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第2章の6「私たちに任せて」
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抹紅中学校プールサイドには、竜沢と隆正を含み、数多くの見物人が集まっていた。見物人の中には制服姿の矢崎アヤも居る。アヤの手にはまだ包帯があり、争奪杯には出場していない様子。
そして竜沢達は、里奈から受け取った手作り弁当を食べていた。
「えぇ天気で良かったなぁー。それにしても七月さん、大丈夫かいなぁ。」
七月の事を心配して…いる割には、ほのぼのと唐揚げを頬張りながら空を見上げる隆正。縁側のじいさんのようである。
「アホ、あの七月にそんな心配はいらねー。もうとっくに吹っ切れてるよ。」
そう言いながらも少し不安な竜沢だったが、すぐに『この卵焼き…うめぇ~』という感情が不安な気持ちを上回っていた。そして選手達がプールサイドに集まって来た。
「おお!七月さーん!」
七月の水着姿(もちろんスクール水着&スイムキャップ)を見て、感動しながら声援を送る隆正とその他男子生徒達。水泳の授業は男女別となっている龍青学園で、しかも七月は水泳の授業を色々な理由を付けて見学にする為、実際超激レアなのである。次にスク水の流香も登場。ちなみに女子のスクール水着は、学園都市内全中等部とも同じ規定で、黒色または紺色のワンピースで、露出の高くない物であれば良しとされている。そして男子には規定無しという…何か『興味無し』的な無関心さが見える…。
「天野さーん!頑張ってくださーい!」
「L・O・V・E・アイラブ流香ー!」
「七月ちゃーん!最高だー!」
「めっちゃ可愛い!七月さーん!」
大人気の流香&七月。女の子の黄色い声援も飛んでいるが、太い男の声援の方が目立つ。中には大会開始直後から場所取りで並んでいる男共も居たとか…。
「ん?」
視力が良い竜沢は、七月の右耳のある物に気付いた。いつもは髪で見えない耳がスイムキャップによって露わになり、そこにある小さなイヤリングが見えたのだ。
「あれって…どっかで…」
竜沢は、そのイヤリングがかなり気になった。
「全員整列!では只今より争奪杯第七試合、水上平均台バレーボール開始します!」
審判の合図後、プール内に三つ並べられた平均台に上る為に、温度調整によってやや温めに調整されているプールにつかる選手達。
「七月、頑張ろうね。」
「うんっ。」
平均台に上る時に一言だけ会話を交わす二人。
水上平均台バレーボール、プールに設置された平均台(安全の為クッション性のある素材で覆っている)の上で、基本的にはバレーボールのルールに従い、ビーチバレーのボールを使って行われる競技である。得点は十点先取の三セット。平均台の上で行う為、バランスが命のこの種目。三つある平均台上であれば移動は自由だがプールに落ちた時点でその選手は失格。つまり点数云々の前に相手選手全員をプールに落としてしまえば勝負は決まるという訳だ。
「…さて、思いっ切りやるか。」
先にプールに入っていた学美は、七月の右耳のイヤリングを見て優しく微笑んだ後、目付きを鋭く変える。その学美の視線に気付いた七月。
「学美、行くよっ。」
「来い、七月。」
お互い声が聞こえた訳ではない。しかし、何故か理解出来た。
「先行、抹紅中学校!」
アヤも見守る中、審判の笛の音で試合は始まった。
そしてここは藍川堤防沿いの道。
「いいか、必ず成功させろよ。」
「で、でもマッスル、これは…」
「お前等!部がなくなったままでいいのか?!」
吠えるマッスル。またまた自分の手を汚さずにGCSAを倒すつもりであった。いつも人の弱味に付け込むその姿は、正に悪の手本と言えよう!
「ふひひひひ、さあ来いGCSA!」
いいぞマッスル!笑い方もキモい!
「よ~い…」パァン!
龍青学園では今、鉄人レースが始まった。この種目には移動玉入れドッヂボールを勝利に導いた一人、甲が連続で出場している。
ではここでコースを説明しよう。まずは龍青学園の外周を走り、曲がりくねった小道を通った後、レース開始時に配布されたローラースケートを履き、恋愛成就で有名な刻天(こくてん)神社まで滑って行くのだ。
その後、刻天神社の長い石段を駆け上り、境内を超えて行くと藍川に出るので、そこからは用意されているイカダに乗って川を渡る。川の向こうには担ぐ為の紐を設置されたタンスが用意されており、そこからタンスを担いで急斜面の上り坂を駆け上がり、タンスを下ろした後、ゴールである抹紅の外周である下り坂を通って校庭に入り、トラックを回ってフィニッシュ!となっている。
「…。」
甲は口を閉じたまま、ぐんぐんと前へ出る。体力を温存している他の選手と違い、けっこうなスピードで走る甲であった。この先マッスルの妨害があるとは知らずに…。
抹紅中学校プールでは七月達の激しい戦いが繰り広げられていた。
「っりゃあ!」
「きゃあ?!」
学美のスパイクが火を吹き、龍青の選手が一人、プールに落とされた。
「くっ!」
やられた、という表情の七月。
「ふっ、随分減ったね。」
誰に言うでもなくボソリと呟き、口元に笑みを浮かべる学美。既に二セット終了し、共に一セット取っていた。つまり現在三セット目、最終勝負の真っ只中である。龍青側はすでに三人がプールに落ちて失格となっており、抹紅側はまだ五人残っていた。
「ちょっとマズイって感じかな、流香。」
「…七月、あれいくよ。」
前衛の流香が後衛の七月に言った。そのセリフに七月は、ゆっくりとうなずいた。
「しんちょ~…そーれっ!」
観客のしんちょーそーれに合わせ、抹紅側がサーブする。それを七月がレシーブで受ける。そしてもう一人の龍青選手が、流香の指示で高めにトスする…と同時に、真ん中の平均台にいた七月が前に走り出した!更に左の平均台にいた流香も真ん中に移動し、屈んだ!そして屈んだ流香の背を踏み台にして、七月が飛んだ!
「何っ?!」
これには学美も驚いた!
〝急角度流星スパイク!〟
声に出すのは少し恥ずかしいので心の中で技名を叫ぶ七月!
「ええーい!」
掛け声と共に放たれた急角度のスパイクが、抹紅の前衛に直撃!レシーブを失敗しプールに落ちた。そして斜めに飛んだボールを無理に拾おうとして後衛の選手も一人落ちた。結局ボールはプールサイドへ落下。
「うおおーっ!」
興奮して叫ぶ隆正と、その真横で耳をふさぐ竜沢。龍青生徒達も大騒ぎである。
「上手くいったね、七月っ。」
「やりぃ!」
喜び合う流香と七月。
「な、何て奴らだ…一歩間違えば自分も落ちるってのに。信頼…なのか?」
冷や汗を流す学美。それは技自体の事だけでなく、飛んだ後の事を言っていた。着地する時、バランスを崩した七月を流香が補助していたのだ。それは絶妙のコンビネーションであった。
「ふっ、おもしろい。おもしろいね、あの二人。…さあ!気持ち切り替えて行くよ!」
ビビっていた他の選手達に声をかける学美。
「ふぅ~、さすがね。一気に流れを持っていきたかったけど、今ので一方的な流れは止められた…かな。」
「何言ってんの流香。相手のミスなんていらないよ。実力で勝つ!絶対ね!」
気合いを入れる七月を見て『こっちもさすがね』と思う流香であった。七月と学美の気合い勝負は引き分けと言えよう。
「どちらもやりますね。」
竜沢の横に鏡が来た。
「鏡っ?…どうやらそっちは順調にいった様だな。」
「ええ、もちろんっ。」
そう言う鏡を見て少し微笑んだ竜沢は、七月達の方に向き直り真剣な顔になった。
「頑張れよ、七月、流香。」
そう呟く竜沢を見て、今度は鏡が微笑んでいた。そして…
「あ、僕にもお弁当ください。」
食い気に走る鏡であった。
後続をかなり引き離し、刻天神社にトップで到着してローラースケートからスニーカーに履き替えている甲を、陰から見ている者が数人。
「おい、来たぞ!」
「よ、よし、やるぞ!」
甲はその気配に気付き、振り向いたが…
「ご免!」
ばっしゃあー!
「ご免!」
さささー。
「……。」
一瞬の出来事だった。甲はバケツ一杯(二人にやられたので二杯)の油を掛けられた。
「…安物のサラダ油か。」
普通とは違った角度から分析する甲。しかしその分析に何の意味もない。
「さて…。」
気にも留めず先へ進もうとする甲。しかし、この神社の五十段もある石段を駆け上がらなくてはならない。油まみれの甲は、ちと滑る。
「むぅ…」
滑ってうまく石段を上れない甲。オマケに体がベタベタしていて気持ち悪い。
「…日に焼ける、な。」
気にするとこ、そこではない。
「まぁいい。」
甲は滑りながらも強引に石段を越えていった…。マッスルの妨害を力技で無理矢理乗り切る男、谷角甲!しかし少し手間取った分、後続との距離が縮まってしまった。だが神社を抜ける頃には、また引き離していた。
それにしてもマッスル、あちこちにいる監視員の目をうまく逃れて邪魔をするとは…さすが卑怯者である!
そして抹紅中学校では、遂に…!
「あ、あと二人…」
息を呑むアヤ、そして隆正達。現在、水上平均台バレーボールはどちらも二人の選手を残すのみの戦いとなっていた。流香と七月、それに学美は残っている。点差は九対六で抹紅が勝っていたが、全員をプールに落とせば勝ちというルールがある為まだ勝負の行方は分からない。次のサーブは抹紅側なので、七月達は崖っぷちだが急角度流星スパイクを放つチャンスでもある。
「七月、最後だ。」
「あんたのね。」
ネットを挟んで前衛の学美と七月が微笑みつつ睨み合う。
「しんちょ~…そーれっ!」
抹紅からサーブが放たれた瞬間、七月と流香は素早く入れ替わる!そして七月がレシーブ!それを流香が真上に高くトスし、屈んだ!
「よしっ!」
学美は構えた!真っ向から急角度流星スパイクを受ける気だ!
「はぁっ!」
走ってきた七月が飛ぶ!
「行くよ、学美!だぁぁーっ!」
「来い、七月っ!」
二人の気迫がぶつかる!
バッ…シィッ!
「し、しまった!」
学美は何とかレシーブしたが、かなりバランスを崩した!しかもボールは低い弾道で斜め後ろに飛び、後衛の選手がこれを咄嗟に弾いたが、これまた低い弾道で斜め前に飛んだ!これで誰もが、学美がプールに落ち、龍青が勝つと思っただろう。しかし学美はその無理な体勢からこのボールに飛び付いたのだ!そしてボールに届く学美!だが…
「学美ぃ?!」
七月が叫ぶ。学美はバランスを崩した無理な体勢からボールを拾った為、そのままコート間ネットのポールに後頭部を激突させ、プールに落ちた。アヤも学美の名を叫び、悲壮な顔で前に出た。
「やばい!」
竜沢がプールに飛び込もうとした…その瞬間!
「な、七月っ?!」
竜沢は、七月がプールに飛び込むのを見た。七月はネット下を潜り抜け、気を失っている学美を救い上げた!
