七狂星

鈴木春夜

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◆ 紫色狂星 ― ペシミスティックマゼンタ ― 

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はじめまして、留利人るりとくん。  

「ナナイロ☆ステラ」の生ライブで留利人くんを見て、大好きになりました。本物の王子様みたいにかっこよくて、パフォーマンスも最高でした。歌もダンスもスマートで、ステージの上で一番キラキラ輝いていました。新野君もかっこいいけれど、私はだんぜん留利人くんが好きです。留利人くんってマンガやアニメに出てくる主人公キャラみたいにイケメンで、スタイルも抜群によくてすっごく素敵だなって思います。ずっとずっと留利人くんのファンでいます。これからも頑張ってください。

―  ― ―   

僕はいつも、ロッカールームに設置されている長椅子に座って適当に選んだファンレターを読む。自宅と学校には仕事を持ち込みたくないから、事務所のスタッフさんからファンレターを受け取ると、その日のうちにロッカールームで一通だけに目を通すようにしている。読み終わったファンレターと残りは、木曜日の可燃ゴミの日に他のものと一緒にまとめて出す。うちのマンションの可燃ゴミは月曜日にも回収されることになっているが、土日までファンレターをデッドストックにしておきたくないから木曜日に出してしまうのだ。僕は他のファンレターと一緒に読み終わったそれを紙袋に入れてロッカールームから退出し、家路についた。自宅から学校までは電車で15分、学校から事務所までは地下鉄で30分かかる。電車に乗っている時や学校の休み時間などの隙間時間は勉強に充てていて、僕は普段から常に学力のキープと向上を心掛けて行動していた。偏差値の高い国立大学に進学して、国家公務員の総合職に就くのが僕の目標だ。今はアイドル活動を始めることになってしまったから、万が一の場合は準国家公務員でもいい。とにかくリストラの心配がなくて安定した給与と身分が得られる仕事に就きたかった。帰りの地下鉄の中で、2人組の女の子たちがコソコソと話しながら僕の方を見ていて、僕がちらりと彼女らに視線をやると思春期の女子らしい反応が返ってきた。ああ、まただと僕は思った。自分で言うのもおこがましいが、僕は事実外見がいい。モデルをしている母親譲りの端正な顔立ちに加えて背が高く、手足も長くて顔が小さいという、若い女の子が好みそうな外見をしていることは自分でも自覚している。中学生になったあたりからモテ始め、ラブレターをもらったり呼び出されて告白されたりは僕の日常の一部で、それは知らない人に道を尋ねられる程度の出来事に過ぎなかった。僕の母は自分の稼ぎで購入した高級分譲マンションに若い頃から父親と同棲していてそのまま結婚したのだが、性格の不一致や価値観の違いなどのありがちな理由ではなく奔放な性格が災いして離婚し、やがて恋人を作って家を出ていった。離婚して父親が出ていったのが僕が小学5年生の時で、母が家を出たのが中学2年生の時のことだった。両親共に子どもへの関心が薄く、家族旅行や休日レジャーの記憶はほとんどない。そういう家庭環境が影響したのか、僕は淡白でドライな性格に育ち、あまり何かに熱を上げたり心動かされたりするようなことがない。だから両親がそれぞれ家を出ていった時も、あまり動揺しなかった。住まいは持ち家だし水道光熱費や学費は母の通帳から引き落とされていたから、生活のことも大して心配せずに済んだのもあっただろう。母が置いていったもう一つの通帳にかなりの預金残高があって他の経費も当面は不安視せずに済んだし、互いの生活に不干渉な高級マンションの住人たちから、不必要な詮索をされたりや噂話を広められるような馬鹿げた事態にもならなかったのは幸いだった。ただ、僕には5歳年上の姉がいて、姉との生活は少し面倒に思うところがある。姉もまた母親譲りの恵まれた外見の持ち主で、悪いことに奔放で男に依存するというか入れ込むような性質もしっかり引き継いでいた。母が出ていった時に姉は有名私立大学に入学したばかりで、交際相手を切らすことのなかった高校時代から、さらに恋愛体質を増大させて過ごすようになった。高校卒業直前にスカウトされて既にモデルデビューを果たしていた姉は、母のゴシップに巻き込まれるのを嫌ったのか、二世であることを隠して芸能活動をしていた。姉の性格を考えるとコネでも何でも使って有利に仕事を進めそうな気がしたが、おかげで僕も不要な面倒ごとに晒されることなくアイドル活動をできているから、その選択だけは評価している。姉は芸能活動を始めて半年くらい経った頃、ある音楽活動をしているグループメンバーの1人と付き合い出した。その相手は、僕が今所属している名嶋なじま芸能プロダクションの看板アイドルグループ「secret‐Q」のセンターを務めている不破京介ふわきょうすけだった。不破はいかにも姉の好みのタイプで、外見もスペックも才能も申し分ない。デビューしてから浮ついた話もなく、パフォーマンスも十分視聴に足るレベルで、不破と一緒に活動している他の2人も彼には少し及ばないだけで他の事務所のグループであればセンターポジションに立てるくらいの技量とビジュアルがあり、「secret‐Q」は若い女性を中心に絶大な人気を誇っていた。姉が一体どんな手を使って不破に接触し交際にまで漕ぎつけたのかは未だに不明だが、姉は推しを恋人にして、しばらくの間は我が世の春を謳歌していた。その頃の姉は順調にメディア露出を増やして知名度も上がり、トレンドにランクインすることもあったほどだった。大学に入ってからは若者が運営するベンチャー企業の代表になって、さらに知名度も人気もうなぎ登りという状況だった。けれどそれらは、実はただの張りぼてに近いものだと僕は知っている。姉が有名私立大学をパスできたのは、本人の学力ではなくてその知名度によって自由応募入試を突破できたからだった。成績は悪くはなかったが学力だけで高偏差値の有名大学に入れるほどではなかったから、うまいところを突いたのだろう。会社運営にしても同様で、取締役社長という肩書きを得てはいたものの、実質は広告塔として起用されているというだけのことで、会社がプロデュースする下着を着用して客寄せパンダをしているだけのことだ。商品開発に携わっているふうのプロモーションなんかを行っていたが、おそらくは開発や広報担当者たちと同じテーブルでアイデアを出し合うことなく、事後承認的なやり方で名前を貸すようなブランディング手法を使っていたのだと簡単に想像がつく。それをやってのけるだけのネームバリューがあるのは、ある意味では姉の特権だったのだろうが、中身が空洞ではいつか化けの皮が剝がれるし飽きられる。人気や容色などという、時間の経過とともに劣化していくものを拠り所にしながら、不破との恋に一喜一憂する姉の姿を間近で見ていた僕は、堅実な人生を選ぼうと思った。幼い頃から比較的もの覚えがよくて理解が早かった僕は、母と姉の生き方を見てとにかく賢い人間になろうと決めていた。勉強ができれば偏差値の高い学校に進学できる。そうすれば選択肢が増える。多くある選択肢の中から着実で優良なものを選ぶことが、安全性の高い人生に直結するのだと結論づけ、僕はひたすら勉学に力を注いだ。費やした時間と労力に比例して学力は上がり、全国統一テストでも常に成績上位者に入っている。本格的に大学卒業後の進路を考え始め、国家公務員を目指そうと決めた中学3年生の終わり頃、姉は不破と破局したのだった。自分の恋愛と感情の後始末ができない姉は荒れに荒れ、一緒に住んでいる僕はその影響をもろに受けた。泣き喚きながらどうすれば復縁できるかをしつこく問うてくる姉を見て、むしろよくこれまで不破が姉の相手をしていてくれたものだと感心したくらいだった。姉が美人であることは間違いなかったが、それ故に手にしてきたメリットが朧であることに本人も気づいていて、姉のコンプレックスもまた強いものとなっている。容姿で獲得した有名大学の学生という身分と取締役という肩書きが姉のアイデンティティにもコンプレックスにもなっている事実が本人を股裂き状態にしていて、我が姉ながら少しばかりかわいそうだと感じるところもあった。ある日、姉は帰宅した僕の目の前にノートパソコンを差し出し、「あんた、アイドルになるのよ」と唐突に言った。僕は、姉が失恋の精神不安定からついに頭がおかしくなったのかと思い、黙って自室に入ろうとした。すると今度は「取引よ」と姉弟間ではおよそ使われる機会のない言葉を口にして僕を引き留めた。僕はその言葉が妙に引っかかって振り向くと、姉は重ねて言った。

