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正君

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avid

06.NO PAIN NO GAIN!!!!

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「舌を噛まないように」
 優しく撫でられる顎。
 彼の大好きな指。細くて、長くて、でも、爪を噛む癖のせいで荒れた指先。
 彼の冷たい目。
 私に向けて振り上げられる鞭。

 覚悟した。とてつもなく怖い。
 でも、この痛みが、この感覚が演技や歌に活かせるなら。そう思った。
 そう思って、彼の、顔を見た。
 彼は目を見開いて、私の目をじっと見つめている。
 そして、手に持っていた鞭を投げ捨て、膝から崩れ落ち、踞って泣き叫んだ。
「ごめんなさい、ほんとうに、ほんとうにごめんなさい」


 体に、胸に、熱い何かが巡るのを感じた。
「叩かないの?」
 私の問いかけに頷く彼。
「叩けないよ」
 彼の隣に移動し、彼のきしんだ髪を撫でると、顔を上げ、私の手を優しく握ってくれた。

「こんなのやりたくない」
 彼は幼子のように震える声でそう言った。
「どうして、叩こうとしたの」
「劇場の、人に、お願いされた」
「……」
「そうすれば、君が、良い役者になれるからって」
「……ぜんぶはなして」
「君は不幸を知らないから、不幸を味わった方が、不幸を…不幸を、悲しい役を、演じられるって」
「……」
「本家の脚本家が書いた脚本だ、から、これを演じられたら、支援を、得られるからって」
「うん」
「劇場の、未来のため」
「…うん」
「僕と、君、の、未来のためって」

 熱が引く。
 体の節が冷えるのを感じた。
 演技で激怒したことは何度もあった。
 自分が回りにどう思われてるか、どう立ち回れば上手く生きれるかを熟知していたから。
 あの怒りは真っ当で、本物で、自分の本心だと思っていた。
 彼の顔を見て、それら全て偽物だったんだとはっきり分かった。
 私は、いつも、何かに対して激怒していたんだとはっきり分かった。

 彼の背を撫でた。
 かたかたと小刻みに震える体。きっとストレスのせいなんだろう。きっと怖かったんだろう。
 すぐに体調を崩すのに。すぐに体に出るのに。
 彼は虫さえ殺せないのに。
 絶対に許さない。
 関わった人間みんなぶち殺してやる。
 皆殺しにしてやる。
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