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一社目 その壱
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閑静なる深夜2時。
私の自宅から15分程歩くと、木々が生い茂った裏山に辿り着く。その中に1つだけ、小さな神社がある。
その神社はボランティアで清掃活動がたまにされる以外に、ほぼ人で付かずな場所であり、奉られている神様はおろか、神社の名前すら分からない。それくらい古い場所なのだろう。
我が家では、慣例としてお正月の初詣は必ずココにて行われる。
理由としては、ただ近いからとか、人混みが嫌とかいうものなのでそこまで深い思い入れがあるわけではない。
でも私にとってここは少し特別な場所ではある。
今はもういないおばあちゃんが、私達の家に遊びに来たときは、必ずここを訪れてこう教えてくれた。
「神様には毎日こうして感謝するものさ。
いつもの日常をありがとう御座いますってね」
教えてくれた次の日から私は、毎日欠かさずここに通っては“今日も平穏を与えてくれてありがとう”をするようにしている。
でも、最近のここに訪れる理由は、感謝するためではなく、神様に縋るためにここを訪れるようになってしまっていた。
そして現在。
いつもより人気がさらに失せたこの時間に、私がここに訪れた理由は一つ。
私──鷲宮美鈴(ワシミヤ ミスズ)は齢16という短い人生に、神社で終止符を打とうしているからだ。
『拝啓、父方母方弟君へ。
私は自己の
アイデンティティをこれ以上確立する事が困難であ
ると確信したため、このような愚行へ走りました。
至らぬ娘をお許しください。
私の財産はお好きなように 美鈴』
「……よし」
自筆の遺書を見返し、誤字脱字が無いことを確認する。この世に残す最後の文章なのだから、せめて綺麗な字で完璧な文章にはしておきたい。
もう少し書き足すべき所はあるかもしれない。
しかしあれだけ震えた手と思考をもってここまで書けたのだから及第点だろう。
アイデンティティの確立困難。
そんな理由を書いたが、実際はもっと掘り下げて書くべきである。が、当の本人である私が明確な原因を説明できない以上、漠然な答えで勘弁してほしい。
先端に私の頭がスッポリと入る大きさの輪っかを拵えたロープを木に巻き付け、ズリ落ちないようにしっかりと枝に固定する。
うん、完璧。
あとは私があの縄を首にかけ、宙ぶらりんになるだけ。
インターネットを見たところ、医学的には苦痛がないとあったので、きっとすぐに逝けることだろう。
「拝殿の目の前で絶命は、少しバチ当たりかな」
そう笑いながらも私の手足は震えている。
境内の石畳で靴を脱ぎ、その上に遺書を置く。
脚立を縄の下がった木の下に設置し、深呼吸。
三回目で息を吐いて覚悟を決める。
脚立に上り、いよいよ死の輪郭に触れ、私の中にある生死の境界線が霞んでいくのが理解できた。
不思議な事に手足の震えは止まっている。
荒波を立てていた鼓動も今はすっかりと凪いでいた。
背中の冷や汗を寝間着の隙間を通った風が撫で、少し身震いをする。
──怖くない。
お母さん、お父さん。育ててくれてありがとう。
何も返せなくてごめんなさい。
アツシ。弟のくせにいつも生意気言ってムカついてたけど、サッカーカッコよかったよ。
ああ、こうなるんだったらあの子に声をかけとけば良かったな。窓際の席でいつも独り。私に強い意志があれば今頃仲良くなれたのかな。
おばあちゃん。約束、守れなかった──
頬に熱い線が伝う。
縄に首を通し、私は足場の脚立を蹴り倒──
“ドガッシャァァァァン!!!!”
「……え?」
縄に首を通そうと思った刹那、
──拝殿が爆発した。
爆発の拍子に境内に砂塵が舞う。
……錯覚じゃないよね?
土煙で拝殿はよく見えないが、明らかに尋常じゃない衝撃と風、熱を確かに感じたので、恐らく本当に爆発したのだろう……いやなんで?
テロ? 愉快犯? 戦争でも始まった?
思考が纏まらずに脚立の上に立ち尽くす私に1つの影がこちらに向かってくる──向かってくるというより、飛んできてない?
影は煙の中を抜けて、姿を現す。
人だ。
「いやあああああああああああああ!!」
「止めて止めて止めて止めて止めて止めてえええええ」
いや止めてって言ってもどうやって……
“ゴッ!”
為す術もなく私はその人と衝突、もとい鳥居までの約20メートルをその人と一緒に吹っ飛んだ──!