「ルリが私の条件を飲んでアイドルになってくれるなら、国立大学4年間の学費250万円を出してあげる。あんたなら行けるでしょ、国立大学。悪い取引じゃないと思うけど」

ファッション誌に掲載されるモデルの仕事、バラエティ番組とコマーシャルの出演料、役員報酬、動画投稿の広告収入。今まさに旬を迎えている姉の収入と貯金額は、弟の僕でさえ想像もつかないくらいだ。最近では女優としてもデビューを果たし、ゴールデンタイムのドラマでも小さい役を演じている。不祥事やイメージダウンになるような派手なクラッシュでもない限り、しばらくは芸能界で稼いでいけるだろう。高校卒業までは母の通帳から学費が引かれるから心配せずにいられても、はっきり言ってその先はわからない。母が置いていった通帳があるとは言え、それは減りゆくばかりで増える当てはなく、親を頼らずに大学受験をしなければいけない僕にとって、姉のその申し出は思いがけなくも魅力的なものだった。

「あんたねぇ、コンビニとか家庭教師でコツコツ働いたところで250万円なんて大金、簡単には手に入らないんだからね。さっさと決断しなさいよ。身ばれが怖いんだったら、アイドルやってる時だけ髪色変えるとかカラコン使うとか、適当に見た目チェンジすればいいんだから。どうせ普段はメガネと制服オンリーで学校と家の往復しかしてないんだから、私服とかグラサンとかで印象変えれば、ばれないって」

姉はそう言ったが、本当にばれないだろうかと僕は半信半疑だった。地味にはしていても187cmという背の高さと無駄に女子ウケする外見で、僕は制服姿であっても人目を引く。けれど姉の言うことも一理ある。受験は通帳にある残高で賄えたとしても、大学進学にかかる費用は、現実的に考えて親を当てにはできそうにない。大学への進学を希望する以上、費用の工面は避けては通れない問題だった。大学に入れば学費以外にも通学の費用やテキスト代なども必要になってくるが、アイドルになれば、学費以外で発生する諸々の経費の分くらいは自分でも稼げるかもしれない。芸能界は甘くはないだろうが、実際にうまくいっている姉を間近で見ている僕は、やってやれないことはないと判断し、姉の取引を受けることにした。僕は姉の言いつけに従って履歴書を作成する際に、名前を本名の「瀬名せなルリ音」ではなく「桜井留利人さくらいるりと」とした。「るりと」の読みは同じでも、字を変えるだけで印象がずいぶんと変わる。母は僕と姉の名前をそれぞれ「ルリ音」「エリ香」と少し派手なものに命名していたから、本名で活動するのはまずいと考え、苗字も母の旧姓である「桜井」を使うことにした。自宅マンションの表札は母が結婚前から旧姓を使って活動していたこともあって「瀬名」と「桜井」の両方を並べていたのも都合がよかった。これなら郵便物もちゃんと届くし、まずい嘘はついていない。こうして僕は取引材料としてアイドルになるための手順を踏み、書類審査の結果を待った。ここで落とされてもいいやくらいの軽い気持ちでいたのが良かったのか、書類審査を通過して一次審査に進むことになり、僕は指定された日時に審査を受けに行った。書類審査で残った30名が4グループに振り分けられて審査を受ける。待合室に集められた30名の中に、1人だけ目を引く人がいた。僕と同じく高校生だろう、身長は僕より少し低いくらいで、綺麗と言うべきなのか丁寧な顔の造りをしている。あどけなさが残る中にも妙な色香を放っていて、なんとなく目が吸い寄せられてしまう。僕は女性にも男性にも恋愛を求めていないから変な気になることはなかったが、きっとあの人は全ての審査をパスするだろうと思った。オーディションにかける熱量の少なさに気づかれているだろうと思いながら、僕はあらかじめ課題として与えられていた歌を歌い、求められたステップを踏む。絵画以外のものなら、僕はスポーツでも音楽でもわりと簡単にこなすことができる。一流にはならなくても、コスパよくある程度のレベルを習得できるのは僕の長所のひとつだ。熱意はなくとも使える代物であることくらいはアピールしたかと思っていたら、一次もパスして二次審査に進むことになった。二次審査も気負いなく臨んだ僕は意外にもすんなりとそれもパスし、晴れてアイドルグループの一員に選ばれた。特に嬉しいとは感じなかったが、これで250万円に一歩近づいたと思った。メンバー初顔合わせの時、僕が注目した彼も選抜されていたことを知り、やっぱりなと思った。本人がアイドルになりたくて、周りも放っておかない魅力を持っているのだから、なるべくしてなったのだろう。熱意もあるようだし、彼がいればそう目立つこともないと考えると気楽ではある。僕が姉に半ば強制されるようにして入った事務所は、「secret‐Q」を抱える男性アイドル専門の芸能プロダクションだった。姉は不破との復縁を狙っていて、そのために僕をこの事務所に入れたがったのだ。弟の僕が同じ事務所の所属になったところでそれが叶うのかどうかはかなり疑わしいが、盲目の姉にとってはあらゆる手段で可能性を繋ぎたいのだろう。それに付き合わされるのは億劫でも、背に腹は代えられないのはこちらも同じだ。姉のプランは、同じ事務所のよしみで僕と不破を親しくさせ、不破の身辺を探らせるのが最初の狙いだ。もしもフリーであれば姉との復縁を考えさせるべく、仲良くなった僕からうまく説得するよう言い渡されている。僕は姉に、復縁を支払いの絶対条件にするのはこちらの割に合わないと応募書類を送る前に伝えていた。なりたくもないアイドルになって自分の時間と労力を費やし、何のリターンもないのならその取引には乗らない。姉は、僕の方が彼女より偏差値も地頭も遥かにいいと知っていたから、どういう条件なら取引可能なのかを聞いた。僕は支払い額と時期を細かく設定して、条件達成ごとに分割して支払うよう姉に伝えた。まずはオーディションを全てパスしてメンバーに選ばれた時点で25万円、そしてアイドルとしてメジャーデビューを果たしたらさらに25万円で、その後は活動を軌道に乗せてメディア露出に至る、不破との連絡先交換を達成する、復縁の話は別にして不破から姉に連絡させるというステップごとに50万円を支払ってもらい、そして最後に姉が不破との復縁に成功したら残り50万円の計250万円支払いで合意した。当然、ずっと姉の復縁に付き合うつもりは毛頭ないから、期限は僕が高校3年生になる直前までの最大2年間とした。

