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正君

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VIVA

05.Ari

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 髪を彼と同じ長さに切った。
 彼は私の項を撫で「似合うよ」と微笑んでくれる。彼の手の温度に安心し目を閉じると、彼は声を上げて笑い、まるで幼い子供相手にするかのように私を可愛がった。

 彼が私を誘拐した理由も、彼が私をまるで一国の姫のように扱う理由も分からないけれど、私が彼に懸想している理由も同じく分からないのだから、それはそれでいいかと諦めていた。
 彼の事を知ろうとするのはやめよう。知ろうとして、彼を傷付けたくないし、彼に傷付けられたくもない。

 もし婚約者でも居ようものなら、私が、彼に、何をしてしまうのか、分からないから。

 風が吹くと靡いていた髪が、今では頭を振っても頬に当たらないくらいの短さになった。
 私のこの想いも、私があの家で過ごしていた過去も、長い髪と一緒に切り落とされてくれていれば、なんて考えていると、彼が悩んでいる私に気付いたのか、また、私の頭を幼子のように撫でた。

「悩まないで、綺麗な顔が台無しだよ」
 その言葉に、胸が、痛んだ。
「台無しに、したいんだよ、私」
 私の言葉に、彼は頷いた。
「うん」
 優しく微笑む彼。気付いたら、私は彼の腕の中に飛び込んでいた。
「貴方といたい」
 彼は、私の髪を、今度は、愛おしい恋人を慰めるかのように撫でた。
「うん」

 彼の早い鼓動。埃の匂い。彼の体温。私の甘い匂い。彼と同じ、石鹸の香り。

「貴方の事を知りたい」
 彼は、私の言葉に、一瞬、髪を撫でる手を止めたが、少しだけ深呼吸してから、また私の髪を撫で、こう答えた。

「いいよ、私の全てを、君に教えるね」
 顔を上げる。彼は優しく微笑んでから、そっと、私の額へ口付けをした。
「…なんで、口にはしてくれないの?」
 私がそう言うと、彼は照れ臭そうに笑ってから、私の頬を、筋張った大きな掌で包み込んだ。
 唇に触れる初めての感触、そして、初めての味。

「…大好きだよ、私の、私だけの…愛おしい…」
 彼は、私の名前を呼びかけてやめた。
「貴方が名前をつけて」
 私の言葉に、彼は少し悩んでから、こう答えた。こう、答えてくれた。

「メタファーのメタ…君の全ては、直接は表せないから」
「じゃあ、貴方の名前は…」
「うん」
「…ネイ」
「どうして?」
「…よく、一人で、唸ってるから」
「唸……うん、そうだね…」

 彼がつけてくれた、私の新しい名前。ネイ。
 しばらく頭の中で自分の名前を繰り返し、照れ臭そうに眉間に皺を寄せている彼を見つめていると、優しく微笑んでから、私から顔を逸らした。

「照れたの?ネイ」
「だっ、て、き、君が」
「うん」

 彼の太ももに座ると、顔を真っ赤にして照れる彼。
 今思えば、一月ほど一緒に居て、彼とこんなに密着したのはこれが初めてかもしれない。
 さっきの彼にお礼をするように、彼の髪を撫で、私からも口付けをすると、彼はか細い声で「やめて」と呟いてから、私の胸の辺りを押して、どうにか離そうと足掻いた。

「嫌がらないで」
 私の言葉に、彼は足掻くのをやめ、恐る恐る、私の背に手を回してくれた。
 彼の早い鼓動。どんどん上がっていく彼の体温。そして、彼の身体の分厚さ。彼がすがり付くように掴む、彼が私にくれたお下がりの黒いお洋服。
 彼から少しだけ顔を離し、不思議そうに目を丸くする彼を見て、気分が今までに無いくらい昂っている自分に気付いた。

 その夜、私は生まれて初めて自慰行為に耽った。



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