「しっかりして、学美!」
プールサイドに学美を寝かせ、呼びかける七月。竜沢とアヤも駆け寄ってきた。
「う…」
学美はゆっくりと目を開けた。
「よ、良かった…」
七月とアヤが涙ぐんでいるのを見て、学美は少し微笑んだ。
「馬ぁ鹿。私がこれぐらいでまいるかよ。」
強がる学美に、苦笑して『やれやれ』といった仕草をする竜沢。
「でも、まぁ…私の負けだ。」
学美は上半身を起こした。
「いや、勝ったのはお前達だ。」
負けと言った学美に、竜沢はそう言った。実は学美が飛びついて拾ったボールは、偶然にもネットをギリギリ越えて七月がいた辺りに落ちたのだ。つまり…
「ウオン・バイ・抹紅中学校!」
審判の声が上った。
「負けたね、七月。」
プールから上って、スイムキャップを脱ぎながら近寄る流香。
「ご、ご免っ。」
「何言ってんの。」
謝る七月に流香は微笑みで返す。そして学美は…
「…それでも、あんた達に勝った気しないよ。」
今まで見せた事がない、学美の最高の笑顔であった。そんな学美達に、観ていた生徒達から拍手が巻き起こった。
「いいぞー!」
「最高だったわ!」
「感動しましたー!」
呆然とする学美だが、横にいた竜沢が手を差し出すと、フッと微笑んでその手を取って立ち上がった。
「一応、頭は見てもらった方がいいですよ。」
「鏡の言う通りだな。さぁ、肩を貸すぞ。」
「ぬれるよ?」
「いいから。」
「…悪いね。」
竜沢に肩を借り、学美は仮設保健室へ向かった。無論、七月とアヤも一緒である。
こちらは藍川。相変わらずトップ独走中の甲は、イカダに乗って川を渡り始めていた。
「さっきから監視員がいないな。…むぅ?」
甲のイカダに両側面から何かが近付いて来る!
「谷角甲…許せ!」
それはカヌーであった。両側からカヌーが突っ込んで来て、甲のイカダの前後を横切る。その際に大きな針のついたロープをイカダに引っ掛けた。そして、そのままカヌーは進む。イカダは急激にゆれ、甲は藍川に落ちた!するとカヌーはロープを捨て、その場を去って行った。
「…さてと。」
甲はさっきのサラダ油が少しは洗い流されると考えながら、ゆっくりと流されているイカダに向かって泳ぎ出した。
「少し服が重いな。」
イカダに辿り着いた甲は、何事も無かったかのように再びイカダを漕ぎ出した。
抹紅中学校仮設保健室。学美の頭は、気持ち悪くなるようなら病院へ行くよう言われたが、とりあえずは心配ないとの事だった。
「お~痛っ。でっかいコブになってるよ。」
自分の後頭部をなでる学美。
「コブが出来てない方が恐いんじゃないのか?それにしても、無茶したな。」
「そうそう、神ちゃんの言う通りよ。いくらサイボーグの様に頑丈な学美でも頭は気を付けなきゃ。ねー?アヤ。」
「ねー?七月。」
七月とアヤのコンビネーション。
「あんたらねー…」
怒ったような言い方だが、何となく同じ学校だった頃を思い出して、実は嬉しい学美。
「まぁいいや。それで約束の事だけど…。」
約束…それは勝負の前に食堂前休憩所でした、あの約束である。
「さ、さあ?何の事やら…ほほほっ。」
白々しくとぼける七月。
「私が勝ったら何でも言う事を聞く…だったね。」
「う…。」
誤魔化しきれず、冷や汗をかく七月。
「あんたが黙って、私が話す喧嘩の原因を聞く…ってのはどうだい?」
「………はぁ?」
少し考えてから、素っ頓狂な声を出す七月。それもそうだろう。学美が言ってる事は、七月が勝った時の条件『喧嘩の原因を教える』と同じ事だからだ。
「どうだい?と言っても、あんたは私の言う事を一つ聞かなきゃいけないんだから選択の余地はないけどね。」
「つまり黙って聞け…だとさ、七月。」
そう言って、楽しそうに笑みを浮かべてる竜沢。
「わ、分かった。黙って聞くよ。」
何故か背筋を伸ばす七月。そして学美は、ゆっくりと話し出した。
「あれは、あんたが引っ越してった日の前日…
「引っ越すだって?!」
クラスの女子に聞かされる学美。
「そんな事あるかよ!私は何も聞いてない!」
学美は驚きのあまり、頭に血が上っていた。
「七月、言いにくかったんじゃないかな?学美とは一番の仲間だって言ってたから。」
「だからって…。それで七月の奴、今何処に?!」
「今日は引っ越しの準備で休んでるよ。」
アヤがそう言い終わる前に、学美は走り出していた。
「ちょっと学美?!午後の授業はどうすんの?!」
「後頼む!」
七月の住む団地に向かって全速力の学美。そして…
「はぁ、はぁ、はぁ…」
学美は、団地の前で突っ立っている七月を見付けた。
「七月!」
「?…ま、学美?!」
七月はかなり驚いた。
「どういう事だよ…。」
「ま、学美、怒ってる?」
「どういう事なんだい?!」
「え、え~と、何と言うか…その~…ねっ。」
訳の分からん『ねっ』であった。
「…七月、勝負だよ。私が勝ったら、何でも言う事を一つ聞いてもらう。」
「えっ?」
「分かったね!明日、ペンギン公園で待ってる!」
そう言うと、学美は走り去った。
「ま、学美?!」
七月は追う事も出来ず、ただ見送った。
そして次の日、学校で仲間達と最後の挨拶をする七月。
「七月、元気でね。」
「アヤもね。」
「昼休みに行っちゃうの?」
辛そうな表情のアヤと他の仲間達。
「うん…。ところで…学美は?」
「今日は来てないみたいだよ。」
「どうしたんだろ?今日で七月とサヨナラなのに…。」
仲間達も不思議に思っていた。
「そう…。家に帰る前に、学美んとこに行ってみようかな。」
しかし、学美は家に居なかった。渋々帰る七月。
「なっちゃん、何してたの?もう行くわよ。」
「あ、ご免、お母さん。」
結局時間もなく、七月は学美と会えずに引っ越して行った。
…それで、私はその後、三日間熱出して寝込んだんだよ。」
「?…何で私が引っ越して、学美が熱出すの?」
七月の素朴な疑問。その疑問に学美は眉を引きつらし、アヤは苦笑い。
「私ゃあんたのそういうとこが気に入らないんだ。」
「何の事?」
七月の素朴な疑問パート2。
「あの日の公園は寒かった…って事さ。」
学美の言葉に、竜沢はピンときた。
「学美は朝一から公園で七月を待ってたんだよな、勝負する為に。」
竜沢の言葉に『そうなの?』という顔をして、学美の方を見る七月。
「ったく。どうせあんたは私が朝から公園にいるとは思い付かなかったんだろ?学校帰りに勝負するんだって思ってたんだろ。」
「そ、そう。…それで、学美が学校を休んでたから、てっきり風邪でも引いたんだろうと…」
「のこのこ見舞いに来た訳か。私が公園で待ってるとも知らずに。」
「だ、だって、私にとっちゃ学校のみんなと会える最後の日だったんだよ?朝一から学美と勝負なんて微塵も考えてなかったってっ。」
必死に説明する七月。
「ふっ、そりゃそうだね、冷静に考えれば、そうだよね。でもあの時、引っ越しの事を聞かされてなかった私はあんたに裏切られた様な気がして…熱くなってたんだ。」
「うっ、ご、ご免。何か学美には言い出しにくくて…。」
「それで久しぶりに会った時、学美が怒ってた理由すら分かってなかった七月に腹が立った…って訳か。」
竜沢がそう言うと、学美はうなずいた。
「そっか。そうだったんだ。」
納得する七月に、今度は学美が苦笑い。
「全然変わらないな、七月。」
「むっ!それって私が成長してないって事?!」
少しむっとして、七月は話しを続ける。
「少しだけど背は伸びたし胸も大きくなったんだよ!ちゃんと成長してるんだからね!」
「あ、あのな…」
学美とアヤは頭を抱えた。竜沢は…
「で、サイズは?どれくらいかね?ん?」
エロ親父になっていた。
「あ、あのな…」
学美とアヤは頭を抱えた。
「あ。ところで、その何でも言う事を一つ聞いてもらうって話し…なんだったの?」
「ああ、それね。それは、その…」
急に照れる学美に、不思議な顔をする七月と竜沢。
「ひ、引っ越してもずっと…ま、まぁその…し、親友でいろよ…って…」
顔を赤らめて指でポリポリと頬をかく学美に、七月はこれ以上ないくらいニヤけた。
一方、甲は藍川を越え、抹紅に向かって小道を走っていた。
〝色々あったが合体サッカーには間に合うな〟
そんな事を考えていた甲に次なる魔の手が迫っていた。
「タンスを担ぐ時が狙い目だ。」
「で、でもこんな事…。」
「何も言うな。俺だってこんな卑怯な事したくない。しかし俺達の部を復活させる為には…これしか…。」
「は、はい…。」
どうやら、またしてもマッスルの口車に乗せられている様だ。実は彼らは、全て自分達の部を失った者達なのだ。人数が少ないとか問題を起こしたとか、そういった理由で廃部にされた者達…。その部を復活させて欲しいならと、マッスルに言われたのだ。
しかし彼らは知らない…それらの部の中には、マッスルが気に入らないという理由だけで廃部させたものもあるという事を…。そしてこんな事をしてもマッスルは部を復活させる気は毛頭ない、という事を…。
「ここも監視員がいない。」
甲は、監視している者の数が少な過ぎると、ずっと感じていた。ちなみにここの監視員も既にマッスルに背後から殴られ、気を失ったまま草場の陰に隠されていた。
「…とにかく行くか。」
甲がタンスを担いだ、その瞬間!
「すまん!」
甲の背後から抹紅の男生徒が三人、何かを持って襲いかかって来た!
「むう?!」
気付いた時はもう遅かった。甲は…担いだタンスに冬物の服をしまわれた。
「すまん!」
男生徒達は走り去った。
「くっ、むっ!」
甲はふらついた。タンス内にかなりの量の冬物衣料を入れられた様だ。
「せ、せめて夏物なら…」
珍しく弱音を吐く甲。この攻撃は相当効いた様だ。それならタンスを下ろせばいいじゃないか?と思うだろうが、実はそうではない。ルールとして、一度担いだタンスは決められたコースのタンス置き場まで下ろしてはいけないのである。下ろしたり引き出しを外したりすればその時点で失格となるのだ。監視員が居なくとも律儀な甲はタンスを下ろす事はしない。これが竜沢なら間違いなく下ろすだろう!
その時、後続の選手が追い付いて来た!
「ちぃっ、先に弁当を食っておけば…」
甲は、次々にくる妨害よりも空腹の方が堪えているようだ。だが、とにかく今は竜沢達のいる抹紅にトップで生還する為に走り出す甲であった。
抹紅中学校運動場。鏡達は合体サッカーに出る為、ここに集まっていた。
「あ、来ましたよ。」
「おっせぇぞ神侍!」
歩いて来る竜沢達に、声を掛ける隆正ら。
「おう、集まってるな。」
「竜沢さぁんっ。」
早速、竜沢にへばりつく咲子。
「鏡くん、勝ったのね。」
「流香さんもルーレット弓道、さすがでしたね。平均台バレーは惜しかったですが。」
にこりとする鏡に、少し照れる流香。
「あれ?甲くんは?」
「何言ってるの、七月。甲くんは今こっちに向かって走ってるでしょっ。」
流香の言葉に『あ、そうか』という顔をする七月。
「もうそろそろ着く頃じゃないですか?」
「そうだな。よしっ、みんなで校門まで迎えに行ってやるか。」
竜沢達はぞろぞろと校門に向かった。
しかしみんなの期待とは違い、抹紅中学校校門に先頭で入って来たのは抹紅の選手であった。
「そんな…甲くんがトップじゃない?!」
七月は驚きを隠せない。他のみんなもそうであった。
「あいつ、甲よりすげーのか?」
「…いいえ、違いますよ竜沢くん。」
鏡が、校舎に付いている時計を見て言った。流香もうなづき、話し出す。
「ペースが遅すぎね。甲くんならもう着いてないとおかしい時間よ。」
「つまり甲に何かあった…って事か。」
竜沢の言葉にうなずく流香と鏡。それを聞いて七月達は焦る。
「どうしようっ、大変な事になってなければいいけど…。それに合体サッカーのキーパーは甲くんしか居ないよっ。試合に間に合わないんじゃ…」
七月の言う通り、甲の到着が遅くなれば合体サッカーに出る事が出来なくなるのだ。甲のペースなら試合開始までに間に合う筈だったのだが…。
「最悪、代わりを用意しといた方がええんとちゃうか、神侍!」
「いや、甲なら来る。…だろ?」
竜沢は、鏡を見て言った。
「ええ、そうですね。」
鏡は、竜沢を見てニコやかに答えた。
〝むっ!〟
流香は、何故か竜沢に対してライバル心を燃やした。
「あ、あかん!」ブーッ!
隆正は、スカそうと頑張っていた屁がヤバイ音を立てて出てしまったので焦った。
「行ってみる?霊界。」
七月は、笑顔で隆正の首を絞め上げた。
「あぁ、あれ見て下さぁい!」
隆正の脳裏に花畑が出てきた頃、咲子が叫んだ!
「ぬうん!」
ボロボロの体操服に、顔も体も傷だらけの甲が物凄いスピードで校門を抜けて来た!
「来たか、甲。……お前の弁当、ちゃんと取ってあるぞ!」
「…。」
竜沢の声が聞こえた甲は、無言で腹をおさえた。
「ぬぅおおおっ!」
そして猛獣の様な雄叫びと共に先頭の選手に迫る甲!もはや頭の中には弁当しかない!
「う、うわっ、く、来るなぁー!」
先頭の抹紅選手は恐くて全速力で逃げる!だが甲の方が数段速かった。ゴール寸前、抹紅選手に追いつく甲!そして…
「ゴール!…ウオン・バイ・龍青学園!」
ゴールのテープを切ったのは甲だった!鉄人レースは龍青学園の勝利だ!
「よっしゃあ!」
「やったぞ甲!」
おおいに騒ぐ隆正達。そして甲は…ばったりと倒れた。
さてここで、今までの結果を見てみよう。
龍青側・第一試合、格闘キック野球、龍青勝利。第二試合、片手薙刀、龍青勝利。第三試合、五十メートル転送、龍青勝利。第四試合、百メートル逆走、抹紅勝利。第五試合、水中お宝捜し、抹紅勝利。第六試合、ルーレット弓道、龍青勝利。第七試合、移動玉入れドッヂボール、龍青勝利。第八試合、鉄人レース、龍青勝利。
そして抹紅側・第一試合、アメフトバスケ、抹紅勝利。第二試合、棒横飛び、抹紅勝利。第三試合、片手柔道、抹紅勝利。第四試合、金属バットゴルフ、抹紅勝利。第五試合、障害物騎馬走、龍青勝利。第六試合、校舎クライミング、抹紅勝利。第七試合、水上平均台バレーボール、抹紅勝利。第八試合、男女混合二千メートルローラーブレードリレー、龍青勝利。
そして最終試合の合体サッカーと合体テニスだけは同時ではなく順番に抹紅で行われる。
現在、八対八…つまり残る二試合、両方勝利した方の勝ちとなる。ちなみに引き分けになった場合は、最後に行われるサッカーの親善試合の勝敗によって決まる事となる。
「谷角くん!」
ゴールした後そのままぶっ倒れた甲に、七月達が駆け寄って来た。
「甲、何があったか分からんが…出れるか?」
「ふん…竜沢、俺は大丈夫だ。この程度のダメージ、手負いの熊と戦った時に比べればどうという事はない。」
〝戦ったんかい?!〟
その場の全員が心の中でそうツッコんだ。
「それより…いや、後で話す。」
「ん?まぁとりあえず分かった。予定通りキーパーを頼むぞ、甲。」
「ああ。だがその前に…メシだ。」
合体サッカー…それは普通のサッカーとほぼ同じ形式なのだが、違うところは試合時間が半分である事と、イレブン全員が二人三脚のように足を紐で縛ってプレーするところだ。イレブンじゃなくてトゥエンティツーって訳である。そして男女で一組でないといけないという、ちょっとお色気有りの面白いルールになっている。
「お、おい、俺の相方は北神さんじゃなかったのか?!」
突然里奈と組まされ焦る渡。
「ごめんね渡くん。実は私……甲くんの事が好きだったの!」
シナリオにない七月の爆弾発言に、驚いたのは渡だけではなかった。
「な、七月っ、お、おま…」
言葉が詰まる竜沢。隆正は一瞬で魂が抜け、再び花畑が見えていた。
「だから、どうしても甲くんと組みたいのっ。渡くんは里奈ちゃんと組んでっ。」
七月は上目遣いで両手を合わせ、お願いのポーズをとって渡に頼んだ。
「…あ、そ、そうなんだ。じゃ、じゃあ…」
渡は、心配そうに見つめていた里奈を横目にうなづいた。
「…!」
里奈の表情が一気に明るくなり、七月も微笑んだ。そして渡達がその場を離れた後、咲子が言う。
「それにしてもぉ…七月先輩が谷角先輩を好きだったなんてぇ…咲子大大大ビックリですぅ!」
割と軽めに言う咲子。
「ふぅ~。咲ちゃんにも芝居ってバレてるよ、七月。」
ため息交じりに言う流香。
「えー?けっこう良い演技だったと思うんだけどー。」
不服そうな七月。
「あの二人を組ませる為の予定通りの行動、という訳ですね。」
鏡の言葉に、七月はニコッとした。そう、これは流香の作戦で、最初から渡と里奈を組ませていたら渡が尻込みするかもしれないと考え、こうしていたのである。まぁ七月のセリフは七月が勝手に考えたものなのだが。
「し、芝居…?お、おう、芝居な芝居。わ、分かってたよ、もちろん。」
どこかホッとしている竜沢を見てニコニコする鏡。その鏡に気付いて、竜沢は慌てて隆正に話しをフッた。
「よ、良かったな隆正っ。」
しかし…隆正は魂が抜けたまま真っ白になっていた。
「うわーっ!た、隆正しっかりしろ!戻って来ーい!」
そんなこんなで合体サッカーは始まった。竜沢は咲子と、鏡は流香と組んでいる。そして隆正は、ちょっと猿っぽい顔をしている女生徒と組んでいて更に白くなっていた。
「…良かったな。」
「だねっ。それに渡くんも里奈ちゃんの事、好きなんだと思うよ。」
キーパーの甲と七月は、仲良くプレーしている渡と里奈を見てほのぼのとしていた。
「ウオン・バイ・龍青学園!」
そして合体サッカーは龍青が勝利した。しかし抹紅の選手達も、もう悔しいとかそんな気持ちはなく、ただ試合を楽しんでいた。
「さて、あと一試合…グッと行くぞ、鏡!」
「はいはい。」
残る合体テニスには、応援している方々からの推薦により、今大会で最も活躍したと思われる上位の生徒からダメージの少ない二名が選ばれる。選ばれたのは竜沢と鏡。これに勝てば龍青学園の勝利となる!
その頃、学美はアヤと一緒に仮設保健室から出て、七月達のいるテニスコートに向かっていた。
「…ごめんな、アヤ。」
「いいって。違う学校になったって今度はいつでも会える…でしょ?休みには一緒に出掛けて、映画見たり、服買ったり…できるからっ。だから…学美のやりたいようにしなよっ。」
「アヤ…ありがとう。」
アヤの優しい言葉に涙ぐむ学美。
「それより本当に大丈夫なの?学美。」
「ああ、大丈夫だよアヤ。最後の試合は…最後の勝負だけは、しっかりと見ておきたいんだ。」
近々本気で龍青学園に転校するつもりの学美にとって、この争奪杯で龍青と戦うのは最初で最後になるのだ。その記念と言っては変だが、最後の勝負の行く末だけはその目でしっかり見たいと思っていたのである。
だが、テニスコートでは妙な事になっていた。
「もう黙ってられん!私と勝負しろー!」
斑尾校長がテニスコートに乱入して来たのだ!
「勝負しろと言われても…。」
竜沢達も面食らっていた。
「こ、校長、僕等は…」
「下がっていたまえ!君達生徒が不甲斐ないから私が出ると言っているのだ!」
自分の学校の生徒達に怒鳴る斑尾。これには抹紅の生徒も、もちろん龍青の生徒も怒りをあらわにした。
「いい加減にして下さい!僕等は楽しくやりたいんだ!」
「そうだそうだ!勝ち負けよりも、全力で正々堂々真っ向から戦う事が大事なんじゃないんですか!」
ブーイングの嵐に遭う斑尾。
「う、うるさい!君達には何もないからそんな事を言っていられるんだ!」
逆切れする斑尾に流香達は、この男こそが黒幕である事に気付いた。
「ふざけんな校長ー!」
「私達を何だと思ってるの!」
遂にはドタバタになり、収集がつかなくなってきた。こんな終わり方など誰も望んでいない…どうにかしなければと思い、竜沢が動こうとした…その時!
「見苦しいぞ、斑尾ー!」
その大声に、テニスコートに集まっていた全員が一瞬静止した。
「だ、誰だ?!」
斑尾は辺りを見回した。竜沢達はその声の主に覚えがあるので探したくはなかったが…流れ上、止むを得ず周りを見回した。
「あそこだ!」
誰かが校舎の屋上を指差した!そこには…夕日を背に立つ、白い影!
「な、なに~?!」
その場にいた抹紅の生徒達や関係者、近所の方々や親族らは全員目を白黒させた。龍青の生徒達だけは無表情になっていた。その男の額にかかれた『白』の文字と、マフラーの『根性』、そしてトランクスの『努力』と書かれた文字が光り輝く!変人か?!いや…!
「我が名は…スポーツを愛する男、白仮面!」
「し、白仮面?!」
すでに知っている龍青の生徒達以外の人達は思った…カッコ悪ぅ~と。
「とうっ!」
白仮面は飛んだ!
「きゃあ!」
「何ぃ!」
屋上から飛んだ白仮面にはさすがに全員驚いた!が、次の瞬間ずっこけた。何故なら…
「ふんっ!ふんっ!」
白仮面は、校舎クライミングで使われたロープにつかまっていたのだ。そして鼻息荒めに降りて来る!
「………………」
全員が無言でしばらく待った後、白仮面はテニスコートに到着した。
〝あ、あの御方ではなかった…〟
ビビッていた斑尾は心の中でホッとしていた。
「斑尾ー!」
「うおっ?!」
突然大声を出す白仮面に、やっぱりビビる斑尾。
「貴様…」
「う、うわっ、く、来るなぁ!」
「待って!」
ゆっくりと斑尾に向かって来る白仮面と、それにおののく斑尾との間に、一人の女生徒が割って入った。
「し、白仮面、私の話しを聞いて。」
七月だ!全員が身動き一つ出来ない状況の中、七月が白仮面の前に立ちふさがった!
「…。」
無言で七月を見る白仮面。その場にいた者達は『あの子、白仮面に食われるんじゃないか?!』と思っていた。いくらなんでもそんな訳ない。
「私に、やらせて。」
「…。」
「この人は自分の欲望の為に、学美やアヤを酷い目に合わせた。抹中の生徒に対しても龍青の生徒に対しても許せない事をした。その人たちの為にも…学美やアヤの為にも…どうしても、この手で裁きたいっ。お願い白仮面、私に任せてっ。」
七月の言葉に白仮面はしばらく沈黙。そこへ学美が入って来た!
「私からも頼むよ。」
「学美?!」
「七月、ありがとう。でも、私にもやらせてくれ。だから今のセリフ…『私たちに任せて』に変更だ。」
「学美…。」
見つめ合って微笑む七月と学美を見て、アヤも微笑む。白仮面も二人の姿を見て、そして…背を向けた。
「白仮面…。」
白仮面は、ゆっくりとその場から去って行った…かと思ったら、またすぐに戻って来た。ちょっとコケる七月達。白仮面はその手にロープを持っていた。そしてそのロープの先にくくり付けられているのは…マッスルであった!
「何だ?どうなってるんだ?」
竜沢の疑問に甲が答えた。
「後で話そうと思っていて忘れていたが…俺は鉄人レースのコース上で色々な妨害にあった。その全ては、あのマッスルという奴が裏で糸を引いていたらしい。そして最後には奴が直に襲って来てな。そこを白仮面に助けられた。時間が有れば俺が始末したかったんだがな。」
「なるほど、そういう事だったのか。」
そして白仮面はマッスルのロープをほどき、テニスの審判席に座った。
「これよりダブルステニスを行う!龍青選手、北神七月、不破学美!抹紅選手、斑尾敬造、蟹河内鉄造!コートに入りたまえ!」
何と白仮面は強引に試合を組んだ!全員驚いたが、次の瞬間大歓声を巻き起こした!
「いいぞー!」
「任せるぞー!やれー!」
全員が認めた。この試合に出るはずだった竜沢と鏡、それに抹紅の生徒も顔を見合わせてうなずき合った。七月と学美もうなずき合う。そして遂に、最終試合は七月達の手にゆだねられる事になった!全ての者達の敵、斑尾とマッスルを倒す為に!行け!七月、学美!
〝何故、七月達のフルネームを知ってるんだ?しかも学美を龍青側にしてるし…〟
そんな中、竜沢は白仮面の正体を考えていた。その強引な性格、そして自分達の事をよく知ってる人物…竜沢はそんな人を知っている…様な気がしていた。
「う~ん…ダメだ、分からん。」
「何をうなってるんです竜沢くん。始まりますよ。」
七月達の準備(テニスウェアに着替えた。観客サービスも含まれている)も整い、いよいよ試合開始である!
〝くっ…せめて竜沢を潰してやろうと思ったんだが…まぁいい。こいつらの方が楽に倒せるだろうし、川波へのダメージは大きいか。あの方も納得されるはず〟
「ふっふっふっ、君達は私をおっさんだとなめているのだろうが、私は学生時代にテニスの貴公子と呼ばれていたのだ。それにああ見えて蟹河内くんもアイスホッケー部顧問だった前は、テニス部の顧問兼コーチだったのだ。つまり我々は君達中学生が束になっても勝てない相手と言う訳なのだよ!さぁ、今ならまだやめる事も出来るぞ!恥をかく前に棄権したまえ!」
吠える斑尾。マッスルも不敵な笑みを浮かべていた。が…
「…ぷ。」
吹き出す七月。
「な、何がおかしい?!」
「だ、だって貴公子…ぷっ!ダメ、我慢できない!」
こらえ切れず、遂に大笑いする七月。つまり斑尾は、おおよそ貴公子なんて言葉の似合う顔ではないのだ。頭のてっぺんにいたっては、綺麗さっぱり毛根を失っている訳ではないものの、所々薄くなっており、その名の通りになってしまっている。笑うのを我慢していた学美や観客らも、七月の大笑いに釣られて笑い出してしまった。
「ぬう、ぐぐ…」
怒りに震え、赤面している貴公子・斑尾。
「ええい!後で後悔しても知らんぞ!ブラック…いや、審判、試合開始だ!」
「私は白仮面だ。…では試合を開始する!サービス、斑尾!」
ズバッ!
…斑尾のサーブが決まった!それは、さすがにテニスをやっていただけの事はあるものであった。ボールはワンバウンドし、七月の横を抜けて行った。
「おお、割と速い。」
「感心しとる場合か神侍!ヤバいで!」
「おや隆正くん、やっと生き返りましたか。」
「は…へ…へっくしっ!」
「ふぅ~、呑気な外野だこと。」
久しぶりのGCSA五人の絡み。だが呑気してる場合ではない。斑尾は予想以上に強い!おそらくマッスルも!
「ふっふっふっ、驚いたかね。」
「驚いたよ…貴公子。」
「ぷっ。」
学美の呟きに、またもふき出す七月。
「ぬぐぐ…」
全くビビらない二人に、更に怒る貴公子・斑尾。
「ならばもう一度喰らいたまえ!」
斑尾のサーブが火を吹く!ボールはまたも七月の横を…
「てぃっ!」
抜けずに、打ち返された!意表を突かれたマッスルは慌ててラケットを前に出したが、意外な球威にまともに打ち返せなかった。
「アウト!」
マッスルの打ったボールはライン外へ。
「おお、割と重い。」
「もっと感心せぇや神侍!凄いで!」
「おや隆正くん、七月さんがテニス上手いの知らなかったんですか?」
「む、くぁ…ふぁ~あ。」
「ふぅ~、能天気な外野だこと。」
GCSAの五人のように能天気になっていられないのは斑尾達である。まさか打ち返されるとは…これほど重い球を打つとは…斑尾とマッスルは、かなりの衝撃を受けた様子だ。
たった一球で七月と学美は敵を呑んだ。調子に乗る七月・学美コンビ。調子を崩す斑尾・マッスルコンビ。それはキャリアの差を埋める程であった。それに加えて…
「行ったよ、学美!」
「分かってるって、七月!」
「そこは君だろう!蟹河内くん!」
「い、今のは校長が取るべきでしょうが!」
コンビプレー、チームワーク…どこを取っても、斑尾達はもう七月達の敵ではなかった。もちろん結果は…
「ウオン・バイ・龍青学園!」
白仮面の声が夕日に木霊する。
「やった!やったよ七月!」
「うん、やったね学美!」
少し嬉し涙を浮かべ、手を取り合って喜ぶ七月と学美。
「あ…」
その七月の顔を見てドキっとした竜沢の脳裏に一瞬、涙をためて微笑む浴衣姿の女の子が浮かんだ。
「学美っ、七月っ。」
「二人とも素敵ー!」
「カッコイイー!」
涙ぐむアヤと、大騒ぎの見学人や両校生徒達。龍青の者も抹紅の者も、誰もが七月・学美ペアに称賛の言葉を掛け、その結果に大歓声を上げていた。
「これにて龍青学園対抹紅中学校湯飲み茶碗争奪杯閉幕!龍青学園の勝利である!」
何故か仕切っている白仮面と、その事に何の疑問も持たずに全員が歓声を上げ喜び合っていた。今までマッスルに命令されたとはいえ、酷い事をしてきた者達も、竜沢達に謝りに来た。竜沢達もこれを快く許したのだった。
これにてハッピーエンドである!
「さて…」
白仮面は立ち上がり、斑尾とマッスルの方を向いた。ビクッとする斑尾達。
「何故負けたか分かるか。分からん?そうか分からんか。…正す!」
「へ?い、いや何も…」
「愛の…千本スマーッシュ!」
問答無用の白仮面スマッシュは目にも止まらぬスピードで、斑尾とマッスルに浴びせられた!
「うわあああああ!」
七月や学美以上の重いスマッシュを何度も浴び、斑尾とマッスルはコートに沈んだ。
白仮面は斑尾に近付き、耳元で何かを話した後、すっくと立ち上がった。
「…分かったか!」
「ぐ、ぐは…」
ガクッ。斑尾とマッスルは動かなくなった。
「分かれば良い。さらばだ!とうっ!」
白仮面はおもむろに走り去った。
「やっぱり自分で倒したかったのか…。」
「そうらしいわね…。」
呟く竜沢と流香。こうして龍青学園は勝利し、GCSAは見事依頼を成功させた!
