170 / 370
母は強し
しおりを挟む
水に対する盛り上がりが冷めやらぬ水路へと戻り、その端のほうで私たちはコソコソと話し合っている。
「オヒシバ、シャガ、お父様がごめんなさいね。本当に体は大丈夫?」
二人は今一度自分の体の確認をするが、強いていうならタンコブが出来ているくらいだと言う。岩の多いこの土地でその岩にぶつからなかったのは良かったが、どうやら二人はお互いの頭をぶつけたようである。
「それにしてもモクレン様の落ち込みようと言ったら……」
じいやの言葉に私たちは自然と水路を見るが、その時にふとスイレンと目が合った。人混みの中からスイレンはこちらに向かって来る。
「どうしたの? みんな真面目な顔をして?」
私たちの輪に入ったスイレンはキョトンとした顔でそう訊ねる。なので今までの出来事を話すとかなり驚いていた。
「そっか……お父様、オアシスを楽しみにしてたからね。僕もね、最初に水路を見た時はこんなはずじゃなかったって悔しかったんだ。けどね喜ぶ民の顔を見たら、まぁいいかって思えたんだけど……お父様はそう思えなかったんだね」
やはりスイレンはスイレンなりに悔しい思いをしていたようだ。けれどある意味お父様よりも大人な考えの出来るスイレンは途中で気持ちの切り替えが出来たようなのである。そんなスイレンは水路を見て呟く。
「さっきよりも時間が経ったから少し水が流れ始めているね。だけどオアシスを満たすには……どれくらい時間がかかるのか検討もつかないや」
「そうなのよねぇ……」
水路の底は湿り、僅かに水溜まりの出来ている箇所もあるがオアシスまではまだまだ遠い。それを見て私たちはしゃがみ込み同時に溜め息を吐く。そしてようやく落ち着いたばかりの、あの面倒くさい夫婦喧嘩が再燃したらどうしようかという話題に変わっていく。あまり他の者に聞こえないよう小声ではあるが夢中になって話していると横から声をかけられる。
「カレン、スイレン」
ふと横を見れば、今の今まで話題の中心だったお母様がシュンと項垂れるお父様の手を引っ張って来ていたようだ。どうやら話は聞かれてはいなかったようだ。焦りつつもホッと胸を撫で下ろしているとお母様はニコニコとしながら言葉を発する。
「みんなもこっちに来て」
お母様は私たちをそう誘導するが、その笑顔は本心なのかまた怒っているのかが判断出来ず、私たちは言われた通り金魚の糞のようにお母様の後に続く。じいややオヒシバ、シャガにも素早くアイコンタクトを取るが、お母様の笑顔がどの心理状態を表しているのか分からないようで皆不安げな表情で小さく小首を傾げる。
「みんなー! 聞いてちょうだい!」
一番人の集まる場所に着いたお母様は普通にニコニコとしたまま大きな声を張り上げる。皆は何事かと静まり返りお母様に注目する。
「モクレンったらね……」
そう話し始めたお母様は王妃という感じではなく、項垂れたままのお父様も国王の権威は見当たらない。その様子はあくまでも『森の民』の、ただのレンゲとモクレンとして話している。
「知らない者もいるでしょうけど、モクレンはみんなの為の憩いの場を作っていたの。本当ならこの水路は川のように流れるはずだったのですって。その水がその憩いの場を満たすのを見るのが楽しみだったようで……落ち込んでいるらしいのよ」
お母様は実にあっけらかんとそう言うと、民たちは大笑いを始めた。ヒイラギやタデは涙ぐみながら笑い「そんなことを気にしていたのか!」とお父様は民たちに野次を飛ばされている。
「カレンが考えてくれて、スイレンが計算をしてくれて、みんなが頑張ったおかげで水が流れたことを喜べば良いのに、本当にモクレンったら器の小さい男よね」
器が小さいと言われたお父様は顔を上げてショックを隠しきれない表情をしている。
「足りないのなら増やせば良いのに。こんなに簡単なことも分からないなんてモクレンったらまだまだね。明日からまた石管を作って作業をすれば良いじゃない。モクレンのその力と体力があればなんだって出来るでしょう? ひとまず今日は水を得ることが出来た宴をしましょう。たくさんの料理を作りましょう」
お母様はそう言って全てをまとめてしまった。そうだ。時間も材料もたくさんあるのだ。一度作ったノウハウもあるので作業は早く進むことだろう。明日からまた頑張れば良いのだ。お母様に「なんだって出来る」と言われたお父様もすっかり元気が戻り、いつものお父様となりやる気に満ち溢れている。お母様の演説のおかげで宴モードになった民たちは歓喜の声を上げながら民族大移動の如くぞろぞろと広場に戻っていく。
その場にはさっきまで深刻に話し合っていた私たちだけが取り残された。そしてオヒシバとシャガがお父様に投げ飛ばされた理不尽さもまたこの場に取り残され、私たちは何とも言えない表情で肩をポンポンと叩いて励ますことしか出来なかった。
「オヒシバ、シャガ、お父様がごめんなさいね。本当に体は大丈夫?」
二人は今一度自分の体の確認をするが、強いていうならタンコブが出来ているくらいだと言う。岩の多いこの土地でその岩にぶつからなかったのは良かったが、どうやら二人はお互いの頭をぶつけたようである。
「それにしてもモクレン様の落ち込みようと言ったら……」
じいやの言葉に私たちは自然と水路を見るが、その時にふとスイレンと目が合った。人混みの中からスイレンはこちらに向かって来る。
「どうしたの? みんな真面目な顔をして?」
私たちの輪に入ったスイレンはキョトンとした顔でそう訊ねる。なので今までの出来事を話すとかなり驚いていた。
「そっか……お父様、オアシスを楽しみにしてたからね。僕もね、最初に水路を見た時はこんなはずじゃなかったって悔しかったんだ。けどね喜ぶ民の顔を見たら、まぁいいかって思えたんだけど……お父様はそう思えなかったんだね」
やはりスイレンはスイレンなりに悔しい思いをしていたようだ。けれどある意味お父様よりも大人な考えの出来るスイレンは途中で気持ちの切り替えが出来たようなのである。そんなスイレンは水路を見て呟く。
「さっきよりも時間が経ったから少し水が流れ始めているね。だけどオアシスを満たすには……どれくらい時間がかかるのか検討もつかないや」
「そうなのよねぇ……」
水路の底は湿り、僅かに水溜まりの出来ている箇所もあるがオアシスまではまだまだ遠い。それを見て私たちはしゃがみ込み同時に溜め息を吐く。そしてようやく落ち着いたばかりの、あの面倒くさい夫婦喧嘩が再燃したらどうしようかという話題に変わっていく。あまり他の者に聞こえないよう小声ではあるが夢中になって話していると横から声をかけられる。
「カレン、スイレン」
ふと横を見れば、今の今まで話題の中心だったお母様がシュンと項垂れるお父様の手を引っ張って来ていたようだ。どうやら話は聞かれてはいなかったようだ。焦りつつもホッと胸を撫で下ろしているとお母様はニコニコとしながら言葉を発する。
「みんなもこっちに来て」
お母様は私たちをそう誘導するが、その笑顔は本心なのかまた怒っているのかが判断出来ず、私たちは言われた通り金魚の糞のようにお母様の後に続く。じいややオヒシバ、シャガにも素早くアイコンタクトを取るが、お母様の笑顔がどの心理状態を表しているのか分からないようで皆不安げな表情で小さく小首を傾げる。
「みんなー! 聞いてちょうだい!」
一番人の集まる場所に着いたお母様は普通にニコニコとしたまま大きな声を張り上げる。皆は何事かと静まり返りお母様に注目する。
「モクレンったらね……」
そう話し始めたお母様は王妃という感じではなく、項垂れたままのお父様も国王の権威は見当たらない。その様子はあくまでも『森の民』の、ただのレンゲとモクレンとして話している。
「知らない者もいるでしょうけど、モクレンはみんなの為の憩いの場を作っていたの。本当ならこの水路は川のように流れるはずだったのですって。その水がその憩いの場を満たすのを見るのが楽しみだったようで……落ち込んでいるらしいのよ」
お母様は実にあっけらかんとそう言うと、民たちは大笑いを始めた。ヒイラギやタデは涙ぐみながら笑い「そんなことを気にしていたのか!」とお父様は民たちに野次を飛ばされている。
「カレンが考えてくれて、スイレンが計算をしてくれて、みんなが頑張ったおかげで水が流れたことを喜べば良いのに、本当にモクレンったら器の小さい男よね」
器が小さいと言われたお父様は顔を上げてショックを隠しきれない表情をしている。
「足りないのなら増やせば良いのに。こんなに簡単なことも分からないなんてモクレンったらまだまだね。明日からまた石管を作って作業をすれば良いじゃない。モクレンのその力と体力があればなんだって出来るでしょう? ひとまず今日は水を得ることが出来た宴をしましょう。たくさんの料理を作りましょう」
お母様はそう言って全てをまとめてしまった。そうだ。時間も材料もたくさんあるのだ。一度作ったノウハウもあるので作業は早く進むことだろう。明日からまた頑張れば良いのだ。お母様に「なんだって出来る」と言われたお父様もすっかり元気が戻り、いつものお父様となりやる気に満ち溢れている。お母様の演説のおかげで宴モードになった民たちは歓喜の声を上げながら民族大移動の如くぞろぞろと広場に戻っていく。
その場にはさっきまで深刻に話し合っていた私たちだけが取り残された。そしてオヒシバとシャガがお父様に投げ飛ばされた理不尽さもまたこの場に取り残され、私たちは何とも言えない表情で肩をポンポンと叩いて励ますことしか出来なかった。
64
あなたにおすすめの小説
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる