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○月×日『見えない恐怖』
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中庭で、山梨先輩と昼食を取りながら向かい合う。
「柚野ちゃん、……ありがとうね」
「お礼なんて、…いいんです。……篤也さんから聞きました、和解できたって。」
「……うん。でも僕は、あの人に正面から向き合える自信がなくて…………おかしいよね、男なのにさ。…僕は同性が好きなわけじゃないから、篤也じゃなかったんだって知って、やっぱりショックだったかな……」
山梨先輩は篤也さんが好きで、同性が好きなわけじゃない。
だから真実を知って、辛いものがあるだろう。
「……また、付き合ったりしないんですか?」
「…………どうかな。あっちはそのつもりで会いに来てくれたのかも。…でも僕は、1度彼を諦めて、真実を知って、どうしていいかよくわからない。…今付き合っても、上手くいく気がしないんだ。……彼と別れてからも、色々あったから…」
「色々……?」
「……まぁ、主に彼の冷たい部分を見たよね。彼が柚野ちゃんと付き合ってからは特に」
山梨先輩が苦しそうに顔を歪ませながら僕を見る。
彼の言う通り、篤也さんが山梨先輩に冷たくあたるような態度は何度か見てきた。
山梨先輩を利用するようなこともあった。
「彼と付き合ってたけど、恋人らしいことなんて何も無かったんだ。手を繋いだことすらなかったよ」
「え」
「意外?でもほんと。一緒にでかけたりとか、そういう普通の恋人っぽいこと、何もないまま急に別れることになっちゃった。……僕のせいだったんだけど、…………ずっと、ずっと苦しかった。こんなに好きなのに、急に見向きもされなくなった。当然だよね、…気持ち悪いよね、彼以外の人と寝たんだから。都合いいし、最低だよね、お酒飲んでて勘違いしてたなんて……」
「……そんなこと、」
言いかけて、……唇をつぐんだ。
"汚ねぇ"
矢野くんもそう言った。
矢野くんのせいで、矢野くんが僕と篤也さんを出会わさなければ……そんな言い訳をしてみたところで、僕が篤也さんに抱かれたのは事実だった。
矢野くんだって、僕以外の同性……花村さんと寝ていたのだから、僕のことを汚いと言うのはおかしいと思う。
矢野くんにだって同じことが言えると思う。
けど、僕は矢野くんが汚いだなんて思わない。
矢野くんがまた僕を抱きたいと言ったら、きっと僕は応えてしまうだろう。
僕を汚いといった矢野くんには、僕と矢野くんの気持ちの違いが明確に見えた気がした。
「……柚野ちゃんは?矢野くんとはどう?」
「ぁ……、話してません。」
「彼、意外と甲斐甲斐しいなと思ったんだけどな。ずっと柚野ちゃんにくっついてるから」
わざわざ朝家まで迎えに来てくれたり、
お昼を一緒に食べたり、
放課後一緒に下校して、家で遊んだり、
確かに矢野くんと過ごす時間は、矢野くんが作ってくれたものが多かったのかもしれない。
「篤也と別れたってことは言っておいたら?」
少し考えて、僕は小さく首をふった。
「…………たぶん、気にもしてないと思うから」
一度捨てた玩具は、わざわざ拾ったりしない。
だからといって、自分から拾ってくださいなんていうのは、無理だ。
最初に矢野くんを拒絶したのは僕なんだから。
状況が変わったから……なんて、都合のいい話はできないし、したくない。
僕は、矢野くんの玩具になりたいわけじゃないから。
「受験さ、県外にしたの、迷ってるんだ」
下を向いてしまった僕を見て、山梨先輩は話題を変えてくれた。
「……篤也が行くなって言ってくれたからさ、一応…。て、柚野ちゃんにしていいのかな、こんな話」
「大丈夫です。僕、2人が上手くいってくれたら嬉しいんです。……僕の、自信にもなるから」
「そっか。……本当にありがとう。」
そこで予礼の鐘がなり、先輩とは別れることになった。
最後に、いつでも相談に乗るからと言ってもらえて、凄く心が軽くなった。
矢野くんのいなくなった僕の日常はとても寂しいものだった。
特定の友達もいないから、ほとんどが1人。
いつも周りに人がいる矢野くんを見ると余計に自分が人恋しいのだと感じる。
心の拠り所になっていた篤也さんはもういない。
このまま矢野くん以上に好きな人ができないまま時間だけが過ぎていくんだろうか。
「ま、こ、と、くん」
ぽん、と肩を叩き、背後から顔を覗かせたのは、……できればあまり関わりたくない花村さんだった。
それがあからさまに顔に出ていたのか、花村さんは面白そうにケラケラ笑った。
「やだな、なんか暗かったから声かけてあげたのにー」
リアクションに困っていると、花村さんは僕の肩に手を回して、まるで逃がさないとでも言うようにガッシリとホールドしてきた。
「まことくんさ、昂平に頼んでくれた?俺とSEXするようにーて。契約違反なんだよねぇー」
「っ?……なんで、僕が…」
「前相談したじゃーん。昂平が相手してくんないんだって。……あ、相手にされてないのはまことくんもかー」
またケラケラ笑いながら花村さんが顔を寄せてくる。
「ねぇ、まことくんてゲイなの?」
「え?」
「ぽいよねー、まぁまぁ可愛い顔してるしさー」
そう言って顎をつかまれ、至近距離で顔面を舐めるように見られる。
「放してくださ…」
「ねぇ、いい男探しにいこーよ」
「っ、は…?」
「行こ行こ」
腕をつかまれてグイグイと引っ張られる。
弁当箱を落としたのも構わずに花村さんのペースに巻き込まれながら校門を潜ってしまった。
「花村さんっ、学校…授業…っ」
「いいのいいの、気にしない気にしない」
「やっ、花村さん……っ」
遠くで本礼の音が聴こえた。
どんどん学校から離れてく。
こんな得体の知れない人について行ったらとんでもないことになるに違いない。
足を止めて抵抗してみるけど、引きずられて何度も転びそうになる。
僕と同じくらい細いのに、どこにそんな力があるのか。
しばらく引きづられると、アパートの1室の前でやっと足を止めてくれた。
ゼェゼェと息を吐いて、息を整えようとする間もなく部屋の中に引っ張られてしまう。
「あっ」
玄関で体制を崩して床に手をつく僕をそのままに、花村さんは部屋の奥へ行ってしまった。
滝のように汗が流れる。
肩で息を繰り返す。
疲れたからだけじゃない、焦りと恐怖からだ。
シンと静まる薄暗い玄関。
手をついてるタイル貼りの床がつめたい。
何足もの靴が無造作に転がっている。
顔を上げて通路の先を見る。
1枚のドア。
中から複数人の笑い声や、下品な会話が漏れ聞こえる。
逃げなきゃ。
立ち上がり、踵を返した瞬間、意識が遠のいた。
あれ?
そう思った瞬間、見えたのは天井。
息苦しくて、目の前がぼんやりとする。
体は重く動かなかった。
ヒュ、と喉の奥で音がした。
怖い。
怖いよ、
矢野くん。
「柚野ちゃん、……ありがとうね」
「お礼なんて、…いいんです。……篤也さんから聞きました、和解できたって。」
「……うん。でも僕は、あの人に正面から向き合える自信がなくて…………おかしいよね、男なのにさ。…僕は同性が好きなわけじゃないから、篤也じゃなかったんだって知って、やっぱりショックだったかな……」
山梨先輩は篤也さんが好きで、同性が好きなわけじゃない。
だから真実を知って、辛いものがあるだろう。
「……また、付き合ったりしないんですか?」
「…………どうかな。あっちはそのつもりで会いに来てくれたのかも。…でも僕は、1度彼を諦めて、真実を知って、どうしていいかよくわからない。…今付き合っても、上手くいく気がしないんだ。……彼と別れてからも、色々あったから…」
「色々……?」
「……まぁ、主に彼の冷たい部分を見たよね。彼が柚野ちゃんと付き合ってからは特に」
山梨先輩が苦しそうに顔を歪ませながら僕を見る。
彼の言う通り、篤也さんが山梨先輩に冷たくあたるような態度は何度か見てきた。
山梨先輩を利用するようなこともあった。
「彼と付き合ってたけど、恋人らしいことなんて何も無かったんだ。手を繋いだことすらなかったよ」
「え」
「意外?でもほんと。一緒にでかけたりとか、そういう普通の恋人っぽいこと、何もないまま急に別れることになっちゃった。……僕のせいだったんだけど、…………ずっと、ずっと苦しかった。こんなに好きなのに、急に見向きもされなくなった。当然だよね、…気持ち悪いよね、彼以外の人と寝たんだから。都合いいし、最低だよね、お酒飲んでて勘違いしてたなんて……」
「……そんなこと、」
言いかけて、……唇をつぐんだ。
"汚ねぇ"
矢野くんもそう言った。
矢野くんのせいで、矢野くんが僕と篤也さんを出会わさなければ……そんな言い訳をしてみたところで、僕が篤也さんに抱かれたのは事実だった。
矢野くんだって、僕以外の同性……花村さんと寝ていたのだから、僕のことを汚いと言うのはおかしいと思う。
矢野くんにだって同じことが言えると思う。
けど、僕は矢野くんが汚いだなんて思わない。