龍青学園生徒指導室。竜沢達はミックスジュースで乾杯していた。
「いや~、やりましたなぁ、神侍さん。」
「そうですなぁ、隆正さん。」
おっさん化している二人を無視し、鏡と流香は楽しく話していた。甲は無言で一気飲み。
「そう言えば渡と里奈ちゃんはどうなったんだ。」
ミックスジュースを飲み乾した後、竜沢が言った。
「結局、渡くんの方から告白したんだって。最後の親善試合で、勝ったら絶対告白しようって決めてたらしいの。遠距離恋愛になるけど、あの二人なら大丈夫よね。」
「ほぉ。」
流香の話しを聞き、納得しつつ眠る態勢に入る甲。
「やっと言えたんですね、渡くん。親善試合の勝敗を理由にするなんて、なかなか踏ん切りがつかなかった自分に対しての苦肉の策なんでしょうけど。」
鏡の言葉に、竜沢も軽く微笑んだ。
「おや?お気に入りだったんじゃないんですか?」
素直に喜んでいる様子の竜沢に、突っ込む鏡。
「いいんだ、そういうんじゃないんだからよ。」
「へぇ、そうですか。」
「…でも、ちょっと残念かも。」
「相変わらず優柔不断やな、神侍。」
偉そうに言う隆正にムッとする竜沢。
「お前に言われたくな…いや、その件に関してはお前は一途だったか。」
「な、何の事や。」
とぼける隆正だが、この場にいる誰もが分かっている事であった。
「…ふっ。」
「だから鼻で笑うなや甲!寝てたんちゃうんかい?!」
半べそ隆正。
「ま、いいか。とにかくこれにて一件落着ってか。」
生徒指導室にGCSA達の笑い声が響く。
それから十日後。龍青学園二年夢組。
「今日は転校生を紹介します。さ、入って。」
夢組担任『華澄野(かすみの)麗子(れいこ)』が言う。そして教室に入って来たのは…
「不破学美です。よろしくっ。」
「やれやれ、青葉園長もやる事が早いですね。」
争奪杯勝利後、竜沢達は青葉園長からの成功報酬である食券を辞退し、その代わりというか、学美の特待生としての入園をお願いしたのである。それ故か手続きも早く進み、こうなったのである。もちろん本人や家族の意思を尊重しての事である。
「これでまた更に賑やかになりますね。」
笑顔の鏡と、その鏡の方を見てペロっと舌を出す、嬉しそうな学美であった。
そして竜沢達は、里奈から受け取った手作り弁当を食べていた。
「えぇ天気で良かったなぁー。それにしても七月さん、大丈夫かいなぁ。」
七月の事を心配して…いる割には、ほのぼのと唐揚げを頬張りながら空を見上げる隆正。縁側のじいさんのようである。
「アホ、あの七月にそんな心配はいらねー。もうとっくに吹っ切れてるよ。」
そう言いながらも少し不安な竜沢だったが、すぐに『この卵焼き…うめぇ~』という感情が不安な気持ちを上回っていた。そして選手達がプールサイドに集まって来た。
「おお!七月さーん!」
七月の水着姿(もちろんスクール水着&スイムキャップ)を見て、感動しながら声援を送る隆正とその他男子生徒達。水泳の授業は男女別となっている龍青学園で、しかも七月は水泳の授業を色々な理由を付けて見学にする為、実際超激レアなのである。次にスク水の流香も登場。ちなみに女子のスクール水着は、学園都市内全中等部とも同じ規定で、黒色または紺色のワンピースで、露出の高くない物であれば良しとされている。そして男子には規定無しという…何か『興味無し』的な無関心さが見える…。
「天野さーん!頑張ってくださーい!」
「L・O・V・E・アイラブ流香ー!」
「七月ちゃーん!最高だー!」
「めっちゃ可愛い!七月さーん!」
大人気の流香&七月。女の子の黄色い声援も飛んでいるが、太い男の声援の方が目立つ。中には大会開始直後から場所取りで並んでいる男共も居たとか…。
「ん?」
視力が良い竜沢は、七月の右耳のある物に気付いた。いつもは髪で見えない耳がスイムキャップによって露わになり、そこにある小さなイヤリングが見えたのだ。
「あれって…どっかで…」
竜沢は、そのイヤリングがかなり気になった。
「全員整列!では只今より争奪杯第七試合、水上平均台バレーボール開始します!」
審判の合図後、プール内に三つ並べられた平均台に上る為に、温度調整によってやや温めに調整されているプールにつかる選手達。
「七月、頑張ろうね。」
「うんっ。」
平均台に上る時に一言だけ会話を交わす二人。
水上平均台バレーボール、プールに設置された平均台(安全の為クッション性のある素材で覆っている)の上で、基本的にはバレーボールのルールに従い、ビーチバレーのボールを使って行われる競技である。得点は十点先取の三セット。平均台の上で行う為、バランスが命のこの種目。三つある平均台上であれば移動は自由だがプールに落ちた時点でその選手は失格。つまり点数云々の前に相手選手全員をプールに落としてしまえば勝負は決まるという訳だ。
「…さて、思いっ切りやるか。」
先にプールに入っていた学美は、七月の右耳のイヤリングを見て優しく微笑んだ後、目付きを鋭く変える。その学美の視線に気付いた七月。
「学美、行くよっ。」
「来い、七月。」
お互い声が聞こえた訳ではない。しかし、何故か理解出来た。
「先行、抹紅中学校!」
アヤも見守る中、審判の笛の音で試合は始まった。
そしてここは藍川堤防沿いの道。
「いいか、必ず成功させろよ。」
「で、でもマッスル、これは…」
「お前等!部がなくなったままでいいのか?!」
吠えるマッスル。またまた自分の手を汚さずにGCSAを倒すつもりであった。いつも人の弱味に付け込むその姿は、正に悪の手本と言えよう!
「ふひひひひ、さあ来いGCSA!」
いいぞマッスル!笑い方もキモい!
「よ~い…」パァン!
龍青学園では今、鉄人レースが始まった。この種目には移動玉入れドッヂボールを勝利に導いた一人、甲が連続で出場している。
ではここでコースを説明しよう。まずは龍青学園の外周を走り、曲がりくねった小道を通った後、レース開始時に配布されたローラースケートを履き、恋愛成就で有名な刻天(こくてん)神社まで滑って行くのだ。
その後、刻天神社の長い石段を駆け上り、境内を超えて行くと藍川に出るので、そこからは用意されているイカダに乗って川を渡る。川の向こうには担ぐ為の紐を設置されたタンスが用意されており、そこからタンスを担いで急斜面の上り坂を駆け上がり、タンスを下ろした後、ゴールである抹紅の外周である下り坂を通って校庭に入り、トラックを回ってフィニッシュ!となっている。
「…。」
甲は口を閉じたまま、ぐんぐんと前へ出る。体力を温存している他の選手と違い、けっこうなスピードで走る甲であった。この先マッスルの妨害があるとは知らずに…。
抹紅中学校プールでは七月達の激しい戦いが繰り広げられていた。
「っりゃあ!」
「きゃあ?!」
学美のスパイクが火を吹き、龍青の選手が一人、プールに落とされた。
「くっ!」
やられた、という表情の七月。
「ふっ、随分減ったね。」
誰に言うでもなくボソリと呟き、口元に笑みを浮かべる学美。既に二セット終了し、共に一セット取っていた。つまり現在三セット目、最終勝負の真っ只中である。龍青側はすでに三人がプールに落ちて失格となっており、抹紅側はまだ五人残っていた。
「ちょっとマズイって感じかな、流香。」
「…七月、あれいくよ。」
前衛の流香が後衛の七月に言った。そのセリフに七月は、ゆっくりとうなずいた。
「しんちょ~…そーれっ!」
観客のしんちょーそーれに合わせ、抹紅側がサーブする。それを七月がレシーブで受ける。そしてもう一人の龍青選手が、流香の指示で高めにトスする…と同時に、真ん中の平均台にいた七月が前に走り出した!更に左の平均台にいた流香も真ん中に移動し、屈んだ!そして屈んだ流香の背を踏み台にして、七月が飛んだ!
「何っ?!」
これには学美も驚いた!
〝急角度流星スパイク!〟
声に出すのは少し恥ずかしいので心の中で技名を叫ぶ七月!
「ええーい!」
掛け声と共に放たれた急角度のスパイクが、抹紅の前衛に直撃!レシーブを失敗しプールに落ちた。そして斜めに飛んだボールを無理に拾おうとして後衛の選手も一人落ちた。結局ボールはプールサイドへ落下。
「うおおーっ!」
興奮して叫ぶ隆正と、その真横で耳をふさぐ竜沢。龍青生徒達も大騒ぎである。
「上手くいったね、七月っ。」
「やりぃ!」
喜び合う流香と七月。
「な、何て奴らだ…一歩間違えば自分も落ちるってのに。信頼…なのか?」
冷や汗を流す学美。それは技自体の事だけでなく、飛んだ後の事を言っていた。着地する時、バランスを崩した七月を流香が補助していたのだ。それは絶妙のコンビネーションであった。
「ふっ、おもしろい。おもしろいね、あの二人。…さあ!気持ち切り替えて行くよ!」
ビビっていた他の選手達に声をかける学美。
「ふぅ~、さすがね。一気に流れを持っていきたかったけど、今ので一方的な流れは止められた…かな。」
「何言ってんの流香。相手のミスなんていらないよ。実力で勝つ!絶対ね!」
気合いを入れる七月を見て『こっちもさすがね』と思う流香であった。七月と学美の気合い勝負は引き分けと言えよう。
「どちらもやりますね。」
竜沢の横に鏡が来た。
「鏡っ?…どうやらそっちは順調にいった様だな。」
「ええ、もちろんっ。」
そう言う鏡を見て少し微笑んだ竜沢は、七月達の方に向き直り真剣な顔になった。
「頑張れよ、七月、流香。」
そう呟く竜沢を見て、今度は鏡が微笑んでいた。そして…
「あ、僕にもお弁当ください。」
食い気に走る鏡であった。
後続をかなり引き離し、刻天神社にトップで到着してローラースケートからスニーカーに履き替えている甲を、陰から見ている者が数人。
「おい、来たぞ!」
「よ、よし、やるぞ!」
甲はその気配に気付き、振り向いたが…
「ご免!」
ばっしゃあー!
「ご免!」
さささー。
「……。」
一瞬の出来事だった。甲はバケツ一杯(二人にやられたので二杯)の油を掛けられた。
「…安物のサラダ油か。」
普通とは違った角度から分析する甲。しかしその分析に何の意味もない。
「さて…。」
気にも留めず先へ進もうとする甲。しかし、この神社の五十段もある石段を駆け上がらなくてはならない。油まみれの甲は、ちと滑る。
「むぅ…」
滑ってうまく石段を上れない甲。オマケに体がベタベタしていて気持ち悪い。
「…日に焼ける、な。」
気にするとこ、そこではない。
「まぁいい。」
甲は滑りながらも強引に石段を越えていった…。マッスルの妨害を力技で無理矢理乗り切る男、谷角甲!しかし少し手間取った分、後続との距離が縮まってしまった。だが神社を抜ける頃には、また引き離していた。
それにしてもマッスル、あちこちにいる監視員の目をうまく逃れて邪魔をするとは…さすが卑怯者である!
そして抹紅中学校では、遂に…!
「あ、あと二人…」
息を呑むアヤ、そして隆正達。現在、水上平均台バレーボールはどちらも二人の選手を残すのみの戦いとなっていた。流香と七月、それに学美は残っている。点差は九対六で抹紅が勝っていたが、全員をプールに落とせば勝ちというルールがある為まだ勝負の行方は分からない。次のサーブは抹紅側なので、七月達は崖っぷちだが急角度流星スパイクを放つチャンスでもある。
「七月、最後だ。」
「あんたのね。」
ネットを挟んで前衛の学美と七月が微笑みつつ睨み合う。
「しんちょ~…そーれっ!」
抹紅からサーブが放たれた瞬間、七月と流香は素早く入れ替わる!そして七月がレシーブ!それを流香が真上に高くトスし、屈んだ!
「よしっ!」
学美は構えた!真っ向から急角度流星スパイクを受ける気だ!
「はぁっ!」
走ってきた七月が飛ぶ!
「行くよ、学美!だぁぁーっ!」
「来い、七月っ!」
二人の気迫がぶつかる!
バッ…シィッ!
「し、しまった!」
学美は何とかレシーブしたが、かなりバランスを崩した!しかもボールは低い弾道で斜め後ろに飛び、後衛の選手がこれを咄嗟に弾いたが、これまた低い弾道で斜め前に飛んだ!これで誰もが、学美がプールに落ち、龍青が勝つと思っただろう。しかし学美はその無理な体勢からこのボールに飛び付いたのだ!そしてボールに届く学美!だが…
「学美ぃ?!」
七月が叫ぶ。学美はバランスを崩した無理な体勢からボールを拾った為、そのままコート間ネットのポールに後頭部を激突させ、プールに落ちた。アヤも学美の名を叫び、悲壮な顔で前に出た。
「やばい!」
竜沢がプールに飛び込もうとした…その瞬間!
「な、七月っ?!」
竜沢は、七月がプールに飛び込むのを見た。七月はネット下を潜り抜け、気を失っている学美を救い上げた!
