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39話 青い月は僕らを照らす
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ああ、今日もひどい目にあった。
自宅に帰って、ほっと一息つきながらそう思った。
同じクラスのやつらに追い掛け回される昼休み。結局、捕まって縛り上げられて、屈強な男達に教室まで運び込まれた。デスボックスとかいう罰ゲームの書かれた紙の箱を顔面に突き付けられ、引かされる。当たったのは、これまた、ひどい罰ゲームだった。
『生徒会長の靴下の匂いを嗅ぐ』
だれが考えて、何のために俺は真夜姉の靴下の匂いをかがなければいけないのか。
昼休み中に、しぶしぶ真夜姉を教室に呼び出して、事情を説明する。幸いにも女装の件で事情は知っていたので、話はすんなり通って了承をもらえた。
「その代わり、あとでお豆さんコリコリしてもらっていいですか? できれば、味わってもらえると助かります。恥ずかしいですけれど、具合、おしえてくださいね」
俺はそれに了解した。「交渉成立ですね」という真夜姉が靴を脱ぎ、机に座り、俺に足を差し出した。
あーーー、もうっ。
いま思い出しても、真夜姉の存在感がエロいせいで色々と悶々とする出来事だった。
「罰ゲームのはずが、ご褒美にしかなってない」
クラスメイトから、そう非難を受けたが、ホストが黙らせていた。
「時雨ちゃんは、俺たちと暮らす世界がちがうんだ。ラブコメの世界の住人だから」
そうやって暴動が起こりかけるクラスをまとめていた。
その後、真夜姉のコーヒー豆の買い出しに付き合い、コーヒーミルでいっしょに豆を挽いて、ブレンドコーヒーを飲んでから帰宅した。苦くて大人の味だった。
そのせいで、帰宅したのが遅い時間になってしまった。
花恋は最近忙しいみたいで、帰ってくる時間がおそくなっている。今日も、まだ帰って来ていない。
携帯が鳴った。
「わたしの部屋に来て。いますぐ、大至急」
玄関が開いた音を聞いた美月が、俺に連絡を飛ばしてきた。なんのことだと思いながら、とりあえず2階にあがる。
よびだされたので、ノックもせずに美月の部屋の扉をあけた。
「なあッ?」
口から変な声がでた。
罠だった。そう気が付いたけれど、俺はその罠を全力で踏み抜いた。
「へー、へー? ノックもなしに美月の部屋に出入りするんだ」
「きゃあーーっ。ちょっと、しぐれっ」
下着姿の美月と雪姫が俺を睨んでいた。
雪姫は大人な黒い下着姿のまま立っていて、睨んでくる。美月はメジャーで雪姫の体を測っているようだった。そして、美月自身も白い上品な下着姿で、胸を強調するように寄せて持ちあげている。確信犯だろ、それ。なんて言動と動作が一致しないやつだ。
なによりも、制服を脱いだ同級生の姿が刺激的過ぎて。
じっと見とれていた俺に、罪悪感が湧いてくる。
「ごめんっ」
俺は急いで扉を閉めて、廊下で座り込む。手に変な汗をかいていた。
閉めたはずなのに、なぜか後ろの扉が開く。
「んーと、んーと。雑音、べつに気にしなくて良いよ。あたしも、美月も見られるの好きなほうだから。見たいなら後ろ振り向けば見せるけど?」
「偶然見るのはできるけど、自分から見に行くのは無理だ」
「ふーん、ふーん。けど、見たいんだ? へえー。そうだ、雑音。おまえに言っておこうと思ってたことがあるんだよ。いま、言ってもいいか?」
「俺の理性が崩壊しないうちに言ってくれ」
俺のすぐ後ろで雪姫が話す。声が近くから聞こえてくるから、きっとしゃがんでるんだと思う。
「うん、うん。あのさ、お前がたまに見てるピアノ、マイチューブのかなでチャンネルあるだろ。あれ、配信してるの、あたしなんだ」
ん? いま、なんて?
