ゆううつな海のはなし

七草すずめ

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オネイロスの夢

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 枕元で、目覚まし代わりのスマートフォンが振動し、意識が自分の体に戻る。内臓をすべて混ぜ合わせてしまったかのような倦怠感に、指一本を動かすことすらわずらわしい。寝起きが悪い果歩にとっても、ここまで起きられない朝は珍しかった。
 とりあえず体を起こして、血を巡らせなきゃ。
 頭で思っても、体はちっとも言うことをきかない。この鉛みたいな体を起こすなんて、にんげんには無理なことなのだと、諦めてしまうほどに。
 救いだったのは、中途半端にあけたままになっていたカーテンの隙間から、太陽の光が差していたことだ。果歩が時間をかけて上半身を起こすと。陽光がちょうど顔にあたった。ぼんやりその眩しさに浸っていると、少しずつ鉛になった体に血がめぐるのが感じられた。二度目のアラームを、果歩はすっかり自分のものになった体を動かして停止する。
 こんなに起きるのが面倒なのは、どうしてなのだろう。
 ベッドから下り、トイレに行った果歩は、台所で水を一杯飲みながら考える。人間って、生きるために生きてるはずなのに、どうして眠っているときの方がしあわせなのだろう、と。
 眠りと死は隣り合わせであると、昔大学の講義で教わったことがあった。ギリシア神話についての授業だったと思う。ヒュプノスという眠りの神と、タナトスという死の神は、兄弟なのだ。
 眠っているって、つまり死んでいるのと同じなのに。
 グラスにもう一杯水を汲み、部屋に戻ると、先ほど電源を入れたラジオから夏らしい歌声が流れていた。電気をつけていない部屋でも十分に明るく、カーテンの隙間から青すぎる空が見える。
 生の世界は、少し眩しすぎるのだ。果歩はそう思いながらも、カーテンを勢いよくあける。冷房の効いた部屋を、太陽が浸食していくのがわかる。
 暦の上ではもう、秋の始まりを過ぎていた。夏は始まってしまえば最後、あとは終わる一方なのだ。入道雲と太鼓の音を連れて、静かに死んでゆく季節。
 果歩はしばらく何か考えると、クローゼットの中の段ボールをあさり始めた。十数分経ち、汗だくになりながらもようやく見つけたのは、いつか教科書として買わされた、ギリシア神話の本だった。
 死のタナトスと眠りのヒュプノスは、どちらが兄なのかしら。
 ソファに腰かけページをめくる果歩の手元に、容赦なく陽光が差しこむ。「今日も暑くなりそうです」ラジオの声だけが、静かな部屋に響いていた。
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