カルバート

角田智史

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 山之内被害者の会

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 山之内が向こうへ行って、それからこちらの社員が一人、結婚式を挙げる事となった。感染症で伸び伸びとなっていた挙式がようやく挙げられる状況になっての事だった。当初から招待状を送っていた山之内も、わざわざ駆けつける事となった。

 僕はその日に合わせて、企てた。
 しずかと正造と僕で「山之内被害者の会」というLINEグループを作り、既婚者の僕らは結婚式の二次会と称して、しずかはただ呼んで、3人で飲もうという計画だった。
 僕はわざと〔まきちゃんが会いたがってましたよ〕と山之内にLINEしたが、元々彼はやはり変わっていて、女の子なら誰でも、というわけでは無く、まきはそういう対象に見られていないようだった事もあって、これはそんなに山之内に対して効果がない事も分かってはいた。
 乗ってくれば面白いなと思っていたが、結果、山之内は夜までは飲まずに式のみの参加となった。

 それより以前、我々被害者の会はある衝撃を受けていた。
 始め、正造が言ってきたのだった。
 山之内は福岡事変からこっち、僕よりは正造へ標的をシフトしていっていた。無利益な会話をしたくなかった僕としては、有難い限りではあったが、正造からしたらいい迷惑だっただろう。

 「山之内さんほんっとにだるいっす。」
 この言葉から始まった報告は、呆れすらも通り超していた。
 まず、離婚の危機との事だった。
 理由は山之内の浮気だった。
 その相手はしずかではなかった。実は10年程続いている相手がいるとの事だった。それが嫁にばれたという内容だったのだが、そのバレ方がまた常軌を逸する。
 高校生の次男が嫁さんに泣きながら訴えたらしかった。もう僕は我慢できない、と。
 結果、家族会議。浮気相手との連絡は絶つようだった。
 そしてここからがまた肝で、浮気相手との思い出の写真の保存、そして、浮気相手とのこれからのやり取りに正造を媒体としようとしているようだったのだ。
 実際に正造は浮気相手からの〔宜しくお願いします〕といった内容のLINEもきていた。
 その考えに至る山之内も、そしてそれに乗っかってくる浮気相手もまた、どんな感覚でいるのか、僕には全く理解できなかった。
 「なんで俺がこんな事しないといけないんすか?」
 と正造が言うので、
 「もうほっとけ、こっちにおらんちゃかい。」
 と言ったものの、少しの間、それは続いていたようだった。

 僕はというと、怒りも、呆れも通り越していた。
 あの、福岡事変の際、いやそれよりも前から、僕は本気で考えたのだ。彼を止めるべきだと。この人は何がしたいんだろう、この人はなんて浅ましいんだろう、と涙を流した事も。2度程喫煙所で聞いた「あんまり恋愛経験がないからさ」という言葉も。
 もはや信用や信頼、そんな次元での話ではなく、そっとしておくに限った。

 後にまた、触れる事にもなるが、人間は成長と共に、周りの人間模様は自然と変化していく。嫌いな人だとか、それに近い人は自分を成長させる為に現れ、そして成長したら自分の周りから、気が付けばいなくなっている。

 遠く離れ、そして社内での立ち位置も僕の方が上になってしまった今となっては、もう愚痴りたいと思う事も無くなった。しずかを使って遊んでやろう、と思う事も無くなった。
 僕は彼と今後一緒に仕事する事もないんじゃないだろうか。まるで僕が陥れたようでもあるが、彼は彼なりの課題に対して向き合っていかなければならないわけで、僕は僕で僕なりの課題に向き合っていく、僕がいじくった程度で大局は決して変わる事はないのだ。

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