ヤノユズ

Ash.

文字の大きさ
74 / 205

○月×日『僕達の和解』

しおりを挟む
僕を呼ぶ声がした。

ゆず、
ゆず、

矢野くん?
僕のことを"ゆず"と呼ぶのは1人だけだ。

「……やのく……?」

重い瞼を開く。
眩しくて、やっとで開くと、視界に矢野くんがいた。
金色の髪、ブルーの瞳、少し怖い顔をしてる。

「ゆず、お前……」

「ストップ。昂平くん、そんな怖い顔しないの」

そう言って矢野くんを遮ったのは、とても懐かしい人だった。

「まことくん、久しぶりだね、覚えてる?」

僕は小さくうなづいた。
笹川龍司さん。
前にお世話になったことがあるお医者さんだ。

「昂平くんに連絡もらってね。ここは俺の部屋だよ」

そう言われて、ゆっくりと視線を矢野くんと先生の他に移して見る。
確かに、見慣れない部屋だ。
広くて、清潔感のある……それに、大きなベッド。
きっと寝室なんだろう。

「過換気症候群だよ。俺が駆けつけた時には昂平くんとその友達?が処置してくれてたけど……。顔色、だいぶ良くなったね」

そう言って先生が僕の頬を指で撫でる。
その手を矢野くんが掴むと、僕から引き離した。

「もう問題ないんだろ。」

「君と2人にすると何するかわからないから不安なんだけど?」

「話するだけだ。」

「わかった。けど、無理させるなよ。過換気症候群てのは精神的ストレスや…」

「わかったから。」

2人が言い合ってるのを横目に、まだハッキリしない頭で自分なりに状況を整理してみる。

山梨先輩と昼食を一緒にして、花村さんにアパートに連れ込まれた。
アパートに入ったとこまでは覚えてる。
けどその先の記憶が全くない。

「おい」

思い出そうと、考え込むと、矢野くんに遮られた。
どうやら先生は退室したようだ。

「お前あそこがどこだかわかって行ったのかよ」

あそこ……?
アパートのことだろうか。

「ろくでもねぇ連中の溜まり場だぞ。乱交なんてしょっちゅうだ。花が、お前は欲求不満だから誘ってやったら付いてきたって」

乱……?
矢野くんの言ってることがすぐに理解出来なくて、口を開けずにいると、矢野くんが鬱陶しそうな表情をして舌打ちをする。

「勝手にすりゃいいけど、俺をまきこむんじゃねえよ。花からお前がぶっ倒れてるから引取りに来いって連絡きたんだぜ。なんで俺が……」

そこで矢野くんの言葉が途切れる。
僕の頬を、大粒の涙が転がり落ちたからだ。
とめどなくボロボロと零れる。
けれど、真っ直ぐに矢野くんを見た。

「……ぼくが、花村さんに、ついていくわけないのに…」

花村さんのデタラメを鵜呑みにして、僕を説教し出す矢野くんに、悲しくなった。

「どうでもいいなら…放っておいてよ……」

「……どうでもいいなんて、いってねえだろ」

「どうでもよくなかったら……なんで聞いてくれないの…?ぼく、何も言ってないのに、なんで花村さんの言うこと信じるの…?」

何があったんだと、僕に聞いてくれたらいいのに。
そこまで矢野くんは僕に関心がないのかと、悲しくて涙が止まらなかった。

「……ずっと、小さい頃からずっと一緒にいるのに……ぼくより他の人を、他の人と……」

そもそも、僕が知る限り矢野くんとの間に溝ができたのは、中学三年の春だ。
それまでは普通に友達だったのに。
無理矢理抱いて、関係を壊したのは矢野くんだ。
見えない恐怖に萎縮しているうちに、全部が矢野くん一色になっていた。
なのに矢野くんは僕の知らない誰かと触れ合い、僕に応えてはくれなかったんだ。

「……なんでわかってくれないの…?矢野くんが他の人のとこに行っちゃうのが嫌で告白したんだよ……?僕を好きじゃないなら、なんであの日抱いたの…」

「……なんで急にそこまで話が遡るんだよ。……まず、お前より花を信用したわけじゃねえよ。アイツもろくでもねぇんだ。それは知ってるだろ。お前の携帯から花が連絡してきたんだ。それで焦った。行ってみればお前はぶっ倒れてて花がお前にビニール袋当ててるから、やばい薬でもやられてんじゃねぇかと思うだろ。実際部屋ではヤバイことやってるみたいだったし、救急車なんて呼べねえから、お前の携帯使ってあの医者に連絡した」

