274 / 370
人間重機・改
しおりを挟む
朝はあんなにニコニコとしていたのに、この数時間で何があったのだろうか?
「あら、お母様。どうしたの?」
お母様が不機嫌なことを気付かないように、知らぬ顔で普通に声をかけた。じいやたちは一心不乱に作業をしていると見せかけ、しっかりと聞き耳を立てていることだろう。
「少し聞きたいのだけど」
お母様は真顔のままそう言うが、お父様はその横で慌てふためいている。
「モクレンが『リーンウン国の女性は皆美しかった』と言うのだけれど、どんな生活をしていたのかしら? 詳しく教えてちょうだい」
その顔は無表情のはずなのに、心の中は烈火の如く怒り狂っているのが分かり、思わず身震いしているとお父様が慌てて口を挟んだ。
「違うのだ! 髪が綺麗だと……」
「それは私が汚いということかしら?」
あぁなるほど。大体の事情が分かった。
「お母様? お父様の説明をしっかりと聞いた?」
お父様の言葉には聞く耳を持たない感じであったが、私の言葉はすんなりとお母様に届いたようだ。お母様に少し表情が戻った。
「私たちが持って来たサイガーチやアワノキで髪を洗うとね、とてもサラサラになるの。ほら、私やお父様の髪を見て? じいやには毛がないから分からないでしょうけど」
そう笑って自分の髪を一束掴み、お母様に歩み寄る。いつもなら「なんですとー!」と騒ぐじいやは一瞬作業の手が止まったようだが、聞こえないフリに徹しているようだ。
「……あら、本当に綺麗……」
私の髪とお父様の髪を手に取り、お母様は自分の髪と見比べている。リーンウン国で栄養バランスの良いものを食べ、毎日サイガーチやアワノキの泡で髪を洗っていたので、私たちの髪は見違えるほど変わっているのだ。
「リーンウン国では、王家の人も普通の民たちもあの木の実を使っていたわ。お洗濯にも使えるのよ?」
「洗濯?」
ヒーズル王国では布がなかったことから、長いこと同じ服を着続けていた。それが森が再生し、糸を作り、その糸から布を作り始めた頃からようやく衣服を作れるようになったのだ。
基本的に洗濯は水洗いしかしないため、ヒーズル王国では落ちにくい汚れはなかなか落ちなかったが、リーンウン国でサイガーチやアワノキの実を使うと格段に汚れが落ちた。その話をするとお母様は目を輝かせ始めた。
「まぁ! すごい植物なのね! 私たちはどこでも同じ植物しか生えていないと思っていたけれど、まだ知らない植物もあるのね」
よし。お母様はいつものお母様に戻ったようだ。
「そうよ。クレソンとか、水中に生える植物もあったでしょう?」
「そういえばそうね」
お母様はそう言いながら胸の前でパチンと手を叩いた。
「私たちは今、生活していく上で出る汚れた水を浄化するものを作っているの。それは水中に生える植物の力を使うのよ」
先ほどイチビたちに説明したことをお母様にも説明すると、お母様は感動しているようだった。
「私たちは森の民として自然と共に生きてきたけれど、水の中の植物も自然の生きもので私たちに恵みを与えてくれるのね」
そう言って薄っすらと涙ぐんでいる。いつもよりも情緒が不安定に見えるのは、お父様としばらく離れていたせいだろう。
「そう! そうなのよお母様! だからね、その水中の植物を早く植えられるように、お父様の力が必要なのよ!」
お母様は涙ぐみながらお父様を見上げ、急に呼ばれたお父様はキリリと表情が引き締まった。その顔を見たお母様は涙が引っ込んだようで、ウットリとお父様を見つめている。
「モクレン……皆のためにその力を使って」
お母様はそう言いながらお父様の手を握る。
「あぁもちろんだ。私に任せろ。私はどうすれば良いのだ?」
お父様のやる気スイッチも入ったようだ。
「まずはここを……」
砂を掘り岩盤を露出させ、それを少し掘って棚田のようにする説明をするとお父様は一つ頷いた。
「レンゲ、一度広場に戻るぞ」
そう言ってお母様の手を引いて、珍しく迷うことなく真っ直ぐに広場に向かって歩いて行った。この場からその姿が離れると、ようやくじいやたちが騒ぎ始めた。
「さすが姫様ですな!」
「やっぱり聞こえないフリをしていたのね!」
私の両親の夫婦喧嘩に首を突っ込むと被害者が増えることから、皆は知らぬ存ぜぬの態度を貫いていたようだ。痛いほどにその気持ちが分かるので、私も本気で怒ることなくキャッキャとじいやたちと騒ぎあった。
皆も緊張の糸が切れたのか、笑顔で楽しそうに作業をしている。しばらくすると後ろから声をかけられた。
「皆の者、少し離れていろ」
その声に反応し全員がそちらを見ると、お父様は大きな板を両手に持っていた。取っ手を付けているのかまるで大型の盾のようだ。
言われるがまま無言で場所を開けると、お父様は動き出した。
「ふんっ!」
なんとその板を地面に立てるようにし、お父様は力技で前へと進む。お父様の通った後は見事に砂が移動し、次の作業がしやすくなっている。愛する妻に頼まれたお父様の力はとどまることを知らない。
「うおおぉぉぉ!」
まさかの人間ブルドーザーの出現にイチビたちは歓喜の雄叫びを上げ、士気の上がった皆の作業スピードはとてつもなく上がったのだった。