「僕は姉さんとの取引がなかったら一生興味も関わりもなかった筈のアイドルになって、姉さんのためだけに活動するんだ。勿論、学費の250万円っていう大金は魅力的だよ。でもその間に僕が勉強のために費やせる時間と労力が犠牲になることも理解しておいてほしい。引き受けるからには結果を出せるよう努力するけど、高校生の僕がそれなりに背負うものがあるって自覚しておいてくれ。身バレのリスクも勉強時間のロスも、僕にとっては大きい犠牲だから」

姉にしてみれば僕をキューピッドにするしかなく、実の姉弟間でいびつな取引が成立した。そうして僕は大して中身のないアイドルになった。活動を始めてみてわかったのは、小さい事務所のアイドルは知名度を上げるために、自身も地道な活動をしなければならないということと、名嶋芸能プロダクションは小さいながらもかなりしっかりした体制だということだった。叩き上げで社長の座を譲り受けた人物というだけあって、名嶋社長は有能で人を動かすとはどういうことかをよくわかっているなと僕は感じた。スタッフやタレントたちの意見も聞いて、ワンマンに事を進めない。パフォーマンスとファンサービスのクオリティには徹底的にこだわる一方、所属タレントのプライベートを制限するようなことは極力謹んでいる。ただ、タレントとファンの夢を守るために、交際についてはかなり厳しく指導をしていた。交際の発表はもちろん、メディアを使っての匂わせは一切禁止事項とされており、可能な限り友人知人への口外や休日の外デートも控えるように言われている。姉と不破が付き合い始めてから別れるまで一度も報道されなかったのは、不破がその努力義務をちゃんと守っていたからに他ならない。姉の性格からすると匂わせ画像なんかを自身のサイトに上げそうなものだが、おそらく不破からきつい箝口令が敷かれていたのだろう。姉はそれを守るくらい不破に傾いていたのだなと僕は改めて思った。だからと言って姉の思惑に加担する気はなく、僕の狙いは難関国立大学への入学だったから、学費獲得に必要な分だけのエネルギーでアイドル活動に取り組んでいた。それでもビジュアルがものを言い、僕はメジャーデビューを果たしてから常に2番人気をキープし続けている。僕よりずっとアイドルへの想いが強い人は大勢いても、熱量が人気に直結するとは限らないのが世の中だ。生まれ持った容姿も資源の一つなのだから、活用しない手はない。僕はナンバーワンになれないことにもセンターポジションに選ばれないことにも全くストレスやプレッシャーを感じることなく、淡々と事務所の求めるままにレッスンや活動を続けていた。僕はメンバー入りしてから淡々とミッションをこなし、初めはハードルが高いかと思われた不破との連絡先交換も、レッスンに「secret‐Q」の楽曲を使っていたため時々本人たちから指導を受ける機会もあって、意外にもすんなりとクリアできたのだった。不破はメディアで目にする印象よりも穏やかで軸のある人物だった。「secret‐Q」のセンターにふさわしく、姉だけでなく女性たちが不破に心惹かれるのも無理はないだろう。不破が人の心を惹きつけるのに値する男だからこそ姉は夢中になったのだろうし、逆に彼が自分を持ってしっかりと仕事をするような人だから、中身のない姉とはうまくいかなかったとも言える。僕が瀬名エリ香の弟だということは幸いばれてはいないようだったが、いずれにせよ前の恋愛から心が離れてしまっている不破を説得して、姉に連絡させるのはほぼ不可能だろうと思った。オーディションに合格してから約8ヶ月の時点で僕は姉から総額150万円を受け取っていて、事務所の給与も合わせると目標額は達成していたから、いつアイドルを辞めてしまってもいい。受験までにはまだ時間があるし、成績も相変わらず上位をキープできていたから、高校3年生に上がる頃までは続けてもいいかなと思っていた。要は小遣い稼ぎだ。それなりに時間が取られるものの、高校生のアルバイトとしては悪くない収入だったし、アイドルの仕事はもっと面倒くさいものかと思っていたが、「ナナイロ☆ステラ」は存外あっさりしているグループだった。省エネルギーでやっている僕に対して、もっとやる気を出せだの何だのと鬱陶しいことを言ってくるようだったらさっさと辞めてしまおうと考えていたが、特にそういうこともない。どんな集団であっても人が多ければ多いだけ煩わしさがあるのに、「ナナイロ☆ステラ」は思春期の男子の集団であるにも関わらず、軋轢や衝突がほとんどなかった。これはリーダーである穂村ほむら君の功績が大きい。穂村君は最下位の順位をキープしているのにそれに腐ることなく、そしてでしゃばることもなく上手にグループをまとめている。

