ヤンデレ彼女は浮気なわたしを舌ピの中に閉じ込める

西園寺 亜裕太

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すべてが透花になっていく

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「なず、おはよう」
何時間経ったのかわからないけれど、透花はおはよう、と挨拶をしてきた。

先日よりも、少し不機嫌そうにわたしの目の前に立っている透花。透花の表情が、少し暗いものになっているのが不安だった。

「お、おはよう……」
恐る恐る答えたわたしの前に透花がしゃがむ。やっとニコリと微笑んでくれた透花だけれど、その笑顔は前回見た時のような安心するものとはいえなかった。何か裏がありそうな、影のある笑顔に見えてしまう。

「反省してくれたかしら?」
「は、反省って……?」
「大事な選択肢を誤ってしまったことに対する反省に決まってるじゃない」

決まっているのだろうか。当然でしょ、と言わんばかりの透花の反応に困惑してしまう。わたしは曖昧に笑うことしかできない。

まるで、今の透花は話が通じないみたいだ……

大好きなはずの透花の笑顔に、ほんの少し恐怖心を感じてしまっていた。

「じゃあ、今日こそはちゃんと答えてもらおうかしらね」
「ね、ねえ。そんな変なクイズよりも、ここから出る方法を……」
「変なクイズ?」

透花の笑顔にヒビが入ったみたいに固まってしまう。それを見て、背筋をひんやりとした汗が流れていく。

透花の声が深く、しっかりと体の内から聞こえてくるようだ。

「ねえ、なず。あなたがわたしに何をしたか、わかってるのかしら?」
「な、何って……」
「島谷咲良と一緒に、わたしのことを謀り、裏切った。それは理解している?」
少しずつ声が強くなっている。

「わ、わかってるよ。だから、ごめんって――」
「わかってないわ!!!」
透花の叫びがナイフみたいにわたしの耳を抉る。金切り声が胸の奥までしっかりと響く。

「ご、ごめん。ごめんね…」
謝ろうとした。透花の足元に、縋るみたいに掴まろうとした。けれど、掴もうとしたわたしの腕は空を切った。その声を聞くより先に透花は消えてしまった。

また、一人ボッチになった。

「ねえ、透花……」
誰もいない空間の中で、大きくため息をついた。体の中が空っぽになってしまいそうなくらい、大きなため息。

「ごめん……」
謝った声は虚しく球体に響く。誰にも聞こえない声。

「透花……」
涙声が勝手に出てきた。ゴシゴシと擦って、瞳を拭う。

わからなかった。今の透花が、わたしのことをどう思っているのか。

それから、また何時間かわからない時間を一人で過ごしていたら、声が聞こえる。

「ちゃんと反省してくれていたかしら?」
もう来ないかもしれないと思っていた透花がまた来てくれたことに安堵の気持ちはあったけれど、それだけではなく、不安な気持ちもあった。

また、透花が怒っているかもしれないということに対する不安の気持ち。

ジッとわたしを見下ろしたまま、透花は続ける。
「ねえ、なず……。なずにとって、わたしって何かしら?」
「だ、大好きな彼女」
「声が震えているのだけど」
透花の声は、相変わらず冷たい。

「だ、だって……」
透花を怒らせたら、怖いから。

思い切って、そう伝えようとしたけれど、言い訳をすることすら許してくれないらしい。

「いない……」
透花はすでに去ってしまっていた。透花が消えてしまった後の空間は普段以上に虚しい。何もない、空っぽな空間が不安になる。

透花はもうわたしに笑顔を見せてくれなくなってしまった。今の透花に対して、正直怖いという感情を抱いてしまっている。

でも、怖くなってしまった透花でも、目の前に立っていてくれた方が、一人でいるよりもずっとマシだった。

わたしは必死に答えを探す。透花に満足してもらうための答えを……

「透花……」
また何時間か、もしくは何十時間かの時間が経ってから、やって来てくれた透花を見上げて、曖昧に微笑んだ。すでに疲れ切ってしまっていた。

「なずにとって、わたしは?」

透花は冷たいまま、無感情に、機械的に尋ねてくる。質問をすることが義務であるかのように。

「大好きな彼女!!」

必死に声を出したら、透花の口元がほんの少しだけ緩んだ。良かった。これは正解だったみたい。透花が満足してくれている。

「じゃあ、透花にとって、島谷咲良は?」
「えっと……。き、嫌いな子?」

透花の答えを伺うみたいな調子で答えてしまった。それが透花に満足をしてもらえない要因になってしまったらしい。

はぁ……。と大きなため息を浮かべられる。

マズイ
そう思った時には、すでに透花はいない。

「あっ……」
何もない空間を、呆然と見ていたけれど、当然透花はいないままだった。

そんな虚しいやり取りを何度も、何度も続けた。

たどり着けない答え。透花の満足する答えを、わたしはなかなか出せなかったみたい。

そうして、またやってきた透花のことを見上げて、瞳に涙を浮かべながら、必死に尋ねた。

「透花、お願い、答えを教えて。わたし、透花に満足してもらえるような子にちゃんとなるから。だから、どうやったら、透花が満足してくれるか、教えて……!」

わたしの言葉を聞いた瞬間、透花がほんの一瞬だけ微笑んだように見えた。

けれど、次の瞬間には、また表情が戻っていたから、気のせいだったのだろうか。

「そうね……」
透花がしゃがんで、目を合わせてくれた。

この頃は、ずっと透花は立ったまま、冷たい瞳で見下ろしてきていたから、久しぶりに視線を合わせてもらえた気がする。それだけで、気持ちがホッとした。心の中に透花が入ってくる。

ジッと、わたしの瞳を見つめたまま、体を近づけてくる。透花の温もりがどんどん近づいてくる。この頃、人の温もりに触れていなかったからだろうか。近付かれただけで、ドキドキした。

透花の使っているシャンプーのシトラスの香りに鼻をくすぐられた。柔らかい匂いがわたしの感情をかき乱す。

わたしは手で掬うみたいにして、透花の髪の毛にそっと触れた。ガラスよりももっと繊細に感じられる、柔らかい透花の長いストレートヘアの髪の毛を手に乗せると、サラサラと柔らかい感触が手に触れる。

砂浜の砂みたいに、綺麗な触り心地。透花はやっぱりすべてが綺麗だ。髪の毛の先まで、芸術品みたいだった。

透花の口から小さく息が漏れたような音がした。

けれど、わたしの耳元に口を近づけてきている透花の表情が見えなかったから、笑っているのか、呆れて息を吐いただけなのかはわからなかった。

透花は、わたしには触れることはなく、ただ、口元をわたしの耳に近づけただけだった。ホッと吐かれる吐息。しっかりと、耳に息がかかる。

柔らかく、温かい、透花の呼吸が耳に吹きかけられて、ドキドキする。そうやって、ドキドキしていたわたしに向かって、透花が優しく伝えてくるのだった。

「なず……」
名前だけ呼んで、またフッと息を吐いた。透花の吐息がわたしにかかる。

「な、何……?」
「なずはね……、わたしのことだけ……、考えたらいいの……。他は何もいらないの……」

ゆっくり、ゆっくりとわたしの心の中に直接伝えてくるみたいに、重たく沈み込むみたいな声で伝えてくる。薄暗い世界に、透花の言葉がしっかりと響く。何度も何度も、心に響く……。

わたしは静かに頷いた。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……。透花の言葉が心の中に積もっていくたびに、頷く。

「わかった?」
「はい……」
わたしが素直に頷くと、耳元で透花が笑った。

「やっぱりなず良い子ね……。次に来た時は、良い答えを期待しているわ」
透花はそれだけ言って、去ってしまった。

「待って、次って……」

嫌だ! 消えないで!!

必死なわたしのことなんて、透花は気にしてはくれなかった。

「透花……」
また、いなくなってしまう。手のひらの柔らかい髪の毛の感触も無くなっていた。

「透花のことだけを考える……」

言われるまでもないかも……

わたしはすでに透花しかいない世界を生きているのだ。わたしの意志とは関係なく、透花で満たされてしまっているのだ。

それが良いことなのかどうかは、ともかくとして……
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