「しっかりして、学美!」
プールサイドに学美を寝かせ、呼びかける七月。竜沢とアヤも駆け寄ってきた。
「う…」
学美はゆっくりと目を開けた。
「よ、良かった…」
七月とアヤが涙ぐんでいるのを見て、学美は少し微笑んだ。
「馬ぁ鹿。私がこれぐらいでまいるかよ。」
強がる学美に、苦笑して『やれやれ』といった仕草をする竜沢。
「でも、まぁ…私の負けだ。」
学美は上半身を起こした。
「いや、勝ったのはお前達だ。」
負けと言った学美に、竜沢はそう言った。実は学美が飛びついて拾ったボールは、偶然にもネットをギリギリ越えて七月がいた辺りに落ちたのだ。つまり…
「ウオン・バイ・抹紅中学校!」
審判の声が上った。
「負けたね、七月。」
プールから上って、スイムキャップを脱ぎながら近寄る流香。
「ご、ご免っ。」
「何言ってんの。」
謝る七月に流香は微笑みで返す。そして学美は…
「…それでも、あんた達に勝った気しないよ。」
今まで見せた事がない、学美の最高の笑顔であった。そんな学美達に、観ていた生徒達から拍手が巻き起こった。
「いいぞー!」
「最高だったわ!」
「感動しましたー!」
呆然とする学美だが、横にいた竜沢が手を差し出すと、フッと微笑んでその手を取って立ち上がった。
「一応、頭は見てもらった方がいいですよ。」
「鏡の言う通りだな。さぁ、肩を貸すぞ。」
「ぬれるよ?」
「いいから。」
「…悪いね。」
竜沢に肩を借り、学美は仮設保健室へ向かった。無論、七月とアヤも一緒である。
こちらは藍川。相変わらずトップ独走中の甲は、イカダに乗って川を渡り始めていた。
「さっきから監視員がいないな。…むぅ?」
甲のイカダに両側面から何かが近付いて来る!
「谷角甲…許せ!」
それはカヌーであった。両側からカヌーが突っ込んで来て、甲のイカダの前後を横切る。その際に大きな針のついたロープをイカダに引っ掛けた。そして、そのままカヌーは進む。イカダは急激にゆれ、甲は藍川に落ちた!するとカヌーはロープを捨て、その場を去って行った。
「…さてと。」
甲はさっきのサラダ油が少しは洗い流されると考えながら、ゆっくりと流されているイカダに向かって泳ぎ出した。
「少し服が重いな。」
イカダに辿り着いた甲は、何事も無かったかのように再びイカダを漕ぎ出した。
抹紅中学校仮設保健室。学美の頭は、気持ち悪くなるようなら病院へ行くよう言われたが、とりあえずは心配ないとの事だった。
「お~痛っ。でっかいコブになってるよ。」
自分の後頭部をなでる学美。
「コブが出来てない方が恐いんじゃないのか?それにしても、無茶したな。」
「そうそう、神ちゃんの言う通りよ。いくらサイボーグの様に頑丈な学美でも頭は気を付けなきゃ。ねー?アヤ。」
「ねー?七月。」
七月とアヤのコンビネーション。
「あんたらねー…」
怒ったような言い方だが、何となく同じ学校だった頃を思い出して、実は嬉しい学美。
「まぁいいや。それで約束の事だけど…。」
約束…それは勝負の前に食堂前休憩所でした、あの約束である。
「さ、さあ?何の事やら…ほほほっ。」
白々しくとぼける七月。
「私が勝ったら何でも言う事を聞く…だったね。」
「う…。」
誤魔化しきれず、冷や汗をかく七月。
「あんたが黙って、私が話す喧嘩の原因を聞く…ってのはどうだい?」
「………はぁ?」
少し考えてから、素っ頓狂な声を出す七月。それもそうだろう。学美が言ってる事は、七月が勝った時の条件『喧嘩の原因を教える』と同じ事だからだ。
「どうだい?と言っても、あんたは私の言う事を一つ聞かなきゃいけないんだから選択の余地はないけどね。」
「つまり黙って聞け…だとさ、七月。」
そう言って、楽しそうに笑みを浮かべてる竜沢。
「わ、分かった。黙って聞くよ。」
何故か背筋を伸ばす七月。そして学美は、ゆっくりと話し出した。
「あれは、あんたが引っ越してった日の前日…
「引っ越すだって?!」
クラスの女子に聞かされる学美。
「そんな事あるかよ!私は何も聞いてない!」
学美は驚きのあまり、頭に血が上っていた。
「七月、言いにくかったんじゃないかな?学美とは一番の仲間だって言ってたから。」
「だからって…。それで七月の奴、今何処に?!」
「今日は引っ越しの準備で休んでるよ。」
アヤがそう言い終わる前に、学美は走り出していた。
「ちょっと学美?!午後の授業はどうすんの?!」
「後頼む!」
七月の住む団地に向かって全速力の学美。そして…
「はぁ、はぁ、はぁ…」
学美は、団地の前で突っ立っている七月を見付けた。
「七月!」
「?…ま、学美?!」
七月はかなり驚いた。
「どういう事だよ…。」
「ま、学美、怒ってる?」
「どういう事なんだい?!」
「え、え~と、何と言うか…その~…ねっ。」
訳の分からん『ねっ』であった。
「…七月、勝負だよ。私が勝ったら、何でも言う事を一つ聞いてもらう。」
「えっ?」
「分かったね!明日、ペンギン公園で待ってる!」
そう言うと、学美は走り去った。
「ま、学美?!」
七月は追う事も出来ず、ただ見送った。
そして次の日、学校で仲間達と最後の挨拶をする七月。
「七月、元気でね。」
「アヤもね。」
「昼休みに行っちゃうの?」
辛そうな表情のアヤと他の仲間達。
「うん…。ところで…学美は?」
「今日は来てないみたいだよ。」
「どうしたんだろ?今日で七月とサヨナラなのに…。」
仲間達も不思議に思っていた。
「そう…。家に帰る前に、学美んとこに行ってみようかな。」
しかし、学美は家に居なかった。渋々帰る七月。
「なっちゃん、何してたの?もう行くわよ。」
「あ、ご免、お母さん。」
結局時間もなく、七月は学美と会えずに引っ越して行った。
…それで、私はその後、三日間熱出して寝込んだんだよ。」
「?…何で私が引っ越して、学美が熱出すの?」
七月の素朴な疑問。その疑問に学美は眉を引きつらし、アヤは苦笑い。
「私ゃあんたのそういうとこが気に入らないんだ。」
「何の事?」
七月の素朴な疑問パート2。
「あの日の公園は寒かった…って事さ。」
学美の言葉に、竜沢はピンときた。
「学美は朝一から公園で七月を待ってたんだよな、勝負する為に。」
竜沢の言葉に『そうなの?』という顔をして、学美の方を見る七月。
「ったく。どうせあんたは私が朝から公園にいるとは思い付かなかったんだろ?学校帰りに勝負するんだって思ってたんだろ。」
「そ、そう。…それで、学美が学校を休んでたから、てっきり風邪でも引いたんだろうと…」
「のこのこ見舞いに来た訳か。私が公園で待ってるとも知らずに。」
「だ、だって、私にとっちゃ学校のみんなと会える最後の日だったんだよ?朝一から学美と勝負なんて微塵も考えてなかったってっ。」
必死に説明する七月。
「ふっ、そりゃそうだね、冷静に考えれば、そうだよね。でもあの時、引っ越しの事を聞かされてなかった私はあんたに裏切られた様な気がして…熱くなってたんだ。」
「うっ、ご、ご免。何か学美には言い出しにくくて…。」
「それで久しぶりに会った時、学美が怒ってた理由すら分かってなかった七月に腹が立った…って訳か。」
竜沢がそう言うと、学美はうなずいた。
「そっか。そうだったんだ。」
納得する七月に、今度は学美が苦笑い。
「全然変わらないな、七月。」
「むっ!それって私が成長してないって事?!」
少しむっとして、七月は話しを続ける。
「少しだけど背は伸びたし胸も大きくなったんだよ!ちゃんと成長してるんだからね!」
「あ、あのな…」
学美とアヤは頭を抱えた。竜沢は…
「で、サイズは?どれくらいかね?ん?」
エロ親父になっていた。
「あ、あのな…」
学美とアヤは頭を抱えた。
「あ。ところで、その何でも言う事を一つ聞いてもらうって話し…なんだったの?」
「ああ、それね。それは、その…」
急に照れる学美に、不思議な顔をする七月と竜沢。
「ひ、引っ越してもずっと…ま、まぁその…し、親友でいろよ…って…」
顔を赤らめて指でポリポリと頬をかく学美に、七月はこれ以上ないくらいニヤけた。
一方、甲は藍川を越え、抹紅に向かって小道を走っていた。
〝色々あったが合体サッカーには間に合うな〟
そんな事を考えていた甲に次なる魔の手が迫っていた。
「タンスを担ぐ時が狙い目だ。」
「で、でもこんな事…。」
「何も言うな。俺だってこんな卑怯な事したくない。しかし俺達の部を復活させる為には…これしか…。」
「は、はい…。」
どうやら、またしてもマッスルの口車に乗せられている様だ。実は彼らは、全て自分達の部を失った者達なのだ。人数が少ないとか問題を起こしたとか、そういった理由で廃部にされた者達…。その部を復活させて欲しいならと、マッスルに言われたのだ。
しかし彼らは知らない…それらの部の中には、マッスルが気に入らないという理由だけで廃部させたものもあるという事を…。そしてこんな事をしてもマッスルは部を復活させる気は毛頭ない、という事を…。
「ここも監視員がいない。」
甲は、監視している者の数が少な過ぎると、ずっと感じていた。ちなみにここの監視員も既にマッスルに背後から殴られ、気を失ったまま草場の陰に隠されていた。
「…とにかく行くか。」
甲がタンスを担いだ、その瞬間!
「すまん!」
甲の背後から抹紅の男生徒が三人、何かを持って襲いかかって来た!
「むう?!」
気付いた時はもう遅かった。甲は…担いだタンスに冬物の服をしまわれた。
「すまん!」
男生徒達は走り去った。
「くっ、むっ!」
甲はふらついた。タンス内にかなりの量の冬物衣料を入れられた様だ。
「せ、せめて夏物なら…」
珍しく弱音を吐く甲。この攻撃は相当効いた様だ。それならタンスを下ろせばいいじゃないか?と思うだろうが、実はそうではない。ルールとして、一度担いだタンスは決められたコースのタンス置き場まで下ろしてはいけないのである。下ろしたり引き出しを外したりすればその時点で失格となるのだ。監視員が居なくとも律儀な甲はタンスを下ろす事はしない。これが竜沢なら間違いなく下ろすだろう!
その時、後続の選手が追い付いて来た!
「ちぃっ、先に弁当を食っておけば…」
甲は、次々にくる妨害よりも空腹の方が堪えているようだ。だが、とにかく今は竜沢達のいる抹紅にトップで生還する為に走り出す甲であった。
抹紅中学校運動場。鏡達は合体サッカーに出る為、ここに集まっていた。
「あ、来ましたよ。」
「おっせぇぞ神侍!」
歩いて来る竜沢達に、声を掛ける隆正ら。
「おう、集まってるな。」
「竜沢さぁんっ。」
早速、竜沢にへばりつく咲子。
「鏡くん、勝ったのね。」
「流香さんもルーレット弓道、さすがでしたね。平均台バレーは惜しかったですが。」
にこりとする鏡に、少し照れる流香。
「あれ?甲くんは?」
「何言ってるの、七月。甲くんは今こっちに向かって走ってるでしょっ。」
流香の言葉に『あ、そうか』という顔をする七月。
「もうそろそろ着く頃じゃないですか?」
「そうだな。よしっ、みんなで校門まで迎えに行ってやるか。」
竜沢達はぞろぞろと校門に向かった。
しかしみんなの期待とは違い、抹紅中学校校門に先頭で入って来たのは抹紅の選手であった。
「そんな…甲くんがトップじゃない?!」
七月は驚きを隠せない。他のみんなもそうであった。
「あいつ、甲よりすげーのか?」
「…いいえ、違いますよ竜沢くん。」
鏡が、校舎に付いている時計を見て言った。流香もうなづき、話し出す。
「ペースが遅すぎね。甲くんならもう着いてないとおかしい時間よ。」
「つまり甲に何かあった…って事か。」
竜沢の言葉にうなずく流香と鏡。それを聞いて七月達は焦る。
「どうしようっ、大変な事になってなければいいけど…。それに合体サッカーのキーパーは甲くんしか居ないよっ。試合に間に合わないんじゃ…」
七月の言う通り、甲の到着が遅くなれば合体サッカーに出る事が出来なくなるのだ。甲のペースなら試合開始までに間に合う筈だったのだが…。
「最悪、代わりを用意しといた方がええんとちゃうか、神侍!」
「いや、甲なら来る。…だろ?」
竜沢は、鏡を見て言った。
「ええ、そうですね。」
鏡は、竜沢を見てニコやかに答えた。
〝むっ!〟
流香は、何故か竜沢に対してライバル心を燃やした。
「あ、あかん!」ブーッ!
隆正は、スカそうと頑張っていた屁がヤバイ音を立てて出てしまったので焦った。
「行ってみる?霊界。」
七月は、笑顔で隆正の首を絞め上げた。
「あぁ、あれ見て下さぁい!」
隆正の脳裏に花畑が出てきた頃、咲子が叫んだ!
「ぬうん!」
ボロボロの体操服に、顔も体も傷だらけの甲が物凄いスピードで校門を抜けて来た!
「来たか、甲。……お前の弁当、ちゃんと取ってあるぞ!」
「…。」
竜沢の声が聞こえた甲は、無言で腹をおさえた。
「ぬぅおおおっ!」
そして猛獣の様な雄叫びと共に先頭の選手に迫る甲!もはや頭の中には弁当しかない!
「う、うわっ、く、来るなぁー!」
先頭の抹紅選手は恐くて全速力で逃げる!だが甲の方が数段速かった。ゴール寸前、抹紅選手に追いつく甲!そして…
「ゴール!…ウオン・バイ・龍青学園!」
ゴールのテープを切ったのは甲だった!鉄人レースは龍青学園の勝利だ!
「よっしゃあ!」
「やったぞ甲!」
おおいに騒ぐ隆正達。そして甲は…ばったりと倒れた。
さてここで、今までの結果を見てみよう。
龍青側・第一試合、格闘キック野球、龍青勝利。第二試合、片手薙刀、龍青勝利。第三試合、五十メートル転送、龍青勝利。第四試合、百メートル逆走、抹紅勝利。第五試合、水中お宝捜し、抹紅勝利。第六試合、ルーレット弓道、龍青勝利。第七試合、移動玉入れドッヂボール、龍青勝利。第八試合、鉄人レース、龍青勝利。
そして抹紅側・第一試合、アメフトバスケ、抹紅勝利。第二試合、棒横飛び、抹紅勝利。第三試合、片手柔道、抹紅勝利。第四試合、金属バットゴルフ、抹紅勝利。第五試合、障害物騎馬走、龍青勝利。第六試合、校舎クライミング、抹紅勝利。第七試合、水上平均台バレーボール、抹紅勝利。第八試合、男女混合二千メートルローラーブレードリレー、龍青勝利。
そして最終試合の合体サッカーと合体テニスだけは同時ではなく順番に抹紅で行われる。
現在、八対八…つまり残る二試合、両方勝利した方の勝ちとなる。ちなみに引き分けになった場合は、最後に行われるサッカーの親善試合の勝敗によって決まる事となる。
「谷角くん!」
ゴールした後そのままぶっ倒れた甲に、七月達が駆け寄って来た。
「甲、何があったか分からんが…出れるか?」
「ふん…竜沢、俺は大丈夫だ。この程度のダメージ、手負いの熊と戦った時に比べればどうという事はない。」
〝戦ったんかい?!〟
その場の全員が心の中でそうツッコんだ。
「それより…いや、後で話す。」
「ん?まぁとりあえず分かった。予定通りキーパーを頼むぞ、甲。」
「ああ。だがその前に…メシだ。」
合体サッカー…それは普通のサッカーとほぼ同じ形式なのだが、違うところは試合時間が半分である事と、イレブン全員が二人三脚のように足を紐で縛ってプレーするところだ。イレブンじゃなくてトゥエンティツーって訳である。そして男女で一組でないといけないという、ちょっとお色気有りの面白いルールになっている。
「お、おい、俺の相方は北神さんじゃなかったのか?!」
突然里奈と組まされ焦る渡。
「ごめんね渡くん。実は私……甲くんの事が好きだったの!」
シナリオにない七月の爆弾発言に、驚いたのは渡だけではなかった。
「な、七月っ、お、おま…」
言葉が詰まる竜沢。隆正は一瞬で魂が抜け、再び花畑が見えていた。
「だから、どうしても甲くんと組みたいのっ。渡くんは里奈ちゃんと組んでっ。」
七月は上目遣いで両手を合わせ、お願いのポーズをとって渡に頼んだ。
「…あ、そ、そうなんだ。じゃ、じゃあ…」
渡は、心配そうに見つめていた里奈を横目にうなづいた。
「…!」
里奈の表情が一気に明るくなり、七月も微笑んだ。そして渡達がその場を離れた後、咲子が言う。
「それにしてもぉ…七月先輩が谷角先輩を好きだったなんてぇ…咲子大大大ビックリですぅ!」
割と軽めに言う咲子。
「ふぅ~。咲ちゃんにも芝居ってバレてるよ、七月。」
ため息交じりに言う流香。
「えー?けっこう良い演技だったと思うんだけどー。」
不服そうな七月。
「あの二人を組ませる為の予定通りの行動、という訳ですね。」
鏡の言葉に、七月はニコッとした。そう、これは流香の作戦で、最初から渡と里奈を組ませていたら渡が尻込みするかもしれないと考え、こうしていたのである。まぁ七月のセリフは七月が勝手に考えたものなのだが。
「し、芝居…?お、おう、芝居な芝居。わ、分かってたよ、もちろん。」
どこかホッとしている竜沢を見てニコニコする鏡。その鏡に気付いて、竜沢は慌てて隆正に話しをフッた。
「よ、良かったな隆正っ。」
しかし…隆正は魂が抜けたまま真っ白になっていた。
「うわーっ!た、隆正しっかりしろ!戻って来ーい!」
そんなこんなで合体サッカーは始まった。竜沢は咲子と、鏡は流香と組んでいる。そして隆正は、ちょっと猿っぽい顔をしている女生徒と組んでいて更に白くなっていた。
「…良かったな。」
「だねっ。それに渡くんも里奈ちゃんの事、好きなんだと思うよ。」
キーパーの甲と七月は、仲良くプレーしている渡と里奈を見てほのぼのとしていた。
「ウオン・バイ・龍青学園!」
そして合体サッカーは龍青が勝利した。しかし抹紅の選手達も、もう悔しいとかそんな気持ちはなく、ただ試合を楽しんでいた。
「さて、あと一試合…グッと行くぞ、鏡!」
「はいはい。」
残る合体テニスには、応援している方々からの推薦により、今大会で最も活躍したと思われる上位の生徒からダメージの少ない二名が選ばれる。選ばれたのは竜沢と鏡。これに勝てば龍青学園の勝利となる!
その頃、学美はアヤと一緒に仮設保健室から出て、七月達のいるテニスコートに向かっていた。
「…ごめんな、アヤ。」
「いいって。違う学校になったって今度はいつでも会える…でしょ?休みには一緒に出掛けて、映画見たり、服買ったり…できるからっ。だから…学美のやりたいようにしなよっ。」
「アヤ…ありがとう。」
アヤの優しい言葉に涙ぐむ学美。
「それより本当に大丈夫なの?学美。」
「ああ、大丈夫だよアヤ。最後の試合は…最後の勝負だけは、しっかりと見ておきたいんだ。」
近々本気で龍青学園に転校するつもりの学美にとって、この争奪杯で龍青と戦うのは最初で最後になるのだ。その記念と言っては変だが、最後の勝負の行く末だけはその目でしっかり見たいと思っていたのである。
だが、テニスコートでは妙な事になっていた。
「もう黙ってられん!私と勝負しろー!」
斑尾校長がテニスコートに乱入して来たのだ!
「勝負しろと言われても…。」
竜沢達も面食らっていた。
「こ、校長、僕等は…」
「下がっていたまえ!君達生徒が不甲斐ないから私が出ると言っているのだ!」
自分の学校の生徒達に怒鳴る斑尾。これには抹紅の生徒も、もちろん龍青の生徒も怒りをあらわにした。
「いい加減にして下さい!僕等は楽しくやりたいんだ!」
「そうだそうだ!勝ち負けよりも、全力で正々堂々真っ向から戦う事が大事なんじゃないんですか!」
ブーイングの嵐に遭う斑尾。
「う、うるさい!君達には何もないからそんな事を言っていられるんだ!」
逆切れする斑尾に流香達は、この男こそが黒幕である事に気付いた。
「ふざけんな校長ー!」
「私達を何だと思ってるの!」
遂にはドタバタになり、収集がつかなくなってきた。こんな終わり方など誰も望んでいない…どうにかしなければと思い、竜沢が動こうとした…その時!
「見苦しいぞ、斑尾ー!」
その大声に、テニスコートに集まっていた全員が一瞬静止した。
「だ、誰だ?!」
斑尾は辺りを見回した。竜沢達はその声の主に覚えがあるので探したくはなかったが…流れ上、止むを得ず周りを見回した。
「あそこだ!」
誰かが校舎の屋上を指差した!そこには…夕日を背に立つ、白い影!
「な、なに~?!」
その場にいた抹紅の生徒達や関係者、近所の方々や親族らは全員目を白黒させた。龍青の生徒達だけは無表情になっていた。その男の額にかかれた『白』の文字と、マフラーの『根性』、そしてトランクスの『努力』と書かれた文字が光り輝く!変人か?!いや…!
「我が名は…スポーツを愛する男、白仮面!」
「し、白仮面?!」
すでに知っている龍青の生徒達以外の人達は思った…カッコ悪ぅ~と。
「とうっ!」
白仮面は飛んだ!
「きゃあ!」
「何ぃ!」
屋上から飛んだ白仮面にはさすがに全員驚いた!が、次の瞬間ずっこけた。何故なら…
「ふんっ!ふんっ!」
白仮面は、校舎クライミングで使われたロープにつかまっていたのだ。そして鼻息荒めに降りて来る!