俺がよく見てるピアノの配信者が雪姫?
あの、手が綺麗で、跳ねるような音色で、聞いてるだけで楽しくなるピアノを弾いてるのが雪姫だって?
「うん、うん。あれ、あたし。ひとりでピアノ弾いてるのに飽きちゃって、ああいうことやってて。いやー、ははっ、ひとりで寂しかったんだろうけれど。まあ、見つけてくれて、うれしかった、よ」
「うそだろっ。雪姫、手見せて」
「どうぞ、どうぞ」
俺は雪姫の手を取る。しなやかで細長い指と、意外に大きな手。俺が好きで見てた手って、この手だったのか。通りで雪姫に既視感をおぼえたわけだ。
だけど、やっぱりパソコンの画面で見ているほうがきれいに見える。
けれど、画面越しで見ているしかなかった手に、俺は、触れているんだ。
「なあ、なあ。あたし……下着しかつけてないんだけど、おまえが見るのは手、なんだな。なんだか、それって、すごい、変態っぽいよ」
手を見るのに集中しすぎて忘れていた。雪姫は体を隠すようにしゃがんでいる。膝と肩がくっつくぐらい体を小さくして、顔を横にそむけていた。頬に赤みがさして、黒と白とほんのりピンクというとても綺麗な色使いをした姿だった。
「その姿やばいって。なんか感動してる。そうか、ネットでずっと見てた手って、この手なんだ。うん、やっぱり。綺麗だな、雪姫」
雪姫の手を取りながら、俺はそういった。
雪姫は顔を真っ赤にして、はじめて見る顔で驚いて、両手を俺に差し出したまま膝の上に顎をつけ、左を向いてギュっと目を閉じていた。
「時雨、時雨。そのストレートな言い方と、心の底から言ってる言葉、さすがに、さすがに、あたしでも、はずかしいよ。見ないでぇっ」
雪姫は小さな声で、手を震わせながら言った。
その姿があまりに可愛いと思った。俺は凝視した。
「雪姫ってよくみると……」
思わず、頭で考えていることが口から出てしまうぐらい見入っていた。
雪姫ってよくみると、体が細いわりにしっかり胸があったりして、なんというか、うん。
「雑音、雑音っ。目がヤバイって。わー、わー」
「はぁい、しぐれ。ブラックアウトーッ」
俺が見たのは美月の白い下着と飛んでくる足の裏だった。それを最後に視界が暗転した。
廊下に倒れて、バンッと扉が閉められる。思考がトリップしているうちに、蹴りだされたみたいだ。
美月の部屋から雪姫と美月の大きな笑い声が響いてくる。
「やばい、やばい。あいつ思ってたより、やばいよ。ぜんぜん、手を放してくれないんだ」
「ちょっとだけ知ってたけど、とんでもないわね。うふふふっ」
携帯が振動する。
「わたしたち、見られるの嫌いじゃないから、時雨が入って来たらおもしろいのにって話してたから呼んだけど、思ったより気持ち悪かったわよ」
なんて辛辣なメッセージだよ。
「お前らの下着姿が芸術的に美しいのが悪い」
「ほめ言葉として受け取っておくわ、変態」
そんなやりとりを廊下で転がったまましていた。俺は笑い声の聞こえてくる部屋の扉の前で、大の字で倒れながらドキドキしていた。
いまのメッセージの送り主の名前はブルームーン。俺との関係はネットの友達だった。ゲームで知り合い、いろんなゲームをしてきた友達。なんとなく戦友のような付き合いになったやつだ。そいつが、扉一枚向こうにいる。
マイチューブっていう動画サイトで配信しているピアノの動画配信者。かなでチャンネルのピアノ配信者は、雪姫だって知った。あの綺麗なピアノと踊るような楽しい音が、雪姫のネットでの姿なんだと思う。
出会ったのは、本当にただの偶然だけど。
ネットの知り合いが、リアルでも友達付き合いをしてくれるなんて、とても素敵なことだと思う。
それが偶然とかいう縁で出会って、本当に奇妙な関係をつくってくれた。
美月と俺は、ゲームのパートナー。思ったことをそのまま言い合う関係。
雪姫と俺は、ピアノの演奏者とその聴取者。一緒にいて居心地の良い関係。
ネットっていう顔と名前が見えないフィルターを通したほうが、自己表現しやすいこともあるんだなあ。
俺が廊下で転がっていると、遠慮なく美月の部屋の扉が開いた。扉が俺にぶつかってくる。
「ふぐウッ」
「へ? きゃーっ。ごめん、ごめんね。しぐれ。痛かったでしょう。ごめん~。でも、なんでここで寝たままなのよ」
扉の隙間から美月が出てきて、転がる俺の横腹をさすってくれる。わりと痛かった。
「はは、ははっ。なに転がってるんだ雑音。パンチラ待ちか? さっき下着姿見せたろう」
「雪姫、お前は全然わかってない。恥じらいが足りないんだよ」
「いまさらだね。あたし、モデルやってたとき水着の撮影までしたんだよー。服までならいいけど水着はイヤだったんだ。仕事だからってやらされたから、仕事やめたけれど」
「マジか。なあ、その水着の写真。超見たい」
「うん、うん。雑音は正直だなー。よし、よし。いいぞ。今度、持ってきてやる。もっと知ってほしいんだ。あたしのこと」
「はいはい、しぐれ。さっさとたっちしましょうねー」
なぜか美月が横腹を叩いてくる。死体撃ちだ。悪質なプレイだ。
俺は煽りに負けて立ち上がった。
「コンビニまで甘いもの買いに行くけど、いく?」
「行く。ポテチとコーラ買いたい。今晩、撮りためた深夜アニメ見るんだ」
「おー、おー。前言ってたやつか。なぁなぁ、あたしもアニメみたいんだ。付き合っていいか?」
「いいぞ。遅くなったら、泊まってくか?」
花恋と寝れば、俺か花恋のベッドあくし。
「うん、うん。いいの?」
俺は何か問題があるのか? と首をかしげてから頷く。
「雪姫と花恋ちゃんとパジャマパーティーね」
「俺も、パジャマパーティー入れてくれ」
「ははっ、雑音。男子禁制だから」
「女装して潜入するわ」
俺がそういうと、美月が噴き出して、雪姫も「そうだった。雑音は美少女になりたいんだった」とはっとしたように言う。
「じゃあ、みんなでパジャマパーティーね」
「うーん、うーん。仕方ないなあ」
「えっ、まじで? いいの? やった」
俺たちは、3人そろってコンビニへいくために外へ出た。
外には夜が広がっていて、月明かりと道の街灯だけが道路を照らす。
家に鍵をかけて、振り向くと美月と雪姫がこちらを見ながら待っててくれた。
はやく行くぞ、と唇を尖らせてみせる雪姫。
まだー? と、にこにこしながら体を揺らして待つ美月。
ふと空をみあげると、月が出ている。大きな月と目が合った気がした。
「月が綺麗だな」
髪を耳にかけながら、雪姫が言う。
「月がきれいね」
月を見上げてから、俺に視線を戻した美月が、意味ありげに言ってくる。
異なるふたりの口から、同じ言葉が出た。
この瞬間が、なんとなくずっと記憶に残るような気がして。
衝動のままに、駆け出さずにいられなかった。
出会うべくして出会った、美月の手を取る。
「ふふっ」
わかってるわよ。優しい雰囲気に包まれた。
ブルームーンだと間違って、仲良くなった雪姫の手を取る。俺のよく知っている手だった。
「おっと」
しょうがないな。同じ方向を向いて、一緒に駆け出した。
「いまなら死んでもいいわ」
空に浮かんだ青く輝く月に向かって、俺は告白した。
自宅に帰って、ほっと一息つきながらそう思った。
同じクラスのやつらに追い掛け回される昼休み。結局、捕まって縛り上げられて、屈強な男達に教室まで運び込まれた。デスボックスとかいう罰ゲームの書かれた紙の箱を顔面に突き付けられ、引かされる。当たったのは、これまた、ひどい罰ゲームだった。
『生徒会長の靴下の匂いを嗅ぐ』
だれが考えて、何のために俺は真夜姉の靴下の匂いをかがなければいけないのか。
昼休み中に、しぶしぶ真夜姉を教室に呼び出して、事情を説明する。幸いにも女装の件で事情は知っていたので、話はすんなり通って了承をもらえた。
「その代わり、あとでお豆さんコリコリしてもらっていいですか? できれば、味わってもらえると助かります。恥ずかしいですけれど、具合、おしえてくださいね」
俺はそれに了解した。「交渉成立ですね」という真夜姉が靴を脱ぎ、机に座り、俺に足を差し出した。
あーーー、もうっ。
いま思い出しても、真夜姉の存在感がエロいせいで色々と悶々とする出来事だった。
「罰ゲームのはずが、ご褒美にしかなってない」
クラスメイトから、そう非難を受けたが、ホストが黙らせていた。
「時雨ちゃんは、俺たちと暮らす世界がちがうんだ。ラブコメの世界の住人だから」
そうやって暴動が起こりかけるクラスをまとめていた。
その後、真夜姉のコーヒー豆の買い出しに付き合い、コーヒーミルでいっしょに豆を挽いて、ブレンドコーヒーを飲んでから帰宅した。苦くて大人の味だった。
そのせいで、帰宅したのが遅い時間になってしまった。
花恋は最近忙しいみたいで、帰ってくる時間がおそくなっている。今日も、まだ帰って来ていない。
携帯が鳴った。
「わたしの部屋に来て。いますぐ、大至急」
玄関が開いた音を聞いた美月が、俺に連絡を飛ばしてきた。なんのことだと思いながら、とりあえず2階にあがる。
よびだされたので、ノックもせずに美月の部屋の扉をあけた。
「なあッ?」
口から変な声がでた。
罠だった。そう気が付いたけれど、俺はその罠を全力で踏み抜いた。
「へー、へー? ノックもなしに美月の部屋に出入りするんだ」
「きゃあーーっ。ちょっと、しぐれっ」
下着姿の美月と雪姫が俺を睨んでいた。
雪姫は大人な黒い下着姿のまま立っていて、睨んでくる。美月はメジャーで雪姫の体を測っているようだった。そして、美月自身も白い上品な下着姿で、胸を強調するように寄せて持ちあげている。確信犯だろ、それ。なんて言動と動作が一致しないやつだ。
なによりも、制服を脱いだ同級生の姿が刺激的過ぎて。
じっと見とれていた俺に、罪悪感が湧いてくる。
「ごめんっ」
俺は急いで扉を閉めて、廊下で座り込む。手に変な汗をかいていた。
閉めたはずなのに、なぜか後ろの扉が開く。
「んーと、んーと。雑音、べつに気にしなくて良いよ。あたしも、美月も見られるの好きなほうだから。見たいなら後ろ振り向けば見せるけど?」
「偶然見るのはできるけど、自分から見に行くのは無理だ」
「ふーん、ふーん。けど、見たいんだ? へえー。そうだ、雑音。おまえに言っておこうと思ってたことがあるんだよ。いま、言ってもいいか?」
「俺の理性が崩壊しないうちに言ってくれ」
俺のすぐ後ろで雪姫が話す。声が近くから聞こえてくるから、きっとしゃがんでるんだと思う。
「うん、うん。あのさ、お前がたまに見てるピアノ、マイチューブのかなでチャンネルあるだろ。あれ、配信してるの、あたしなんだ」
ん? いま、なんて?