「万年ビリの僕に、メンバーがリーダーの役割を与えてくれて」

「これからも僕がナナイロ☆ステラを一番後ろから引っ張って行きます」

ライブMCの時にはいつもそんなことを笑顔で言っていて、毎度あっぱれと思うほどだ。何が穂村君をそういう振る舞いにするのかはいまいち謎だったが、グループ内をうまく調整してくれるのはありがたい。おかげで僕は無駄なエネルギーを消耗することなく、必要最低限の労力で活動を続けることができる。リーダーを決める時、センターポジションになれなかった宮園みやぞの君が名乗りを上げたが、センターであり彼と幼馴染みの新野にいの君が穂村君を推薦して、結局社長もそれに賛同して穂村君がリーダーになった。新野君が穂村君を推薦した時の、穂村君の顔が僕は未だに忘れられない。事前に推薦されることを聞かされていなかったらしく、驚きの中に乙女のような表情が混ざっていて、見ているこちらが奇妙な気持ちになった。僕は穂村君に、どこか自分と近しいものを感じている。僕は基本的に自分にしか関心がなく、穂村君みたいに周囲への気配りを欠かさないようなタイプではない。ただ、穂村君が根っからの善人でそれをやっているようにも見えず、彼の本質は策士だと思っていて、そこが似ていると感じていた。きっと穂村君はアイドルに大きな関心を持っていない、そういうふうにも感じていた。ただ、それは穂村君に限ったことではなく、新野君以外の僕を含めた全員が、アイドルというものに純粋な熱意を持って取り組んでいるようには見えなかった。メディアで目にするような、夢や希望や輝きを演じているというか、そのくせ実際には足の引っ張り合いや嫉妬や予定調和に満ちたアイドルではなく、皆何かの事情や目的を抱えてその役割を演じているような気がしていた。たとえそれが事実だとしても、人の事情に首を突っ込むほどお人好しではないから静観するだけだし、多少近い何かを感じているからと言って親近感を持っているわけでも個人的に親しくなりたいわけでもない。男同士でまさかとは思うが、策士が溺れるのは恋ではないのだから、僕があのグループで活動を続ける間は穂村君が賢明な選択をしてくれることを願うだけだった。姉との取引で設けたタイムリミット直前の2月に、姉は初めての写真集を出版することになった。姉が主演女優に抜擢されて前月に公開されたばかりの映画が好評だったことから、その勢いを借りて出版しようという流れになったのだという。姉はまだ不破を諦められず、映画で共演した新野君と当てつけのように交際を始めていた。新野君にはとばっちりで申し訳ないが、姉はそうしてまでも不破の気を惹きたいようだった。どんなにせっついても不破との連絡先交換より先のフェーズに進めない僕への苛立ちと八つ当たりは相当なもので、面倒くさい人が家族にいることを痛感させられる日々が続いた。それでも、姉から支払われた報酬と事務所給与の貯蓄があれば、大学生になる春からは一人暮らしを始められると思うと、それもあまり気にならなくなっていた。アイドルになってから22ヶ月、僕の気持ちもスタンスも全く変化がなかった。どんなにファンレターや声援をもらっても何も感じない。それどころか、自分に向けられる眼差しと熱量が多いほどに僕は冷めていった。アイドルはボランティアじゃなくて商売だ。夢を与えるのではなくて販売している、これが事実だった。女性たちは薄情な男が売る夢を、金で買って嬌声を上げている。ファンだけでなく、僕は番組で共演した女性アイドルからも好意を向けられることがあった。デートに誘われた時、「20歳過ぎてもアイドルやってる女なんか無理です」と思わず本音が漏れそうになった。「ファンの一人一人が、私の大切な恋人です」と公言していた彼女は、ファンに媚びを売るその向こう側ではただの雌でしかなく、外見と将来性の両輪を持つ僕に告白してくる学校の女生徒たちも、ファンも同業者も母も姉も、目の粗いスポンジでできた寄生虫と同じだった。あと1ヶ月で姉との契約期間が切れる。僕は今日も残りの期間も、出力30%でパフォーマンスを行う。その、たった30%でアイドルの皮を被る僕に並々ならぬ想いと声援を浴びせるファンの姿を考えるたびに、僕は鼻白んでしまう。

「留利人くん大好き」

「留利人くん最高」

「私の推しは、永遠に留利人くんだけだからね」

どれほどの布施を積もうと手に入らないアイドルを追いかけるより、身の丈にあった相手を手近なところで見繕う方がよほど合理的だ。そう考えながら、僕はコスプレ衣装としか思えない恥ずかしい出で立ちで歌番組の収録に向かった。  

―  ― ― 

賢さの欠片も感じられないそのファンレターを元通りに4つ折りにして封筒に仕舞い、持参した紙袋に入れて僕はロッカーから学生鞄と事務所用のリュックを取り出した。姉との取引から始まったこの茶番も、もうすぐ終幕を迎える。ずっとなんてないよ、と僕は口の端を少し持ち上げて、皮肉めいた口調で小さく呟く。たとえ僕が桜井留利人という虚像を演じ続けたとしても、きっと君は僕に飽きる。そしてその時に自分の目の前に現れる新しい刺激に熱中し、その愛玩動物を尻軽な様子で、夢の中の都合のいい恋人に仕立て上げるのだろう。僕は荷物と木曜日に捨てる予定のファンレターの束が入っている紙袋を持って、何の未練もないロッカールームを後にした。


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