「………………」
全員が無言でしばらく待った後、白仮面はテニスコートに到着した。
〝あ、あの御方ではなかった…〟
ビビッていた斑尾は心の中でホッとしていた。
「斑尾ー!」
「うおっ?!」
突然大声を出す白仮面に、やっぱりビビる斑尾。
「貴様…」
「う、うわっ、く、来るなぁ!」
「待って!」
ゆっくりと斑尾に向かって来る白仮面と、それにおののく斑尾との間に、一人の女生徒が割って入った。
「し、白仮面、私の話しを聞いて。」
七月だ!全員が身動き一つ出来ない状況の中、七月が白仮面の前に立ちふさがった!
「…。」
無言で七月を見る白仮面。その場にいた者達は『あの子、白仮面に食われるんじゃないか?!』と思っていた。いくらなんでもそんな訳ない。
「私に、やらせて。」
「…。」
「この人は自分の欲望の為に、学美やアヤを酷い目に合わせた。抹中の生徒に対しても龍青の生徒に対しても許せない事をした。その人たちの為にも…学美やアヤの為にも…どうしても、この手で裁きたいっ。お願い白仮面、私に任せてっ。」
七月の言葉に白仮面はしばらく沈黙。そこへ学美が入って来た!
「私からも頼むよ。」
「学美?!」
「七月、ありがとう。でも、私にもやらせてくれ。だから今のセリフ…『私たちに任せて』に変更だ。」
「学美…。」
見つめ合って微笑む七月と学美を見て、アヤも微笑む。白仮面も二人の姿を見て、そして…背を向けた。
「白仮面…。」
白仮面は、ゆっくりとその場から去って行った…かと思ったら、またすぐに戻って来た。ちょっとコケる七月達。白仮面はその手にロープを持っていた。そしてそのロープの先にくくり付けられているのは…マッスルであった!
「何だ?どうなってるんだ?」
竜沢の疑問に甲が答えた。
「後で話そうと思っていて忘れていたが…俺は鉄人レースのコース上で色々な妨害にあった。その全ては、あのマッスルという奴が裏で糸を引いていたらしい。そして最後には奴が直に襲って来てな。そこを白仮面に助けられた。時間が有れば俺が始末したかったんだがな。」
「なるほど、そういう事だったのか。」
そして白仮面はマッスルのロープをほどき、テニスの審判席に座った。
「これよりダブルステニスを行う!龍青選手、北神七月、不破学美!抹紅選手、斑尾敬造、蟹河内鉄造!コートに入りたまえ!」
何と白仮面は強引に試合を組んだ!全員驚いたが、次の瞬間大歓声を巻き起こした!
「いいぞー!」
「任せるぞー!やれー!」
全員が認めた。この試合に出るはずだった竜沢と鏡、それに抹紅の生徒も顔を見合わせてうなずき合った。七月と学美もうなずき合う。そして遂に、最終試合は七月達の手にゆだねられる事になった!全ての者達の敵、斑尾とマッスルを倒す為に!行け!七月、学美!
〝何故、七月達のフルネームを知ってるんだ?しかも学美を龍青側にしてるし…〟
そんな中、竜沢は白仮面の正体を考えていた。その強引な性格、そして自分達の事をよく知ってる人物…竜沢はそんな人を知っている…様な気がしていた。
「う~ん…ダメだ、分からん。」
「何をうなってるんです竜沢くん。始まりますよ。」
七月達の準備(テニスウェアに着替えた。観客サービスも含まれている)も整い、いよいよ試合開始である!
〝くっ…せめて竜沢を潰してやろうと思ったんだが…まぁいい。こいつらの方が楽に倒せるだろうし、川波へのダメージは大きいか。あの方も納得されるはず〟
「ふっふっふっ、君達は私をおっさんだとなめているのだろうが、私は学生時代にテニスの貴公子と呼ばれていたのだ。それにああ見えて蟹河内くんもアイスホッケー部顧問だった前は、テニス部の顧問兼コーチだったのだ。つまり我々は君達中学生が束になっても勝てない相手と言う訳なのだよ!さぁ、今ならまだやめる事も出来るぞ!恥をかく前に棄権したまえ!」
吠える斑尾。マッスルも不敵な笑みを浮かべていた。が…
「…ぷ。」
吹き出す七月。
「な、何がおかしい?!」
「だ、だって貴公子…ぷっ!ダメ、我慢できない!」
こらえ切れず、遂に大笑いする七月。つまり斑尾は、おおよそ貴公子なんて言葉の似合う顔ではないのだ。頭のてっぺんにいたっては、綺麗さっぱり毛根を失っている訳ではないものの、所々薄くなっており、その名の通りになってしまっている。笑うのを我慢していた学美や観客らも、七月の大笑いに釣られて笑い出してしまった。
「ぬう、ぐぐ…」
怒りに震え、赤面している貴公子・斑尾。
「ええい!後で後悔しても知らんぞ!ブラック…いや、審判、試合開始だ!」
「私は白仮面だ。…では試合を開始する!サービス、斑尾!」
ズバッ!
…斑尾のサーブが決まった!それは、さすがにテニスをやっていただけの事はあるものであった。ボールはワンバウンドし、七月の横を抜けて行った。
「おお、割と速い。」
「感心しとる場合か神侍!ヤバいで!」
「おや隆正くん、やっと生き返りましたか。」
「は…へ…へっくしっ!」
「ふぅ~、呑気な外野だこと。」
久しぶりのGCSA五人の絡み。だが呑気してる場合ではない。斑尾は予想以上に強い!おそらくマッスルも!
「ふっふっふっ、驚いたかね。」
「驚いたよ…貴公子。」
「ぷっ。」
学美の呟きに、またもふき出す七月。
「ぬぐぐ…」
全くビビらない二人に、更に怒る貴公子・斑尾。
「ならばもう一度喰らいたまえ!」
斑尾のサーブが火を吹く!ボールはまたも七月の横を…
「てぃっ!」
抜けずに、打ち返された!意表を突かれたマッスルは慌ててラケットを前に出したが、意外な球威にまともに打ち返せなかった。
「アウト!」
マッスルの打ったボールはライン外へ。
「おお、割と重い。」
「もっと感心せぇや神侍!凄いで!」
「おや隆正くん、七月さんがテニス上手いの知らなかったんですか?」
「む、くぁ…ふぁ~あ。」
「ふぅ~、能天気な外野だこと。」
GCSAの五人のように能天気になっていられないのは斑尾達である。まさか打ち返されるとは…これほど重い球を打つとは…斑尾とマッスルは、かなりの衝撃を受けた様子だ。
たった一球で七月と学美は敵を呑んだ。調子に乗る七月・学美コンビ。調子を崩す斑尾・マッスルコンビ。それはキャリアの差を埋める程であった。それに加えて…
「行ったよ、学美!」
「分かってるって、七月!」
「そこは君だろう!蟹河内くん!」
「い、今のは校長が取るべきでしょうが!」
コンビプレー、チームワーク…どこを取っても、斑尾達はもう七月達の敵ではなかった。もちろん結果は…
「ウオン・バイ・龍青学園!」
白仮面の声が夕日に木霊する。
「やった!やったよ七月!」
「うん、やったね学美!」
少し嬉し涙を浮かべ、手を取り合って喜ぶ七月と学美。
「あ…」
その七月の顔を見てドキっとした竜沢の脳裏に一瞬、涙をためて微笑む浴衣姿の女の子が浮かんだ。
「学美っ、七月っ。」
「二人とも素敵ー!」
「カッコイイー!」
涙ぐむアヤと、大騒ぎの見学人や両校生徒達。龍青の者も抹紅の者も、誰もが七月・学美ペアに称賛の言葉を掛け、その結果に大歓声を上げていた。
「これにて龍青学園対抹紅中学校湯飲み茶碗争奪杯閉幕!龍青学園の勝利である!」
何故か仕切っている白仮面と、その事に何の疑問も持たずに全員が歓声を上げ喜び合っていた。今までマッスルに命令されたとはいえ、酷い事をしてきた者達も、竜沢達に謝りに来た。竜沢達もこれを快く許したのだった。
これにてハッピーエンドである!
「さて…」
白仮面は立ち上がり、斑尾とマッスルの方を向いた。ビクッとする斑尾達。
「何故負けたか分かるか。分からん?そうか分からんか。…正す!」
「へ?い、いや何も…」
「愛の…千本スマーッシュ!」
問答無用の白仮面スマッシュは目にも止まらぬスピードで、斑尾とマッスルに浴びせられた!
「うわあああああ!」
七月や学美以上の重いスマッシュを何度も浴び、斑尾とマッスルはコートに沈んだ。
白仮面は斑尾に近付き、耳元で何かを話した後、すっくと立ち上がった。
「…分かったか!」
「ぐ、ぐは…」
ガクッ。斑尾とマッスルは動かなくなった。
「分かれば良い。さらばだ!とうっ!」
白仮面はおもむろに走り去った。
「やっぱり自分で倒したかったのか…。」
「そうらしいわね…。」
呟く竜沢と流香。こうして龍青学園は勝利し、GCSAは見事依頼を成功させた!
龍青学園生徒指導室。竜沢達はミックスジュースで乾杯していた。
「いや~、やりましたなぁ、神侍さん。」
「そうですなぁ、隆正さん。」
おっさん化している二人を無視し、鏡と流香は楽しく話していた。甲は無言で一気飲み。
「そう言えば渡と里奈ちゃんはどうなったんだ。」
ミックスジュースを飲み乾した後、竜沢が言った。
「結局、渡くんの方から告白したんだって。最後の親善試合で、勝ったら絶対告白しようって決めてたらしいの。遠距離恋愛になるけど、あの二人なら大丈夫よね。」
「ほぉ。」
流香の話しを聞き、納得しつつ眠る態勢に入る甲。
「やっと言えたんですね、渡くん。親善試合の勝敗を理由にするなんて、なかなか踏ん切りがつかなかった自分に対しての苦肉の策なんでしょうけど。」
鏡の言葉に、竜沢も軽く微笑んだ。
「おや?お気に入りだったんじゃないんですか?」
素直に喜んでいる様子の竜沢に、突っ込む鏡。
「いいんだ、そういうんじゃないんだからよ。」
「へぇ、そうですか。」
「…でも、ちょっと残念かも。」
「相変わらず優柔不断やな、神侍。」
偉そうに言う隆正にムッとする竜沢。
「お前に言われたくな…いや、その件に関してはお前は一途だったか。」
「な、何の事や。」
とぼける隆正だが、この場にいる誰もが分かっている事であった。
「…ふっ。」
「だから鼻で笑うなや甲!寝てたんちゃうんかい?!」
半べそ隆正。
「ま、いいか。とにかくこれにて一件落着ってか。」
生徒指導室にGCSA達の笑い声が響く。
それから十日後。龍青学園二年夢組。
「今日は転校生を紹介します。さ、入って。」
夢組担任『華澄野(かすみの)麗子(れいこ)』が言う。そして教室に入って来たのは…
「不破学美です。よろしくっ。」
「やれやれ、青葉園長もやる事が早いですね。」
争奪杯勝利後、竜沢達は青葉園長からの成功報酬である食券を辞退し、その代わりというか、学美の特待生としての入園をお願いしたのである。それ故か手続きも早く進み、こうなったのである。もちろん本人や家族の意思を尊重しての事である。
「これでまた更に賑やかになりますね。」
笑顔の鏡と、その鏡の方を見てペロっと舌を出す、嬉しそうな学美であった。
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44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
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青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件
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友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。
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拓海の生活はどうなるのか!?
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
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青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
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