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俺氏の過去
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スーパーに向かっている時はあんなに楽しかったのに、帰り道はメメたんと話すこともなく無言で帰って来た。
メメたんも何かを察してくれたのか、俺氏が晩飯を作るまでそっとしていて欲しいと言うと、無言で頷いてくれた。
そして俺氏は今、一番落ち着く布団の中で丸くなっている。
学校に行かなくなって一人の時間が増えてから、考え事ばかりするようになった。自分に都合のいい妄想ばかりしていたせいか、脳内の俺氏は強気な男らしい男だ。
でも実際はガラスのハートを持っている、じめじめカタツムリ野郎だ。
そんなどうしようもない俺氏でも、じいちゃんとばあちゃんはとても大事に育ててくれたのは分かってる。
「じいちゃん……ばあちゃん……」
俺氏はタオルケットを頭からかぶり体に巻き付け、顔だけ出した状態で布団から這い出てパソコンに向かう。
この自作のPCを作った日、メメたんは俺氏には何も言わずに、消えてしまったじいちゃんとばあちゃんとの思い出の写真を復活させてくれていた。
さらにメメたんは、普段から俺氏の脳を弄っているからか『写真』ではない、俺氏の『記憶の一ページ』を画像にしてくれていた。
丁寧にも『記憶』というフォルダを作ってくれていたが、まだ若かったじいちゃんとばあちゃんのキラキラとした笑顔の画像は引きこもりになった俺氏には刺激が強く、フォルダの中をほとんど見ていなかった。
前に見た『記憶』の画像は、小学校低学年から始まっていた。画像をスクロールしていくと、懐かしい画像ばかりが並んでいるが、俺氏が見たものを画像にしてくれているので俺氏の姿はない。
その画像の中でだんだん増えて来たのが『美咲ちゃん』だ。
俺氏は元々は陽キャであり、クラスの中心人物だった。確証はないが、おそらくクラスのモテ男子トップスリーには入っていたはずだ。人気芸人のマネをして喋ったり動いたりすると、女子はキャーキャー騒いでいた。
アホの子だった俺氏も高学年になると、ようやく女子を意識し始めた。美咲ちゃんは大人しくて優しくて可愛くて……男子の憧れるものを全て持っていた子だった。
俺氏がウケ狙いの一発芸をすると、半田みたいな女は下品にゲラゲラ笑っていたが、美咲ちゃんはクスクスと笑い上品さを漂わしていた。
ちなみに本来のメメたんの性格は、思い出の中の美咲ちゃんがベースである……。
中学入学と同時に、『川中秀二』という転校生が来た。クラスが違ったので絡みはなかったが、そのイケメンさと頭の良さは俺氏のクラスにまで噂が届いていた。
みんな俺氏のことを『川上で中より上のはずなのに残念』なんてイジっていたし、『修二と秀二、やっぱり使ってる漢字が違うと頭のデキが違うな』ともよく言われていた。
そして中学二年生になると、この川中と同じクラスになった。半田とも美咲ちゃんとも……。
ほとんどが小学校からの持ち上がりだから、川中以外とは幼馴染みたいなものだ。休み時間や給食の時間に、みんなといつものように騒いでいると、だんだんと川中が絡んで来るようになった。俺氏だけに。
ちょうど今くらいの時期、一学期の中盤に、川中が叫んだ。
『君さぁ、来年受験だっていうのに、毎日そんな子どもっぽいことして楽しいの?』
その一言でクラスの女子は『カッコイイ……』と、川中のファンになったらしい。それだけならまだしも、俺氏とよく遊んでいた男子たちも『もうガキじゃないんだからさ』と、俺氏の誘いに乗ってこなくなった。
俺氏はだんだんとやさぐれていき、友だちに裏切られたと思い、美咲ちゃんを取られたと思い、クラスに居場所がなくなったと思った。
せめて頭が良かったのなら学校に行っていたかもしれないが、手遅れレベルで頭が悪かったのと、悔しいことに川中が言うとおり『受験』というプレッシャーに耐えかねて、学校に行けなくなってしまった。
ネットをやっていれば引きこもりやニートに出会う。なんとなく話してみると、みんな『そんなことで?』という理由で挫折している。
俺氏の理由だって、他人からしたら大したことがないのは分かってる。自分の気持ち次第だというのも分かってる。
だけど俺氏たちのような繊細な者たちは、小さな段差のような困難を乗り越えられず、内にこもるんだ。
だけど俺氏はメメたんに出会って、少しずつでも変わろうと思っていた。なのにだ。
今日美咲ちゃんに出会い、よりによって半田にも出会って、アイツのおしゃべりのせいであの川中と美咲ちゃんが結婚したなんて知りたくなかったことまで知って、中学生時代に取り残された俺氏の心は耐えきれなくなってしまった。
「ご主人サマ、下に来てくだサイ」
一人で悶々と考えているうちに、夜になっていたようだ。電気もつけてない真っ暗な部屋の中で、パソコンの画面を眺めたままでいたらしい。
メメたんが声をかけてくれなければ、まだ中学生の頃の俺氏と対話していたことだろう。
俺氏はすっかり晩飯を作ることを忘れていて、階段を降りている途中でそれを思い出した。急いで居間に入ると我が目を疑った。
「あぁ! あああ!」
そこにはばあちゃんの得意料理であり、俺氏が今夜作る予定だった『煮しめ』が、湯気を立ち上がらせテーブルの上に置かれていた。
「ご主人サマが食べたかったのはコレでショウ? おばあサマが教えてくださいまシタ」