俺がよく見てるピアノの配信者が雪姫?
あの、手が綺麗で、跳ねるような音色で、聞いてるだけで楽しくなるピアノを弾いてるのが雪姫だって?
「うん、うん。あれ、あたし。ひとりでピアノ弾いてるのに飽きちゃって、ああいうことやってて。いやー、ははっ、ひとりで寂しかったんだろうけれど。まあ、見つけてくれて、うれしかった、よ」
「うそだろっ。雪姫、手見せて」
「どうぞ、どうぞ」
俺は雪姫の手を取る。しなやかで細長い指と、意外に大きな手。俺が好きで見てた手って、この手だったのか。通りで雪姫に既視感をおぼえたわけだ。
だけど、やっぱりパソコンの画面で見ているほうがきれいに見える。
けれど、画面越しで見ているしかなかった手に、俺は、触れているんだ。
「なあ、なあ。あたし……下着しかつけてないんだけど、おまえが見るのは手、なんだな。なんだか、それって、すごい、変態っぽいよ」
手を見るのに集中しすぎて忘れていた。雪姫は体を隠すようにしゃがんでいる。膝と肩がくっつくぐらい体を小さくして、顔を横にそむけていた。頬に赤みがさして、黒と白とほんのりピンクというとても綺麗な色使いをした姿だった。
「その姿やばいって。なんか感動してる。そうか、ネットでずっと見てた手って、この手なんだ。うん、やっぱり。綺麗だな、雪姫」
雪姫の手を取りながら、俺はそういった。
雪姫は顔を真っ赤にして、はじめて見る顔で驚いて、両手を俺に差し出したまま膝の上に顎をつけ、左を向いてギュっと目を閉じていた。
「時雨、時雨。そのストレートな言い方と、心の底から言ってる言葉、さすがに、さすがに、あたしでも、はずかしいよ。見ないでぇっ」
雪姫は小さな声で、手を震わせながら言った。
その姿があまりに可愛いと思った。俺は凝視した。
「雪姫ってよくみると……」
思わず、頭で考えていることが口から出てしまうぐらい見入っていた。
雪姫ってよくみると、体が細いわりにしっかり胸があったりして、なんというか、うん。
「雑音、雑音っ。目がヤバイって。わー、わー」
「はぁい、しぐれ。ブラックアウトーッ」
俺が見たのは美月の白い下着と飛んでくる足の裏だった。それを最後に視界が暗転した。
廊下に倒れて、バンッと扉が閉められる。思考がトリップしているうちに、蹴りだされたみたいだ。
美月の部屋から雪姫と美月の大きな笑い声が響いてくる。
「やばい、やばい。あいつ思ってたより、やばいよ。ぜんぜん、手を放してくれないんだ」
「ちょっとだけ知ってたけど、とんでもないわね。うふふふっ」
携帯が振動する。
「わたしたち、見られるの嫌いじゃないから、時雨が入って来たらおもしろいのにって話してたから呼んだけど、思ったより気持ち悪かったわよ」
なんて辛辣なメッセージだよ。
「お前らの下着姿が芸術的に美しいのが悪い」
「ほめ言葉として受け取っておくわ、変態」
そんなやりとりを廊下で転がったまましていた。俺は笑い声の聞こえてくる部屋の扉の前で、大の字で倒れながらドキドキしていた。
いまのメッセージの送り主の名前はブルームーン。俺との関係はネットの友達だった。ゲームで知り合い、いろんなゲームをしてきた友達。なんとなく戦友のような付き合いになったやつだ。そいつが、扉一枚向こうにいる。
マイチューブっていう動画サイトで配信しているピアノの動画配信者。かなでチャンネルのピアノ配信者は、雪姫だって知った。あの綺麗なピアノと踊るような楽しい音が、雪姫のネットでの姿なんだと思う。
出会ったのは、本当にただの偶然だけど。
ネットの知り合いが、リアルでも友達付き合いをしてくれるなんて、とても素敵なことだと思う。
