薫くんにささぐ

七草すずめ

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「生き別れの父を探していて」

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 お父さんは、フィリピンパブで働くフィリピン人の女との間に子供を作って、出て行ったらしい。お母さんがぽろっとこぼしたのを聞いたのは、薫くんと出会う少し前のことだった。
 それを悲観的に捉えることが怖かったわたしは、自分の感情を器用にねじまげて、そのとき付き合っていた彼氏に面白おかしくそれを語った。ついでに、サッカーを見ているだけで満足してしまう人間であることだとか、家が狭いと文句を言った三歳のわたしに足で机を動かして「ほら広くなった」言ったこととか、自転車のベルだけ買ってくれたこととか、そんなどうでもいいことを話した。顔は全然思い出せないのに、そんなくだらないことはいくらでも思い出せるのだった。
「お父さんのこと、今も大切に思っているんだね」
 言われて、は、何言ってんだこいつ、と思った。憎しみすらこもった目でそいつを見ると、その男はすでに涙ぐんですらいて、わたしは一気に鼻白んだ。彼はずびずび洟をすすりながら余計な世話をやいた。
「例え離婚して戸籍が別になっていても、血の繋がった親子なら今住んでいるところを調べることだってできるよ」
 その男への愛情は、一時間前にチンしたまま忘れていたコンビニ弁当みたいに冷めていたけれど、その有益な情報には心惹かれるものがあった。なんだか探偵みたいでおもしろそうだ。わたしは冷めた弁当を人肌で無理矢理あたためるような感情で、男に媚びへつらってその詳細な方法を聞き出し、本籍地の役所に行って、母の戸籍謄本で父の本籍地を確認して――本籍地は皇居だった。つまらない男だと思った――、区役所で父の戸籍謄本を出してもらった。区役所はエンターテイメントに飢えているのか、わたしが「生き別れの父を探していて」と説明すると、何人もの職員が出てきて一生懸命探してくれた。嬉々として、と言ってもいいくらい生き生きと。
 父の戸籍には、フィリピン人と、二人の子供が入っていた。二人の生年月日は同じ。双子だった。わたしがたったひとり、寝室で両親の喧嘩する声を聞いていたあのとき、フィリピン女の腹の中では男女の双子がなかよくすごしていたわけだ。どこまでもひとりぼっちなのだ、わたしは。
 区役所からの帰り、電車で戸籍をよく見ていたら、双子の名前が父とその父母(彼らはやさしいおじいちゃんおばあちゃんだった)から一字ずつもらったものであると気付いて、もう笑いが止まらなくなった。そんなわたしを、誰も見ようとしなかった。これが都会で暮らすということなのだと思った。わたしは次の駅で電車を降りて、戸籍を破いてごみ箱に捨てた。帰宅して、ドアを開けた勢いで余計な情報を吹き込んだ男に別れを告げた。
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