矢野くんがまた僕を抱きたいと言ったら、きっと僕は応えてしまうだろう。
僕を汚いといった矢野くんには、僕と矢野くんの気持ちの違いが明確に見えた気がした。
「……柚野ちゃんは?矢野くんとはどう?」
「ぁ……、話してません。」
「彼、意外と甲斐甲斐しいなと思ったんだけどな。ずっと柚野ちゃんにくっついてるから」
わざわざ朝家まで迎えに来てくれたり、
お昼を一緒に食べたり、
放課後一緒に下校して、家で遊んだり、
確かに矢野くんと過ごす時間は、矢野くんが作ってくれたものが多かったのかもしれない。
「篤也と別れたってことは言っておいたら?」
少し考えて、僕は小さく首をふった。
「…………たぶん、気にもしてないと思うから」
一度捨てた玩具は、わざわざ拾ったりしない。
だからといって、自分から拾ってくださいなんていうのは、無理だ。
最初に矢野くんを拒絶したのは僕なんだから。
状況が変わったから……なんて、都合のいい話はできないし、したくない。
僕は、矢野くんの玩具になりたいわけじゃないから。
「受験さ、県外にしたの、迷ってるんだ」
下を向いてしまった僕を見て、山梨先輩は話題を変えてくれた。
「……篤也が行くなって言ってくれたからさ、一応…。て、柚野ちゃんにしていいのかな、こんな話」
「大丈夫です。僕、2人が上手くいってくれたら嬉しいんです。……僕の、自信にもなるから」
「そっか。……本当にありがとう。」
そこで予礼の鐘がなり、先輩とは別れることになった。
最後に、いつでも相談に乗るからと言ってもらえて、凄く心が軽くなった。
矢野くんのいなくなった僕の日常はとても寂しいものだった。
特定の友達もいないから、ほとんどが1人。
いつも周りに人がいる矢野くんを見ると余計に自分が人恋しいのだと感じる。
心の拠り所になっていた篤也さんはもういない。
このまま矢野くん以上に好きな人ができないまま時間だけが過ぎていくんだろうか。
「ま、こ、と、くん」
ぽん、と肩を叩き、背後から顔を覗かせたのは、……できればあまり関わりたくない花村さんだった。
それがあからさまに顔に出ていたのか、花村さんは面白そうにケラケラ笑った。
「やだな、なんか暗かったから声かけてあげたのにー」
リアクションに困っていると、花村さんは僕の肩に手を回して、まるで逃がさないとでも言うようにガッシリとホールドしてきた。
「まことくんさ、昂平に頼んでくれた?俺とSEXするようにーて。契約違反なんだよねぇー」
「っ?……なんで、僕が…」
「前相談したじゃーん。昂平が相手してくんないんだって。……あ、相手にされてないのはまことくんもかー」
またケラケラ笑いながら花村さんが顔を寄せてくる。
「ねぇ、まことくんてゲイなの?」
「え?」
「ぽいよねー、まぁまぁ可愛い顔してるしさー」
そう言って顎をつかまれ、至近距離で顔面を舐めるように見られる。
「放してくださ…」
「ねぇ、いい男探しにいこーよ」
「っ、は…?」
「行こ行こ」
腕をつかまれてグイグイと引っ張られる。
弁当箱を落としたのも構わずに花村さんのペースに巻き込まれながら校門を潜ってしまった。
「花村さんっ、学校…授業…っ」
「いいのいいの、気にしない気にしない」
「やっ、花村さん……っ」
遠くで本礼の音が聴こえた。
どんどん学校から離れてく。
こんな得体の知れない人について行ったらとんでもないことになるに違いない。
足を止めて抵抗してみるけど、引きずられて何度も転びそうになる。
僕と同じくらい細いのに、どこにそんな力があるのか。
しばらく引きづられると、アパートの1室の前でやっと足を止めてくれた。
ゼェゼェと息を吐いて、息を整えようとする間もなく部屋の中に引っ張られてしまう。
「あっ」
玄関で体制を崩して床に手をつく僕をそのままに、花村さんは部屋の奥へ行ってしまった。
滝のように汗が流れる。
肩で息を繰り返す。
疲れたからだけじゃない、焦りと恐怖からだ。
シンと静まる薄暗い玄関。
手をついてるタイル貼りの床がつめたい。
何足もの靴が無造作に転がっている。
顔を上げて通路の先を見る。
1枚のドア。
中から複数人の笑い声や、下品な会話が漏れ聞こえる。
逃げなきゃ。
立ち上がり、踵を返した瞬間、意識が遠のいた。
あれ?
そう思った瞬間、見えたのは天井。
息苦しくて、目の前がぼんやりとする。
体は重く動かなかった。
ヒュ、と喉の奥で音がした。
怖い。
怖いよ、
矢野くん。
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