ヤンデレ彼女は浮気なわたしを舌ピの中に閉じ込める

西園寺 亜裕太

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すべてが透花になっていく

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「透花……」
だんだん、ぼんやりと透花の名前を呟くことが多くなっていた。意識することなく、透花の名前を口にしている。

透花のことを考えて、名前を口にすると、少し落ち着く。透花からの指示とか関係なく、ずっと透花のことを考えていないと、おかしくなりそうだった。

なず菜にとって、精神を安定させてくれるのは透花だけ。

早く、早く。早く透花に会いたい……

気付けば、ぼんやりと宙を見つめながら、無意識のうちに微笑んでいた。

「おはよう、透花」
透花はまだ来てくれていないのに、誰もいない空間に、わたしは呟いていた。いないはずの透花のことを幻想の中で見つめていた。

ぼんやりとしていた透花の姿がはっきりと浮き出てくる。

「ねえ、透花。この間のワッフル美味しかったね。また食べたいね」
誰もいない空間で、呟いてみた。呟いたら、透花がいる気がするから、少し明るくなった。

「えー、だって透花、またわたしに甘いもの押し付けてくるじゃん」
「そうかもしれないけどさ~」
「ファンの子よりもわたしのこと考えて欲しいんだけど!」
「嫉妬するよ、だって透花のこと大好きだもん!」
「そりゃ、恋人同士だし」

まるで、透花が微笑んでいるみたい。実際には誰もいないのに、透花の声が聞こえてくるみたいで、楽しくなってくる。

わたしは久しぶりに心の底から笑った。気分になった。

瞳が虚であることなんて、鏡もないこの世界ではわからない。自分の中では、心の底から笑っているつもりだった。

「ねえ、透花。今度はわたし、ソフトクリーム食べに行きたい。ほら、駅前にできたお店美味しいらしいし」
笑っていた。わたしは何もない、誰もいない空間で、一人で笑っていた。すでに、空っぽの心は壊れていたみたい。

虚しく、一人で笑っていると、いつものように突然存在を感じる。

透花がやってきたのだ。今度は、本当に、本物の透花が!

「透花!!!」
心の底から、嬉しそうな声をだした。

この間まで、苛立っていた透花に対して抱いていた怖いという感情は、もう消えていた。ただ、透花がここにいることが嬉しい。たとえ、不機嫌だって、冷たくたって。

本物の透花が現れたことに対する喜びから、思わず立ち上がろうとしてしたら、バランスを崩してその場で転んでしまった。

透花はきちんと立てているこの空間に、わたしは立つことができないらしい。それでも、わたしは透花の足に縋るようにして、抱き着くのだった。

「必死すぎよ」
呆れたように笑う透花の上品な笑い声が頭上から聞こえてきた。

「その様子だと、本当にわたしのことだけ、考えてくれてたみたいね」
透花がゆったりとした、余裕を持った口調で尋ねるから、わたしは必死に頷いた。

「考えてた。考えてたよ! わたしは透花のこと、ずっと考えてたから!」
その答えを聞いて、透花がホッとしたように息を吐いた。

「ちゃんと守れて、偉いわね」
クスクスと笑って、透花は少しだけ前かがみになる。

わたしの方に向かって、腕を伸ばしてくると、子ども相手にするときみたいに、優しく頭を撫でてきた。透花に褒められたことが嬉しくて、思わず笑ってしまった。

「じゃあ、よく頑張ったなずに質問よ」
いつもの質問。でも、怖くない。わたしは想像上の透花と、ずっと会話をしていたのだから、本物の透花が考えていることだって、ちゃんとわかるから。

「なずにとって、わたしは何?」
「わたしのすべて」
即答した。透花の足に抱き着いたまま、必死に透花の顔を見上げたら、ゾクッとするくらい美しい笑みを浮かべる透花と目が合った。

すっかり目の慣れた薄暗い世界。そこに溶け込むような不気味で美しい透花の笑顔は、まるでわたしの全てを赦すみたいな、そんな風に見えた。

透花が満足してる。嬉しい……

「じゃあ、次の質問」
透花は微笑んだまま、ジッとわたしを見下ろしていた。

もう、わたしが答えを間違えないことを確信しているのは表情からわかった。わたしも、もう間違えないことを確信していた。

「じゃあ、島谷咲良のことは?」
「もうどうでも良いよ。わたしには透花がいるから」
虚ろな瞳のまま、口元だけ緩めて、わたしは透花に微笑みかけた。

心の底から笑ったつもりだった。透花のご機嫌を取る為じゃない、真面目な笑み。

いつの間にか、本当にわたしの全てが透花になっていた。透花さえいれば、もう後はどうでも良い。

そんなわたしの答えに、透花は満足したのだろうか。ゆっくりとしゃがんで、その場に座り、わたしに視線を合わせてくる。そして、そのままわたしのことを抱きしめてくれたのだった。温かく、ほっそりとした透花の体がわたしを包み込む。

大好きよ
わたしも
なずがいれば、わたしはもう何でもいいの
じゃあ、わたしたち両思いじゃん
付き合ってるんだから、当たり前でしょ
そっか

わたしたちは小さく息を漏らすみたいにして、静かに笑いあった。

透花の暖かさに体が触れて、自然と吐息が荒くなっていた。緊張する。透花が久しぶりに、わたしに温もりを与えてくれる。

ただ、ジッと身をくっつけてくれているだけなのに、透花の温かさが体の底から染み込んでくるような気持ちになった。

「透花……」
「なず……」
お互いに静かに名前を呼び合う。

お互いの言葉が、闇に溶けていく。

透花が、わたしの肩に顎を乗せるようにして、顔を首元に近づけてきた。何をするのかわからなかったけれど、透花に身を任せ、すべてを委ねた。

生温かい感触が首筋を撫でていく。透花が、わたしの首筋を舐めていた。舌が優しく這っていく。

暗く沈み切って、冷え切っていた、氷漬けのわたしの感情を溶かしていくみたいに、ゆっくりと、ゆっくりと、身体に温もりが帰ってきた。ホッとする。透花がわたしを温めてくれた。

「透花、ありがと……」
わたしは透花に赦されたんだ。これで、ずっと透花がそばにいてくれるはず。

そう思ったのに……

「…………え?」
キョロキョロと辺りを見渡す。
暗い。何もない。誰もいない。

「え? え?」
いない、いない、いない、いない、いない
透花がどこにもいない。

「ねえ、なんで! なんで!」
金切り声だった。悲鳴なのか、意味のある叫びなのかはわからなかった。

ただ、透花が消えてしまったことが怖かった。確かにそこにあった温もりが消えていることが、ただただ怖かった。

「なんで? 何がダメだったの……?」
答えを求めても、ただ虚しく、球体に声が響くだけ。

何もなくなった。せっかく温もりを与えられた体が、また冷えていった。
「透花……」
わたしは静かに呟き、うなだれた。

また、一人ぼっちだ。
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