薫くんにささぐ

七草すずめ

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マドレーヌとマフィンと真野くん

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 くすぶった頭の中、手は無意識にマウスを動かし、ツイッターを開いた。タイムラインにいる人たちを、からっぽのまま見つめる。この人は仕事をしながら小説を書いて公募に出している。この人は子育てをしながら小説を毎週投稿していて、この人はウェブ小説で火が付き、近いうちに出版されることになった。
 新人賞二次通過、フォロワー一万人、重版決定。
 星やハートがついた感想で有頂天になるわたし。
 おかしいなあ、わたしってSNSにいる物書きたちのなかでは上位層に入る書き手だと思ってたんだけど。だってみんな、そんなに上手くないじゃない?
 目線をあげたら本棚の中の好きな本と目が合って、はたしてこの作者が匿名でウェブに小説をあげていたら、わたしはそれを読んでどんな感想を言うのだろう。
 マウスをスマホに持ち替えると、紗奈ちゃんから「楽しかったね」とだけメッセージが来ていた。心の中でそうだねと返す。きっと紗奈ちゃんは、絵を描いて禁断症状を取り除いたにちがいない。むしゃくしゃして、キッチンに向かってずんずん歩く。小説なんて書いたって幸せになれっこない、甘い物を死ぬほど食べたほうが幸せに決まってる。
 冷蔵庫をあけるとブーンという音がやんで、初めてブーンと鳴っていたことに気付いた。紗奈ちゃんはいつも、余るとわかっていながらたくさん洋菓子を買ってきてくれる。わたしの性格を知っているから。
 マドレーヌとマフィンって、名前が似てるのは意味があるのだろうか。淹れたあつあつの紅茶が冷めるのも待ちきれずに焼き菓子を食べながら、ぼんやり考える。
 マドレーヌ。マフィン。似た名前じゃない方がいいに決まってるのに、へんだ。わたしは小説を書くときだって、イニシャルすらかぶらないようにしている。交互に食べるプレーンのマドレーヌとマフィンは、どちらもバターの素朴な味がする。
 あ、マではじまるのってなんだか優しいからかもしれない。それからしっとりしてまろやかで、危害を加えなそうなかんじもする。
 そうだ、ちょうど真野くんみたいに。
 真野くんは、わたしにかわいいねって言うくせに自分の方がくりくりしたかわいい目をしていて、わたしが落ち込んだときはやたら明るく振る舞いながら励ましてくれて、そのくせ体は大きくてわたしを包み込むように抱きしめてくれて、紗奈ちゃんとは違う意味でわたしのことを隅々まで知っているひと。きれいなことばを使って言えば心を預けられる人、平たく言えばセフレだった。
 今度はフィナンシェを食べながら、そういえば真野くんにしばらく会っていないぞ、と気付く。最後に会ったのはいつだっけ。ラインを見返してようやく、「いま精神的に落ち着かないから連絡するまで放っておいて」と一方的に送っていたことを思い出す。
 送信したのは一ヶ月くらい前で、真野くんは「だいじょうぶだよ、落ち着いたらいつでも連絡してね」という神様みたいな言葉と、わたしの好きなけろっぴが鈴を持って踊っているスタンプを送ってくれていた。カエルが好きな理由も知らないで。
 最後のひとつにしようとバームクーヘンをほおばりながら、真野くんに送る文章を入力する。
「元気にしてる? こっちは少し落ち着いてきたよ。真野くんのおかげだと思う。もろもろのことは相変わらずだけど、また今度、久しぶりに会えたらうれしいな。お仕事がんばってね」
 書いているうちに、自分の心が高揚していくのが感じられた。おお、なんかいい女っぽい。
 紗奈ちゃんも薫くんも帰ってしまって、ひとりぼっちになったみたいで落ち込んでいたけど、そういえばそうじゃないんだった。わたしには真野くんがついてる、わたしのことをいいこだって言ってくれる真野くんが。
 とっくに冷めてしまった紅茶を片手に、パソコンの前へ戻った。
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