カルバート

角田智史

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 雪穂 2

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 幾度となく、それは聞いたのだった。
 初めて会う女の子の前で、僕からしたら耳タコの正造と嫁の馴れ初めの話だった。
 
 ラウンジで働いていた雪穂。
 そこに客として入った正造は、他の客と喧嘩になったようだった。騒ぐ正造に対し雪穂は、
 「私の飲む酒がまずくなる!」
 と正造にビンタしたらしい。
 それが正造にとってはかなり大きな出来事だったようで、その日のうちに何とやら、そして子供が出来たという話だった。

 今となってはこの話が本当か嘘かは分からない。
 女の子からの黄色い声を浴びるには、鉄板のネタだった。
 うちの嫁はかわいい、うちの嫁はすごい、うちの嫁は昔、幅を利かせていた、そんな事もまた、正造は武勇伝のように語るのだった。

 僕が雪穂ときちんと対面したのは、その出産祝いを渡した一瞬だけだった。
 「ほら!角田さん!お世話になってるっちゃから!」
 そう雪穂にいった正造に、彼女は「はは」というような笑みをほんの少しだけ浮かべ、目線を下に向けて僕にほんの軽く会釈をした。顔をまじまじと見る事はできず、周りから「かわいい」と言われている雪穂の顔を見られなかった事は、少し残念でもあった。バイト先も聞いていて、僕がたまに寄るコンビニに勤めていたので、いつ偶然に会ってもおかしくない状態ではあったが、何故か彼女をまじまじと見る事は、一度もなかったのである。

 正造から何度か、嫁からくるLINEを見せてもらっていた。
 あのコンビニで一回きり会ったその印象は、冷たく素っ気ないというもの。
 他社員からの話も同様のものだった。そして正造から聞く話はいつも

 「やばいんすよ!」

 「めっちゃ怖いっす!」

 「帰ったらいっつも飲んでるんですよ!」

 とかそういうものだった。
 しかし、正造が時折見せてきた嫁からのLINEを見れば、可愛らしい部分も往々にしてあるように感じた。〔今日は、豆腐とサラダと回鍋肉が冷蔵庫にあります〕とか〔今日は何々したかった〕とかそういったもので、それをまた2人、スナックに向かう途中で話したりしていて、
 「帰ったらご飯食べないといけないんすよ!」
 と言う正造が、ある意味かわいそうでもあり、羨ましくもあった。

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