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一章
1話 猫科
しおりを挟む真っ暗だ。
上も下も右も左も分からない位の。
自分の頬を撫でてみても感覚がなくて、まるで宙に浮いているような感覚。
それとも、誰かに身体をぎゅっと掴まれているような。
「…またこれか…」
ため息交じりにつぶやくと、いつも通り
「マツダリュウマ…」
と、僕の名前を呼び、へらへらと笑うベリーショートの黄色いワンピースを着た6歳くらいの女の子が現れた。
ワンピースから覗く少女の四肢はまるで骨のように細く、全体的に痩せこけている。
「久しぶり、元気だった?ちゃんとご飯食べないとダメだよ。」
と話しかけると、僕の話を遮るようにケタケタと笑いながら、ゆっくりじんわりと闇に溶けていった。
…あー、そうだ忘れてた…そろそろ身体慣らさないと。
少女が完全に消えたのと同時に、前方からまるで、アンプにヘッドホンを繋ぎ、大音量でベースの弦を全て同時に弾いた時のような威圧感を感じた。
…あれ、何で僕ベースなんて弾いたことないのになんでベースって例えられるんだろ。
…まぁ、いっか。
緊張をほぐす為に大きく息を吐くと、さっき、女の子がいた場所から、彼女の着ていたワンピースのように黄色い目をした、獅子のような怪物が現れた。
怪物の足元にバラバラの黄色い布切れが散らばっているから…多分この怪物はさっきの女の子なんだろう。
まぁ、女の子の骨みたいな脚と違って怪物の脚は電柱より太いけど…。
まぁ、これくらい
いつもと同じ、普通普通。
怪物が僕に襲い掛かってくるのも、いつも通りの普通普通。
でも…僕の身体の何倍もある怪物に襲われるくせになんで僕は素手なんだろう。
武器は無かったとしても盾くらいはあるべきじゃないの?
まぁいっか。
そんな事を考えてる暇があるならこの怪物から逃げる方法を考えなきゃ。
まぁ…防具は持ってないけど、この怪物には何十回も追いかけられて、その度逃げ回っていたから大体の動きは読める…ってのが唯一の救いかな。
「ギャオォオオオオオオオオ!!」
と怪物が雄叫びを上げ、いつも通り僕に向かって飛びかかって来た。
それをごろっと転がって避け、右腕で地面を押して体を少しだけ起こし、クラウチングスタートのような格好をしてから、ゆっくりと戦闘系のアニメとかでよくある、主人公がお腹に穴がいっぱい空いていて、頭から血をぼたぼたと流すくらいの重傷を負っているのに、
「俺は死んでもここを動かないぜ…。」と言いながらニヤリと微笑むかっこいいシーンのように立ち上がる。
その主人公達と少し違うのは、僕は傷一つ負っていなくて、ただ「かっこいいなぁ~…」と思ってやっているということ。
僕もあの主人公達みたいになりたいけど…多分無理だろうな…。
……なんか悲しくなってきた、後で泣こ。
…よし、いつもはただ怪物に追われるだけだけど…今回はちょっと反撃してみようかな。
立ち上がって怪物を睨み、右手の人差し指で怪物を指差し、手をくるっと裏返してから、人差し指と中指をちょいちょいと内側に折り曲げる。
すると怪物が大きな声を出してこちらに向かって来た。
「…乗ったな、このデカブツめ…。」
と、独り言を呟き、怪物の攻撃を片腕で受け止める。
ちょっと下ネタっぽく聞こえたかなぁ、なんて考えながら怪物の鼻頭を押さえ、ニヤリと微笑み押し込むと怪物が後退りし、僕をギロリと睨む………わけもなく
怪物の鼻頭を押さえる暇もなく
僕をまるで道端に転がる石を蹴るように躊躇なく吹っ飛ばした。
「ぐぁぁあ!!うあぁああ!!!」
身体に一ミリも痛みはないけど、何と無く雰囲気で大声を出してみる。
「足があぁあああ!!」
勿論無傷だけどさ、なんとなく雰囲気ね、雰囲気。
目が霞み、怪物の歩く音がどんどん僕に近付いてくる。
「…格好悪いなぁ、僕。」
瞳を閉じ、今度こそ死ぬレベルの痛みを覚悟してみても……その痛みはなかなか来ない。
この馬鹿怪物め…焦らしやがって…。
目を開け、僕を舐め腐っていやがる怪物の顔を見てやろうとすると…。
そこには怪物ではなく、見慣れた天井があった。
…そりゃあ、夢だよね…。
右目を擦りながら、左目で部屋をキョロキョロと見回し、ベッドサイドのチェストに置かれているデジタル時計を見てみると、まだ朝の5時34分だった。
…なんだ、まだ寝れるじゃん…。