それが偶然とかいう縁で出会って、本当に奇妙な関係をつくってくれた。
美月と俺は、ゲームのパートナー。思ったことをそのまま言い合う関係。
雪姫と俺は、ピアノの演奏者とその聴取者。一緒にいて居心地の良い関係。
ネットっていう顔と名前が見えないフィルターを通したほうが、自己表現しやすいこともあるんだなあ。
俺が廊下で転がっていると、遠慮なく美月の部屋の扉が開いた。扉が俺にぶつかってくる。
「ふぐウッ」
「へ? きゃーっ。ごめん、ごめんね。しぐれ。痛かったでしょう。ごめん~。でも、なんでここで寝たままなのよ」
扉の隙間から美月が出てきて、転がる俺の横腹をさすってくれる。わりと痛かった。
「はは、ははっ。なに転がってるんだ雑音。パンチラ待ちか? さっき下着姿見せたろう」
「雪姫、お前は全然わかってない。恥じらいが足りないんだよ」
「いまさらだね。あたし、モデルやってたとき水着の撮影までしたんだよー。服までならいいけど水着はイヤだったんだ。仕事だからってやらされたから、仕事やめたけれど」
「マジか。なあ、その水着の写真。超見たい」
「うん、うん。雑音は正直だなー。よし、よし。いいぞ。今度、持ってきてやる。もっと知ってほしいんだ。あたしのこと」
「はいはい、しぐれ。さっさとたっちしましょうねー」
なぜか美月が横腹を叩いてくる。死体撃ちだ。悪質なプレイだ。
俺は煽りに負けて立ち上がった。
「コンビニまで甘いもの買いに行くけど、いく?」
「行く。ポテチとコーラ買いたい。今晩、撮りためた深夜アニメ見るんだ」
「おー、おー。前言ってたやつか。なぁなぁ、あたしもアニメみたいんだ。付き合っていいか?」
「いいぞ。遅くなったら、泊まってくか?」
花恋と寝れば、俺か花恋のベッドあくし。
「うん、うん。いいの?」
俺は何か問題があるのか? と首をかしげてから頷く。
「雪姫と花恋ちゃんとパジャマパーティーね」
「俺も、パジャマパーティー入れてくれ」
「ははっ、雑音。男子禁制だから」
「女装して潜入するわ」
俺がそういうと、美月が噴き出して、雪姫も「そうだった。雑音は美少女になりたいんだった」とはっとしたように言う。
「じゃあ、みんなでパジャマパーティーね」
「うーん、うーん。仕方ないなあ」
「えっ、まじで? いいの? やった」
俺たちは、3人そろってコンビニへいくために外へ出た。
外には夜が広がっていて、月明かりと道の街灯だけが道路を照らす。
家に鍵をかけて、振り向くと美月と雪姫がこちらを見ながら待っててくれた。
はやく行くぞ、と唇を尖らせてみせる雪姫。
まだー? と、にこにこしながら体を揺らして待つ美月。
ふと空をみあげると、月が出ている。大きな月と目が合った気がした。
「月が綺麗だな」
髪を耳にかけながら、雪姫が言う。
「月がきれいね」
月を見上げてから、俺に視線を戻した美月が、意味ありげに言ってくる。
異なるふたりの口から、同じ言葉が出た。
この瞬間が、なんとなくずっと記憶に残るような気がして。
衝動のままに、駆け出さずにいられなかった。
出会うべくして出会った、美月の手を取る。
「ふふっ」
わかってるわよ。優しい雰囲気に包まれた。
ブルームーンだと間違って、仲良くなった雪姫の手を取る。俺のよく知っている手だった。
「おっと」
しょうがないな。同じ方向を向いて、一緒に駆け出した。
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空に浮かんだ青く輝く月に向かって、俺は告白した。
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