに、子どもたちは律儀に俺の許可を待っている。
 親代わりになった気分で、俺は号令をかけた。

「それじゃあ、いただきます。皆、冷めないうちに食べちゃいな」
「「「いただきます!」」」

 待ってましたと言わんばかりに料理に手を伸ばす子どもたち。
 ヨナだけは、俺の様子を窺いながら、遠慮がちにご飯を口に運ぶ。

「どうした? ヨナもしっかり食べないとだめだぞ」
「は、はい! ……あの、ナギ様は食べないのですか?」
「俺? ん~、俺はお腹空いてないし、別に食べなくても平気だからね。でもせっかくだし、ちょっと味見してみようかな」

 俺は、テーブルの真ん中の皿から肉を取って、一口に切り分けて食べた。
 この世界に来て初めて食べ物を口にしたなぁ。
 肉の味はしっかり舌に伝わった。
 体が水でできている精霊だから、感覚はそんなにないのかなと思っていたけれど、ちゃんと味覚があるとは。
 俺が新たな発見をしていると、周りから視線を感じた。
 若い男が小さな子どもたちを何人も連れて食事をしているのはかなり目立つ光景のようだ。
 まぁ、今さら周囲の目を気にしても仕方ない。
 どうでもいいやと思って、俺は美味しそうに食べる子どもたちを眺めるのだった。


 部屋に戻ると、子どもたちはうつらうつらとし始めた。
 お腹いっぱい食べたからだろう、子どもたちが揃って大きなベッドに横たわる。
 俺は、水玉姿になって空中に浮かんだ。

「ナギ様……」
『ん? 寝ないのか?』

 ヨナは、俺を見上げてから頭を下げる。

「あ、えっと……僕たちを助けてくれてありがとうございます」
『そんな畏まらなくていい。お前は俺の召喚者であり、契約者だ。堂々としていればいいよ』

 偶然の出会いからこういう関係になったが、俺は微塵みじんも後悔していなかった。
 召喚されなければ、湖の外の世界を見ることもできなかっただろうし……
 本拠地の湖でダラダラ過ごすのも楽しかったけれど、これはこれで悪くない。

『ゆっくり休みな。明日から長旅で忙しくなるから』
「はいっ!」

 ヨナは自分の心配がぬぐえたことに満面の笑みを浮かべた。
 そしてベッドの端っこの空いている所に寝っ転がった。
 俺は部屋の中央に漂って、子どもたちを見守る。
 部屋の外から俺たちの様子を窺っている気配があったが、敵意や害意を感じなかったし、誰がいるかもおおよそ分かったので、放っておくことにした。


 翌朝、朝日が昇るとともにヨナが一番に起きて俺に挨拶した。
 他の子供たちも起きてきて、俺に声をかける。
 最後まで起きてこない犬獣人の男の子を、他の子どもたちが起こしたところで、部屋がノックされた。
 子どもたちは、誰かが来訪してきたことに驚いたのか、俺のもとに集まってビクビクしている。

「大丈夫だよ」

 皆の緊張が高まる中、俺は人間の姿になってドアを開けた。
 そこにいたのは、昨日の夜部屋の外に感じた気配――エルフのフィリーとその仲間たちだった。
 訪問者の正体が分かった子どもたちは、なんだかホッとした様子だ。

「おはようございます! ナギ様のお力になるために参りました! 是非ナギ様とそちらの子どもたちのお世話をさせてください!」

 元気よくそう言って、フィリーは頭を下げた。
 俺はフィリーの勢いを制しながら応える。

「あー、俺の世話はしなくて良いけど、子どもたちの面倒を見るのを手伝ってくれるのはありがたいかな」
「かしこまりました! 命を救っていただいたご恩に全身全霊をもって尽くします!」

 そのままフィリーたちも一緒に引き連れて、俺は食堂へ向かった。
 全員で朝ご飯を食べ終え、再び部屋に戻ると、ドアの前に男の人が立っていた。
 その男の人は、俺たちに気がつくと足早に寄ってくる。

