ヤノユズ

Ash.

文字の大きさ
127 / 205

○月×日『誰の男③』

しおりを挟む
花村さんがシャワーを浴びに行ってる間に、歩くんが僕の頭を氷で冷やしてくれた。
物の場所を把握しているのか、棚からビニール袋を出し、冷蔵庫から氷を出して、すごく手際がよかった。
そんな様子に胸が痛んだけど、歩くんがボタボタと涙を流しながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も何度も謝罪してくるから、僕は何も言えなかった。

お風呂場からは花村さんの鼻歌が聞こえてくる。
かなりご機嫌なようだ。
僕の前で歩くんと寝て、気が晴れたんだろうか…
歩くんの涙は雨のように降って止まないのに…

「ゆずっ」

慌ただしく部屋に飛び込んできたのは矢野くんだった。
歩くんが呼んでくれたんだろう。
矢野くんは床に寝てる僕と、その側で泣いてる歩くんを見て、すぐに僕の側にきてくれた。
矢野くんは僕を膝枕する形で側に寄せると、歩くんから氷袋を取り上げる。

「おい、泣いてないで説明しろよ」

今度は矢野くんが僕の頭を冷やしてくれる。
僕は矢野くんの硬い膝の上で口は噤んでた。
僕の口からは言いたくない。
あんなこと…口にしたくない。

「…茜さんが、部屋に来いって、まことさんがいるから……部屋に来いって…」

嗚咽混じりに歩くんが喋り出す。

「部屋に来たら、まことさんが倒れてて、…大人しくしないと、まことさんに酷いことするって……っ」

歩くんが何度も顔を擦る。
それでも涙は止まらない。
さっきの獣じみた行為の中の雄らしさは、微塵も感じられなかった。

矢野くんが長いため息をつく。
僕と歩くんの様子、歩くんの短い説明から状況を把握したようだった。

「ゆずを餌にお前と寝たわけか。花がやりそうなことだ。……だから用心しろって言っただろ」

「……すみません…」

歩くんが項垂れる。
まるで土下座してるみたいだ。
殴られた僕より可哀想に思えてきてしまう。

「…お前さ、花に惚れてんだろ」

矢野くんがビックリな発言をする。
僕も薄々感じてたけど、まさか矢野くんの口からそれを聞くとは思わなかった。

「だからそんな泣いてんだろ。花がこんなことするとは思わなかったか?あいつが綺麗なのは顔だけだぞ」

矢野くんは慰める気があって歩くんに話しかけてるんだろうか…

「花もお前に惚れてるからこんなことしたんだろうし、ゆずにこれ以上の被害があるのは困る」

「…でも、僕……」

「でもじゃねぇっ、俺がお前らの頭割ってやろうかっ」

脅しじゃ無い、マジギレってやつだ。
矢野くんの怒鳴り声に歩くんの涙が止まる。
僕も驚いて顔を上げた。

……でも僕、頭は割れてないんだけどな、

「矢野くん…」

「ゆず、帰るぞ」

矢野くんが軽々と僕を抱き上げる。
お姫様抱っこてやつだ。
こんな状況なのに、恥ずかしい……顔が熱くなる。

「浮気も同然だし、お前は責任持って花の面倒見ろよ。ゆずにはもう構うんじゃねーぞ」

矢野くんが玄関に向かう。
僕は矢野くんに抱かれながら、歩くんを見た。

歩くんが床に膝をつきながら、矢野くんと遠ざかる僕を見上げてた。

「……まことさん、…すみません…」

すみません、、
そう言ってドアが閉まる最後まで、僕から視線を外さなかった。

歩くんとは、これで終わりなんだ…

そう悟った。

歩くんの目が、僕を諦めてた。
矢野くんの言う通りだったんだ、僕の根っこにに矢野くんがいるみたいに、歩くんも花村さんなんだ。
最初こそ僕らはレイプだった。
けど、誰かに逃げても帰るとこは決まってたんだ。

頭の痛みより、今は胸が痛い。
矢野くんの胸に顔を埋めた。
矢野くんがしっかりと僕を抱いてくれてる。

「ゆず、大丈夫か?痛くないか?」

矢野くんが僕の様子を伺いながら歩を進める。

「…矢野くん、ほんとに王子様みたいだったね」

お姫様抱っこで連れ去るなんて…
僕が小さく笑うと、矢野くんが不思議そうな顔をした。

「打ち所が悪かったんだな」

冗談のつもりで言ったんじゃなかったけどな…

「…ゆず?」

なに、矢野くん

「おいっ」

矢野くんが何か言ってる…


それを最後に、僕は意識を手放した。



しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

握るのはおにぎりだけじゃない

箱月 透
BL
完結済みです。 芝崎康介は大学の入学試験のとき、落とした参考書を拾ってくれた男子生徒に一目惚れをした。想いを募らせつつ迎えた春休み、新居となるアパートに引っ越した康介が隣人を訪ねると、そこにいたのは一目惚れした彼だった。 彼こと高倉涼は「仲良くしてくれる?」と康介に言う。けれど涼はどこか訳アリな雰囲気で……。 少しずつ距離が縮まるたび、ふわりと膨れていく想い。こんなに知りたいと思うのは、近づきたいと思うのは、全部ぜんぶ────。 もどかしくてあたたかい、純粋な愛の物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...