「あら、お母様。どうしたの?」
お母様が不機嫌なことを気付かないように、知らぬ顔で普通に声をかけた。じいやたちは一心不乱に作業をしていると見せかけ、しっかりと聞き耳を立てていることだろう。
「少し聞きたいのだけど」
お母様は真顔のままそう言うが、お父様はその横で慌てふためいている。
「モクレンが『リーンウン国の女性は皆美しかった』と言うのだけれど、どんな生活をしていたのかしら? 詳しく教えてちょうだい」
その顔は無表情のはずなのに、心の中は烈火の如く怒り狂っているのが分かり、思わず身震いしているとお父様が慌てて口を挟んだ。
「違うのだ! 髪が綺麗だと……」
「それは私が汚いということかしら?」
あぁなるほど。大体の事情が分かった。
「お母様? お父様の説明をしっかりと聞いた?」
お父様の言葉には聞く耳を持たない感じであったが、私の言葉はすんなりとお母様に届いたようだ。お母様に少し表情が戻った。
「私たちが持って来たサイガーチやアワノキで髪を洗うとね、とてもサラサラになるの。ほら、私やお父様の髪を見て? じいやには毛がないから分からないでしょうけど」
そう笑って自分の髪を一束掴み、お母様に歩み寄る。いつもなら「なんですとー!」と騒ぐじいやは一瞬作業の手が止まったようだが、聞こえないフリに徹しているようだ。
「……あら、本当に綺麗……」
私の髪とお父様の髪を手に取り、お母様は自分の髪と見比べている。リーンウン国で栄養バランスの良いものを食べ、毎日サイガーチやアワノキの泡で髪を洗っていたので、私たちの髪は見違えるほど変わっているのだ。
「リーンウン国では、王家の人も普通の民たちもあの木の実を使っていたわ。お洗濯にも使えるのよ?」
「洗濯?」
ヒーズル王国では布がなかったことから、長いこと同じ服を着続けていた。それが森が再生し、糸を作り、その糸から布を作り始めた頃からようやく衣服を作れるようになったのだ。
基本的に洗濯は水洗いしかしないため、ヒーズル王国では落ちにくい汚れはなかなか落ちなかったが、リーンウン国でサイガーチやアワノキの実を使うと格段に汚れが落ちた。その話をするとお母様は目を輝かせ始めた。
「まぁ! すごい植物なのね! 私たちはどこでも同じ植物しか生えていないと思っていたけれど、まだ知らない植物もあるのね」
よし。お母様はいつものお母様に戻ったようだ。
「そうよ。クレソンとか、水中に生える植物もあったでしょう?」
「そういえばそうね」
お母様はそう言いながら胸の前でパチンと手を叩いた。
「私たちは今、生活していく上で出る汚れた水を浄化するものを作っているの。それは水中に生える植物の力を使うのよ」
先ほどイチビたちに説明したことをお母様にも説明すると、お母様は感動しているようだった。
「私たちは森の民として自然と共に生きてきたけれど、水の中の植物も自然の生きもので私たちに恵みを与えてくれるのね」
そう言って薄っすらと涙ぐんでいる。いつもよりも情緒が不安定に見えるのは、お父様としばらく離れていたせいだろう。
「そう! そうなのよお母様! だからね、その水中の植物を早く植えられるように、お父様の力が必要なのよ!」
お母様は涙ぐみながらお父様を見上げ、急に呼ばれたお父様はキリリと表情が引き締まった。その顔を見たお母様は涙が引っ込んだようで、ウットリとお父様を見つめている。
「モクレン……皆のためにその力を使って」
お母様はそう言いながらお父様の手を握る。
「あぁもちろんだ。私に任せろ。私はどうすれば良いのだ?」
お父様のやる気スイッチも入ったようだ。
「まずはここを……」
砂を掘り岩盤を露出させ、それを少し掘って棚田のようにする説明をするとお父様は一つ頷いた。
「レンゲ、一度広場に戻るぞ」
そう言ってお母様の手を引いて、珍しく迷うことなく真っ直ぐに広場に向かって歩いて行った。この場からその姿が離れると、ようやくじいやたちが騒ぎ始めた。
「さすが姫様ですな!」
「やっぱり聞こえないフリをしていたのね!」
私の両親の夫婦喧嘩に首を突っ込むと被害者が増えることから、皆は知らぬ存ぜぬの態度を貫いていたようだ。痛いほどにその気持ちが分かるので、私も本気で怒ることなくキャッキャとじいやたちと騒ぎあった。
皆も緊張の糸が切れたのか、笑顔で楽しそうに作業をしている。しばらくすると後ろから声をかけられた。
「皆の者、少し離れていろ」
その声に反応し全員がそちらを見ると、お父様は大きな板を両手に持っていた。取っ手を付けているのかまるで大型の盾のようだ。
言われるがまま無言で場所を開けると、お父様は動き出した。
「ふんっ!」
なんとその板を地面に立てるようにし、お父様は力技で前へと進む。お父様の通った後は見事に砂が移動し、次の作業がしやすくなっている。愛する妻に頼まれたお父様の力はとどまることを知らない。
「うおおぉぉぉ!」
まさかの人間ブルドーザーの出現にイチビたちは歓喜の雄叫びを上げ、士気の上がった皆の作業スピードはとてつもなく上がったのだった。
41
あなたにおすすめの小説
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる