カルバート

角田智史

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 ナチュール 3

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 小さな机を挟んで、2人対面して座った。
 僕は単刀直入に言ったのだった。
 「実は正造がピンチでさ、5月中に契約取ってこんと営業から外されるって言われてるんよ。」
 まきは少し驚いたような表情をしていた。
 僕は続けた。
 「それで、俺は俺で忙しいし、中々正造の面倒を見切れてないってのもあるんだけど、まあ…、まきが最近サロンの方も頑張ってるなー、と思ってて、そこでまきちゃんに白羽の矢が立ったわけですよ。」
 僕は昨日作成した、青いファイルを鞄から取り出しながら続けた。
 「もうすぐ一年経つよね?」
 「うん、もうすぐ一年経つね。」
 まきは続けた。
 「でも結構高かったよね?5万とかじゃなかったっけ?」
 やはり1年前のお客さんの記憶はあてにならない。僕は何も言わずに青ファイルから提案書を取り出した。
 先述してきた理由がなければ、この提案はおそらく無かっただろう。ただ、本当にまきを心配している気持ちはあったのだ。間取りとしても2階にいれば1階の扉を開けられても、全く気が付かない不安な造りで、それに女の子が一人で店にいる、という事自体が僕からすれば、心配な要素となっていた。
 女性店員が働くお店には非常通報ボタンを組み込むのは定石で、不安な造りからインターホン付きのプランを強く推した。
 提出した金額は、1年前と変わらず、月額1万円にも満たない金額だった。

 「それって正造が転勤とかあるって事?」
 まきは聞いた。正造も常連客だった。
 前に正造から聞いていた。常連客や、店のスタッフとの別れの際にはまきは涙する事も珍しくないと。
 正直、上層部の考えなんて、僕が知る由はない。しかし十二分にあり得る話だった。
 「まあ…そうやね…」
 少し考えるような間を空けて、まきは言った。

 「いいよっ。」

 まきのこの言葉は、男を虜にする。
 体から何かが放出されるような、そんな感覚に陥った。
 「ありがとうございます。」
 と僕は少しかぶせ気味に大きな声で言った。
 これは営業テクニックの一つで、断定的な言葉を相手にかける事で、再考の余地を無くしてしまう。「やっぱりやめとこうかな」という考えを、一瞬にして食い潰す効果が得られる。

 少し手が、震えていた。
 契約の瞬間、興奮、これがあるから、僕は営業を続けられているのかもしれない。どうなるか分からない折衝、その末のお客さんの決断。そこから生まれる、お客さんとの絆は、何者にも代えがたい。

 しかしながら、僕の今日の仕事は、契約を取る事だけではなかった。とは言え、僕の中での迷いもまだあった。
 「ナチュールの契約を正造の契約したいっちゃけど、正直まだ迷っっちょっちゃわ。俺の契約にするか、正造の契約にするか、一回正造と話してからでもいい?」
 まきに思いっきり甘えた形になったが、まきは
 「いいよっ。」
 と言ってくれた。

 迷っていた。
 そう迷っていたのだ。

 果たしてこの事が、彼に、僕らに、どういうものをもたらすのか。これが正しい判断なのか。
 自分がピンチだからと言って、まきに契約をお願いする事は、決してなかった。それはやはり男として女の子に頼りたくない、という部分だった。正造のこの現状が無ければ、まきに契約を迫る事はなかったのだ。
 正造と話をして、明日、僕一人か、もしくは正造を連れて二人か、申込書を持って来る事を伝え、僕はサロンをあとにした。

 契約の興奮、更には、自分が考えついた事が実現されるレールに乗って行く事の興奮、それが僕の迷いを、迷いとして認識させなかった。

 僕はすぐさま、
 「さくら行こうや。」
 と正造に電話をかけたのだった。
 
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