14 / 21
三日目
13 * 言葉が溶けて消えた夜
しおりを挟むホテルに戻ってうっかり眠ってしまった。
実際寝ていたのは一時間もなかったと思うが、つぐみとひばりはその間にしっかり化粧を直したようだ。そういうところだよなあ、と、寝ぼけ眼でバス停に向かいながら自省する。まゆげが残っていればよいのだが。
バス停までは、わりと距離があった。体にきちんと意識が収まっていないような、寝起きならではの不快感に包まれながら、バスを待つ。雨が降っていた。
ようやく来たバスに乗り、一区間分で下車する。タオタオタシ、というディナーショーの会場は、海風が吹き抜ける木造の建物だ。
ここでも食事はビュッフェ形式だった。一日二ビュッフェ。贅沢な経験だ。だいぶ早めに着いたこともあり、閑散としたなかで優雅に食事を選んだ。エビにパスタにスペアリブ。もはや自分が何を食べたいのかもわからず、手当たり次第皿にのせた。
注文したお酒が揃うと、最後の夜に乾杯をした。旅の終わりを感じ、ちょっと感傷的な気分になる。それを打ち消すように、目の前のココナッツなんたらをぐいっと飲み干した(と書ければかっこいいのだが、実際はアルコールが濃かったのでちびっと飲んだ)。
食事をしている間、ギターの演奏や子供を集めてのダンスなど、様々な催しがステージの上で行われていた。「こういうショーなのか」とエビを頬ばりながら思っていたのだが、これがとんだ勘違いだった。
照明が落ち、地の底から響くような音楽が流れた瞬間、あ、さっきまでのは前座だ、と一瞬で察した。空気がまるで変わったのだ。見るじゃなく、観るやつ。「ショーの途中にもごはん取りに行ってもいいのかなー」などと言っていた自分を恥じた。これはそういうやつじゃない。
透明感のある声で歌われるメロディに、激しいドラムのリズム。照明も舞台装置も、すべてが迫力のあるものだった。客席まで大きく使ったダンス、子供のパフォーマーによる演技。台詞や歌詞を正確に理解することはできなくても、それを凌駕する勢いに圧倒される。
目の前で凄まじいショーが行われ、そのステージの向こう、白波の立つ海が月の光を浴びる静かなさまが見え、なんだかよくわからないままに目頭が熱くなった。今いろんな国の人が一緒にこれを観て、この時間を共有しているのだと思うと鳥肌が立った。
最後は観客もみなステージの上にあがり、踊りながらフィナーレを迎えた。パフォーマーのダンスを真似ながら、同じように踊る、様々な文化を背景に持つ人たちを見て、笑いとか感動とか、そういうものは言語を超えて伝わるんだな、という単純なことに改めて気付かされる。そして反対に、いくら同じ言葉を使っていても、気持ちが重なっていなければ思いはちっとも伝わらないなあ、とも。とても変だけどとても健全だ。駅ですれ違う日本人より、目の前で踊る、会話もろくに成り立たない異国の人の方が、精神の距離は近い。
時間や思いを共有するのはとてもいいものだ。異国のダンスを不格好に真似し、ライブ会場さながらの熱気に包まれながら、そう思った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
