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ご挨拶
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猫カフェ予定地である商店街の入り口から、何軒もの物件のシャッターが降りていましたが、一つだけ開いているお店がありました。
「せっかくじゃし、開いている店に挨拶でもどうじゃ?」
ぬんさんにそう言われ、それもそうかと私たちはそのお店に入りました。
「いらっしゃいませ!」
奥から人の良さそうなおばちゃんが出てきました。
「近く、この商店街に店を出すものでしてな。ご挨拶をと思いまして」
ぬんさんもにこやかに話します。もちろん私は固まっています。
「あらあら! それはそれは! 何のお店なんですか?」
「えっと……猫カフェと喫茶とエステと美容院です……」
勇気を出して、ドキドキしながらも私が答えました。
「そんなにたくさん!? まぁ賑やかになるわねぇ! うちはね、メインはハンコ屋なんだけど……」
と、語り始めたおばちゃんです。奥の工房で作業しているらしい、このハンコ屋のおじちゃんの元に嫁いだけども、おばちゃんの実家は印刷屋さんらしいです。
今ではハンコの作製の他に、名刺やチラシの印刷も承っているらしいです。お店のハンコとか必要ですし、今度頼みましょう!
「あとね、この辺は近くに文房具屋がないから、種類は多くないけど伝票や筆記用具も扱ってるから、どうか贔屓にしてちょうだい」
「はい、ぜひ利用させていただきます」
ぬんさんのお返事に頬を赤らめるおばちゃんです。うん、イケメンダンディーの破壊力は身をもって知ってます。だいぶ慣れたけど。
ハンコ屋さんを出てさらに商店街を奥に進みます。シャッターだらけで開いているお店がないまま、私たちは商店街の中心地点にある十字路に差し掛かりました。
以前上空からも確認しましたが、この歩行者専用道路の十字路は、商店街と付近の民家街を繋ぐ道のようです。
その十字路の角地に酒屋さんがありました。もちろん、ここにもご挨拶するために中に入ります。
「こんにちは」
またしてもぬんさんがさり気なく、それでいて爽やかに挨拶しながら入って行きます。見習わないと……。
「いらっしゃい!」
四十代くらいの、ガタイのいい男性が出てきました。
「近々、商店街に出店することになりましたのでな、ご挨拶をと思いまして」
自然に言葉が出てくるぬんさんが羨ましいです。そしてハンコ屋さんの時のように、何のお店を出すのかを聞かれたので答えると、酒屋さんがウキウキとしているのが分かります。
「もし酒を取り扱うなら、うちの店を使ってな! ソフトドリンクも取り扱ってるし、ちゃんと店まで配達もするぞ!」
おぉ! これは早めに猫又さんたちとメニューを相談して、ぜひ利用させてもらいましょう。
「今日は個人的に、酒を見せてもらっていいか?」
いきなりユキさんがアピールし始めました。そうですよね、皆さんお酒好きですし。
「はいよ! ゆっくり見てくんな!」
酒屋さんの言葉を聞いて、ユキさんは真っ直ぐに日本酒コーナーへ。ぬんさんは焼酎コーナーへ。そして私はソフトドリンクコーナーへと散らばります。
喉が渇いていたので、ペットボトルの紅茶を持ってレジカウンターへ行くと、ちょうどユキさんとぬんさんも戻って来ました。……ホクホクとした笑顔で。
ユキさんの手には一升瓶がありました。
「えぇと……とよ……さかずき……ですか?」
「豊盃だ。これもまた美味いんだ」
ユキさん、普段からこの笑顔でいればいいのに……と思うほどの、眩しい笑顔です。
そしてぬんさんの手には、瓶ではなく四角い箱が。
「ぬんさん、何ですかそれ?」
「まさかの限定酒があったんじゃ! よく残っておったのぅ」
ぬんさんが珍しく大興奮です。対して酒屋さんは驚いています。
「あれ? よく見つけましたね。それ仕入れたのはいいけど、この辺の感覚だと高いんで売れなくてね」
苦笑いの酒屋さんです。あえて値段は聞きませんでしたが、甕雫って焼酎の極ってやつで、なんと大理石の瓶と大理石の柄杓がセットになってるそうで……絶対に値段は聞かないと決めました。
「そちらのお姉さんもいい酒を選んだね」
「元々は東北の生まれでな、水が合うんだろうな。最近は田酒ばかり飲んでいるから、たまには違う物をと思ったんだ」
「いい酒飲んでるねぇ!」
ユキさんと酒屋さんが笑顔で意気投合しています……。レアです! 超絶レア!
「はい、お釣りだよ。ありがとうね。これからも酒田酒屋をよろしく!」
「あ……酒田さんって仰るんですね?」
「そう、酒田だよ! 酒田酒屋って早口言葉みたいだから、酒田でも酒屋でも呼びやすい方で呼んでね」
確かに早口言葉みたいです。
「昔はね、この酒屋もたくさん人が来てたんだけどな。高齢化の波が押し寄せて、酒好きのじい様たちがどんどん亡くなっていってね……実はその甕雫も必ず購入するじいさんがいたんだけど……亡くなっちゃってね……」
なんか遺品みたいに言わないでください……。
「とにかく昔のように、この商店街に活気が戻って欲しいと思ってはいるんだよ。これからもよろしくな」
酒田さんに見送られ、私たちは店を出ました。十字路を渡り、さらに商店街の奥へと進みます。相変わらずシャッターは続いていましたが、奥側に半分ほど進んだ辺りで買い物客らしき人たちが見えました。
「ここはちゃんと商店街っぽいですね……」
そう呟きながら近付くと、そこには八百屋、肉屋、魚屋がありました。八百屋さんの向かいに、隣同士で肉屋さんと魚屋さんがあり、数人のおばあちゃんたちが買い物をしていました。
「せっかくじゃし、開いている店に挨拶でもどうじゃ?」
ぬんさんにそう言われ、それもそうかと私たちはそのお店に入りました。
「いらっしゃいませ!」
奥から人の良さそうなおばちゃんが出てきました。
「近く、この商店街に店を出すものでしてな。ご挨拶をと思いまして」
ぬんさんもにこやかに話します。もちろん私は固まっています。
「あらあら! それはそれは! 何のお店なんですか?」
「えっと……猫カフェと喫茶とエステと美容院です……」
勇気を出して、ドキドキしながらも私が答えました。
「そんなにたくさん!? まぁ賑やかになるわねぇ! うちはね、メインはハンコ屋なんだけど……」
と、語り始めたおばちゃんです。奥の工房で作業しているらしい、このハンコ屋のおじちゃんの元に嫁いだけども、おばちゃんの実家は印刷屋さんらしいです。
今ではハンコの作製の他に、名刺やチラシの印刷も承っているらしいです。お店のハンコとか必要ですし、今度頼みましょう!
「あとね、この辺は近くに文房具屋がないから、種類は多くないけど伝票や筆記用具も扱ってるから、どうか贔屓にしてちょうだい」
「はい、ぜひ利用させていただきます」
ぬんさんのお返事に頬を赤らめるおばちゃんです。うん、イケメンダンディーの破壊力は身をもって知ってます。だいぶ慣れたけど。
ハンコ屋さんを出てさらに商店街を奥に進みます。シャッターだらけで開いているお店がないまま、私たちは商店街の中心地点にある十字路に差し掛かりました。
以前上空からも確認しましたが、この歩行者専用道路の十字路は、商店街と付近の民家街を繋ぐ道のようです。
その十字路の角地に酒屋さんがありました。もちろん、ここにもご挨拶するために中に入ります。
「こんにちは」
またしてもぬんさんがさり気なく、それでいて爽やかに挨拶しながら入って行きます。見習わないと……。
「いらっしゃい!」
四十代くらいの、ガタイのいい男性が出てきました。
「近々、商店街に出店することになりましたのでな、ご挨拶をと思いまして」
自然に言葉が出てくるぬんさんが羨ましいです。そしてハンコ屋さんの時のように、何のお店を出すのかを聞かれたので答えると、酒屋さんがウキウキとしているのが分かります。
「もし酒を取り扱うなら、うちの店を使ってな! ソフトドリンクも取り扱ってるし、ちゃんと店まで配達もするぞ!」
おぉ! これは早めに猫又さんたちとメニューを相談して、ぜひ利用させてもらいましょう。
「今日は個人的に、酒を見せてもらっていいか?」
いきなりユキさんがアピールし始めました。そうですよね、皆さんお酒好きですし。
「はいよ! ゆっくり見てくんな!」
酒屋さんの言葉を聞いて、ユキさんは真っ直ぐに日本酒コーナーへ。ぬんさんは焼酎コーナーへ。そして私はソフトドリンクコーナーへと散らばります。
喉が渇いていたので、ペットボトルの紅茶を持ってレジカウンターへ行くと、ちょうどユキさんとぬんさんも戻って来ました。……ホクホクとした笑顔で。
ユキさんの手には一升瓶がありました。
「えぇと……とよ……さかずき……ですか?」
「豊盃だ。これもまた美味いんだ」
ユキさん、普段からこの笑顔でいればいいのに……と思うほどの、眩しい笑顔です。
そしてぬんさんの手には、瓶ではなく四角い箱が。
「ぬんさん、何ですかそれ?」
「まさかの限定酒があったんじゃ! よく残っておったのぅ」
ぬんさんが珍しく大興奮です。対して酒屋さんは驚いています。
「あれ? よく見つけましたね。それ仕入れたのはいいけど、この辺の感覚だと高いんで売れなくてね」
苦笑いの酒屋さんです。あえて値段は聞きませんでしたが、甕雫って焼酎の極ってやつで、なんと大理石の瓶と大理石の柄杓がセットになってるそうで……絶対に値段は聞かないと決めました。
「そちらのお姉さんもいい酒を選んだね」
「元々は東北の生まれでな、水が合うんだろうな。最近は田酒ばかり飲んでいるから、たまには違う物をと思ったんだ」
「いい酒飲んでるねぇ!」
ユキさんと酒屋さんが笑顔で意気投合しています……。レアです! 超絶レア!
「はい、お釣りだよ。ありがとうね。これからも酒田酒屋をよろしく!」
「あ……酒田さんって仰るんですね?」
「そう、酒田だよ! 酒田酒屋って早口言葉みたいだから、酒田でも酒屋でも呼びやすい方で呼んでね」
確かに早口言葉みたいです。
「昔はね、この酒屋もたくさん人が来てたんだけどな。高齢化の波が押し寄せて、酒好きのじい様たちがどんどん亡くなっていってね……実はその甕雫も必ず購入するじいさんがいたんだけど……亡くなっちゃってね……」
なんか遺品みたいに言わないでください……。
「とにかく昔のように、この商店街に活気が戻って欲しいと思ってはいるんだよ。これからもよろしくな」
酒田さんに見送られ、私たちは店を出ました。十字路を渡り、さらに商店街の奥へと進みます。相変わらずシャッターは続いていましたが、奥側に半分ほど進んだ辺りで買い物客らしき人たちが見えました。
「ここはちゃんと商店街っぽいですね……」
そう呟きながら近付くと、そこには八百屋、肉屋、魚屋がありました。八百屋さんの向かいに、隣同士で肉屋さんと魚屋さんがあり、数人のおばあちゃんたちが買い物をしていました。
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