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転落
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明日こそは、明日こそはと思い続けもう何年経っただろうか……。
まだ俺はやれる……。早く「一般的」な日常に戻らねばならないと思いながら俺は毎朝決まった時間に起床する。体は酷く怠さを感じ、熟睡できない為に眠気の取れない頭で着替える。そして部屋から出ようとドアノブに手をかけたところで決まって、冷や汗・目眩・心拍数の増加・大量の汗・そして猛烈な吐き気に襲われドアの前でしゃがみ込む。
そのまま死ぬんじゃないかと思いながら苦しさと戦っていると、俺のいる二階へと階段をゆっくりと登る足音が聞こえてくる。その足音が部屋の前で止まると毎日決まったセリフがドア越しに聞こえてくる。
『優ちゃん、ご飯置いておくわね』
声の主は母親だ。その声を聞くと少しだけ症状が治まり、そして今度は情けなさやどうしようもない不甲斐なさに涙が止まらなくなる。
これが俺の「一般的」ではない日常だ。いわゆる引きこもり、しかも俺の場合は社会問題になっている高齢引きこもりだ。
そこそこ裕福な家庭に生まれ、今で言うリア充という青春時代を過ごし難関大学へ入学。そして誰もが知る大手企業に入社し、俺は人生を謳歌するはずだった。
……あいつと出会うまでは。
最初の頃こそ期待の新人なんて言われていたが、同期に仕事が出来て愛想も良く上司から可愛がられる男がいた。そのうち、その同期を可愛がる上司の一人にパワハラや嫌がらせをされるようになっていった。
初めは軽く嫌味を言うくらいだったが、段々とあからさまな態度になっていき、今までいじめなどにあったことのない俺の心はすぐに折れた。いや、折れたのすら気付かなかった。
少しづつ蓄積されたダメージは、ある日堤防が決壊するかのように身体に現れ始めた。
何か体調がおかしい……。そう思いながらも会社に行き続けた日々。頭痛や目眩、吐き気で仕事にならない俺に上司は当たり散らすのが日常だった。
そしてそんな日常に耐え続けたある日、自分の部屋から出ることが出来なくなった。入社してまだ半年ほどの時だった。
潔く仕事を辞め一ヶ月ほど寝たきりのような生活を送り、これでは駄目だと面接を受けに行くが半年で仕事を辞めたことが上手く説明出来ず面接を落ちる日々だった。 対人スキルがあったはずなのに自信を無くし、どんどんと人と会うのが怖くなっていった。
そして再就職先が見つからないまま時間だけが過ぎ、どうにもならない俺は実家へと戻った。両親は心配してくれ、それに対して申し訳なく思い負のスパイラルへと陥っていく。
さすがにこんなに両親に甘えていてはいけないと思い、せめてアルバイトでもしなければと面接に行くが逆に高学歴と大手企業に勤めたことが仇となり「うちよりももっといいところが……」と落とされる。
今まで人生がトントン拍子で進んで来た俺にとっては、このアルバイトの面接にすら落ちるというのがさらに俺を苦しめた。
仕事を探さねば……職安に行かねば……いつまでも甘えていてはいけない……この強迫観念によってさらに心と体は壊れていった。
両親は俺を腫れ物に触るように扱うようになり、それがまた俺を苦しめる。
この負のスパイラルをどうやら二十年近く繰り返してきたようだ。俺は気付くと四十一歳になっていた。
今日も部屋の前から母親が去った後、ドアの前で心と体が落ち着くまでしゃがみ込む。そして昼過ぎに母親の用意した食事を部屋に持ち込み、申し訳なさでいっぱいになり泣きながら食べる。
そして午後からは俺の何がいけなかったのか、あの時どうすれば良かったのかと、あの辛い過去と向き合う。そして夜になるとまた母親が食事を持ってくる。
『優ちゃん、晩ご飯置いておくわ……あのね……ううん、なんでもない……』
この日の夜、母親はいつもと違う言葉を言った。こんな日は今までなかった。だが俺はその違和感を気にすることなくいつも通りの日常を送ってしまった。何かを言いかけて止めた母親をもっと気に掛ければ良かった……。
まだ俺はやれる……。早く「一般的」な日常に戻らねばならないと思いながら俺は毎朝決まった時間に起床する。体は酷く怠さを感じ、熟睡できない為に眠気の取れない頭で着替える。そして部屋から出ようとドアノブに手をかけたところで決まって、冷や汗・目眩・心拍数の増加・大量の汗・そして猛烈な吐き気に襲われドアの前でしゃがみ込む。
そのまま死ぬんじゃないかと思いながら苦しさと戦っていると、俺のいる二階へと階段をゆっくりと登る足音が聞こえてくる。その足音が部屋の前で止まると毎日決まったセリフがドア越しに聞こえてくる。
『優ちゃん、ご飯置いておくわね』
声の主は母親だ。その声を聞くと少しだけ症状が治まり、そして今度は情けなさやどうしようもない不甲斐なさに涙が止まらなくなる。
これが俺の「一般的」ではない日常だ。いわゆる引きこもり、しかも俺の場合は社会問題になっている高齢引きこもりだ。
そこそこ裕福な家庭に生まれ、今で言うリア充という青春時代を過ごし難関大学へ入学。そして誰もが知る大手企業に入社し、俺は人生を謳歌するはずだった。
……あいつと出会うまでは。
最初の頃こそ期待の新人なんて言われていたが、同期に仕事が出来て愛想も良く上司から可愛がられる男がいた。そのうち、その同期を可愛がる上司の一人にパワハラや嫌がらせをされるようになっていった。
初めは軽く嫌味を言うくらいだったが、段々とあからさまな態度になっていき、今までいじめなどにあったことのない俺の心はすぐに折れた。いや、折れたのすら気付かなかった。
少しづつ蓄積されたダメージは、ある日堤防が決壊するかのように身体に現れ始めた。
何か体調がおかしい……。そう思いながらも会社に行き続けた日々。頭痛や目眩、吐き気で仕事にならない俺に上司は当たり散らすのが日常だった。
そしてそんな日常に耐え続けたある日、自分の部屋から出ることが出来なくなった。入社してまだ半年ほどの時だった。
潔く仕事を辞め一ヶ月ほど寝たきりのような生活を送り、これでは駄目だと面接を受けに行くが半年で仕事を辞めたことが上手く説明出来ず面接を落ちる日々だった。 対人スキルがあったはずなのに自信を無くし、どんどんと人と会うのが怖くなっていった。
そして再就職先が見つからないまま時間だけが過ぎ、どうにもならない俺は実家へと戻った。両親は心配してくれ、それに対して申し訳なく思い負のスパイラルへと陥っていく。
さすがにこんなに両親に甘えていてはいけないと思い、せめてアルバイトでもしなければと面接に行くが逆に高学歴と大手企業に勤めたことが仇となり「うちよりももっといいところが……」と落とされる。
今まで人生がトントン拍子で進んで来た俺にとっては、このアルバイトの面接にすら落ちるというのがさらに俺を苦しめた。
仕事を探さねば……職安に行かねば……いつまでも甘えていてはいけない……この強迫観念によってさらに心と体は壊れていった。
両親は俺を腫れ物に触るように扱うようになり、それがまた俺を苦しめる。
この負のスパイラルをどうやら二十年近く繰り返してきたようだ。俺は気付くと四十一歳になっていた。
今日も部屋の前から母親が去った後、ドアの前で心と体が落ち着くまでしゃがみ込む。そして昼過ぎに母親の用意した食事を部屋に持ち込み、申し訳なさでいっぱいになり泣きながら食べる。
そして午後からは俺の何がいけなかったのか、あの時どうすれば良かったのかと、あの辛い過去と向き合う。そして夜になるとまた母親が食事を持ってくる。
『優ちゃん、晩ご飯置いておくわ……あのね……ううん、なんでもない……』
この日の夜、母親はいつもと違う言葉を言った。こんな日は今までなかった。だが俺はその違和感を気にすることなくいつも通りの日常を送ってしまった。何かを言いかけて止めた母親をもっと気に掛ければ良かった……。
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