カルバート

角田智史

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 ナチュール

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 それを思いついてから2,3日悩んだ。
 一度、まきがサロンを開くからと、セキュリティの提案をした事があった。
 当時は山之内と2人で飲みに行く事が多く、
 「座ろうかな。」
 と焼酎グラス片手に近づいてきたまきに対し、僕は山之内と僕の間に座るように指差したが、まきはしかめっ面で首を振り、僕の左に座ったのだった。
 「今度サロンを開くから、話が聞きたい。」
 という言葉に僕は後日、そのサロンを訪れ、見積を提出していた。
 営業とは言え、押し売りはしない。社内のシステムとしても早期での解約は大幅なマイナス要素となる。いやらしい話、個人事業主は積極的に取りにはいかない。新規出店となれば尚更である。
 僕は提案はしたが、取りにはいかなかった。こういった個人経営の店舗に関しては、単なる信頼だけでは取る要素が薄く、店舗としての実績も重要で、それプラス経営者のビジョンにまで突っ込んで、自分なりに納得できないと取りにいけない。長期の年数縛りは契約者としても重たい。責任と重圧、覚悟がいるはずだ。

 まきの美容サロンがオープンしてから、一年が経とうとしていた。
 インスタや、新聞での広告、何より本人の言葉からしてサロンを続けたいという想いがひしひしと伝わっていた。おそらく将来的にはスナックのママではなく、サロンの方を本業としたいんだろうという事も。

 僕もこちらへ来てまだ2年。
 「お願いだから契約を…」といっていい返事を返してくれそうな人もそうそういない。
 純粋に僕が営業をかけて、僕が契約を取るお客さんを彼に渡すのも、やはり何か違う。
 まきと彼と僕の現状が相まって、僕はその考えに至った。
 スナックにも常連として通い、同伴も何度もしていたが、そこは経営者、やはり付き合いと言えども突っぱねられる可能性もある。

 僕のまきに対する思いと、正造に対する思いとで錯綜していた。

 スナックのママと常連とは言え、まきへの男女としての感覚も捨てきれない。こんな話を持っていって嫌われたらどうしよう、という思いもやはり浮かんできた。
 正造にこれをしたところで、彼が変わるだろうか、果たしてこれが彼の為になるだろうか、そんな思いもやはり数日悩んだ原因の一つだった。

 〔忙しい?〕
 僕はまきにLINEした。5月23日、月曜日だった。それから
 〔そろそろセキュリティ導入でお願いします〕
 僕は立て続けに送った。まきはパチクリとしたスタンプで返してきたが、
 〔時間ちょうだい。〕
 と続けた。
 僕は、結局、彼と支社長の、日々繰り広げられる、無意味で、どうしようもない会話を、聞くに耐え切れなくなっていた。

 この時点で、蹴られてもおかしくないと思っていた。それは賭けに近い感覚だった。
 時間を取ってくれる事を了承してくれた時には、心からホッとしたし、興奮冷めやらなかった。それだけですごく嬉しかった。

 翌日10時にアポを取った。
 見積を作成するにも、管理課に作成依頼しないといけない。
 狭い会社内で僕はあたかも正造が見積を取得し、作成したように見せかけなければならなかった。
 図面作成、見積作成、それは支社長にも、正造にも分からないようにしなければならなかった。幸いにも、以前提出したデータが残っていたので、思いの他、難しくはなかったが、その作業はその二人の退勤後、また、いない時間を見計らってのものだった。

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