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お父様、浮上する

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 自分で言うのもアレだけれど、目の前で謎の『姫争奪戦』が繰り広げられている。タデもヒイラギも私を抱っこする気満々なのだが、その順番で揉めているのだ。私に拒否権はないらしい。

 その果てしなくどうでも良い争いについてだが、一つ面白いことに気付いた。
 お父様が何かをやらかし、二人が怒ったり諭したりする時はタデは怒鳴り、ヒイラギはネチネチと責める。
 けれど今目の前で行われている口論は、自分が如何に姫が好きかというスピーチのようで、内容はともかく実にスマートな言い争いなのだ。決して怒鳴ったりしない、大人同士の話し合いだ。

 顔を覆うほど恥ずかしい『姫への気持ち』なども語られ、悶えること数回。何分経ったか最早分からないが、最初の抱っこ権はタデが掴みとった。
 ヒイラギの敗因は、住居で私を抱っこしたからという、ぐうの音も出ないほどの正論を言われたからだ。

「よしよし。姫、良い子だ」

 タデお父さんは、私よりももっと小さな子をあやすように、私を高い高いして満足気だ。普段あまり表情が変わらないタデが、今はとてつもない笑顔を振りまきこちらが照れてしまう。

「姫~、良い子だねぇ」

 そしてヒイラギお兄ちゃんは、私を抱きしめながらその場でクルクルと回る。それはご機嫌に、声を出して笑いながらだ。

「二人とも! もういいでしょう!?」

 真っ赤になりながら怒っているつもりなのだが、二人は「「可愛いなぁ」」と声を揃えて笑っている。

「もう! ……あら?」

 気付けばお父様がいない。本当に地面と一体化したのかと思い、小走りで駆け付けお父様がめり込みそうになっていた場所を手で掘ってみたが、お父様はいない。

「姫、何してるの? こっちだよ」

 お父様が砂になってしまったのかと心配していたが、ヒイラギは笑顔で指をさしている。その指先を目で辿ると、オアシスへの入り口の柵が開け放たれていた。

「パッと見た感じ……いないな」

 タデはそう言うけれど、砂に埋もれてしまわないように作られた縄梯子は下まで降ろされている。私たちもすぐに下に降りた。
 お父様の歩いた足跡はあるが、オアシス周辺の草地でその痕跡は消えている。

「どこへ行ったのかしら? ……んん?」

 三人で辺りを見回してもお父様は見つからなかったが、少し離れた場所に不自然なほど鳥たちが集まっている。私たち三人は顔を見合わせ、その場所に近寄った。

「……お父様……」

 なんとお父様は水辺の草木の間に横になりながら、カメことカンメを抱いている。そのカンメも嫌がることもお父様を気にする様子もなく、甲羅から頭を伸ばしムシャムシャと草を食べている。そして多数の鳥たちが、止まり木や玩具を見つけたかのようにお父様に群がっているのだ。

「……私には……お前たちしかいない……」

 そんなことを繰り返し呟くお父様をなんとかなだめ、そしてどうにか人工オアシスへと誘導することに成功した。

────

「あ! お父様だ!」

 私たちを見つけたスイレンが声を上げると、皆の視線が一斉に集まる。けれどまだ情緒不安定なお父様を見て、民たちは苦笑いをしたり不安そうにお父様を見つめている。

「モクレン、どうしたの?」

 お母様が心配そうに小走りで駆け寄ると、人目もはばからずお父様はお母様を抱きしめる。自分の親のラブシーンほど見たくないものはないが、困ったことに私の両親は絵になってしまう。民たちもそれを見て、あちらこちらから冷やかしの声が上がる。

「あらあら、どうしたの? カレンとスイレンたちが良いものを作ってくれたのよ」

 お母様は優しくそう言いながら、お父様の背中をポンポンと叩くと「私には家族しか信じられるものはない!」と、まだ情緒不安定なことを言っている。

 新しい遊びか何かかと思ったお母様は、「そうね、一緒に遊びましょう」とお父様の腕を体から外し、手を取って人工オアシスへと向かった。やはり天然は最強である。

 いろいろと心配な私は両親の後を追っていると、スイレンが近付いて来て、何があったのかを聞かれたので簡潔に説明するとスイレンは笑いが止まらなくなっている。
 そして動きを止めたお父様たちの前には、遊び心満載のミニイカダが浮かんでいた。

「これならモクレンも楽しめるでしょう?」

「……おぉ!」

 私たちがいない間に、人工オアシスの浅い場所の岸に丸太が建てられ、そして丸太と丸太の間には太い縄が張られている。
 王国の子どもたちがミニイカダに乗り、その縄を引っ張ると前に進んでいる姿を見て、お父様の少年の心が開花したようである。

「お父様、大人一人なら乗れるから、早く試してみて」

 スイレンはスっとお父様の横へ行き、上手くお父様を誘導している。さすがスイレンだ。先に遊んでいた子どもたちも「モクレン様も遊んでください」と、ちゃんと空気を読んでミニイカダを一つ明け渡してくれた。

 岸まで来たイカダにお父様は恐る恐る乗り、そしてようやく浮力を感じたお父様は感動の涙を流していたのを民たちは腹を抱えて笑って見ていたが、この後が大変だったのは言うまでもない。
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