3 / 21
一日目
2 * 迷子になった自意識
しおりを挟む雨期のグアムは、そこそこの雲に覆われていた。南国の木々や看板の英語が、ここが異国の地であることを主張してくる。初めての海外に浮かれて写真を撮っているわたしの横で、妹のひばりが「懐かしいー」と伸びをした。
そう、両親とひばりと羽斗にとっては、半年ぶりのグアム旅行なのだ。浮かれていたらおねえちゃんとしての面子が立たない。慌ててこなれた雰囲気を漂わせる。
はいはいグアムね、的な表情をキープしたまま、もう一人の妹で、同じく初グアムのつぐみを目で探した。どんな表情をしているだろうか。
つぐみは、彼氏とのおしゃべりに花を咲かせていた。そうだった、今回彼女は、彼氏同伴で家族旅行に参加しているのだ。小柄で華奢なつぐみと高身長で優しげな彼氏は、グアムの空の下、とても絵になる。ああなんか、本格的に姉として格好がつかないぞと思いながら、空港発、ホテル行きのバスに乗り込んだ。
車内でひばりと母と自撮り写真を撮ったら、わたしだけ顔がまんまるでびっくりした。むくみにむくんでいる。「アルバムに入れといてね」と言われるが、こんなもの入れられるはずがない。わたしは曖昧に笑った。
昨夜、調子づいて飲んだココナッツカクテルの影響だろうか。いや、ひばりも母も同じように酒を飲んだはずなのに、二人とも目をぱっちりとさせている。どうなっているんだ。周囲に気付かれないよう、頬とまぶたをこっそり揉む。
そんなことをしていたら耳に入ったのは、妹たちの会話だった。
「そういえば飛行機、軽食でたね」
「ね。あー……ってかんじの味だったけど」
「まあ機内食ってそんなもんだよね」
衝撃。同じように育ったはずなのに、顔も性格も、舌も全然違うのだ。
機内で出たクロワッサンサンドイッチ、おいしかったんですけど。
しかし姉としての尊厳は保たねばならぬ。こいつバカ舌だな、と思われたくはない。冷や汗をかきながらも、わたしは軽食をおいしく食べる過去の自分に背を向ける。
「わ、わかるー、中の甘いシロップが、なんか変だったよねえー……」
ごめんクロワッサン、本当は甘いシロップこそが美味しいと思ったのだ。姉としての名誉のために泥をかぶってくれ……。
会話はそのまま収束し、上手く妹たちの立場に擬態できたことに安堵した。が、そのうちに、そんなことを考えていること自体がばかばかしく思えてきた。なんだ、姉としての尊厳て。
そもそも、友達の多いつぐみに、サークルやゼミに精を出すひばり、髪をグレーに染めちゃった羽斗と、三人ともわたしとは全く違うタイプの人間なのだ。こちとら狭く深い人間関係が落ち着いて、おうち大好き、黒髪がうっとおしいすずめである。いくら姉弟でも住む次元が違う。張り合っても仕方あるまい。そう思ったら、肩の荷が下りた気がした。
とはいえ、わざわざ「いやクロワッサンサンドイッチ本当はおいしかったんだよね!」と突然言い出すのはおかしい。申し訳ないが、クロワッサンにはそのまま犠牲になってもらうことにした。サンドイッチと名の付くものが好きなわたしにとって、しなしなになったレタスすら愛おしかったことだけここに記して供養しよう。
動き始めたバスの中、インスタグラムを眺めるひばりの横で、わたしはツイッターを開いた。こちらの方が落ち着くのだ、背伸びは体によくない。
ふと窓の外に目をやると、雨上がりのグアムの空に、虹が架かっているのが見えた。よい旅になる予感しかしない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる