されど二人の距離は空席一つ

永本雅

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プロローグ

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  蝉の声が耳に痛い。
  私は額の汗を首にかけたタオルで拭う。
  九回表、二点を追いかける展開。スリーボールツーストライクワンアウト。スタジアムの三塁側ベンチには期待と諦めの混じった感情が立ち込めていた。
 ーー勝ってくれ
 みんながそう願う中、私は一人違うことを考えていた。
 全国高校野球選手権に参加した高校球児は負けると「夏が終わる」と言う。ならば、この試合に野球部が負けることで私と彼女の夏も終わってしまうだろう。
約束をするわけでもなくただ、試合があるとその球場で会って試合を見る。それだけだった。それが私と彼女との距離だった。
それが幸せだった。
相手高校のピッチャーが振りかぶって球をキャッチャーのミットに向けて投げる。
金属バットにボールが当たった音がスタジアムに響き白球は夏の青空に消えていった。
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