7 / 30
マドレーヌとマフィンと真野くん
しおりを挟む
くすぶった頭の中、手は無意識にマウスを動かし、ツイッターを開いた。タイムラインにいる人たちを、からっぽのまま見つめる。この人は仕事をしながら小説を書いて公募に出している。この人は子育てをしながら小説を毎週投稿していて、この人はウェブ小説で火が付き、近いうちに出版されることになった。
新人賞二次通過、フォロワー一万人、重版決定。
星やハートがついた感想で有頂天になるわたし。
おかしいなあ、わたしってSNSにいる物書きたちのなかでは上位層に入る書き手だと思ってたんだけど。だってみんな、そんなに上手くないじゃない?
目線をあげたら本棚の中の好きな本と目が合って、はたしてこの作者が匿名でウェブに小説をあげていたら、わたしはそれを読んでどんな感想を言うのだろう。
マウスをスマホに持ち替えると、紗奈ちゃんから「楽しかったね」とだけメッセージが来ていた。心の中でそうだねと返す。きっと紗奈ちゃんは、絵を描いて禁断症状を取り除いたにちがいない。むしゃくしゃして、キッチンに向かってずんずん歩く。小説なんて書いたって幸せになれっこない、甘い物を死ぬほど食べたほうが幸せに決まってる。
冷蔵庫をあけるとブーンという音がやんで、初めてブーンと鳴っていたことに気付いた。紗奈ちゃんはいつも、余るとわかっていながらたくさん洋菓子を買ってきてくれる。わたしの性格を知っているから。
マドレーヌとマフィンって、名前が似てるのは意味があるのだろうか。淹れたあつあつの紅茶が冷めるのも待ちきれずに焼き菓子を食べながら、ぼんやり考える。
マドレーヌ。マフィン。似た名前じゃない方がいいに決まってるのに、へんだ。わたしは小説を書くときだって、イニシャルすらかぶらないようにしている。交互に食べるプレーンのマドレーヌとマフィンは、どちらもバターの素朴な味がする。
あ、マではじまるのってなんだか優しいからかもしれない。それからしっとりしてまろやかで、危害を加えなそうなかんじもする。
そうだ、ちょうど真野くんみたいに。
真野くんは、わたしにかわいいねって言うくせに自分の方がくりくりしたかわいい目をしていて、わたしが落ち込んだときはやたら明るく振る舞いながら励ましてくれて、そのくせ体は大きくてわたしを包み込むように抱きしめてくれて、紗奈ちゃんとは違う意味でわたしのことを隅々まで知っているひと。きれいなことばを使って言えば心を預けられる人、平たく言えばセフレだった。
今度はフィナンシェを食べながら、そういえば真野くんにしばらく会っていないぞ、と気付く。最後に会ったのはいつだっけ。ラインを見返してようやく、「いま精神的に落ち着かないから連絡するまで放っておいて」と一方的に送っていたことを思い出す。
送信したのは一ヶ月くらい前で、真野くんは「だいじょうぶだよ、落ち着いたらいつでも連絡してね」という神様みたいな言葉と、わたしの好きなけろっぴが鈴を持って踊っているスタンプを送ってくれていた。カエルが好きな理由も知らないで。
最後のひとつにしようとバームクーヘンをほおばりながら、真野くんに送る文章を入力する。
「元気にしてる? こっちは少し落ち着いてきたよ。真野くんのおかげだと思う。もろもろのことは相変わらずだけど、また今度、久しぶりに会えたらうれしいな。お仕事がんばってね」
書いているうちに、自分の心が高揚していくのが感じられた。おお、なんかいい女っぽい。
紗奈ちゃんも薫くんも帰ってしまって、ひとりぼっちになったみたいで落ち込んでいたけど、そういえばそうじゃないんだった。わたしには真野くんがついてる、わたしのことをいいこだって言ってくれる真野くんが。
とっくに冷めてしまった紅茶を片手に、パソコンの前へ戻った。
新人賞二次通過、フォロワー一万人、重版決定。
星やハートがついた感想で有頂天になるわたし。
おかしいなあ、わたしってSNSにいる物書きたちのなかでは上位層に入る書き手だと思ってたんだけど。だってみんな、そんなに上手くないじゃない?
目線をあげたら本棚の中の好きな本と目が合って、はたしてこの作者が匿名でウェブに小説をあげていたら、わたしはそれを読んでどんな感想を言うのだろう。
マウスをスマホに持ち替えると、紗奈ちゃんから「楽しかったね」とだけメッセージが来ていた。心の中でそうだねと返す。きっと紗奈ちゃんは、絵を描いて禁断症状を取り除いたにちがいない。むしゃくしゃして、キッチンに向かってずんずん歩く。小説なんて書いたって幸せになれっこない、甘い物を死ぬほど食べたほうが幸せに決まってる。
冷蔵庫をあけるとブーンという音がやんで、初めてブーンと鳴っていたことに気付いた。紗奈ちゃんはいつも、余るとわかっていながらたくさん洋菓子を買ってきてくれる。わたしの性格を知っているから。
マドレーヌとマフィンって、名前が似てるのは意味があるのだろうか。淹れたあつあつの紅茶が冷めるのも待ちきれずに焼き菓子を食べながら、ぼんやり考える。
マドレーヌ。マフィン。似た名前じゃない方がいいに決まってるのに、へんだ。わたしは小説を書くときだって、イニシャルすらかぶらないようにしている。交互に食べるプレーンのマドレーヌとマフィンは、どちらもバターの素朴な味がする。
あ、マではじまるのってなんだか優しいからかもしれない。それからしっとりしてまろやかで、危害を加えなそうなかんじもする。
そうだ、ちょうど真野くんみたいに。
真野くんは、わたしにかわいいねって言うくせに自分の方がくりくりしたかわいい目をしていて、わたしが落ち込んだときはやたら明るく振る舞いながら励ましてくれて、そのくせ体は大きくてわたしを包み込むように抱きしめてくれて、紗奈ちゃんとは違う意味でわたしのことを隅々まで知っているひと。きれいなことばを使って言えば心を預けられる人、平たく言えばセフレだった。
今度はフィナンシェを食べながら、そういえば真野くんにしばらく会っていないぞ、と気付く。最後に会ったのはいつだっけ。ラインを見返してようやく、「いま精神的に落ち着かないから連絡するまで放っておいて」と一方的に送っていたことを思い出す。
送信したのは一ヶ月くらい前で、真野くんは「だいじょうぶだよ、落ち着いたらいつでも連絡してね」という神様みたいな言葉と、わたしの好きなけろっぴが鈴を持って踊っているスタンプを送ってくれていた。カエルが好きな理由も知らないで。
最後のひとつにしようとバームクーヘンをほおばりながら、真野くんに送る文章を入力する。
「元気にしてる? こっちは少し落ち着いてきたよ。真野くんのおかげだと思う。もろもろのことは相変わらずだけど、また今度、久しぶりに会えたらうれしいな。お仕事がんばってね」
書いているうちに、自分の心が高揚していくのが感じられた。おお、なんかいい女っぽい。
紗奈ちゃんも薫くんも帰ってしまって、ひとりぼっちになったみたいで落ち込んでいたけど、そういえばそうじゃないんだった。わたしには真野くんがついてる、わたしのことをいいこだって言ってくれる真野くんが。
とっくに冷めてしまった紅茶を片手に、パソコンの前へ戻った。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる