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製油
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「姫! 見て!」
「これは……素晴らしいわ! ヒイラギ!」
ヒイラギに頼んでいたものは油を作るための道具一式だった。花畑の近くに屋根付きの作業小屋を建て、その中に必要な道具を頼んだ通りに納品、設置をしてくれている。美樹が小学生だった時に社会見学で油屋に行ったことがあった。家族経営の小さな油屋ではあったが、作業のほとんど全てを手作業でやっていたので高級志向のお店などから注文が来る店だった。食べ物に関心がある美樹はその社会見学の数時間だけでは飽き足らず、社長さんに個人的に見学に来てもいいかと訊ねたくらいである。
帰宅後にその話を近所のお爺さんに話したところ、その社長さんと知り合いだったことから一週間ほど二人で通いつめて見学をさせてもらったのだ。油屋さんの従業員はさぞ迷惑だったことだろう。けれど私は誰からも求められていないのにそれを自由研究にし、まとめたレポートのようなものを学校に提出するととても褒められ、そして学校側からその連絡を受けた社長さんに大変気に入られお中元やお歳暮で油を貰っていたくらいだ。
あの見学の日々は忘れない。この機械のないヒーズル王国でもあの油屋の製法であれば油を作ることが出来る。
「私、感動して泣きそうよ」
そう言うとヒイラギやこの道具を作ってくれた者たちは、泣く前に作業をしようとはやし立てる。そう言われたならばやらねばなるまい。
「では水、薪、ナーの種を準備しましょう。あとこれは物置小屋に持って行きましょうか」
大量の木材を使用するこの場のものをヒイラギに頼んだ時に『とうみ』も作ってもらった。これはムギンを製粉する時にも使えるので複数作ってもらったのだ。ハンドルを回せば風が起こり、必要な種や実と小さなゴミを分けてくれる優れものだ。試しにハンドルを回せば問題なく作動する。
必要なものを揃えたりとうみを運んだりと慌ただしくなったが、新たな道具を早く試したいという思いのおかげで思ったよりもすぐに始めることが出来る。
「初めに言っておくけど、私は作業のやり方などは知っているけれど実際にはやったことがないのよ。それでも一所懸命にやるから皆も手を貸してちょうだい」
それを聞いた皆は「自分たちが覚えるためにもそのつもりだ」と言ってくれ、頼もしいことこの上ない。
まずはリトールの町で購入した大きな鍋のサイズに合わせて作られたかまどに火をくべる。この鍋は元々はテックノン王国で作られているが、あの国は金属製品を作るのに長けているようで大きさにバラつきがない。鍋が破損しても同じものをまた購入出来るのだ。
その鍋にナーの種を入れ、全体をかき混ぜながらじっくりと炒る。火のすぐ側で手作業でかき混ぜるので汗だくとなるが、誰も手を休めることなく作業を続ける。この作業が足りなければ少量しか油が取れなくなるし、炒りすぎても雑味が出てしまうと教えられた。やはり長年の経験が大事になるのだが、実際に種をその場で潰しながら程よい頃合いを見計らい鍋からナーの種を取り出す。
次にその取り出した種をとうみとふるいに何回かかけ、ゴミなどを完全に取り除く。炒っている間は気付かないが、実は意外とゴミが入っているものなのだ。
ゴミを取り除いた種を少し隙間のある『綿繰り機』を横にした作りのものに入れてハンドルを回せば、ローラーとローラーに挟まれた種はほんの少しだけ砕かれた状態となる。完全に潰さないのがミソなのだが、この絶妙な隙間を作ったヒイラギの技はさすがである。すかさずその種を大きな樽のような桶に入れ、蒸し作業に取り掛かる。
最初に炒っていたかまどでは同時に湯を沸かし、日本で言う檜ことヒノッキで作られた蒸し器を載せた上に種の入った桶を置く。桶の底には種が溢れ出ない程の穴が開けられ、この穴から蒸気を入れ全体から湯気が出てくれば油を搾るに丁度良い具合の膨張をしているのだ。
種を板の上に広げて湯気を飛ばすのだが、とにかく油を作る作業は熱いし暑いのだ。だが誰も文句の一つも言わずに作業を覚えようと必死なので、私も音を上げていられない。
湯気を飛ばし終わった種を、コートンで織られた晒のような布を敷いた木桶に詰めていく。この布が濾し器の役割を果たすのだが、同じような製法で作っている工場では人毛で作られた物を使うところもあるそうだ。今度それも作ってみようかと思う。
空気を抜くように板などを使ってみっちりと種を詰め込み、『玉締め圧搾機』という玉の重みで搾る圧搾機にセットする。玉といってもタデに石で半円に作ってもらい、ヒイラギに木枠をつけてもらった特注品である。この玉の重みで油をゆっくりと搾るのだが、機械などはないので半円の玉の上に適度に石を載せ重みの調整をする。するとじわじわと木桶から油が染み出してくる。濃厚な香りと濃い色の油を見て皆が歓声を上げる。
「まだよ。もう一工程あるわ」
油の完成だと思っていた皆の落胆ぶりを見て、まだ搾りきれてはいないがさらに油を濾す作業に取り掛かる。陶器製の壷の上に特に目の細かな布を固定し、そこに油を流し込む。
「ここから染み出したものが油として使えるわ。ただ時間がかかるから今日は使えないわね。油を搾り終わった種は肥料として使えるから、捨てずに保管しましょう」
今夜は油を使った食事が出来ないとガックリと肩を落とすかと思ったが、意外にも皆はこの手間ひまのかかる作業に感動し、食べる楽しみが増えたと言ってくれた。そもそも大人たちが嫌うナーから油が取れることを知った感動の方が大きかったようである。
「これは……素晴らしいわ! ヒイラギ!」
ヒイラギに頼んでいたものは油を作るための道具一式だった。花畑の近くに屋根付きの作業小屋を建て、その中に必要な道具を頼んだ通りに納品、設置をしてくれている。美樹が小学生だった時に社会見学で油屋に行ったことがあった。家族経営の小さな油屋ではあったが、作業のほとんど全てを手作業でやっていたので高級志向のお店などから注文が来る店だった。食べ物に関心がある美樹はその社会見学の数時間だけでは飽き足らず、社長さんに個人的に見学に来てもいいかと訊ねたくらいである。
帰宅後にその話を近所のお爺さんに話したところ、その社長さんと知り合いだったことから一週間ほど二人で通いつめて見学をさせてもらったのだ。油屋さんの従業員はさぞ迷惑だったことだろう。けれど私は誰からも求められていないのにそれを自由研究にし、まとめたレポートのようなものを学校に提出するととても褒められ、そして学校側からその連絡を受けた社長さんに大変気に入られお中元やお歳暮で油を貰っていたくらいだ。
あの見学の日々は忘れない。この機械のないヒーズル王国でもあの油屋の製法であれば油を作ることが出来る。
「私、感動して泣きそうよ」
そう言うとヒイラギやこの道具を作ってくれた者たちは、泣く前に作業をしようとはやし立てる。そう言われたならばやらねばなるまい。
「では水、薪、ナーの種を準備しましょう。あとこれは物置小屋に持って行きましょうか」
大量の木材を使用するこの場のものをヒイラギに頼んだ時に『とうみ』も作ってもらった。これはムギンを製粉する時にも使えるので複数作ってもらったのだ。ハンドルを回せば風が起こり、必要な種や実と小さなゴミを分けてくれる優れものだ。試しにハンドルを回せば問題なく作動する。
必要なものを揃えたりとうみを運んだりと慌ただしくなったが、新たな道具を早く試したいという思いのおかげで思ったよりもすぐに始めることが出来る。
「初めに言っておくけど、私は作業のやり方などは知っているけれど実際にはやったことがないのよ。それでも一所懸命にやるから皆も手を貸してちょうだい」
それを聞いた皆は「自分たちが覚えるためにもそのつもりだ」と言ってくれ、頼もしいことこの上ない。
まずはリトールの町で購入した大きな鍋のサイズに合わせて作られたかまどに火をくべる。この鍋は元々はテックノン王国で作られているが、あの国は金属製品を作るのに長けているようで大きさにバラつきがない。鍋が破損しても同じものをまた購入出来るのだ。
その鍋にナーの種を入れ、全体をかき混ぜながらじっくりと炒る。火のすぐ側で手作業でかき混ぜるので汗だくとなるが、誰も手を休めることなく作業を続ける。この作業が足りなければ少量しか油が取れなくなるし、炒りすぎても雑味が出てしまうと教えられた。やはり長年の経験が大事になるのだが、実際に種をその場で潰しながら程よい頃合いを見計らい鍋からナーの種を取り出す。
次にその取り出した種をとうみとふるいに何回かかけ、ゴミなどを完全に取り除く。炒っている間は気付かないが、実は意外とゴミが入っているものなのだ。
ゴミを取り除いた種を少し隙間のある『綿繰り機』を横にした作りのものに入れてハンドルを回せば、ローラーとローラーに挟まれた種はほんの少しだけ砕かれた状態となる。完全に潰さないのがミソなのだが、この絶妙な隙間を作ったヒイラギの技はさすがである。すかさずその種を大きな樽のような桶に入れ、蒸し作業に取り掛かる。
最初に炒っていたかまどでは同時に湯を沸かし、日本で言う檜ことヒノッキで作られた蒸し器を載せた上に種の入った桶を置く。桶の底には種が溢れ出ない程の穴が開けられ、この穴から蒸気を入れ全体から湯気が出てくれば油を搾るに丁度良い具合の膨張をしているのだ。
種を板の上に広げて湯気を飛ばすのだが、とにかく油を作る作業は熱いし暑いのだ。だが誰も文句の一つも言わずに作業を覚えようと必死なので、私も音を上げていられない。
湯気を飛ばし終わった種を、コートンで織られた晒のような布を敷いた木桶に詰めていく。この布が濾し器の役割を果たすのだが、同じような製法で作っている工場では人毛で作られた物を使うところもあるそうだ。今度それも作ってみようかと思う。
空気を抜くように板などを使ってみっちりと種を詰め込み、『玉締め圧搾機』という玉の重みで搾る圧搾機にセットする。玉といってもタデに石で半円に作ってもらい、ヒイラギに木枠をつけてもらった特注品である。この玉の重みで油をゆっくりと搾るのだが、機械などはないので半円の玉の上に適度に石を載せ重みの調整をする。するとじわじわと木桶から油が染み出してくる。濃厚な香りと濃い色の油を見て皆が歓声を上げる。
「まだよ。もう一工程あるわ」
油の完成だと思っていた皆の落胆ぶりを見て、まだ搾りきれてはいないがさらに油を濾す作業に取り掛かる。陶器製の壷の上に特に目の細かな布を固定し、そこに油を流し込む。
「ここから染み出したものが油として使えるわ。ただ時間がかかるから今日は使えないわね。油を搾り終わった種は肥料として使えるから、捨てずに保管しましょう」
今夜は油を使った食事が出来ないとガックリと肩を落とすかと思ったが、意外にも皆はこの手間ひまのかかる作業に感動し、食べる楽しみが増えたと言ってくれた。そもそも大人たちが嫌うナーから油が取れることを知った感動の方が大きかったようである。
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