そうして先生が駆けつけて、気をきかせて病院ではなく自宅で治療してくれたという流れのようだ。

「俺は、お前に、花とは関わって欲しくない。アイツは俺とお前の関係が面白くなくてお前に近づく。」

「……花村さんも、矢野くんが好きなんじゃ……」

「ねぇよ。アイツとはそんなんじゃねえ。高校上がって、目をつけられたのは確かだけど、完全に体目的。あの日、俺の部屋で花の前でゆずを抱いたのも、牽制したかったからだ。」

柚野まことは自分のものだから手を出すなと、牽制したかった。
そこに色々な誤算があったのは爪が甘かったというところらしい。

「…………あんなふうにするつもりじゃなかった。…クラスの女に、ちやほやされてたろ、お前」

どうやら、話はさらに遡って中学三年の頃のことを言っているようだ。
確かに、僕はクラスの女の子にチヤホヤされていたかもしれない。
けれどそれは、周りの男子生徒より華奢で女ように小さい僕をお人形のように愛でていたのだろう。

「お前こそ、何もわかってない。だから、呑気にしてるお前見てイラついた。でも、あんな抱き方するつもりなかった……頭に血が上って……ごめん」

矢野くんに謝られて、あまりにビックリして涙も止まってしまった。

つまりは、ヤキモチを妬いた末の出来事だったということだろうか。
話を遡らせたのは自分だったけど、矢野くんからこんな話が聞けるとは思っていなかったから、素直に驚いてしまって、言葉も出なかった。

「お前、俺が風呂入ってる間に帰っただろ。」

「ぁ…」

パニックになって、逃げるように矢野くんの部屋を出たのを覚えてる。

「頭冷やして、部屋に戻ったらいないから、謝り損ねたし、弁解もし損ねた。何事も無かったみたいになって、お前は俺に怯えるようになって、俺のこと好きだってのも、恐怖からだと思った」

「……ちがうよ……?」

「……今はわかってる。でも俺は、お前のこと、ゆずのこと、ゆずと同じ意味で好きかって聞かれたら、どこか違う気がする」

僕の手を、矢野くんが優しく握ってくれる。
少し冷たい矢野くんの手が気持ちよかった。

「でも木崎さんと付き合うのは、気に入らない。」

好きだと言ってくれた訳では無いのに、嬉しいと感じるのはなんでだろう。

「……あの、矢野くん」

「ん?」

「…………ぼく、篤也さんと別れた」

「……………………はぁっ?」

ベッドに腰掛けてた矢野くんが思わずという形で立ち上がり、今まで見たことない表情で僕を見下ろしてる。

「なんでっ」

「えっと……篤也さんには、山梨先輩だと思って…」

真鍋さんのことはあえて伏せて、簡単に説明すると、矢野くんもどこか納得したような顔をした。

「収まる所に収まったてわけか。で、素直に別れてやったのか」

「僕がそうしたかったから…」

矢野くんはもう1度ベッドに座り直すと、僕の体を抱きしめた。

「ゆず…、無事でよかった……」

「……ぼく、覚えてなくて……何もされてない……?」

「あの医者に見てもらった。過呼吸になっただけで、他は何もされてない。もう俺から離れるな」

きつく、きつく抱きしめられて、また涙が浮かんだ。

「うん、」

矢野くんの体を同じくらい力いっぱい抱きしめた。
矢野くんと、こんな抱擁は初めてだった。

こんな幸せな気持ちになる抱擁は、生まれて初めてだ。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

握るのはおにぎりだけじゃない

箱月 透
BL
完結済みです。 芝崎康介は大学の入学試験のとき、落とした参考書を拾ってくれた男子生徒に一目惚れをした。想いを募らせつつ迎えた春休み、新居となるアパートに引っ越した康介が隣人を訪ねると、そこにいたのは一目惚れした彼だった。 彼こと高倉涼は「仲良くしてくれる?」と康介に言う。けれど涼はどこか訳アリな雰囲気で……。 少しずつ距離が縮まるたび、ふわりと膨れていく想い。こんなに知りたいと思うのは、近づきたいと思うのは、全部ぜんぶ────。 もどかしくてあたたかい、純粋な愛の物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...