他にもただのおひたしだったり、焼き魚だったり、なんてことのない懐かしい料理が出来上がっていた。
今日だけは心から本当に感謝したい。メメたん、ばあちゃん、ありがとう……。
メメたんも何かを察してくれたのか、俺氏が晩飯を作るまでそっとしていて欲しいと言うと、無言で頷いてくれた。
そして俺氏は今、一番落ち着く布団の中で丸くなっている。
学校に行かなくなって一人の時間が増えてから、考え事ばかりするようになった。自分に都合のいい妄想ばかりしていたせいか、脳内の俺氏は強気な男らしい男だ。
でも実際はガラスのハートを持っている、じめじめカタツムリ野郎だ。
そんなどうしようもない俺氏でも、じいちゃんとばあちゃんはとても大事に育ててくれたのは分かってる。
「じいちゃん……ばあちゃん……」
俺氏はタオルケットを頭からかぶり体に巻き付け、顔だけ出した状態で布団から這い出てパソコンに向かう。
この自作のPCを作った日、メメたんは俺氏には何も言わずに、消えてしまったじいちゃんとばあちゃんとの思い出の写真を復活させてくれていた。
さらにメメたんは、普段から俺氏の脳を弄っているからか『写真』ではない、俺氏の『記憶の一ページ』を画像にしてくれていた。
丁寧にも『記憶』というフォルダを作ってくれていたが、まだ若かったじいちゃんとばあちゃんのキラキラとした笑顔の画像は引きこもりになった俺氏には刺激が強く、フォルダの中をほとんど見ていなかった。
前に見た『記憶』の画像は、小学校低学年から始まっていた。画像をスクロールしていくと、懐かしい画像ばかりが並んでいるが、俺氏が見たものを画像にしてくれているので俺氏の姿はない。
その画像の中でだんだん増えて来たのが『美咲ちゃん』だ。
俺氏は元々は陽キャであり、クラスの中心人物だった。確証はないが、おそらくクラスのモテ男子トップスリーには入っていたはずだ。人気芸人のマネをして喋ったり動いたりすると、女子はキャーキャー騒いでいた。
アホの子だった俺氏も高学年になると、ようやく女子を意識し始めた。美咲ちゃんは大人しくて優しくて可愛くて……男子の憧れるものを全て持っていた子だった。
俺氏がウケ狙いの一発芸をすると、半田みたいな女は下品にゲラゲラ笑っていたが、美咲ちゃんはクスクスと笑い上品さを漂わしていた。
ちなみに本来のメメたんの性格は、思い出の中の美咲ちゃんがベースである……。
中学入学と同時に、『川中秀二』という転校生が来た。クラスが違ったので絡みはなかったが、そのイケメンさと頭の良さは俺氏のクラスにまで噂が届いていた。
みんな俺氏のことを『川上で中より上のはずなのに残念』なんてイジっていたし、『修二と秀二、やっぱり使ってる漢字が違うと頭のデキが違うな』ともよく言われていた。
そして中学二年生になると、この川中と同じクラスになった。半田とも美咲ちゃんとも……。
ほとんどが小学校からの持ち上がりだから、川中以外とは幼馴染みたいなものだ。休み時間や給食の時間に、みんなといつものように騒いでいると、だんだんと川中が絡んで来るようになった。俺氏だけに。
ちょうど今くらいの時期、一学期の中盤に、川中が叫んだ。
『君さぁ、来年受験だっていうのに、毎日そんな子どもっぽいことして楽しいの?』
その一言でクラスの女子は『カッコイイ……』と、川中のファンになったらしい。それだけならまだしも、俺氏とよく遊んでいた男子たちも『もうガキじゃないんだからさ』と、俺氏の誘いに乗ってこなくなった。
俺氏はだんだんとやさぐれていき、友だちに裏切られたと思い、美咲ちゃんを取られたと思い、クラスに居場所がなくなったと思った。
せめて頭が良かったのなら学校に行っていたかもしれないが、手遅れレベルで頭が悪かったのと、悔しいことに川中が言うとおり『受験』というプレッシャーに耐えかねて、学校に行けなくなってしまった。
ネットをやっていれば引きこもりやニートに出会う。なんとなく話してみると、みんな『そんなことで?』という理由で挫折している。
俺氏の理由だって、他人からしたら大したことがないのは分かってる。自分の気持ち次第だというのも分かってる。
だけど俺氏たちのような繊細な者たちは、小さな段差のような困難を乗り越えられず、内にこもるんだ。
だけど俺氏はメメたんに出会って、少しずつでも変わろうと思っていた。なのにだ。
今日美咲ちゃんに出会い、よりによって半田にも出会って、アイツのおしゃべりのせいであの川中と美咲ちゃんが結婚したなんて知りたくなかったことまで知って、中学生時代に取り残された俺氏の心は耐えきれなくなってしまった。
「ご主人サマ、下に来てくだサイ」
一人で悶々と考えているうちに、夜になっていたようだ。電気もつけてない真っ暗な部屋の中で、パソコンの画面を眺めたままでいたらしい。
メメたんが声をかけてくれなければ、まだ中学生の頃の俺氏と対話していたことだろう。
俺氏はすっかり晩飯を作ることを忘れていて、階段を降りている途中でそれを思い出した。急いで居間に入ると我が目を疑った。
「あぁ! あああ!」
そこにはばあちゃんの得意料理であり、俺氏が今夜作る予定だった『煮しめ』が、湯気を立ち上がらせテーブルの上に置かれていた。
「ご主人サマが食べたかったのはコレでショウ? おばあサマが教えてくださいまシタ」
他にもただのおひたしだったり、焼き魚だったり、なんてことのない懐かしい料理が出来上がっていた。
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