ネオンブルーと珊瑚砂

七草すずめ

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四日目

16 * お土産は夢と現をわたす橋

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 最後の買い物タイムとなった。
 ひばりは内定祝いにブランドのバッグを買ってもらうそうで、父と共にデパートに向かった。わたしも羽斗といっしょにデパートに入り、何かおもしろいものがないか、見てまわる。
 途中、R2ーD2の目覚まし時計と目が合ってしまった。ボタンを押すとおしゃべりするのがかわいい。すかさずアマゾンで検索し、帰国すれば簡単に入手できなそうなことがわかると、すぐにレジに持って行った。
 会計をしている最中、羽斗がトイレに行くと言ってその場を立ち去った。便秘だと言っていたから、きっとがんばっているのだろうなと思い、会計後もその近くでのんびりと待つことにした。
 しゃべる目覚まし時計には、ストームトルーパーやダースベイダー、ミニオン、スパイダーマンなど、いろんな種類があった。ボタンを押し、音を聞いているだけで時間をつぶせる。ダースベイダーはどんな音が出るんだろう、あの曲かな、と思いサンプルを押してみると、「コー……コー……」という例の呼吸音が響き笑った。
 そんなことしながら羽斗を待っていたら、となりの店で腕時計を購入しているつぐみと彼氏に会った。そのレジでJTBのなんたらを見せるとゴディバのチョコレートがもらえるということを教えてもらい、わたしもJTBのなんたらを見せ、チョコレートをもらう。
「これからどっか行くの?」
「羽斗が今トイレにいってるから、待ってるの」
「そうなんだ。大丈夫かね、おなか」
 などと言葉を交わし、二人と別れる。それにしても羽斗、遅い。心配になってきた。ラインを送ってみる。
【まだー】
 すぐに返信が来た。
【ごめん もう出てきてる】
【Pradaの前にいます】
 え、いつ出たの? わたしは置き去りにされたの? そして、どうしてPradaだけ英語なの? 
 ……Pradaの前に行くと、羽斗と母がソファに座っていた。
「絶対に許さない」
「まじでごめん(笑)」
 反省してるんか、というような様子だったが、これが母やつぐみだったら苛立つだろうに、羽斗だと怒る気にすらならないから不思議だ。ひばりや羽斗になら、多少適当なことをされたり、身勝手なことをされたりしても、全く怒りに結びつかない。
 たぶん、年齢の差なのだろうと思う。つぐみとは三つしか離れていないが、ひばりとは七つ、羽斗とは九つ離れているのだ。羽斗など、わたしのなかではまだオムツをしたままの赤ちゃん。ひばりもわたしの中ではまだトトロが大好きな四歳児のままなのだが、今や父にブランドバッグを買ってもらい喜んでいる。変な感じだ。が、よく考えたらわたしももう三十手前だということに気付き背筋が凍った。
 家族といる時間はこわい、精神年齢が勝手に巻き戻ってしまう。落ち着け、つぐみは仙水忍と同い年だし、わたしは野原みさえと同い年だ。いや、仙水さんの貫禄すごいな。(わからない方は幽遊白書をどうぞ)
 羽斗たちは次に、ハードロックカフェに行くらしかった。昨日は結局買わずに店を出たが、今日はどれかを買うつもりだという。わたしはハードロックカフェで売っていたドラムスティックが気になっていたのでいっしょに行こうかとも思ったが、グアム土産のドラムスティックって謎だなと我に返り、一人で他の店に行くことにする。
 JPストアというところは、雑貨やお菓子が多く売っており、イオンの雑貨売り場やサービスエリアのお土産コーナーに雰囲気が近かった。
 お土産をわたしたい人の顔を思い浮かべ、ひとつひとつ見繕う。こういう瞬間が、夢みたいな旅行と、戻らなければいけない現実をつなぐ、大切なものだと思う。お土産を買う時間がなかったら、わたしは永遠に現実に戻れない気がする。
 雑貨たちの中に、どうしても気になるものを見つけてしまった。自宅用のものはそんなに買わないつもりだったのだが、その小さなガラスの器は、あまりにかわいかった。
 流木の上に、ガラスがとろりと溶けたように置かれている。流木はひとつひとつが自然の物なので、必然的にガラスの器の形もひとつひとつが異なる。砂や貝をかざってもいいし、魚を飼う水槽にもなる、というようなことがパッケージの写真からうかがえた。
 実はちょうど、ベタの飼育を考えているところだった。家には既にデグーとハムスター、バトラクスキャットの三人衆がいるのだが(旅行中はウェブカメラと知人を駆使し留守番してもらっている)、ドレスのようなヒレと個性あふれる色が美しいベタという魚にはずっと惹かれていた。
 コップで飼えるとうたわれることも多いが、さすがにある程度の大きさがないと水質を保つのが大変だし、水替え不要の水槽を買おうかな……と思っていた矢先に、ほどよい大きさで手作りの、オンリーワンの水槽に出会ってしまったのだ。これは運命かもしれない。
 ただ割れ物だし、けっこうな大きさもある。値段は二十ドルと、だいぶ手頃。買うか、買わないか……。
 こういうときは、ベタについて詳しく調べるに限る。生き物を軽率にお迎えしてはいけない。「ベタ 飼育 水槽」で検索すると、ある知恵袋のページが引っかかった。
「ベタは跳ねます。コップで飼うなんて、干からびて死んでいるのを見つけるのがオチ。やめてください。」
 わたしはそっとブラウザを閉じた。いくら素敵な水槽でも、その横で愛するベタが死んでいたら美しくもなんともない。お迎えする際にはきちんとした水槽を用意しようと心に誓う。
 が、これを書いている今、やっぱり買えばよかったかなとちょっと後悔している。網でふたをすれば大丈夫なのではないかと思って。でも、それだとだいぶ不格好になるだろうか。
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