2 / 4
奈落
しおりを挟む
翌朝、いつものように決まった時間に起き着替えてドアノブに手をかける。そしていつもの発作に苦しんでいる時だった。
階段を登る足音が聞こえるが母親のものではない。父親は俺の部屋まで来ないが、遠い記憶の父親の足音でもない。もっと若い人の足音のような気がする。だが発作に苦しんでいる俺は動くことも出来ず、その足音に怯えさらに過呼吸までおこし始めた。そんな時だった。
『失礼します』
若く低い男の声が聞こえたと思ったら、いきなりドアをぶち破られた。その勢いでドアの下敷きとなるが、苦しさから逃れるために俺はただ一所懸命に呼吸するだけだ。
「あぁ、過呼吸ですね。死にませんから大丈夫ですよ」
そんな男のセリフが聞こえたと思ったら、何か薬品のようなものを嗅がされた気がする。俺の記憶はそこで途切れた。
……なんだ……?この五月蝿さは……?そしてこの臭い……。意識を取り戻した俺は目を開けようとするも、瞼は鉛のように重くなかなか開かない。体も上手く動かず横たわったままだ。どうにかこうにか目を開けても、霞がかったようによく見えない。頭が酷くぼんやりとして体もうまく動かせないが、少しづつ目が見えてくると目の前の光景に驚愕した。
なんだここは!?驚きからなんとか体を起こし辺りを見回す。
学校の体育館のような場所にたくさんの人が詰め込まれている。俺のように呆けて周りを観察している者や、まだ眠っているような者、発狂したかのように泣き叫んでいる者もいた。
その全員が男で、妙にやせ細っている者もいればブクブクと太っている者もいる。そしてみんな異常なほど肌が白い。そのほとんどが身なりが汚く、髪や髭が伸び放題で脂ぎっている。一体いつ風呂に入ったのか分からないような人間ばかりだった。自分もその一人だが。
そんな人間が詰め込まれた空間は酷く臭い、息をしただけで吐き気を催す。
何よりも、壁際にずらりと並んだ迷彩服を着た軍人のような集団がガスマスクを着用し両手を後ろで組んで立っているのが異様な光景だ。
どこかで「これは夢なんだ」という思いを抱えつつ何回か吐き気を催した時、壇上に一人の男が現れた。
「皆さんお静かに!もうほとんどの人が起きたようですね」
この男もまたガスマスクを着け、くぐもった声でマイクで話す。何人かがその声を聞き叫ぶと、壁際にいた迷彩服の男達は叫んだ者の所へ行き静かにしろと手荒く組み伏せる。
その非日常な光景に誰もが口を噤み、固唾を呑んで怯えたように見ていた。
「はい、静かになりましたね。皆さん突然こんな場所で目が覚めて大変驚いていることでしょう。ですが皆さんは選ばれた人間なのです」
選ばれた?何に?わけが分からず周囲を見回すと、周りの人たちは呆然としていたり頭を抱えて震えている人もいる。
「勘のいい方はお気付きのようですね。私は厚生労働省『特別局』局長……名前は教えできませんがね」
俺以外のほとんどの人間が絶望めいた悲鳴をあげる。なんだ!?何が起こっている!?
「ここにいる皆さんの共通点は引きこもりです。ただの引きこもりではなく、十年以上働きもしない四十代の屑共です……おっと失礼。ですが働くこともせずいつまでも親の脛をかじり続け、だらけきった生活を送る皆さんは社会に必要とされているでしょうか?
答えは否!
このトウキョウ市は年々人口が増え続けていますが、ちゃんと働いて税金を収めることもしない貴方たちはこのトウキョウ市にいらないのですよ。はっきり言って社会のお荷物です。そしてあなた達は親からも見放された」
……見放された……?俺が親から……?
「貴方たちのご家族は、財産を食い潰す貴方たちに困っておいででした。もうこれ以上面倒は見られない、この先どうしようかと大変悩んでおられました」
男は続ける。
「貴方たちのご家族の気持ちは痛いほど理解できます。『どうしてこんなお荷物が家にいるのか』、『いっそのこと死んでくれないか』とね」
すると何人かが「俺たちにも人権はある!」とか「だからって殺すのか!」と叫んだ。殺す?そんな物騒なことがあるわけない。
「いくら『特別局』とはいえ、国の機関である我々は無駄な税金を使うわけがありません。ネットに出回っているガス室送りなどは嘘です」
待て……待て待て!嘘だとしてもガス室送りだと!?どういうことだ!?俺は隣にいた男に何が起こっているのか聞いてみると、「俺らは殺されるんだよ……」と力なく笑った。どういうことだ!?
「無駄な税金を使ってあなた達を殺してどうします?やっていただくのはただのゲームです」
ゲーム?なんだやっぱり殺されるなんて大袈裟な……そう思って胸を撫で下ろしていると、壇上の男はさらに続けた。
「やっていただくゲームは『百人一首』です。あぁ、勘違いしないでください、普通の人が思い浮かべるその百人一首ではありません。
最後の一人になるまで、皆さんで殺しあってください。
心配なさらなくても、このニホン国は毎年行方不明者が多数おりますから。その中の一員になるだけですし、死んで初めて社会の役に立つこともできるんですよ」
実家で家計の負担になるかと携帯やネットを止めたのが仇となった。この一般人が知らない『特別局』という影の機関はネットの中ででまことしやかに囁かれていたのだと知る。
「要するに最後の一人になればいいのです。簡単ですね?
