【完結済】俺の彼女が人として終わっているんだが

Melon

文字の大きさ
30 / 35
4章 俺の彼女は幸せを勝ち取りたい

彼女、自分を捨てる

しおりを挟む
 俺は、全力疾走で大学まで戻ってきた。
 大学内だろうと構わず走り、燐華さんを探し回る。
 廊下で偶然用務員を見つけたので、俺は燐華さんのことを知らないか聞くことにした。

「おっと! そんなに走ってどうしたんだ?」

「すみません! おとなしそうな黒い長い髪の女子生徒を見ませんでしたか!? 服装は、えーっと......」

「黒い髪の......? 君が想像している子かどうかはわからないが、さっき茶髪の子と金髪の子の三人でいるところに声をかけたよ」

 周りにいた人のことを聞き、燐華さんだと確信する。

「どこに! 黒髪の子はどこに行ったかわかりますか!」

「お、落ち着けって! ゴミ捨てを手伝ってもらって、二分前に別れたところだよ......」

「二分前......!」

 そうだとしたら、燐華さんはまだ大学内にいるはずだ。
 俺は、すぐに燐華さんの捜索を再開した。

「お、おい! ......何だったんだ?」

 用務員は何が何だかわからず、唖然としていた。
 そんな用務員を気にもせず、俺は走り出した。

 ずっと走りっぱなしで、心拍数が上がりっぱなしだ。
 心臓がはち切れそうだった。
 だが、そんな自分よりも、燐華さんの心配が優っていた。

 無我夢中で探していると、声が聞こえてきた。

「きっと、強い夏鈴ちゃんなら変われるよ......! 私なんか比にならないくらい、魅力的な子に......!」

「燐華さん!」

 俺は、声が聞こえる方向に全力で向かう。
 廊下の角を曲がると、二人の姿があった。
 夏鈴さんが倒れている燐華さんの頭を踏んでいる。

「私に......!」

「......え?」

「私に口答えするなあああああ!!!」

 夏鈴さんが燐華さんの頭を蹴り飛ばし、鞄からカッターナイフを取り出す。
 それを見た瞬間、俺は、何も考えずに燐華さんの元へ走った。
 そして、全力で踏み込み、そのまま燐華さんに覆いかぶさる。

 次の瞬間、背中に強い痛みが走る。

「あがっ......!」

 背中が熱い。
 突き刺さっている感触が気持ち悪い。

「し、志永くん!?」

「燐華ちゃんを庇いやがって......! せっかく痛い目に合わせられたのに......! お前さえいなければ、燐華ちゃんが私に歯向かう意志を持たなかったのに!!!」

 夏鈴さんは、カッターナイフを引き抜く。
 それと同時に、再び強い痛みが襲い掛かる。

「やめて......。くださ......!」

「お前さえいなければ!!!」

「夏鈴ちゃん! やめて!」

 必死に説得しようとするが、夏鈴さんの暴走は止まらない。
 再び、俺の背中にカッターナイフが突き刺される。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 だが、燐華さんを守ることは絶対にやめなかった。
 意地でも退かず、燐華さんを守り続ける。

 気が付くと、辺りには血だまりができていた。
 失血により、意識が朦朧としている。

 十回ほど刺されたところで、夏鈴さんの手は止まった。
 荒々しい息とともに、カッターナイフが地面に落ちる音が聞こえる。

「あ......! 私......!」

 自分の失態に気が付いたのか、自分の血まみれの手を、めった刺しにされた俺を見て夏鈴さんは青ざめる。
 そして、何も言わずにその場から逃げて行った。

「はは......。よかったです......。無事で......」

 力を振り絞り、燐華さんの上から転がって移動する。
 背中が廊下に触れ、激痛が走る。

「うっ......!」

「志永くん!」

 燐華さんはすぐさま起き上がり、背中の傷が痛まないようにうつ伏せにしようとした。
 だが、燐華さんの右腕だけでは、俺の体を動かすのは不可能だった。

「と、とりあえず救急車......!」

 燐華さんはスマホを取り出し、救急車を手配する。
 焦りで早口になりながらも、的確に情報を伝えていく。
 そして、連絡を終えると、俺に視線を移す。

「志永くん! 救急車呼んだから! もう少しだけ頑張って!」

「あ、ありがとうございます......」

 上手く話すことができない。
 視界が霞む。

「志永くん! 死なないで!」

 燐華さんの目から涙が零れ落ちる。
 その涙は、俺の顔に滴り落ちた。

 意識が遠のいていく。
 目を開けているのも辛くなり、閉じてしまう。
 もうそろそろ、気を失ってしまいそうだ。

「志永くん......? 志永くん! 死なないで! 私を置いて行かないで!」

 燐華さんが俺の頬を軽く叩く。
 反応して安心させてあげたいが、俺にそんな余裕はなかった。

「私が......! 私がいなければ! そもそも、私がこんな性格じゃなければ、志永くんも、夏鈴ちゃんも、私もこんなことにはならなかったのに!」

 意識が消えかけている俺に、燐華さんは抱き着く。

「ごめんね......! 私のせいで......! 私のせいで......!」

 燐華さんは限界を迎え、大声で泣き始めてしまった。
 そんな燐華さんを置いていくかのように、俺の意識は途絶えた。


 意識が戻ると、病院のベッドの上だった。
 背中の傷が酷いため、背中に負荷がかからないように寝かされていた。

「志永くん......」

 ベッドの横の椅子に、燐華さんは座っていた。

「燐華さん......。俺、助かったんですね......」

「うん......。あのあと数分くらいしたら、救急車が到着して......。病院に運ばれて、緊急手術して......。命に別状はないみたい」

「そう、ですか......」

 俺は、大きく一息ついた。
 偶然視界に入った壁掛け時計を見ると、時刻は午前の七時だった。

「次のニュースです」

 隣の病室のテレビの音が大きいのか、こちらの部屋にまで音声が届いていた。

「同級生をカッターナイフで刺したとして、大学生の奈月夏鈴容疑者が逮捕されました」

「夏鈴ちゃんが......。逮捕......!」

「奈月夏鈴容疑者は、同級生である男子生徒をカッターナイフでめった刺し、現場から逃亡。血まみれの手を見た用務員が警察に通報し、昨晩十一時頃に自宅で逮捕されました。容疑者によると、怒りに身を任せて刺してしまったと述べています。それでは、次のニュースです」

 アナウンサーは淡々と事件内容を述べると、別のニュースを伝え始めた。

「はは......。こんな大ごとなのに、あっさりと流されちゃいましたね...,,,」

 燐華さんを心配させないために、そんなことを言った。
 だが、燐華さんが笑うことはなかった。

「......燐華さん。退院したら、お酒飲みましょうよ」

 燐華さんは口を開かない。
 長い沈黙が続く。

「......私、お酒やめることにしたんだ」

 沈黙を破り、燐華さんがそう言った。

「お酒も、タバコも、性格も......。私のアイデンティティは、全部捨てることにしたの......。そうすれば、誰も傷つかないから......」

 燐華さんは、重苦しい表情で言う。


 それ以降、燐華さんは大学外での自分を、本来の自分を表に出さないようにしてしまった。
 こうして、燐華さんと夏鈴さんの対立は幕を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜

葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」 そう言ってグッと肩を抱いてくる 「人肌が心地良くてよく眠れた」 いやいや、私は抱き枕ですか!? 近い、とにかく近いんですって! グイグイ迫ってくる副社長と 仕事一筋の秘書の 恋の攻防戦、スタート! ✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼ 里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書 神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長 社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい ドレスにワインをかけられる。 それに気づいた副社長の翔は 芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。 海外から帰国したばかりの翔は 何をするにもとにかく近い! 仕事一筋の芹奈は そんな翔に戸惑うばかりで……

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

処理中です...