太陽に手を伸ばしても

松本まつも

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オオカミ少年

7

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頼斗から生徒会役員に推薦されたあの日から、気づけばもう何ヶ月もたっていた。



頼斗は生徒会長。

私は副会長。


リーダーシップのある役員のみんなを支えながら、と言うよりかは才能のあるみんなの足を引っ張らないように、目立たない程度に頑張っている。




今のところ、迷惑はかけていない、はず。
そこだけは本当に気をつけているから。


でも、そんなことにばかりかまけているのは、数いる役員の中で私だけだ。

周りのみんなは積極的なすごい人ばっかりだから、アイデアもどんどん浮かぶし、発言もいっぱいするし、学校中の生徒たちをまとめることができる。

だけど、私にはそれができない。
だから、みんなの邪魔にならないように、こうやって、大人しく、過ごしている。



小学生の頃からおとなしい方で、それこそ生徒会なんて縁のないものだとずっと思っていた。


なのに、こんな私を、学年一の人気者の頼斗が、生徒会に招き入れた。


全然目立たなかった私を、なんで選んでくれたのかはわからない。

こんな形で下手に目立ったら、クラスの、いや、学年中の、頼斗に憧れている女子たちからどんな制裁を受けるかわからない。
私は、すごく怖かった。



「なんであの子が選ばれたの?」


「全然リーダーシップないじゃん、もっと他の子いなかったの?」


影で浴びせられる言葉たちは簡単に想像できた。

言われるのも当然だと思う。
だって実際、私だってどうして自分が選ばれたのかわからなかったから。




だけど。

実際の周りの反応は拍子抜けするほど、肯定的だった。



「千夏ちゃん、やったじゃん!」


「副会長、頑張ってね」





周りの思いがけない優しすぎる言葉に、最初は戸惑った。

何かの間違いなんじゃないかって思った。
本当にそんなにみんな、優しくするのかな、って。

頼斗のことみんな好きだったのに。


だけど、今になって思えば、いい意味でも、悪い意味でも、結局頼斗はみんなのアイドルだったんだ。

あくまでもアイドル。
学校一のイケメンのアイドル。


そこに恋愛感情は全くもってなかったんだ。



私だってその時は。

でも。





「頼斗くんって、千夏ちゃんのこと好きなんじゃない?」




友達が何気なく言ったこの一言が、私の中の何かを変えた。


私のことを、あの、人気者の頼斗が意識している?
いやいや、そんなこと。あるわけない。




でも。
頼斗は私のことを推薦してくれた。

この学校にたくさんいる女子の中から、私だけを推薦してくれた。
一緒に生徒会の仕事をしよう、って、私をここに招き入れてくれた。

それって、ひょっとして、、、って、期待してしまったんだ。



完全に目が眩んでいた。

頼斗はみんなのアイドル。

みんな、この学校の女子ならかっこよくてなんでもできる頼斗が好きだった。



だけど、あくまでも彼はみんなのアイドル。

誰のものでもない。


そんなはずだったのに、私は急に頼斗のことを意識し始めた。



会議中、行事の準備中、気づけば私の目は頼斗を追いかけていた。

今までの私の頼斗への「好き」は別のものに変わった。


それまでずっと大好きだった、陸のことを置き去りにして。




頼斗への思いはさすがに女友達には言いにくかったから、幼なじみの陸に聞いてもらっていた。



最初はなかなか気が引けた。

だって、私の好きな人は、初恋の時から陸だったんだから。
だけどそんなのもそのうちすぐに慣れた。
私の頭の中は、頼斗でいっぱいだったから、そんなことどうでもよくなってしまったのだ。



でも、頼斗を好きになって、私は変わった。



前よりも明るくなったし、口数もずっと、ずっと増えた。

おしゃれにも前より気をつけるようになって、自信もついた。


私は頼斗に選ばれた人なんだ、って。
ちょっと偉そうだった時もあった。



だけど、どんなに私が変わっても、どうしても変わらないことが一つだけあった。




それは、頼斗の前では、全くもって自信が持てなかった、ということ。

だから、生徒会では、いつも目立たないようにしていた。


嫌われるのが、がっかりされるのが怖かった。






文化祭の最後の日。

私は頼斗に振られた。
彼女がいるって言われた。



なんで今までそのことに気づかなかったんだろう、って思った。
こんな完璧な人間、モテないはずがないのにね。

だけど、その時は全っ然、諦めきれなかった。


彼に相応しい人間だなんて、一度きりだって思ったことなんてなかったのに。



だけど、ちょうどその時あたりから、もやもやとした気持ちが私の心を覆うようになっていた。



陸は。

陸とは、どうなっちゃうんだろう。



はじめは、その程度の漠然とした気持ちだったのに、だんだんとそれが私の中ではっきりとしたものになっていった。




陸と次は何を話そう。
何を話せばいいんだろう。


そのくらい、私と陸の間ではいつも頼斗の話題で持ちきりだった。



…っていうか、私が頼斗の話しかしなかったんだ。






頼斗と釣り合うだけの優秀な女の子になりたくて、実力もないのについつい強がってしまう私をちゃんと知っていて、それでいて見守ってくれるのは陸だけだった。

陸と話しているときだけは、普段の私よりもちょっとだけ、弱気でいられた。

それが、自然体の私だった。




それに気づいたときからだろうか。
陸のことを急に恋しく思ってしまうようになったのは。

すごくわがままな話かもしれないけれど。



正直、怖かったんだ。
頼斗の近くで変わっていく私自身が。

地に足がついてないことくらい、自分が一番わかってたんだ。
いつかこの登り道にも見える毎日が、一瞬にして消えちゃうんじゃないかって、急にどこかに落ちていくんじゃないかって、そんな気がした。


だって、これは本当の私じゃなかったから。

だけど、止められなかった。



唯一、元のままの私が出せるのが幼なじみの陸ひとりで。

陸といるときは、昔からの、ありのままの自分で話せた。
そうじゃないときもあったかも知れないけれど。


だから、陸と話している時間は何にも代えられないくらい心地よかったんだ。



ひょっとしたら、突然舞い降りてきた、明るくてしっかり者の生徒会の私に、私自身がもう疲れちゃってたのかもしれない。






陸の大切さと、自分の気持ちにやっと気づいてから、わかったことがある。



私は本当にの好きな人のことは、誰にもいっさい話せない、ということ。

その人に気に入られたくても、タイプを聞き出したりなんてできないということ。


そして、好きな人に面と向かって告白する勇気なんて、ほんのちょっとも無かったということ。




小学生の頃の、おとなしくて目立たない、頼りないかつての私のときと何も変わっていなかったんだ。

あの時私が好きだったのも、陸だった。



何も言えずに終わっちゃったけれど。







だからこそ、伝えたかった。


どんなときも結局好きになってしまう、陸に私の気持ちを伝えたかった。

だけど、もうそれはできない。
私が、あんなことしちゃったから。
陸の前で、頼斗が好き、頼斗が好きってずっと言ってたから。


そんな私が今、陸に告白しても、陸には本当の思いなんて伝わるわけがない。


陸に信じてもらえるはずがない。



さっき渡された智己の携帯の画面を見る。
陸の居場所にそろそろ近づいているみたいだった。





あと少し。

あと少しで陸に会える。



陸に会えるけれど。

けど。




私が陸にこの気持ちを打ち明けることはきっとないだろう。






「…変わりたかったんだろうなぁ……」


思わず声に出すと、なぜか涙がこぼれそうになった。



だめだ、もうちょっとで陸に会えるんだから。

こんなところで泣いてちゃだめだ。

この角を曲がったら、陸に会えるんだから。






「千夏!」



声のした方を振り返ると、

そこには、



陸の姿があった。


 