毛布の中で軽く伸びをして、ぼーっと天井を見つめる。
…あの夢のせいで寝た気しないし…二度寝しよっかな。
そう考えながら目を閉じると、いつの間にか目が開かなくなって…。
…嗚呼、二度寝は至福なり…。
布団と同化する寸前で、僕の耳元でけたたましいサイレンのような音が大音量で鳴り響いた。
「うわああ!!」
その音に驚き飛び起きると、爆音のサイレンは僕の携帯から鳴っていた。
あ…危ない警報とかじゃなくてよかった。
と思いながら、携帯のアラームを止める。
…今度は邪魔させないからな。
今度こそ…意識を再び闇の中へ…。
と、その時、二度目のアラームが鳴った。
今度は携帯だけじゃなく、軽く押しただけじゃなかなか止まらない目覚まし時計も一緒に。
「ああああああ!もう!!設定したの誰!!」
言わずもがな、僕である。
騒音が耐えられず飛び起き、驚きで震える手で携帯を止める。
目覚まし時計は、昨日の自分への憎しみを込めて思い切りチョップしておいた。
洗面台に行き、顔を冷水でバシャバシャと洗うと、少しだけ目が覚めた。
気がする。
タオルで顔をゴシゴシと拭いた後、歯磨きの準備をしていると鏡の自分と目が合った。
鏡に映る自分は、髪がこれでもかというほど乱れ、目が絵に描いたように綺麗(?)な半開きで…
でも、なぜか何年も見た顔だけど、少し違和感を感じた。
まるで、誰かに監視されているような、そんな違和感を。
「………いやぁ…そんなわけないね、中二病拗らせるのやめよ…僕もう高校生だし…。」
と独り言を言い、歯ブラシに小指の爪くらい歯磨き粉を出す。
歯を磨き終わり、黒白ストライプのカーテンと、ベランダの戸を開け朝日を浴びる。
…いい朝だ。
すると、足元から「にゃー」と声がした。
お隣の大原さん家の黒猫だ。
大原さんは仕事がかなり忙しくて、猫をあまり構ってあげられないと言っていた。
そのせいか、大原さんより近所の人に懐いているらしい。
大原さんも近所の人に「もし来たら構ってやってほしい。」と言っていた。
「また来たのかー、待ってろよ?今ご飯持って来てやるからな!」
と話しかけると、「にゃー」と返事した。
戸棚に入れてある、猫用の缶詰を黒猫の前に置く。
「味わって食えよー、それ2個買うお金あったらご飯お腹いっっぱい食べれるんだからね?」
と、猫に文句を言っても聞こうとせずむしゃむしゃと食べ続けた。
…まあ、かわいいからいいや。
猫の頭をそっと撫でると、食べるのをやめて僕の手に頬をすりすりと擦り付けてきた。
…ああああ、もう…かわいい…。
「僕お前のためにバイト頑張るよ!だから毎朝のご飯を楽しみにしててね!」
「にゃー」
お腹がいっぱいになった猫が大原さん家に帰る姿を見守った後、僕も自分のご飯を用意して食べる事にした。
ご飯といってもカップ焼そばなんだけどね…僕が自炊できたら良かったんだけど…。
こんな時にお母さんの料理が恋しくなるんだよなぁ…。
後でご飯のレシピを教えてもらおうかな。
僕は、去年の秋頃から一人暮らしを始めたんだ。
理由は、お父さんがもうすぐお仕事の事情で県外に行くらしくて、それにお母さんもついていく事になったんだ。
本当は僕も付いて行きたかったんだけど、幼馴染の智明と離れたく無かったから、僕一人だけがここに残る事にしたんだ。
お父さんとお母さんも最初は困ってたんだけど、僕がワガママを言ったのがそんなに珍しかったのか、すぐに了承してくれた。
あと数ヶ月しかここに住めないけど、この家の契約期間が終わる頃には、お父さんとお母さんも帰って来る筈。
…いや、やっぱりお母さんに電話するのはやめようかな。
今の時期は相当忙しいだろうし…。
分かんないけど。
ご飯を食べながら携帯のカレンダーアプリを開き、今日の予定を確認していると、16時から3時間バイトがあるとメモしてあった。
それと…今日は始業式。
あぁ、どうりで早めにアラーム設定したわけだ。
昨日の僕、憎んでごめんよ。
焼きそばを片付け、制服の袖に腕を通す。
…今日で2年生になるのか。
友達増えたら良いな、なんて。
制服を着替え終わり、携帯に電源を入れて時間を確認する。
「あ、時間…!」
鞄に筆記用具と携帯を入れ、急いで家を飛び出し、自転車に跨り大急ぎで高校に向かう。
「初日から遅刻はまずいって……」
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