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第1章
それでも、前を向いて
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大勢の犠牲者が出た。
此度の混乱でエウローンは甚大な被害を被った。
それは金銭面でも、人命という意味でも。
それでも下を向いて生きていくことは出来ない。
散っていった者が残したものを、残されたものを、放っておく事など、間違っても出来ない。
守るため、繰り返さないため、ベルカナ連峰の雲を貫く山頂を望み、前を向く。
天に向けて切り立つベルカナ連峰の麓、白く美しい岩肌のその麓は瑞々しい緑に彩られていた。
木々が青々と茂る中、その一角は綺麗に切り揃えられたビヨンセの花が植えられ、丁寧に手入れされた神殿が静かに建つ。
やがて日が暮れ、冒険者や農夫達が家に帰り始める頃、毎日十数名がこの山の麓を訪れる。
皆その日の収穫物や獲物を持ち寄り、神殿の手前にある台に置き、両手を胸の前で組み、静かに呟く。
今日も平和に1日を過ごすことが出来ました、と。
不思議なことに、台に置かれた食べ物や飲み物は一晩のうちに大抵が殻になっている。
エウローンの災厄に巻き込まれた行商人が、再びエウロニを訪れた際持ち寄った酒などは特に好物だったのか、その日に置かれた物は全て食べ尽くされており、酒瓶は無くなっており、後日神殿の掃除に入ると、少量の砂金が入った瓶が戸口の横に置かれていた。
当然行商人に返却されるものかと思われたが、本人は受け取りを拒否し、エウロニの復興に役立ててほしいとの希望だったのだが、かの偉大なる者から与えられた物を、貨幣に変えることをためらった領主ハルトは、復興の証としてエウロニ城塞に厳重に保管されている。
「ガロ、見てよ」
「ああ、今夜は肉が多いからな、喜んでいるのかもしれんな」
夜も深まり日を跨いだころ、閉ざされた門と人気のなくなった山の麓、月明かりに照らさたビヨンセの花と、美しつ手入れされた神殿の、黒と白の調和が神秘的な光景を生み出す。
少し離れた木々の隙間から顔を覗かせるのは若い男女。
A+ランク冒険者のガロとキャロル。
2人の視線の先、美しい森の中、神殿の手前には偉大なる守り神のために献上された品々が並ぶ。
ゆっくりと神殿の中から這いずり、静かにその姿をあらわにしたのは美しい白蛇。
銀のヴェールに包まれたかのような輝きと、純白の鱗で全身を彩るのその姿は、まさに神の名に相応しい物であった。
献上された食事を食らう。
こうしているとかつてを思い出す。
人間がミヤコと呼ぶ場所で大暴れしたあの日、奇妙な白い服と男に我が滅されたあの日。
その日から、滅された我は、祟り神と呼ばれるようになった。
人が我を恐れる思いが、より一層我を強くした。
あたりに住まう妖異が逃げ出し、やがて人々は我に感謝をするようになった。
もちろん恐れていた、大いに恐れながらも、感謝をしていたのだろう。
不機嫌に思うことがあれば、竜巻を起こし、大雨を降らせ、疫病を流した。
そんなことがあるたびに人々は、祟りだ、祟りが起こったと、我に祈り、捧げ、尽くしてきた。
ああ、なんとも懐かしい記憶だ。
そして今、同じことが起こっている。
人々は我の力を目の当たりにし、畏敬の念を持っているのだろう、その証に、我への信仰が失われ、消えかけていた力が戻りつつあるのを感じる。
だが、不思議と災いをもたらそうとは思えなかった。
理由はきっと分かっている。ここが我が母の故郷だからなのだろう。
そしてきっと我の生まれた意味、天命もまた、この地にある。
「堕落して過ごすのもそろそろやめにしないとな」
月明かりの下、美しいビヨンセの花に囲まれてそう呟いたのは、美しい少女。ビヨンセの花が紙屑に思えてしまうほどに、その少女は美しい。
白髪はところどころ月明かりの反射で銀色の光を帯びている。
雪のように白い肌と、銀の衣、その衣の美しさときたら、聖法衣ですら霞んでしまいそうな物である。
とことん白の美しさを纏い、世界から切り取られたかのような美しさを持つ少女の、その瞳だけは。闇のように黒い。
その黒さときたら、悪魔の魂珠のようである。
少女がふと笑みを浮かべる。
「隠れていないで出てきたらどうかな、お前たちが我が祠を管理していることは分かっている、取って食ったりはしないとも」
そう言って月明かりを遮る木々の中をまっすぐ見つめる少女に、緊張しながらその姿を見せたのは2人の男女であった。
此度の混乱でエウローンは甚大な被害を被った。
それは金銭面でも、人命という意味でも。
それでも下を向いて生きていくことは出来ない。
散っていった者が残したものを、残されたものを、放っておく事など、間違っても出来ない。
守るため、繰り返さないため、ベルカナ連峰の雲を貫く山頂を望み、前を向く。
天に向けて切り立つベルカナ連峰の麓、白く美しい岩肌のその麓は瑞々しい緑に彩られていた。
木々が青々と茂る中、その一角は綺麗に切り揃えられたビヨンセの花が植えられ、丁寧に手入れされた神殿が静かに建つ。
やがて日が暮れ、冒険者や農夫達が家に帰り始める頃、毎日十数名がこの山の麓を訪れる。
皆その日の収穫物や獲物を持ち寄り、神殿の手前にある台に置き、両手を胸の前で組み、静かに呟く。
今日も平和に1日を過ごすことが出来ました、と。
不思議なことに、台に置かれた食べ物や飲み物は一晩のうちに大抵が殻になっている。
エウローンの災厄に巻き込まれた行商人が、再びエウロニを訪れた際持ち寄った酒などは特に好物だったのか、その日に置かれた物は全て食べ尽くされており、酒瓶は無くなっており、後日神殿の掃除に入ると、少量の砂金が入った瓶が戸口の横に置かれていた。
当然行商人に返却されるものかと思われたが、本人は受け取りを拒否し、エウロニの復興に役立ててほしいとの希望だったのだが、かの偉大なる者から与えられた物を、貨幣に変えることをためらった領主ハルトは、復興の証としてエウロニ城塞に厳重に保管されている。
「ガロ、見てよ」
「ああ、今夜は肉が多いからな、喜んでいるのかもしれんな」
夜も深まり日を跨いだころ、閉ざされた門と人気のなくなった山の麓、月明かりに照らさたビヨンセの花と、美しつ手入れされた神殿の、黒と白の調和が神秘的な光景を生み出す。
少し離れた木々の隙間から顔を覗かせるのは若い男女。
A+ランク冒険者のガロとキャロル。
2人の視線の先、美しい森の中、神殿の手前には偉大なる守り神のために献上された品々が並ぶ。
ゆっくりと神殿の中から這いずり、静かにその姿をあらわにしたのは美しい白蛇。
銀のヴェールに包まれたかのような輝きと、純白の鱗で全身を彩るのその姿は、まさに神の名に相応しい物であった。
献上された食事を食らう。
こうしているとかつてを思い出す。
人間がミヤコと呼ぶ場所で大暴れしたあの日、奇妙な白い服と男に我が滅されたあの日。
その日から、滅された我は、祟り神と呼ばれるようになった。
人が我を恐れる思いが、より一層我を強くした。
あたりに住まう妖異が逃げ出し、やがて人々は我に感謝をするようになった。
もちろん恐れていた、大いに恐れながらも、感謝をしていたのだろう。
不機嫌に思うことがあれば、竜巻を起こし、大雨を降らせ、疫病を流した。
そんなことがあるたびに人々は、祟りだ、祟りが起こったと、我に祈り、捧げ、尽くしてきた。
ああ、なんとも懐かしい記憶だ。
そして今、同じことが起こっている。
人々は我の力を目の当たりにし、畏敬の念を持っているのだろう、その証に、我への信仰が失われ、消えかけていた力が戻りつつあるのを感じる。
だが、不思議と災いをもたらそうとは思えなかった。
理由はきっと分かっている。ここが我が母の故郷だからなのだろう。
そしてきっと我の生まれた意味、天命もまた、この地にある。
「堕落して過ごすのもそろそろやめにしないとな」
月明かりの下、美しいビヨンセの花に囲まれてそう呟いたのは、美しい少女。ビヨンセの花が紙屑に思えてしまうほどに、その少女は美しい。
白髪はところどころ月明かりの反射で銀色の光を帯びている。
雪のように白い肌と、銀の衣、その衣の美しさときたら、聖法衣ですら霞んでしまいそうな物である。
とことん白の美しさを纏い、世界から切り取られたかのような美しさを持つ少女の、その瞳だけは。闇のように黒い。
その黒さときたら、悪魔の魂珠のようである。
少女がふと笑みを浮かべる。
「隠れていないで出てきたらどうかな、お前たちが我が祠を管理していることは分かっている、取って食ったりはしないとも」
そう言って月明かりを遮る木々の中をまっすぐ見つめる少女に、緊張しながらその姿を見せたのは2人の男女であった。
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