ごしゅいん!

筆 不将

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一社目 その弐

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「何で首を吊ろうとしてたの?」

 人間というのは私の経験上、不明瞭なプライドと共に生きているのだ。そのプライドの正体は説明しにくいモノの、踏み入られたくない領域があって……なんというかそんなモノである。

 要するにだ。
 
 心を決めて自殺を試み、見ず知らずの人に見られた挙げ句未遂に終わり、尚且つ理由を問われている(興味本位に)というこの一連の流れは──とにかく恥ずかしいのである。

「なんか涙流しちゃってさー、すっごい哀愁漂わせちゃって
 一体何が原因か知りたくなっちゃわない?なるよね?」

「え……あの」

「そもそもこの遺書、欠落多くない? しかも何よこの『アイデンティティの確立』ってこれで何か伝わるとしたらよっぽどの文豪か有名人でしょ」
 
「いつの間にっ……それは、あの」

「それに場所も特殊だよねー。あ、でも昔は結構多かったかも……でも今時じゃあ特殊だよね」

「うっ……」

「もしかして神様の御加護とか求めちゃったみたいな?
 さもあれば死後に神様から特別扱いされちゃいたい的な──」

「やめてください……話しますから、堪忍して……」

 私の言葉を待たない質問攻めに、私は白旗を揚げた。
 言葉の通り素性が確認できないこの子はひたすらに理由を聞いてくるだけでなく、私が場所を神社に選んだ理由の的を付いてきやがった。

 今の気持ちを例えるならば、まるではっちゃけすぎた昔の痛い黒歴史を冷静に、それも詳細に他者から本人に説明され、穴があったら入りたい、そんな気分。
 というか今がそれに該当する。 

 石段に私と相手が座り、私は理由を話す。

「──私、自分の内を出すことが苦手なんです。
 小学校の時に、自分の思ってる事をすぐ口に出した事が原因で孤立しちゃったことがあって、多分ソレが発端だったんだと思う」

「それで?」

「中学ではさっき話したことが原因で友達が少なかったから、高校はもっと前向きに明るく、声を張っていこうとしたんだ」

「それでそれで?」

「でも憧れだった高校生活はよっぽどの理想だったんだなって。   
 私の行ってる高校は性格が荒い人達ばっかりで、
 私がその中でうまく生活できる方法は、
 その人達の言いなりになるしかなくて」

 視界が潤む。

「明るく過ごしたいって、願ったのに、私が、今浮かべるのはっ、偽物の、笑顔だってのが、自分の中で、惨、めで」

 いつの間にか言葉の中に嗚咽が混じる。

「もう、こんな……こんな私はっ、いる価値が、無いのよ」

 今さっき会った人に話すことでは無いハズだが、話せば話すほど、堰を切ったように感情が湧き出てきた。
 誰かにこんな自分の内を曝け出すことをしたことが無かったけれど、こんなにスッキリとするものなんだ。

 やっとけば良かったな。

「うん、それで?」

「……は?」
 ……は?

「え、もしかしてもう終わり?」

「終わり、ですけど」

「あんた、相当つまらない人間だね」
「……っ」

 言葉が詰まった。

「第一にアイデンティティがどうとかって遺書を残すくらいだから有名人かなんかかと思ったら、ただの平凡な人間じゃないか。そのくせに高校の荒くれ者に言いなりにされなければ生きていけないって話されても、そりゃあんたの努力不足だ」

 何なのその言い方。
 惨めさを醸し出していた心が、私を否定するこの子をを淘汰してやりたい感情に塗り変わる。

「……生きていけないなんて言ってない」

 言葉の通り腹の底から言葉を出す。

「はっ、同じ事さ。 
 自分のしたいことをを必死に追い求められない人間なんざ生きてても死んでてもさして変わんないね」

「そっ、そんなわけない──」

「あるね。現にあんたは前向きに生きたいって言ったクセに話の中ですらアンタはんだよ。 生きた心地を感じられない。しかもさっき死のうとしていたし」

 言葉が刺さる。

「アンタには関係ないわよ」
 「アンタ」なんて言葉を初めて使った。
 それほど私は今、必死になっているのか

「ああ、関係ないよ。 関係がないからこそ、ここまで君の弱さをしてやってるんだ。 むしろ感謝してほしいくらいだ。
 いいかい? アンタは死のうとする理由も、前向きに生きたいって理想ですらも全部建前にしてしまっているんだよ。全部アンタをさも正しい人間に作り上げる為の建前。本心はひたすらに嫌なことから逃げたいとしか思ってない、ただの惨めな負け犬さ。遺書の文章の長さや自殺の動機の説明の短さが良い証拠。 
 ほんっとに現代の若者はこういうのが多すぎる。
 どうしても実現したいものがあるんだったら、
 
 
 言い返すならここだ。 
 もう我慢ならん。
 今だ、立て!

「あんったこそ、その見下した態度はどういうわけ?!
 見ず知らずのの他人なのに私だけじゃなくて人間そのものを否定するなんて傲慢甚だしいわよ!
 それと、何? 実現したい理想は己を壊す気でやれ?
 そんなことできねえよ!
 なんで私の理想を叶えるために、私が壊れなきゃならないのよ。
 そんなのただの間抜けよ! 間抜け!
 そんなんなる前に、私は夢のひとつやふたつ、とっくに叶えてやるっつーの!!」

 この場で思った事を全て吐き出せた……。
 高揚と興奮で肩が上下するほど呼吸が荒れる。

「なんだ、ちゃんとと自分出せるじゃん」
「え?」
「それで良いんだよそれで。私の言葉を論破するしないは置いといて、言い返せたじゃないか」
「は?」
「だから言ったろ? 弱いお前をしてやるって」
 
 呆れというか拍子抜けというか、空回った気持ちだ。
 しかも初対面の他人に対してだから、余計にこの気持ちが増した。

「あの、メチャクチャだったのにこういうので良いの?」
「勘違いすんなよ。言い返すことや、自分の思ってるこ とを口に出すのに、言葉の意味なんか二の次だ。
 大事なのは言葉を残すこと。
 人間それぞれに違いはあれど、中身知れなきゃただの皮袋。何のために言葉があるのか、もう一度よく考えてみな」

 得意げと言うより、当たり前のことを教えるかのような口調だ。
 本当にこの子は何者?

 月明かりが木々の隙間を通って、私達を照らす。
 同時に不明な彼女の顔を映し出すこととなった。
 その顔は、女の私でさえも一目でときめく。
 私に取っての美人は外国人のように鼻が高くて眉目が整ったという定義だったが、和顔ってこんなにも映えるものなのかと、疑わしくなったほどである。
 大和撫子ってまさにこの子を指す言葉なのではないかと思えるほどの整い具合であった。

 恐らく、両者のとも初めて見る顔である。

 そりゃあイメージと違ったとかあるかもしれないけど、いくらなんでもこの子、私を凝視し過ぎ。
 人を凝視するのは迷惑なんだなって学んだ。

 数秒後、再び彼女が話し始める。

「いいか、1つ私が教えてやる」
 そう言って後ろに結った髪を揺らし、人差し指を私に向ける。

「この世界はアンタみたいな凡人には興味がない。ここから消え去ったとして、世の中が哀悼や遺憾の思いに包まれると思うか?   
 恐らくアンタが消えたことすら大勢は認知してくれないよ。   
 つまりアンタはそんなもんなんだよ。関心すらない大多数の世界よりも、お前を案じてやまないちっぽけな世界に目を向けやがれ」

「…………」
 ちょっと規模が大きすぎやしないかとは思うし、
 相変わらず上から目線だけれどなんか理解できなくもない気がする。

「ちっぽけな世界?」
「それくらい自分で考えろよ」
と、彼女はニカッと太陽みたいな輝きで笑った。
 普通の笑みなのに、なんでこう、この世は不公平なのかね。
 でもそうだな。
「なんか自分がこうやって悩むことがくだらなく思えてきたよ」
 思ったことを口にする。
「ははは、そんなもんだよ」
 彼女は腰に手を当て高らかに笑った。
 彼女が笑うから私も思わずふふっと笑ってしまった。

 確かに私は独り善がりだったかもしれない。
 独りで抱え、独りで戦い、独りで亡くなろうとしてた。
 何も成してない私を誰が悲しむだろうか。
 家族、数少ない友人。
 私が誰かに内を吐き出すことが無かったから、私の中に拡がる世界。言い換えれば私の悩みは大きいと思っていた。

 思っていただけだった。

 他の人と繋がりをもってこそ拡がる世界。
 私はどうやら世界の捉え方を間違えてしまったのかもしれない。
 多分そういうことを言いたかったのだと思うな。
 
 ──でもそういえば、
「ところであなたは何者?」
「へっ……」
 
 私の問いに彼女は腰に手を当てたままだけどヒドく動揺していた。
 
「別に……誰でも……良いんじゃ、ない?」
「良いんじゃ、ない? じゃないよ」
 ──怪しい。
 もしかして本当に犯罪組織とかそういう類ですの?
 私、そんな危ない人に絆されてた……?
「ケータイ、持ってくれば良かった……」
「まって、通報は無しだって」
「じゃあ、名前を名乗りなさい名前を」
「それぐらいは良いわよ。私のここでの名は──」

 『──姫様ー! 戻っておいで下さいましー!』

 ふと甲高く、騒がしい声が閑静な闇夜を抜け、響き渡った。

「やべっ、もう嗅ぎつけてきたの?!」
「──は? なにこの声」

 私は声の発生源だと思われる、拝殿を覗こうとする。
 あ、そう言えば拝殿爆発したんだった。
 で、そこから声が聞こえる。

「……まさか集団犯罪だったとは」
「違う! 何にもないから、見ないで!」
「なんで邪魔すんのよ。ますます怪しいわあなた。ここで現場を目撃して、警察に証言してやる!」

「ん~、ゴメン! 勘弁して!」
 刹那、私の首元に強い電流が流れたような感覚がした。
「ッ……」
「記憶飛んじゃってまた死にたくなるかもしれないけど、今日は生 き延びれたって事にしといて!」
 
 視界が次第に狭くなる。
 倒れ込む私はお姫様抱っこの形に抱えられる。

「お詫びとして家まで送るし、その目元を隠さんばかりの前髪も良い感じに整えてあげるし……あなた可愛いんだから勿体ないわよ」
 テヘと舌を出す。

 テヘじゃねえよ。
 と、声を出したかったけど、勿論その声は出ず、遠のいていく意識の中で音を聞くことしかできなかった。

「姫──何を────────」
「うるさ──わた────ってでしょ──」

 そんな騒音を最後に耳にし、暗闇の中に私は飲まれた。

 まぶたの裏には、何故か私の通う高校の制服が焼き付いていた。
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