「……痛ッ」
鳥居の脚に吹っ飛びの勢いを止められたのは良いが、背中に全て衝撃を受けたたお陰で、私は海老反り状態。
「あはは、ゴメンゴメン。 まさかここに人がいるとは思わな
かったからなあ……ホントにゴメンね?」
と、影の正体は軽々しくも透き通った声で私に詫びた。
声の高さと言葉の流暢さから察するに私と年齢の近い少女だろうか。
朗らかに私に謝罪した少女は拝殿の方を向き、
「参ったなぁ……。 誰にも見られない為にこの社を降臨先
にしたんだけどなぁ……もうちょっと接続範囲増やして
くれればいいのに」
……彼女の言葉は私には理解できなかった。勿論日本語であるのは確かなのだが、10代半ばの女の子が使わないようなセリフを使っていたからだ。
降臨先? 接続範囲?
彼女の素顔から情報を少しでも得たいと思い、私は顔を
確かめようとするが、少女の顔は闇夜に紛れてよく見えない。
取りあえず私は立ち上がろうと──そこで私は自分の身体の異変に気づく。
海老反り状態の背中が元に戻らないのだ。
身を貫くほどの鈍い痛みが、次第に大きくなっていくことに恐怖を感じる。ついさっきまで死ぬことを受け入れていたハズなのに、死にそうなほどの痛みを経験している今の私は必死に抗おうとしている。
私はたまらずその場に音も無く倒れ込んだ。
この痛みを何とかして欲しい。けれど頼れるのは目の前にいる素性も知れない誰か。この際、構うものかと必死に声を出すが、
「────ッ」
助けを呼ぼうにも声が掠れて、喉からは空気だけしか出なかった。
怖かった。
だがしかし、謎の少女はこちらの異変にすぐ気がつき、私の背中に触れる。
「……あ、こりゃマズいな。 背骨にヒビが入ってる」
少女はとても冷静に私の異変の正体を診断した。
軽く触れたことに私ですら一瞬、気づかないくらい優しく触れただけなのに……。
「いきなりぶつかっちゃったってのもあるし、特別だよ」
と、彼女は言うと触れている指先を中心に私の背中が段々と暖かくなり、痛みが和らんでいく。
まるで、心地良い日差しに当たっているかのような優しさ。
「はい、もう治ったよ」
「え?」
……信じられない。
さっきまで逆のしなりで固定されてしまった背骨が、しっかりと動くどころか、新しい背骨を付け替えて貰ったかのように、とても調子が良い気さえする。
「んで、ところでさあ」
少女は私に問いかける。
「は、はいっ。 何なりと」
素性は未だ謎ではあれ、彼女は私の恩人だ。
できる限りの事は答えてあげようと私はうわずった声で応えの姿勢をとる。
「何で首なんか吊ろうとしてたの?」
……問いかけて欲しくなかった。
私の自宅から15分程歩くと、木々が生い茂った裏山に辿り着く。その中に1つだけ、小さな神社がある。
その神社はボランティアで清掃活動がたまにされる以外に、ほぼ人で付かずな場所であり、奉られている神様はおろか、神社の名前すら分からない。それくらい古い場所なのだろう。
我が家では、慣例としてお正月の初詣は必ずココにて行われる。
理由としては、ただ近いからとか、人混みが嫌とかいうものなのでそこまで深い思い入れがあるわけではない。
でも私にとってここは少し特別な場所ではある。
今はもういないおばあちゃんが、私達の家に遊びに来たときは、必ずここを訪れてこう教えてくれた。
「神様には毎日こうして感謝するものさ。
いつもの日常をありがとう御座いますってね」
教えてくれた次の日から私は、毎日欠かさずここに通っては“今日も平穏を与えてくれてありがとう”をするようにしている。
でも、最近のここに訪れる理由は、感謝するためではなく、神様に縋るためにここを訪れるようになってしまっていた。
そして現在。
いつもより人気がさらに失せたこの時間に、私がここに訪れた理由は一つ。
私──鷲宮美鈴(ワシミヤ ミスズ)は齢16という短い人生に、神社で終止符を打とうしているからだ。
『拝啓、父方母方弟君へ。
私は自己の
アイデンティティをこれ以上確立する事が困難であ
ると確信したため、このような愚行へ走りました。
至らぬ娘をお許しください。
私の財産はお好きなように 美鈴』
「……よし」
自筆の遺書を見返し、誤字脱字が無いことを確認する。この世に残す最後の文章なのだから、せめて綺麗な字で完璧な文章にはしておきたい。
もう少し書き足すべき所はあるかもしれない。
しかしあれだけ震えた手と思考をもってここまで書けたのだから及第点だろう。
アイデンティティの確立困難。
そんな理由を書いたが、実際はもっと掘り下げて書くべきである。が、当の本人である私が明確な原因を説明できない以上、漠然な答えで勘弁してほしい。
先端に私の頭がスッポリと入る大きさの輪っかを拵えたロープを木に巻き付け、ズリ落ちないようにしっかりと枝に固定する。
うん、完璧。
あとは私があの縄を首にかけ、宙ぶらりんになるだけ。
インターネットを見たところ、医学的には苦痛がないとあったので、きっとすぐに逝けることだろう。
「拝殿の目の前で絶命は、少しバチ当たりかな」
そう笑いながらも私の手足は震えている。
境内の石畳で靴を脱ぎ、その上に遺書を置く。
脚立を縄の下がった木の下に設置し、深呼吸。
三回目で息を吐いて覚悟を決める。
脚立に上り、いよいよ死の輪郭に触れ、私の中にある生死の境界線が霞んでいくのが理解できた。
不思議な事に手足の震えは止まっている。
荒波を立てていた鼓動も今はすっかりと凪いでいた。
背中の冷や汗を寝間着の隙間を通った風が撫で、少し身震いをする。
──怖くない。
お母さん、お父さん。育ててくれてありがとう。
何も返せなくてごめんなさい。
アツシ。弟のくせにいつも生意気言ってムカついてたけど、サッカーカッコよかったよ。
ああ、こうなるんだったらあの子に声をかけとけば良かったな。窓際の席でいつも独り。私に強い意志があれば今頃仲良くなれたのかな。
おばあちゃん。約束、守れなかった──
頬に熱い線が伝う。
縄に首を通し、私は足場の脚立を蹴り倒──
“ドガッシャァァァァン!!!!”
「……え?」
縄に首を通そうと思った刹那、
──拝殿が爆発した。
爆発の拍子に境内に砂塵が舞う。
……錯覚じゃないよね?
土煙で拝殿はよく見えないが、明らかに尋常じゃない衝撃と風、熱を確かに感じたので、恐らく本当に爆発したのだろう……いやなんで?
テロ? 愉快犯? 戦争でも始まった?
思考が纏まらずに脚立の上に立ち尽くす私に1つの影がこちらに向かってくる──向かってくるというより、飛んできてない?
影は煙の中を抜けて、姿を現す。
人だ。
「いやあああああああああああああ!!」
「止めて止めて止めて止めて止めて止めてえええええ」
いや止めてって言ってもどうやって……
“ゴッ!”
為す術もなく私はその人と衝突、もとい鳥居までの約20メートルをその人と一緒に吹っ飛んだ──!
「……痛ッ」
鳥居の脚に吹っ飛びの勢いを止められたのは良いが、背中に全て衝撃を受けたたお陰で、私は海老反り状態。
「あはは、ゴメンゴメン。 まさかここに人がいるとは思わな
かったからなあ……ホントにゴメンね?」
と、影の正体は軽々しくも透き通った声で私に詫びた。
声の高さと言葉の流暢さから察するに私と年齢の近い少女だろうか。
朗らかに私に謝罪した少女は拝殿の方を向き、
「参ったなぁ……。 誰にも見られない為にこの社を降臨先
にしたんだけどなぁ……もうちょっと接続範囲増やして
くれればいいのに」
……彼女の言葉は私には理解できなかった。勿論日本語であるのは確かなのだが、10代半ばの女の子が使わないようなセリフを使っていたからだ。
降臨先? 接続範囲?
彼女の素顔から情報を少しでも得たいと思い、私は顔を
確かめようとするが、少女の顔は闇夜に紛れてよく見えない。
取りあえず私は立ち上がろうと──そこで私は自分の身体の異変に気づく。
海老反り状態の背中が元に戻らないのだ。
身を貫くほどの鈍い痛みが、次第に大きくなっていくことに恐怖を感じる。ついさっきまで死ぬことを受け入れていたハズなのに、死にそうなほどの痛みを経験している今の私は必死に抗おうとしている。
私はたまらずその場に音も無く倒れ込んだ。
この痛みを何とかして欲しい。けれど頼れるのは目の前にいる素性も知れない誰か。この際、構うものかと必死に声を出すが、
「────ッ」
助けを呼ぼうにも声が掠れて、喉からは空気だけしか出なかった。
怖かった。
だがしかし、謎の少女はこちらの異変にすぐ気がつき、私の背中に触れる。
「……あ、こりゃマズいな。 背骨にヒビが入ってる」
少女はとても冷静に私の異変の正体を診断した。
軽く触れたことに私ですら一瞬、気づかないくらい優しく触れただけなのに……。
「いきなりぶつかっちゃったってのもあるし、特別だよ」
と、彼女は言うと触れている指先を中心に私の背中が段々と暖かくなり、痛みが和らんでいく。
まるで、心地良い日差しに当たっているかのような優しさ。
「はい、もう治ったよ」
「え?」
……信じられない。
さっきまで逆のしなりで固定されてしまった背骨が、しっかりと動くどころか、新しい背骨を付け替えて貰ったかのように、とても調子が良い気さえする。
「んで、ところでさあ」
少女は私に問いかける。
「は、はいっ。 何なりと」
素性は未だ謎ではあれ、彼女は私の恩人だ。
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