ヤノユズ

Ash.

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○月×日『会食①』

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休日のお昼前の事だった。

「え、手帳?ああ、いいよ」

矢野くんがスマホで誰かと通話してる。

連日受験勉強続きだったので、たまにはゆっくり休まなきゃね、と将平くんが今日1日をお休みにしてくれた。
なので僕は矢野くんの部屋に遊びに来ていた。

「兄貴が忘れ物したから持ってきてくれってさ」

矢野くんはスマホを切ると、将平くんの部屋へ向かった。
電話で手帳と言っていたから、忘れ物は手帳だろう。

今日が受験勉強休みになったのは、僕らの先生でもある将平くんが仕事の打ち合わせがあると朝からいないのが一番の理由だ。

「ゆず、一緒に行くか?」

将平くんの部屋から手帳を持って戻ってきた矢野くんが僕に声をかける。

「うん」

1人で部屋に居てもつまらないし、矢野くんに同行することにする。

「将平くんどこにいるの?」

矢野くんの横に並んで歩きながら目的地を聞く。

「駅前にでっかいホテルあるだろ。そこにいるってさ」

「外国の社長さんそのホテルに泊まってるのかな」

「そうかもな。社長だしなぁ」

打ち合わせってことは、そろそろバカンスはお終いで、仕事がはじまるってことなんだろうか。

「分厚い手帳だね」

矢野くんが手に持っている将平くんの手帳は上質な皮で包まれた分厚いものだった。
使い込んでる形跡があるから、仕事では毎回使っているのかもしれない。

「なんか面白いこと書いてねぇかなと思ったけど、全然読めないんだぜ」

矢野くんが手帳を開いて見せてくる。

「え、勝手に見ちゃダメ……だよ?」

注意しようとしたけど、見えてしまった手帳の中身に言葉を失う。

ビッシリと記号の様なものが書かれていて、全く解読できない。
英語でないのはわかる。
一体どこの国のものなのか……

それで納得と言ってはいけないけど、見られても僕らには分からないものだから将平くんは矢野くんにお使いを頼んだんだろうなと納得してしまった。

「兄貴やばいよな。頭どうなってるんだか。兄弟とは思えんわ」

実の弟がそんなこと言っちゃうほどなんだから、相当だよね。

お喋りしながら歩いていたらあっという間にホテルの前まで来た。
ちょっと僕は場違いだよな……と思いながら矢野くんを盾にして隠れるようにホテルの中に入った。
矢野くんはTシャツにGパン着用でも高級ホテルに馴染んでしまうから怖い。

「兄貴どこだよ」

矢野くんが辺りをキョロキョロと見回す。
僕も矢野くんの背中にくっつきながら将平くんを探す。

ホテルの中は広すぎて、どこを見ていいかわからなかった。

「昂平」

聞き慣れた声に呼ばれて、声のした方に顔を向けると、スーツ姿の将平くんがいた。
カフェスペースで椅子に腰掛けたままこちらに向かって手を振っている。
僕と矢野くんが近くまで行くと、将平くんの向かい側に男性が1人座っていた。
白い肌に燃えるような赤毛にグリーンの瞳。
体格が良く、長い脚を組んで椅子に背を預けてどっしりと座っている。
歳は30代前半くらいだろうか。
想像してたより若いけど、この人が間違いなく社長だろう。
オーラがありすぎる。

「ありがとな。これが無いと始まらなくてさ」

苦笑いをする将平くんに矢野くんが呆れた顔をする。

「そんな大事なもん忘れんなよな」

「休みボケしてるかも。まことも、ありがとな」

「ううん、僕はついてきただけだから」

僕は小さく首を振る。

「あ、彼がこないだ話した仕事相手のLucas Bernarルーカス ベルナルドだよ」

僕と矢野くんの視線が社長さんに向いてることに気づいた将平くんが紹介してくれる。

「リュカ、弟の昂平とその恋人のまこと」

「Ravi de vous rencontrer」

社長さんが僕らを見て微笑む。

「初めましてだってさ」

将平くんが通訳してくれる。

「は……はじめまして」

緊張してどもってしまう。
だって、なんか別世界の人だ。
普段物怖じしない矢野くんも少し表情が硬いけど、社長さんに会釈する。

「Allons-nous déjeuner ensemble?」

僕と矢野くんが固まっていると、社長さんが僕らに向かって何か話す。
僕らはそれを聞いてから2人揃って将平くんを見る。

「一緒にランチしないかってさ」

「えっ」

「いやいや、仕事中だろ?」

僕も矢野くんも首を振る。

「2人が来る前に丁度ランチしようって話してたんだ。それでこのカフェに来てたわけ。これのお礼もしたいしさ、遠慮せずに食べていきなよ」

将平くんは手にしている手帳を見ながらそう言うけど、この社長さんのそばはホテルに入った時以上の場違い感を感じる。
たぶん矢野くんもそう感じてるはず。
僕らがオロオロしていると、社長さんがいつの間にか店員を呼んで、椅子を2つ用意させる。

「Veuillez vous asseoir」

その2つの椅子に目配せした社長さんが僕らを見る。
これ通訳して貰わなくてもわかる。
きっと"座れ"て言ってるよね。

「座ってくださいだって」

僕が思ってた通りの言葉を将平くんが訳してくれる。

僕と矢野くんは断れない雰囲気に、渋々といった感じで椅子に腰かけた。
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