《五鳳繚乱~運命の紅い痣~》

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第十二章:錨なき航海者

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第十二章:錨なき航海者
光の海の中、蘇玲瓏はゆっくりと意識を取り戻した。まぶたを開けると、そこは——

「……病院?」

真っ白な天井。消毒液の匂い。点滴のチューブが腕に繋がれている。

「あの砂浜は……夢……?」

しかし、手のひらを握りしめると、冷たい金属の感触があった。青い短剣のペンダントが、確かにそこにある。

「……違う」

蘇玲瓏はベッドから起き上がろうとした瞬間、ドアが開いた。

「あら、目が覚めたのね」

そこに立っていたのは、看護師の格好をした女性だった。だが、その胸元には——赫連家の紋章が刻まれた名札が光っている。

(……まだ、彼らの支配下にいる?)

蘇玲瓏は静かにペンダントを握りしめた。

看護師はにっこりと笑い、点滴のボトルをチェックする。

「よく頑張りました。『7号』さん」

「……私は、もう実験体ではない」

蘇玲瓏の声は冷たく、確信に満ちていた。

看護師の笑みが一瞬崩れる。

「……え?」

「私は、『蘇玲瓏』だ」

その瞬間、ペンダントが微かに青く光った。

——そして、世界が歪んだ。

看護師の動きが急に遅くなり、時計の針が逆回転を始める。窓の外を飛んでいた鳥が後退し、雲が逆流する。

(……時間が、巻き戻っている……?)

蘇玲瓏の視界がぐらりと傾く。

「……っ!」

次の瞬間、彼女はまったく別の場所に立っていた。

——戦場の真ん中。

轟音とともに爆風が吹き抜け、土煙が舞い上がる。周囲では鎧をまとった兵士たちが刀を交え、血しぶきが弧を描く。

「……これは……裴雲昭が将軍だった時代……?」

混乱する蘇玲瓏の眼前で、一人の武将が敵兵を斬り伏せる。

「退け! この道を通す!」

(あの声は……!)

蘇玲瓏は息を飲んだ。

若き日の裴雲昭が、わずか数十騎を率いて敵陣に突撃しようとしている。

(……あれは、『落陽の戦い』……彼が初めて赫連軍と対峙したとき……)

なぜか、その記憶が蘇玲瓏の脳裏に浮かぶ。

(……私は、まだこの時代にいなかったはずなのに……)

ふと、ペンダントが熱を持った。

「……あっ」

気づくと、彼女の体が再び光に包まれていた。

「待って——!」

叫び声も虚しく、蘇玲瓏の体は戦場から霧のように消えていった。

——次の瞬間。

「……玲瓏?」

聞き覚えのある声に目を開けると、そこは現代の研究室だった。

白衣を着た裴雲が、驚いたようにこちらを見ている。

「……今、どこかに『飛んだ』のか?」

蘇玲瓏は黙ってうなずく。

裴雲は深くため息をつき、コーヒーカップを置いた。

「……時間跳躍の頻度が上がっているな」

「私の体は……どうなっているの?」

「物理的にはここにいる。だが、『意識』が時空を彷徨っている」

裴雲がモニターを指さす。脳波計の画面には、通常ではありえない乱れが表示されている。

「このままだと、意識が完全に時間の海に散ってしまう」

蘇玲瓏はペンダントを握りしめた。

「……止める方法は?」

裴雲はしばらく黙考し、静かに告げた。

「一つだけある」

「教えて」

「『最初に戻る』ことだ」

蘇玲瓏の眉が動く。

「……『最初』?」

裴雲の目が真剣になる。

「お前が『蘇玲瓏』として目覚めた瞬間——
赫連翊の研究所で、お前を氷の棺から引き出したあの日に」

蘇玲瓏の背筋が凍りつく。

(……あの日……)

記憶の奥底で、氷の棺のふたが開く音が響いた。
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