では!初め!」
階段を登る足音が聞こえるが母親のものではない。父親は俺の部屋まで来ないが、遠い記憶の父親の足音でもない。もっと若い人の足音のような気がする。だが発作に苦しんでいる俺は動くことも出来ず、その足音に怯えさらに過呼吸までおこし始めた。そんな時だった。
『失礼します』
若く低い男の声が聞こえたと思ったら、いきなりドアをぶち破られた。その勢いでドアの下敷きとなるが、苦しさから逃れるために俺はただ一所懸命に呼吸するだけだ。
「あぁ、過呼吸ですね。死にませんから大丈夫ですよ」
そんな男のセリフが聞こえたと思ったら、何か薬品のようなものを嗅がされた気がする。俺の記憶はそこで途切れた。
……なんだ……?この五月蝿さは……?そしてこの臭い……。意識を取り戻した俺は目を開けようとするも、瞼は鉛のように重くなかなか開かない。体も上手く動かず横たわったままだ。どうにかこうにか目を開けても、霞がかったようによく見えない。頭が酷くぼんやりとして体もうまく動かせないが、少しづつ目が見えてくると目の前の光景に驚愕した。
なんだここは!?驚きからなんとか体を起こし辺りを見回す。
学校の体育館のような場所にたくさんの人が詰め込まれている。俺のように呆けて周りを観察している者や、まだ眠っているような者、発狂したかのように泣き叫んでいる者もいた。
その全員が男で、妙にやせ細っている者もいればブクブクと太っている者もいる。そしてみんな異常なほど肌が白い。そのほとんどが身なりが汚く、髪や髭が伸び放題で脂ぎっている。一体いつ風呂に入ったのか分からないような人間ばかりだった。自分もその一人だが。
そんな人間が詰め込まれた空間は酷く臭い、息をしただけで吐き気を催す。
何よりも、壁際にずらりと並んだ迷彩服を着た軍人のような集団がガスマスクを着用し両手を後ろで組んで立っているのが異様な光景だ。
どこかで「これは夢なんだ」という思いを抱えつつ何回か吐き気を催した時、壇上に一人の男が現れた。
「皆さんお静かに!もうほとんどの人が起きたようですね」
この男もまたガスマスクを着け、くぐもった声でマイクで話す。何人かがその声を聞き叫ぶと、壁際にいた迷彩服の男達は叫んだ者の所へ行き静かにしろと手荒く組み伏せる。
その非日常な光景に誰もが口を噤み、固唾を呑んで怯えたように見ていた。
「はい、静かになりましたね。皆さん突然こんな場所で目が覚めて大変驚いていることでしょう。ですが皆さんは選ばれた人間なのです」
選ばれた?何に?わけが分からず周囲を見回すと、周りの人たちは呆然としていたり頭を抱えて震えている人もいる。
「勘のいい方はお気付きのようですね。私は厚生労働省『特別局』局長……名前は教えできませんがね」
俺以外のほとんどの人間が絶望めいた悲鳴をあげる。なんだ!?何が起こっている!?
「ここにいる皆さんの共通点は引きこもりです。ただの引きこもりではなく、十年以上働きもしない四十代の屑共です……おっと失礼。ですが働くこともせずいつまでも親の脛をかじり続け、だらけきった生活を送る皆さんは社会に必要とされているでしょうか?
答えは否!
このトウキョウ市は年々人口が増え続けていますが、ちゃんと働いて税金を収めることもしない貴方たちはこのトウキョウ市にいらないのですよ。はっきり言って社会のお荷物です。そしてあなた達は親からも見放された」
……見放された……?俺が親から……?
「貴方たちのご家族は、財産を食い潰す貴方たちに困っておいででした。もうこれ以上面倒は見られない、この先どうしようかと大変悩んでおられました」
男は続ける。
「貴方たちのご家族の気持ちは痛いほど理解できます。『どうしてこんなお荷物が家にいるのか』、『いっそのこと死んでくれないか』とね」
すると何人かが「俺たちにも人権はある!」とか「だからって殺すのか!」と叫んだ。殺す?そんな物騒なことがあるわけない。
「いくら『特別局』とはいえ、国の機関である我々は無駄な税金を使うわけがありません。ネットに出回っているガス室送りなどは嘘です」
待て……待て待て!嘘だとしてもガス室送りだと!?どういうことだ!?俺は隣にいた男に何が起こっているのか聞いてみると、「俺らは殺されるんだよ……」と力なく笑った。どういうことだ!?
「無駄な税金を使ってあなた達を殺してどうします?やっていただくのはただのゲームです」
ゲーム?なんだやっぱり殺されるなんて大袈裟な……そう思って胸を撫で下ろしていると、壇上の男はさらに続けた。
「やっていただくゲームは『百人一首』です。あぁ、勘違いしないでください、普通の人が思い浮かべるその百人一首ではありません。
最後の一人になるまで、皆さんで殺しあってください。
心配なさらなくても、このニホン国は毎年行方不明者が多数おりますから。その中の一員になるだけですし、死んで初めて社会の役に立つこともできるんですよ」
実家で家計の負担になるかと携帯やネットを止めたのが仇となった。この一般人が知らない『特別局』という影の機関はネットの中ででまことしやかに囁かれていたのだと知る。
「要するに最後の一人になればいいのです。簡単ですね?
では!初め!」
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる