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第二章 忖度の壁

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 第二章 忖度の壁

帝都エネルギーのデータルームにアクセスすると、  
大量の資料が整然と並んでいた。

だが凛は、すぐには“異常”を見つけられなかった。

——綺麗すぎる、ではない。  
——むしろ、綺麗に“乱されている”。

凛は売上データではなく、  
**固定資産の減価償却明細**に目を向けた。

「三浦、この設備、耐用年数いくつ?」

「えっと……法定は15年ですね」

「でも、帝都エネルギーは“20年”で計上してる」

三浦は首をかしげた。

「延長理由は……“技術的検討の結果、長期使用が可能と判断”って書いてありますね」

「その“技術的検討”の資料は?」

「……ありません」

凛は静かに息を吸った。

「減価償却期間を延ばせば、  
 毎年の費用が減る。  
 つまり——利益が増える」

三浦は目を見開いた。

「でも、これだけじゃ不正とは……」

「もちろん。  
 だからこそ厄介なのよ」

凛は次に、**関連会社取引**の資料を開いた。

「ここ。  
 帝都エネルギーの子会社“帝都ソリューションズ”との取引」

「年間契約額……大きいですね」

「問題はそこじゃない。  
 この子会社、3年前までは“別会社”だった」

三浦は画面を凝視した。

「……買収したんですか?」

「そう。でも買収前から、  
 帝都エネルギーの売上の“8割”を占めていた」

三浦は息を呑んだ。

「……それって、実質的に“自社売上の付け替え”じゃ……」

「そう。  
 買収前から実質支配していた可能性がある。  
 本来なら連結対象だったかもしれない」

三浦は震える声で言った。

「連結してたら……売上も利益も、全然違う数字になりますよね」

「ええ。  
 “綺麗な数字”に見えるのは、  
 綺麗に“調整されている”から」

その瞬間、Teamsの通知が鳴った。

> **黒川雅臣(Partner)  
> 『神谷、進捗を報告しろ』**

凛は通話に参加した。


「神谷。  
 帝都エネルギーの監査、順調か?」

凛は淡々と答えた。

「固定資産の耐用年数延長と、  
 買収前の関連会社取引に不自然な点が——」

黒川の表情が一瞬で固まった。

「神谷。  
 “そこには触れるな”と言ったはずだ」

「しかし、数字が——」

「数字は後から説明できる。  
 クライアントの意向は変えられん」

凛は静かに言った。

「監査人は、意向ではなく、  
 事実を見るべきです」

黒川は低い声で言った。

「……神谷。  
 帝都エネルギーは白鷺アシュアランスの“特別な”クライアントだ。  
 深入りするな」

通話は一方的に切れた。

---

◆総務・大河内タキの“本気の忠告”

給湯室でお茶を淹れていると、  
背後から声がした。

「……アンタ、あの件、どこまで見た?」

凛は振り返った。

「固定資産と関連会社取引を」

タキは目を細めた。

「そこは“触れちゃいけない場所”だよ。  
 昔、そこを突いたチームがいてね……  
 全員、別部署に飛ばされた」

「理由は?」

「“協調性に欠ける”だとさ。  
 笑っちゃうだろ?」

凛は静かに言った。

「……ありがとうございます。  
 参考にします」

タキは凛をじっと見つめた。

「アンタ、真面目すぎるんだよ。  
 だから心配なんだ。  
 気をつけな」

---

◆凛の決意

席に戻ると、三浦が言った。

「神谷さん……  
 本当にやるんですか?」

凛は画面を見つめたまま答えた。

「ええ。  
 数字が沈黙しているなら、  
 その沈黙の理由を探す」

「でも、黒川パートナーが……」

「関係ないわ。  
 監査人は数字を見る。  
 それだけよ」

凛の声は静かだったが、  
その奥には揺るぎない強さがあった。

——帝都エネルギーの“巧妙すぎる数字”。  
——白鷺アシュアランスの“忖度の壁”。

凛は、その両方に踏み込んだ。

そして、その一歩が  
彼女のキャリアを大きく揺るがすことになるとは、  
まだ誰も知らなかった。

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