「ナギ様でお間違いないでしょうか? 私は冒険者ギルドで職員をしておりますナイドと申しまして、ナギ様のお迎えに上がりました。ギルドマスターのユーシンが至急お話したいことがあるとのことです。ご同行いただいてもよろしいでしょうか」

 ユーシンが話したいことというのに、俺は大体予想がついていた。
 大精霊だと分かったうえで至急来てほしいと呼んでいるのだ。
 おそらくのことだろう。
 呼ばれているのは俺だけだし、フィリーたちは子どもの面倒を見てくれると言ってくれている。
 子どもたちのことを任せ、俺はナイドの後に続き、ギルドに向かう。
 昨日と同じ部屋で待っていたユーシンは何やら深刻そうな顔をしていたが、俺を見るなり救世主が来たと言わんばかりの目を向けてくる。

「ようこそおいでくださいました! どうぞお掛けください!」

 ユーシンは椅子から立ち上がると、俺を来客用のソファーに案内して、その向かいに腰掛けた。

「ナギ様、不躾ぶしつけにもお呼び立てして申し訳ございません! 大精霊であらせられますナギ様にお願いを聞いていただきたく、お呼びいたしました……」
「……バジリスクの件だよね?」

 昨日フィリーたちが命からがら逃げてきた強敵のバジリスク。その退治を俺にお願いしようとしていることは、ナイドが来た時点で予想していた。

「は、はい! その通りです! 実はナギ様が帰られたあと……」

 そう言ってユーシンは、自身が偵察隊から聞いた内容を説明し始める。
 当初一匹だけだと考えられていた敵は、偵察から戻ってきた冒険者の話では、二体いたらしい。しかもその二体はつがいとのことだ。
 メスはオスより体が大きく、お腹が膨らんでいたから、妊娠している可能性があって、そのお腹の子を守るために近寄るものにかなり攻撃的になっているようだ。
 ギルドにいる冒険者や街の兵士では、このバジリスクを相手にするには戦力が足りないとのこと。
 それもそのはずで、本来バジリスクは最低でも三級の冒険者が四人で対処する指定危険魔獣していきけんまじゅうという扱いなのだが、この街のギルドにいる三級の冒険者はちょうど四人。
 バジリスク二体を相手取るのには、冒険者の人数が足りないのだ。
 さらに不味まずいことに、この二体はえさを求めて徐々にこの街に近づいてきているという。

「いかがでしょうか。ギルドのため、街のために、ナギ様のお力を貸していただきたいのですが」
「話は分かりました。それで、バジリスクを二体倒す場合の依頼の等級と報酬は?」
「緊急クエスト扱いで、準二級となります。報酬は……二千万ルスです……」

 準二級ということは、かなり上位のクエストなのは間違いないだろう。
 それに報酬も申し分ない。
 これなら細かいクエストをいくつか受けて資金を集めるより手っ取り早いし、すぐに子どもたちを連れて俺の湖に向かうことができる。

「えっと……一つ聞きたいんだけど、ルスはこの国だけの通貨なの?」
「はい。正確に言えば連合圏共通通貨れんごうけんきょうつうつうかとなります。連合国内であればどこでも、両替せずにそのまま使えます」

 自分の湖がある国が連合圏内かは不明だけど、まぁ十分な資金を得られることは分かった。

「なるほど。ん~、やるだけやってみるけど、あんまり期待しないでよ。それと、もし倒せたらお金はしっかり払ってね」
「もちろんです! 既に報酬の用意はできております!」

 ギルド金庫にあると自信満々に答えるユーシン。
 その目には光が宿っていた。
 これは、かなり期待されているな。
 話を終えて、宿に戻った俺は、さっそくフィリーたちを集めてユーシンから受けた依頼内容を話す。
 子供たちはあまりピンとこない様子だったが、実際にバジリスクと遭遇したフィリーたちは、信じられないといった様子で目を見開いている。

しおりを挟む
表紙へ
感想 80

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。