監査法人

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第一章 沈黙する数字

第一章 沈黙する数字

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第一章 沈黙する数字
(舞台:白鷺アシュアランス監査法人/主人公:神谷 凛)
東京・丸の内。
冬の朝の冷たい空気が、ガラス張りのビル群の間を鋭く流れていく。
その中心にそびえるのが、日本最大級の監査法人——
白鷺アシュアランス監査法人。
外資系の合理性と、日本企業の縦社会が奇妙に混ざり合う巨大組織だ。
34歳の公認会計士・神谷 凛(かみや りん)は、
まだ人の少ないフロアに静かに入ってきた。
肩までの黒髪をすっきりまとめ、
無駄のないスーツに身を包む。
表情は淡々としているが、目だけは鋭い。
彼女は“特別調査チーム”に所属している。
社内では、
「数字の癖を読む女」 
と呼ばれていた。
席につくと、Teamsの通知が点滅していた。
黒川雅臣(Partner)からの招集:
「至急、Teamsミーティングに参加してください」
黒川雅臣——
白鷺アシュアランスの中でも特に権力志向が強く、
“クライアント最優先”を掲げる派閥の中心人物。
凛のような“数字優先”の監査人とは、根本的に相容れない。
凛はヘッドセットをつけ、ミーティングに参加した。

◆Teamsミーティング
画面に映った黒川は、
白鷺アシュアランスのロゴ入りバーチャル背景を背負っていた。
どこにいるのかは分からない。
その“距離感”が、彼の冷徹さをより際立たせていた。
「来たか、神谷。
 新しい案件を任せる」
画面共有が始まり、
一つのファイル名が表示された。
『帝都エネルギー株式会社 監査計画案』
凛の目がわずかに細くなる。
日本のインフラを支える巨大企業。
政財界に太いパイプを持つ“特別な存在”。
黒川は淡々と続けた。
「この案件、扱いが難しい。
 クライアントは“問題なし”と言っている。
 だから、形式的な監査で十分だ」
凛は静かに返す。
「……つまり、深く見るなということですか」
黒川の表情がわずかに険しくなる。
「言い方が極端だな。
 必要以上の調査はするな、ということだ。
 帝都エネルギーは大口クライアントだ。
 刺激する必要はない」
凛は画面を見つめたまま言った。
「数字に不自然な点があれば、調べます」
黒川は深いため息をついた。
「神谷、お前は本当に融通が利かん。
 ……いいか?
 この案件で余計なことをすれば、
 お前のキャリアは簡単に折れるぞ」
凛は表情を変えずに答えた。
「必要なことをするだけです」
黒川の目が冷たく光った。
「……好きにしろ。
 ただし、責任は取らん」
ミーティングは一方的に終了した。

◆フロアに戻ると
凛がヘッドセットを外すと、
若手スタッフの三浦俊介が駆け寄ってきた。
「神谷さん、新しい案件ですか?」
「帝都エネルギーよ」
三浦の顔が一瞬で強張る。
「……あそこ、噂ありますよね。
 数字が“綺麗すぎる”って」
凛は淡々と答えた。
「綺麗すぎる数字ほど、歪みがあるものよ」
三浦は息を呑んだ。
「……本気でやるんですか?
 相手、巨大企業ですよ」
凛はパソコンを開きながら言った。
「数字が沈黙しているなら、
 その沈黙の理由を探すだけ」
三浦は不安げに凛を見つめた。
そのとき——
フロアの奥から、
ガラガラと台車を押す音が響いてきた。
「ちょっとアンタら! 朝から騒がしいよ!」
総務部の古株、
大河内タキ(68)が現れた。
口が悪く、短気で、すぐ八つ当たりする。
社内では“地雷婆さん”と呼ばれている。
大河内は凛の机を指さし、怒鳴った。
「また資料広げっぱなし!
 掃除の邪魔なんだよ、この小娘が!」
三浦が小声で言う。
「……始まった」
凛は淡々と片付けながら答えた。
「すみません。すぐ整理します」
「口だけは立派だねぇ!
 どうせまたクライアントに嫌われるようなことしてんだろ?
 アンタみたいなタイプ、昔から長続きしないんだよ!」
三浦が反論しようとしたが、
凛が手で制した。
大河内は鼻で笑い、
去り際にぽつりと呟いた。
「……帝都エネルギーの件、気をつけな。
 あそこは“昔から”ロクな噂がない」
凛はその言葉に、わずかに眉を動かした。
「噂、ですか」
「知らない方が身のためだよ。
 アンタ、真面目すぎて潰れるタイプだ」
そう言い残し、
大河内は台車を押して去っていった。
三浦が呆れたように言う。
「……相変わらずですね、あの人」
凛は資料を見つめながら答えた。
「いいえ。
 彼女は“何か知ってる”。
 あの言い方は、ただの八つ当たりじゃない」
三浦は息を呑んだ。
「まさか……内部の人間より詳しいってことですか?」
凛は静かに頷いた。
「総務は、全ての動きを見ている。
 あの人は“白鷺アシュアランスの裏側”を知っている」

第一章はここまで。
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