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ついに対面

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 じいやを視界に入れても、どうにか笑いを堪えることが出来るようになった頃、タデたちが作業から戻って来た。
 有言実行で地面をほとんど平らにしており、皆その表情には疲れが見えるが、それ以上に晴れやかな顔をしている。

「向こうの作業員とようやく打ち解けて来たのに、急いで帰っちゃった」

 ヒイラギは残念そうにテックノン王国側を見て呟いたが、その後私たち、特にじいやを見て大絶賛している。

 私には芸人か何かにしか見えないが、何がそんなにすごいのかと思ったら、あんなに大きなカンメの甲羅はかなり珍しいとのことだった。それを背負ったじいやは、お父様以上に森の民を代表する格好をしているそうだ。
 なるほど、皆の気持ちは理解した。ただ、理解しただけで、私には拷問なみの笑いの我慢を強いられるのだが。

 しばらく皆で騒いでいると、テックノン王国側から馬車がやって来た。一瞬あちらの王様かと思ったが、その馬車には見覚えがあった。

「皆さーん! お集まりですねー! ややっ! モクレン様! 今日も素敵ですね!」

 馬車から飛び降りてきたニコライさんはお父様に嬉しそうに声をかけ、私には可愛らしい、スイレンには凛々しい、じいやには勇ましいと称賛しまくった後、呆然としながらお母様を見て口を開いた。

「……レンゲ様……こんなにもお美しい方を私は見たことがありません……下僕にして下さい……」

 その一言に全員が「面白い冗談だ」や「口が上手い」などと笑っているが、あの言葉は本心だろう。頬を染めたニコライさんの目は本気だった。

 ニコライさんは王が少し遅れると言い、それまで私たちの服が汚れないようにと馬車から椅子を取り出し、私たちに座るように促してくれた。もちろんそれらは御者たちが運んでくれた。
 お父様、お母様、私、スイレン、じいやの順に横並びになったおかげで、じいやが視界に入らず私の腹筋は守られたようだ。

 椅子に座ったお父様はキョロキョロとして落ち着きがないが、いつものことなので皆で放っておきながらしばらく談笑をしていると、私とスイレン以外の皆が一点を見つめ始めた。

「来たようですね」

 ニコライさんはそうつぶやくと、私たちと談笑中にマークさんや御者たちが置いた、テックノン王国側の椅子の方へと歩き始めた。

 ニコライさんが椅子の元へと辿り着くと、その先の少し曲がりくねった道の奥から馬車が現れた。

 ゆっくりとこちらに向かって進む馬車は、客車は上品かつ華麗な装飾が施されている。おそらくふんだんに金を使っているのだろう。
 さらにその客車を引くバもまた、額や首に金や銀を使った装飾品を付けられ飾り立てられている。真っ黒な馬体に映え、とても美しく見ているだけで心が満たされる。
 そしてその馬車の前後を、兵士たちが守るように歩いている。軍隊というほど多くはないが、赤や青に染められた革と金属を合わせた鎧に、顔の部分は甲冑の兜、要するに鉄仮面のようなものをかぶっており、顔は見えない。
 その手にはテックノン王国の国旗を掲げ、明らかに敵意はなさそうだ。

 ニコライさんが「こちらですよ」と手を振ると、一行はニコライさんに向かって進んで来たが、兵士たちはニコライさんを華麗にスルーし、バたちはわざとなのかニコライさんに強烈な鼻息を吹きかけている。
 ニコライさんもまたいつものことなのか、「もう……」とつぶやき、あまり気にしていないように見受けられる。

 馬車が止まると、御者が踏み台を用意して客車の足元へと置く。それを見て私たちも立ち上がった。
 そこまで地面との高低差はないが、王様にもしものことがあったら……の配慮なのだろう。普段のお父様のワイルドさを知っているだけに、あの高さを降りられないほどの、どんなよぼよぼのおじいさんが降りて来るのかと思ってしまった。

 キィッ……と小さな音を響かせて客車の扉が開くと、踏み台に足が置かれた。ゆっくりと降りて来た人物は短い白髪のご老人だった。

「サイモン大臣ー!」

 王様だと思って見ていたが、ニコライさんは嬉しそうに駆け寄り「大臣」と呼んでいる。そのサイモン大臣は軽く溜め息を吐いたように見えたが、ニコライさんを横目でちらりと見ただけで踏み台の横へ移動し、敬礼のポーズをとった。
 それを見た兵の一人が「敬礼!」と声を張り上げると、全ての兵が国旗を片手に持ち敬礼をする。

 ニコライさんだけが「王! 王!」とキャッキャしているなんとも言えない空気の中、また踏み台に足が置かれる。

 一歩ずつ踏み台を降りてくる人に、私の目は釘付けになってしまった。

 真っ白な肌をしており、耳くらいまでの長さの髪は風になびき、日の光で天使の輪を描く天然のプラチナブロンドだ。
 少し苛立ったような目でニコライさんを軽く睨み、そしてこちらを見た時には優しげな目に変わる。その目はアクアマリンのような、吸い込まれるような澄み切った青い色をしている。
 何よりも見た目の年齢だ。少年とも青年とも呼べるようなその風貌は、王というよりは王子様だ。

「やぁはじめまして。遅くなってしまって申し訳ない。テックノン王国の『ルーカス・ウォード・クラーク』だ」

 優しく微笑んだその顔はモデルや俳優顔負けで、まるで妖精か何かだと思ってしまった。

 ……どうやら私の乙女心が動き出してしまったようである。
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