えるんぺい・もっぱいぱい

ゔぇろっへ

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第5話 降臨

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 つるんぽいが持ってきた料理は予想に反し、至って普通の家庭料理だった。
 ご飯、味噌汁、焼き鮭、味付け海苔、半熟卵、お漬物……。日本人って感じだ。
 こういう普遍的な食事とは一人暮らしを始めてから随分ご無沙汰だった。ありがたい。

「こういう普遍的な食事とは随分ご無沙汰だったんだろ」
「ぶほッ!」
 
 ニタニタしている。くうう、俺の心を読んでからかいやがって……!

「須川美絵という女性の料理を再現した」
「ぶほッ!?」
「貴様が思いを寄せていた女だ。さっき苛めた詫びに、新婚気分を味わせてやる」
「わ、忘れさせてくれ……! ほっといてくれよ!」

 つるんぽいはまた忍術を唱えるように手を組み、呪文を唱えた!

「もっぽこぽこぽこぽいぽいぽい! ビュティフォーピクチャー・須リヴァー!」

 アホかこいつは。さっき指パッチンだけで能力を使ってたじゃねえか。
 あと、”Beautiful Picture ・須 River” ってなんやねん……。

「コウイチさん……」
「す、須川さん……!?」

 須川さんだ……! いや、つるんぽいが化けているんだ。
 まったく。元の姿に戻ったら覚えとけよ……!

「コウイチさん、何を言っているのですか? 私は山内美絵です。もう須川ではありませんわ♡」
「ぶほっ♡」

 やっぱり駄目だ! 好きだ好きだ好きだ! 
 や、山内美絵だって! コ、コウイチさんだって……!

「さあ、食べてください☆ ……残したら、怒りますよ?」
「ああ……もちろんだよ……ミエ」

 キラッと歯を光らせ、目付きをいい男モードに切り替え……愛する妻に微笑みかけた。
 そして食卓に目を落とし、手を合わせ、まず漬物を口に入れる。きゅうりの浅漬けだ。カリッカリッキュッキュッ……くうう、これだよなあ! うまい! 飯とはバッチリのコンビネーション。
    味噌汁は豆腐とわかめと油揚げ……。まずは汁をズッと吸う。油揚げを入れるだけでコクが出てうまい! 出汁もいい感じに効いている。これはいりこの出汁だな。
     味噌汁をすすったあと、すぐに米を入れ、口内にゃんこ飯だ。完璧! 完璧だ!

「美味しそうに食べてくださるんですね。作った甲斐があります」
「美味しいよ、とっても。このごはん。そして……」
「ひあっ! ……ちょっと、朝から……! あっ」
「……ミエも!」
「あーーれーーーー」
「さあ、これから二人だけの『朝ごはん』、だ。…………いただきまぁす♡」
「チッ、止めろクソボケェッ!!」

 ミエは俺を突き飛ばし、距離を取った。
 その次の瞬間、フォフォフォフォッ! と、無数のくないが空を切り、俺を突き刺すそのすれすれで止まった。
 全て俺をアイアンメイデンのように突き刺さんと、ブルブルと震えている!!

「ミ、ミミミミ、ミエ……サン……?」
「貴様のような下劣なウジ虫が神を犯そうなどッ……! 死ねッ!!! ……あっ!」

 ポン、と煙が上がりくないは消え、ミエはつるんぽいの姿に戻った。
 あ、しまった。ちょっと入り込み過ぎて、つるんぽいであることを完全に失念していた!

「あ、す、すんません……」
「ふ……こっちこそ……いや、お前の頭の中が煩悩だらけで、気持ち悪くなって、つい。ふふふ」

 笑いながら嫌味を言われたが声が本気で笑っていないし、目がちょっとマジだった。確かに頭の中ではあんなことやこんなことを想像していた……。
 彼女はハアッ、とため息を付き、冷たく言い放つ。

「この変態が」
「スイマセン……」

 くそう……! 俺は変態だ! こんな変態、捨てられて当然だッ!
 気づけば俺は机に突っ伏し涙していた。
 きっとつるんぽいも呆れた顔で見ているだろう。
 こいつはどこまで低俗なんだ? ……と。

「くくく……それにしても、貴様がこの須川美絵という女に惚れたのもよくわかるな」
「えっ……?」
「では答えよ。須川美絵は美人か? 別に特段美人ではなかろう」
「……まあ、あ、あなたに比べればそれは……」
「彼女の絶妙なルックスは『俺でも、この人ならものにできるかも』と無意識的に思わせるわけだ」
「……!」
 
 認めたく無い! ……でも反論が出てこない……。
 須川さんはいわゆるクラスのまあまあかわいい方。中の上。顔面偏差値57。『ちょうどいい顔』なのだ。

 「そう。ちょうどいい顔つきだ。よく笑顔を見せるし、声も言葉遣いも柔らかい。清潔感もある。体型も程よく肉付きがあり、胸も人並みに膨らんでいる。人間的にも人当たりがよく、穏やかで、誠実だ」
「…………」
「一方、貴様のルックスは中。悪くも良くもない。顔面偏差値? とかいうので表すなら、50付近。性格も、性欲の強さを除けば普通。そう、 ”凡” だ。さあ、貴様が受験生ならどこを狙う?」
「……60以上は諦めて、ちょっと高いところを志望校にして、自分と同じくらいのところと、少し下を滑り止めに……」
「くくく……そういうことだ」

 俺にとっては須川さんは憧れだった。
 だが高嶺の花ではない。

 実際須川さんより顔のいい人はクラスに数名いた。俺は彼女らには興味を示さなかった。いや、興味はあるがどうせ届かない、と無意識に諦めたのだ。つるんぽいには完全にそれを見透かされていた。

「私は何万年も人間を見てきた。貴様の心など簡単に読める。貴様は、私が貴様の心を何らかの能力によって把握していると思っているだろう? 残念だが、貴様の心理の推移など、私にはパターンの一つでしかない。人間共は、自然界では最も高い叡智を誇る。だが、神からすれば、人間などウジ虫一匹に過ぎん」

 ははは……マジ、俺ってなんなんだろう。ウジ虫ですか。ははっ、そうですよね。
 
 さっきからすぐに健康的で性的魅力のある異性に発情し、生殖器を勃起させ、本能に従って行動してしまっている。認める。俺はウジ虫だ。ウジ虫。ウジ虫……。

「ふふふ……」

 落胆し、自己嫌悪に陥っている俺を憐れむような顔でつるんぽいは見つめる。
 捨てられた子猫を見つめるような顔だ。彼女の表情はいろいろ見てきたが、これは初めて見た表情だ。

 その顔を見ると、俺は余計に劣等感を抱いた。
 お前みたいなもんは……って感じだ。なんだか、職場のことを思い出すな――



 ……俺は生前、大企業に務めていた。本当に、ウジ虫って感じだった。

「お前の代わりはいくらでもいるんだ」
「お前は駒として扱われているんだから、身の程を知ることだな」
「とにかく俺の言っている通り動け。反抗は許さんぞ?」

 仕事はめちゃくちゃ出来るし、会社から絶大な信頼を置かれているが、一方で、血も涙もない、冷酷な原田室長を思い出す。

 俺たちは影では彼をサイコ原田と呼んでいる。

 聞いた話だが、室長は過去に彼よりも15年ほどキャリアが上のベテラン社員を退職に追い込んだこともあり問題になるかと思われたが、その社員は頭の固い職場の癌、いわゆる老害だったそうで、結果的に業績を上昇させたため、むしろ評価されたそうだ。

 皆、彼には抗わない。
 ただ一人、勇気を振り絞って、もっと部下を人として見るべきではないか!? と物申した人物がいる。俺の2つ上の角田先輩だ。入社したときから厳しくも優しく、新人の時の俺がミスを繰り返したときも励ましてくれて……憧れていた。

 彼は拳を握りしめながら、同僚たちの代表として室長と対決した。
 だがサイコ原田は表情を一切崩さず、こう言った。

「では、お前ら全員のボーナス支給を廃止しようか? こちらもボーナスを払わなくて済むなら、少しは甘やかしてやってもいいぞ」
「……わ、私が言い出したんです……みんなは……」
「では角田、お前のボーナスをみんなに回そうか。山内。次のボーナスは5万アップしよう。他の者にも歩合で振り分けよう。角田。お前の望み通りみんなには甘やかそう。よし、山内よ、角田はお前の分まで寝ずに働いてくれるそうだ。今日はもう上がっていいぞ?」

 俺は何も答えられず下を向き、唇を噛んだ……。
 角田先輩はたじろぎながら口を開く。
 
「し、室長、大変失礼いたしました。申し訳ありません。それは、ご勘弁を……私はただ……ん……」

 角田先輩はこれ以上何も言うことは出来ず、うつむいてしまった。
 それを見て原田は嘲笑するようにふん、と笑った。初めからこうなることは分かっていたのだろう。

「もう話は終わりか? さあさあ、仕事に戻れ。ふむ、今日は頑張ればたったの2時間の残業で済みそうじゃないか。うちの部署は他と比べても成績は良いし、残業は少ないほうなんだからな。よその部署に行けばうちの部署が有り難く感じると断言しよう」

 彼は手で『散れ』とジェスチャーをし、仕事に戻った。俺たちもそれぞれのデスクに着いた。

 ……何も言い返せなかった。角田先輩だって、流石に自分の大切なボーナスをみんなに振り分けるなんてことは出来なかった。
 
 もちろん俺だって……首を縦には振れないだろう。

 ボーナスはとても大事だ。一人暮らしの俺とは違い、先輩は結婚していて家族がいる。ボーナスを貰うと先輩は家族を美味しいお店へ連れて行ったり、子供にプレゼントを買う。それをいつも宙を見つめ、家族の笑顔を想像しながら嬉しそうに話している。

 ……あれ、俺はボーナスを貰って何をしているんだ?
 
 俺はいつもボーナスをもらったら……
 
 ……俺はボーナスをもらった時はいつも自分へのご褒美に高い風俗に行く。
 そこに行けば俺には手の届かない『高嶺の花』とヤレるから……。

 ……ハハハ。お、俺はそうか、つまりはこの会社に、サイコ原田に射精を手伝ってもらっていたってことか!!! 
 なんだこれ……。俺って……これじゃまるで……。



「う……うう……」
 
 俺は机の上にぽろぽろと涙をこぼし泣いていた。
 もう、死にたいとかそんなんじゃない。消えてなくなりたい。この世から消滅したい。
 もう……言葉に出来ないほど、自分が小さかった。醜かった。まるで…… ”ウジ虫” みたいだった。

 つるんぽいはいつの間にか俺の横に寄り沿い、言葉を発することなくただそばに居てくれた。
 ……ありがたかった。こんな情けない自分に寄り添ってくれるなんて……まるで、菩薩だ。仏だ。神だ。
 ……あ、そうだ、神様だったんだ。忘れかけていた。

 
 
 ふわっ…………。

 どこからともなく包み込むような感覚。
 俺がこの世界に至る直前に感じたもの。

「――妹よ、またも哀れな人間を蹂躙し、悦に浸っているのか」
「おかえり、姉さん……違う違う。慰めてやっているのだ」
「……えるんぺいさん……?」

 えるんぺい・もっぱいぱいが降臨したのだ。
 やはり雰囲気もオーラも……凄い。神々しい。つるんぽいにも同じオーラはあるが、格が違うように感じる。

「彼女は上級神だ。私は下級神。格が違うのは当然だ。まあ、上級神に興味は無いがな」
 
 つるんぽいは俺の心を読み、説明した。もう心の内を読まれて動揺したりはしない。
 彼女の言葉の最後の部分は姉に対する劣等感から出たものかと思ったが……なんだかそうでもない。本当に興味がなさそうだった。

 というか、何故ここにえるんぺいが……? まさか、俺に天国への引導を渡しに来たのか……!? 

 えるんぺいは座布団に腰掛け、机に肘を置き、下を向いたまま口を開いた……!



「――――わさびマヨカルビ丼を作ってくれ ――大盛りで」

「ぶほッ!!??」
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