「り、陸………」




陸は何か言おうとして、だけど何も言わずに私が持っている、智己の携帯に目をやると、


「それ、智己のだよね?」


と言った。



「うん、智己がね、ここに陸がいるからって、渡してくれたんだ」


「…そうだったんだ」



陸に告ってこい、と言った智己の声が頭のなかでまた再生される。




「帰ろうよ。みんなが待ってるよ」







私は少し走った。


「行こ!」




でも、なぜか陸は一緒に走ろうとしてくれない。
そんな陸に気兼ねしながら、また少しだけ、私は走って、陸の方を振り返った。



陸は少し、遠くの方に立っていた。



「ねえ、急ごうよ」



「…あのさ」




「ん?」




「ごめん、急に呼び止めたりなんかして」



「じゃあさ、歩きながら話そうよ」



みんなが待ってるから。

だって、陸を迎えに行くように頼まれただけなんだから、私は。





だけど、私もほんとはこのままがよかった。

陸と、ずっと二人でいたかった。


言いたいことも言えなくて、付き合うこともできないんだから、せめていつもの幼なじみ、ってことで、他愛もない話でずっと笑いあっていたいんだ。


それしか私にはもうできないんだろうから。




「じゃあさ、歩きながらでいいから聞いてよ」


私の少し後ろで陸が言った。




「あ、別にこれ、軽ーく聞き流してもらっても全然いいから」


「え?それどーゆーこと??」


「いや、だからそんなに真面目に、っていうか真剣に聞かないでってこと」


「わかった、話してよ」


「ぜったい真面目に聞くなよ」
 
陸は何度も念を押す。




私たちは駅を目指して歩いていた。
お互い目も合わせずに、顔すらも見ずに、前だけを向いて言葉を交わしていた。


こんな時がずっと続けばいいのに、と思った。
そういえば陸はあんなに念を押したわりに、なかなか話し始めない。




そう思った、そのときだった。








「あのさ、僕、千夏のこと好きなんだ」









私も陸もそのまま歩き続けていた。





「言いたかったこと、それだけだから。返事とかも、別にいいから」


明るい陸の声は少しうわずっているように聞こえた。



「だから、これからも、よろしくな」







私も、陸も、さっきと変わらずに前を向いて歩き続けていた。
まるでさっきの言葉なんて存在しなかったかのように。



私は歩いた。

陸がこっちを見ることもなかったし、私も陸を見られなかった。



端から見たら冷静に歩き続けてたように見えてたかもしれない。

だけど実は、心臓が止まりそうな、ぎゅっと締めつけられてしまいそうな、さっきまで引っ込みかけていた涙がまた溢れ出してしまいそうな、そんな感覚がして、とても頭を動かせる状態ではなかっただけなのだ。



こんなとき、私は何を言えばいいのだろう。
陸の言うとおり、真面目に聞いてなかったふりでもすればいいのだろうか。


だけど、そんなことなんてできるはずがなかった。




だって。



陸は。



陸は、私のことを好き、って言ってくれた。

こんな私のことを。

なのに、なのに、私はこのまま陸に好きって伝えないままで、いいんだろうか。



でも、このままでもいいのかもしれない。


私、今、陸に好きって言ってもらえて、本当に嬉しかった。
初めて好きになった、今も大好きな陸に好きなんて言ってもらえて、本当に幸せだった。

それだけでいいんじゃないかって。




駅前の人ごみの雑踏のなか、
私は後ろに陸の優しい気配を感じながら
一歩一歩、地面を強く踏みしめるように歩いていた。




後ろからまた陸の声が聞こえる。


「なんか、ごめん。本当に今言ったこと気にしなくていいから」










『ううん、私も陸のこと好きだよ!!!』








言ってから陸と目が合ってはっとした。
思わず口をおさえる。

 



私、、言っちゃった。





言わないって決めてたのに。
絶対に言わない、って決めてたのに。

さっきまでずっと、そう思ってたのに。



気づけば私も陸も、足を止めて向き合っていた。

行き交う人たちは私たちを避けるように歩いて、ここだけの空間の時間を止めているみたいだった。



「あっ…違っ、今のは、いや、その…」

私は思わず目をそらす。



「え...今の、本当?!まじで!?!?」



陸の声は、まだうわずっていた。



「.....だとしたら、すごく、嬉しい」




恐る恐る下げていた視線を陸の方に移すと、反対に陸は斜め下に視線を落として、少し恥ずかしそうにしていた。





「陸」



「....」




「陸、私ね、陸のこと好きなんだよ。本当に。だけどね、言わないつもりだったんだ。言っても絶対に信じてもらえないと思って」


しゃべっているうちに鼻の奥がつん、として目頭が熱くなる。
持っていた智己の携帯を思わずぎゅっ、と握りしめる。


「だからね、もうずっと心に閉まっておこうって思ってたの。誰にも気づかれないように。でもね、バレてたみたいなんだよね。智己に」


気づいたら私の声は涙声になっていた。



「ずっとね、誰にも気づかれずに終わると思ってた。だけど、智己がね、告ってこい、ってさっき言ってきた。でも、私はそんな気なかったんだ。だって、陸にはずっと頼斗の話ばっかりしてたから、急にそんなこと信じてもらえないと思って。
信じてもらえないなら、ずっと話さないほうがいいと思ってたんだ」


「陸、ごめんね。今まで、ずっと。こんな私のこと、好きって言ってくれて、ありがとう。私、陸がこんなこと言ってくれるなんて、思ってもみなかった」






陸が泣いていた。


優しい笑みを浮かべながら大粒の涙を流す陸は、弱っちくって、頼りなさげで、なのにどこか強くて可笑しくて、小学生のころと何も変わっていなかった。


気づけば私のまぶたも熱くなってきて、一瞬で視界がじわっとぼやけて、大粒の涙が次々と頬を伝い落ちた。

でも、やっと言えた。もうずっと言えないと思ってきたことが、今、やっと言えたんだ。

もし今言えなかったら、小学生の時の気持ちまでまとめてどこかに捨て去ってしまうところだった。



そう思うと、ますます涙はこぼれてくるし、だけどここは駅前の人ごみの中だし、嬉しいやら恥ずかしいやらでもうどうしていいかわからなくて、ただただずっと泣きじゃくっていた。



やっと、言えた。

もうずっと言えないと思ってきたことが、今、やっと言えたんだ。





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